いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2010年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

冬の空を横切って。

▲ 窓の外は雪が舞っている。
裸ん坊の庭木に白いものがうっすら積もって、冬の灰色の空を横切って走ってゆく ブリキのおもちゃみたいなモノレール四両。しずかで冷たいこの空気は開田高原の冬のようで。寒いのに、とっても寒いんだけど、こころの中にぽっと灯りがともってるような気持ち。雨戸開けた手をとめて、外を見てじっと見て。山盛りいろんなことがあったこの一年を思い、ちょっと泣きそうになる今年最後の朝。

▲ 昨日は相方と二人バスに乗って毎年恒例の友人宅での忘年会に出かけた。鍋に入れるのに若い生産者Iくんの岩津葱と相方の友だち作の葱を、葱鍋かというほどいっぱーい刻んで持参。どちらもサイコー。うまい。(ついでにマイ醤油とゆず酢とかんずりと柚子胡椒も持ってゆく)
そういえば、子どもの頃は親にしょっちゅう「賢くなるから」「騙されたと思って食べてみぃ」と葱を薦められたけど。「お葱食べるくらいやったら賢くなれんかってもええ」と、せいぜい味噌汁やおうどんの薬味「少々」の口だった。そして、やっぱり賢くもなれんかったのだが。(苦笑)
わたしもようやく葱のうまさがわかる「大人」になった。今更いっぱい食べたからって、もう手遅れやろけどね。(→そもそも、葱で賢くなるという説はどこからきてるのかな)

▲ バスを降り、友だちの家目指して商店街をぬけてゆく。灰色の錆びかけたシャッターの下りた店。開いてるけど店主の姿すら見えない店。気のせいか去年よりさびしくなったその通りには、お米にお肉に乾物屋、魚屋、八百屋に豆腐屋に和菓子屋と。喫茶店と本屋と食堂に寿司屋。ここに来たらなんでも揃う魅力的なラインナップやのに。かんじんの人がいない。だからよけいに、ひゅうひゅうと吹き抜ける風がつめたく感じる。そのうち雨がしょぼしょぼと降り始め、やがてみぞれになった。

▲さて、集まったメンバーそれぞれが年相応に「各種問題」抱える身なれど、相方の同世代はみな達観してるのか、開き直りか、なかなか根っこの所が強い。便利、早い、簡単、安い~の大波に飲まれた一つ後の世代のわたしなどはほんま虚弱やなあ(←なんでも世代で括りはできないが・・)とか思いながら、みなが喧々諤々と今の社会、政治の話をするのを、近く遠くに聞きながらこたつでうたた寝。結構近くに住まいながらも年に一回、この忘年会にしか会わないモノグサ揃いだけど、また来年もなんとか元気に皆集まれるといいな。

▲ 遅い時間の電車は、それでも結構一杯。昔みたいにもうぐでんぐでんに酔っ払った人は滅多に見なくなった。向かいの席の「お父さん」って感じの人はオードブルのようなものが(お節料理かな)入った透明のスーパーの袋二つだいじそうに抱えてはる。あとはこれから帰省するのであろう人。旅行かばんと一緒にぶら下げた紙袋の店名を見ながら、お菓子やろか、せんべいかな。ああ、これは佃煮やね~とおみやげの中身を想像してると頬がゆるむ。お正月に帰るお家のある人や、帰るところがない人も 今居るところがどうか暖かな場でありますように、とおもう。

▲ 少しして、座席が一つ空いたのでわたしが先に座り、相方の持っていたバッグを「わたしが持つし」と膝の上にねかせて置いた。と、「おいおい、大丈夫か」と言われてはっとする。せやった。せやった。バッグの中には、醤油とゆず酢が醤油差しに入れてあったのだ!
かんたんにラップと輪ゴムで蓋してただけなので、バッグの中でそれらがこぼれてミックスされて、ああ、ポン酢のようなにおいが車内を満たす。

▲いやはや、今年も最後の最後までこの粗忽者。そしてかわりばえのしないブログにおつきあいくださってありがとうございました。図書館と日々の買い物くらいしか出かけない行動範囲の狭さ、話題の乏しさですが、来年こそ(もうあと2時間もしたら「来年」だけど)ちょっとは広げ、深め、あ、それから、今年はいっこも書かなかった(書けなかった)小説にも、と意気揚々。(←ほんまか?)
どうぞよろしくおねがいします。
それではお正月に休める人も、お正月こそ忙しく過ごす人も、新しい年をえがおで迎えられますように。
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by bacuminnote | 2010-12-31 21:59 | 出かける | Comments(0)

ありったけの愛を。

▲ 「走る」という字のつく年の暮れながら、冷えたのか、年のせいか、もしかしてやっぱり重量オーバー?(泣)とにかく昔傷めた膝が痛くて、走れずゆるりと過ごす今日このごろだ。(←「いつもやん」という声が聞こえてきそうやけど。)

▲買い物や図書館に行くときは、遠回りでも階段や坂道を避けて歩く。ゆっくり歩いていると、おなじように足をかばう歩き方をしてる人に目が行く。杖をつき、手すりを撫でるようにしながら、手押し車を押しながら、おつれあいの体に寄りかかるようにして。あるいは車椅子やシルバーカーの人。そうだ。ちっちゃい子連れのひともおなじスピードで。わたしもまた「ゆっくり」の列にまじって歩く。

▲ 痛いところがあるとつらいものの、しかし、冬はすきな季節だ。顔がぴりぴりするような冷気のなかを歩いてるときや、信号を待つあいだに澄んだ空を見上げるとき。風がびゅんびゅん吹き抜ける歩道橋からモノレールが4両のんびりと走ってゆくのが見えるとき。笑い声もため息もすぐさま白いものに変わるのもいい・・・なんてことを言いながらも外から帰ると「ああ寒かった~めちゃ寒かった」と一番大騒ぎするのはこのわたしなんだけど。

▲ 昨日、今日と 『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著/ホーム社刊)を再読。たぶん今年いちばんたくさん読んだのが岩瀬成子さんの本。そしてその火付け役になったのがこれだ。
1966年。ビートルズが来日した年。そしてビートルズが何よりもすきな中学生の喜久ちゃんが主人公の物語。

▲喜久子はお母さんを病気で亡くし、洋服の仕立てをしているやさしいお父さんと高校生の姉と中国地方のちいさな町で(とくに地名は書かれてないけど、著者の生まれ育った島根県岩国かなあ、と想像する)三人暮らしている。

▲ 東京からの転校生 白石さんもビートルズファンだと知ったときの驚きとよろこび。そうして二人でディーゼルに乗って隣町まで行って映画で初めて「動くビートルズ」を観たときのカンゲキ。米軍基地の「ガイジン」を好きになった姉のせつない気持ち。そんな姉を心配し悩みつつ、うまく接することができないお父さん。喜久子が毎日のように入り浸ってる文房具店のおばあさんと息子。学校ですきな男の子、友だち。近所の人たち。それから、折にふれて登場する「元気だったころ」のお母さん。

▲ほんとに、なんということのない日常なんだけど、それでも日々のちいさなできごとは思春期の喜久子を揺らし、わたしも一緒に笑っては揺れ、泣いては揺れた。田舎における少数派音楽愛好!ゆえの悲哀も、妹だから の甘えや息苦しさも。何より、だいじなひとと別れる痛みも、本を読みながらなつかしくやるせない思いでよみがえってきた。

▲ そうそう、ビートルズが来日した’66年というと、わたしはまだ小学生だったんよね。ビートルズの音楽より「ビートルズがやってくる」とコーフン気味だった五歳年上の姉(つまり岩瀬さんと同じ年)のことの方がよく覚えている。当時高校生だった相方に「その日」のことを聞いたら、公演はテレビ放映すると知り、試験中で早く帰れたのでカラーテレビのある祖父母の家までわざわざ見せてもらいに行ったそうだ。(試験中やのに・・・笑)さっき調べたらこの時の視聴率はなんと60%だったらしい。

▲ しかし、この日本公演のチケットはハガキによる抽選販売でなかなか入手困難だったとか。本文中にも出てくるけど、喜久子は往復はがきを「一人一枚に限ると書かれていたが、一枚の可能性を信じるわけにはいかなかった。」と、45枚も出す。
ライオン歯磨きの箱に応募券がついていたので、お父さんに「そのうち使うもんだから」と10箱もまとめ買いしてもらう場面があって。その健気さとビートルズへの愛に泣ける。結局はそれでも抽選にもれ、喜久ちゃんは家出するんやけどね。続きはどうぞぜひ読んでみてください。

* 追記
Beatles 『All My Loving』(You Tube)

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by bacuminnote | 2010-12-20 00:48 | 音楽 | Comments(0)

なんとなく、ずっと。

▲ ぽかぽか散歩日和。首筋にひらひら付きの(フラップというらしい)日よけ帽かぶった保育園の子どもたちがぞろぞろと歩いてる。あっち見て、こっち見て。鼻歌の子、口をつむいだ子にずっとおしゃべりの子。横の子とつないだ手をふりほどき突然走りだす子、地面に何を見つけたのかうずくまる子。センセもあっち見てこっち見て。注意したり、相槌打ったり、笑ったり、話しかけたり。ええなあ、子どもと日向はほんまよく似合う。あ、けど、こんな感じで歩いてたら、いつになったら公園に着くんやろね。

▲ かく言うわたしも前回 伊藤比呂美さんの講演会のこと書くはずが、あれもこれもと寄り道してたらたどり着けなかったんだけど。
そうそう、小学生のころ遠足の作文を書くと、朝「きょうは一人でぱっと目がさめました」から始まって、母がクッキーの缶を重しにしたサンドイッチを切ってるところ。「ハムの切れはしがくっついたパンの耳をもらって」頬張ったこと。行く前にもう一度、とリュックサックをひっくり返して「もっていくもの」を調べ・・・と書いてたら、学校に着いてバスに乗るところで原稿用紙は尽きて。つまり、小学生のころからいっこも成長してへんってことか。

▲ さて、こんどこそ講演会の話を書こう。
当日集まったのは30人余り。この人数で話を聴くのはもったいない気がしたけれど、これくらいの集まりだからこそのいい雰囲気の会だったと思う。そして、出席者はなんと全員女性。伊藤さんがざっと会場を見渡して、開口一番「この演題(『女が書く──更年期と老いと死をみつめて』)に恐れをなしたのかしら。男性は一人もいませんね。でも、まあこのほうが話しやすくていいわ」と言わはったので皆大笑い。

▲ わたしが「伊藤比呂美」の名前を初めて見たのは『現代詩手帖』の投稿欄だったと思う。もう30年以上前のこと。その頃『ユリイカ』や『現代詩手帖』を買うと、まず裏表紙からページを繰り、「解放区」とか「投稿コーナー」をみた。自分と同世代のひとの詩を見つけると、その才能に「すごいなあ、すごいなあ」とため息まじりで読んでいた。伊藤比呂美さんはそのなかの一人だ。その後詩人としてデビューされてからもしばらくは作品を読んでいたんだけれど、そのうち詩そのものも読まなくなっていた。

▲ 次に伊藤比呂美の名前に出会ったのが『良いおっぱい悪いおっぱい』という本。高校の間はずっとニール・ヤングに夢中だったという少女も(わたしも!)いつしか母となって。「がさつ、ぐうたら、ずぼら」が合言葉の画期的痛快育児エッセイ。さすが「あの」伊藤比呂美!と唸って。しばらく忘れてたら(苦笑)こんどは 『伊藤ふきげん製作所』なんて本が出た。あの伊藤さんが女の子を三人も産んで育てるやなんて。しかもいつのまにか離婚、再婚。アメリカ暮らしで。子どもは成長し、いらつき、むかつき「ふきげん」全開の思春期に突入。摂食障害。たちむかう伊藤。やっぱり「すごいなあ、すごいなあ」と思いながら読んで、またしばらく忘れて、また読み、忘れて。
そしたら、こんどは『女の絶望』 『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』 『読み解き「般若心経」』と続いてどーんと来て。

▲ そういうわけで、十代の終わりからなんとなく、ずっと、つかず離れずの本の書き手がすぐそこにいてはる、というこころ踊る講演会は、ご自分の若いころの摂食障害の話も、髪の毛を抜いてたことも。恋愛と結婚。毎月のようにカリフォルニアと熊本(お父さんの介護)を往復するような今の生活も。からだ、セックス、更年期。そして老親の介護の話まで。
たぶん渦中に在るときはジゴクのような痛い思いも大変さも経験しはったやろうに。テンポよく、けろりとわらって聞かせてくれて。サイコー。大きな口開けてあはは~と声あげたあとは、ああ、やっぱり伊藤比呂美ってただものじゃないと唸るのだった。

▲ そして、その本の読みっぷりのよさも深さもさすがで。途中「書く」うえでの秘策のような話もあって、それは推敲にかんする話だったのだけど、軽妙な語り口でさらさらと綴られた(かのように思える)文章が活字になる前、どれほど削られ、消され、書き加えてはまた一気に削られ消されを繰り返されたものか「痛」感。この推敲に推敲を重ね「スキ」のなくなった文章をいかに「スキがあり読みやすい文章にするか」がポイントらしい。(高度!)このポイントの「秘策」が知りたいとこやけど、それは才能と「書いて、書いて、書き続ける」者にだけわかることなんだろな。

▲ 最後は伊藤さんによる『読み解き「般若心経」』から詩の朗読。
この詩は本を読んだときふかく残って全編ノートに書き写したものだった。
それまで笑って湧いた会場がたちまちしんとなり、伊藤比呂美の詩と声にふるえた。
『ききなさい しゃーりぷとら。
「ある」は「ない」にことならない 
「ない」は「ある」にことならない』
帰り道、耳のおくの方でこのフレーズがずっとずっと響いてた。
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by bacuminnote | 2010-12-08 21:24 | 本をよむ | Comments(0)