いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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「よすえの少年」

▲暑いとか、涼しすぎとか、やっぱり暑いなあとか。まあ、ほんまに勝手なことばっかし ぼやいてるうちに八月もあとちょっとになってしまった。朝起きたら蹴飛ばしてたはずの布団をしっかりかぶってるし、この間はカレーうどん鍋、今日は中華風のあんかけ丼なんて熱いもんをこしらえた。吹く風にも秋が含まれているのをかんじ、知らんまに扇風機を止めてる。
春以来、見えない重いとんでもないものは まわりを隈なくとりかこみ、人のこころにまで ずかずかと侵入してくるけれど。そして、ああ、この一文なんべんも引いてる気がするけれど。『季節の営みの、まことに律儀なことは、ときにこの世で唯一信頼に足るように思える。』( 『家守綺譚』梨木香歩著・新潮社刊)

▲ あいかわらず本も映画も「新しいもの」発見はたのしみの時間で、そのつど「よかったなあ」と思うのに、わたしのノート(←「寝タ帖」と名付けてる)は春からあまり埋まらない。なんでかなあ。自分の中で何かがかわってしまったのか。だからか、なんだかよくわからないけれど、そんな落ち着かない思いで寝床に持ってゆくのはもう何回か読んでいる本だ。「読んだことのある」安心感やろか。でも夏の夜の読書の時間はいつも短くて、いつのまにか寝入ってしまい、相方が電気スタンドを消してくれるのにも気づかないでいることが多い。

▲いまは徐京植(ソ・キョンシク)さんの 『子どもの涙』(柏書房刊)を再読中。この前NHK『こころの時代』~私にとっての「3・11」フクシマを歩いて 徐京植~という番組をみて、徐京植さんの静かで重みにある語りに、また読み返してみたくなった。この本は副題に「ある在日朝鮮人の読書遍歴」とあるように、外遊びが苦手で『学校が終わると一目散に帰宅して、やぐら炬燵に腹ばいになって本を読む方を好んだ。』という本好き少年がやがて思春期に入るまでに出会った本や人びと、家族のことを綴ったエッセイ集で(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)以前 このブログにも紹介したことがある。

▲ 幼いときに朝鮮から日本に渡ってきた著者のお母さんは、小学校にすら行けないまま、数え年の九歳から西陣織の機屋に子守奉公に出て、長い間字が読めなかった。だから子どもが母に本を読んであげる。母は母で、子どもが眠りにおちるまでの間、日本や朝鮮のむかし話をしてくれるのだ。家の外では「在日」であるがゆえの辛苦(などと簡単に言えるものではないが)と切り離せなかったと思うけれど、この家の読書や語りのなんとあたたかでゆたかなことだろうと読むたびに思う。

▲彼には兄が三人いて(その下にもう一人妹がいる)、兄たちに可愛がられもするが、ちょっとばかにされたり、おちょくられたり。ウチは女ばかりの四人姉妹だけど、育った時代背景も(著者は1951年生まれでわたしの三番目の姉と同じ年)同じく「四番目」の子どもということもあり、重なるエピソードがいくつもあって「ほんま、ほんま」と姉たちの言動に傷ついた過去(←たいそうなようだけど、こういうことは結構よく覚えてるものだ)が思い出されて、今更ながらに悔しがったりしつつ(苦笑)読んでいる。

▲ 子どものころ、本を読んでいる著者にお母さんが何を読んでいるのか、と尋ねる。彼は勢いよく「よすえの少年!」と答えた。すると、すぐ隣で素麺をすすっていた「小(ちい)ちゃい兄ちゃん」が「よすえ?よすえ。って何や?」と頓狂な声をあげた。はたして彼が読んでいた本は『揚子江の少年』(エリザベス・ルウィズ)という本だったのだ。
家にあった本なのだから、彼同様に本好きの兄はすでに読んだ本である。『おそらく「揚子」の二字だけにルビがふってあったのだろう、嗤われるまでずっと、わたしは「よすえ」と思い込んでいたのである。』お母さんは「小ちゃい子のこと、そんないうて、バカにするんやない!」と叱ってくれるが、日頃からお母さんに著者がいい子ぶってる風に感じて、又そういうのが大嫌いな「小ちゃい兄ちゃん」はそれからもしばらく「おい、よすえの少年」とからかうのだった。

▲ 中学生くらいにもなると少年は詩を読んだり書いたりするようになる。特別にノートを用意して気に入った詩句やアフォリズム、自作の詩を書き綴る。が、『このノートだけは兄たちに絶対に見つかってはならないので、隠し場所には腐心した。それでなくても、すでにその頃、わたしは兄たちに「詩人」とあだ名されていたのである。そのイメージはすなわちベレー帽にルパシカ姿の「文弱の徒」であり 、「キザな奴」とか「エエかっこしい」ということである。だから、もしもそのノートを盗みよまれたて嘲笑されたら家出しかない、と思い詰めていた』(「男について」~『現代詩人全集』より)このくだりはわたしにも身に覚えがあり苦笑。

▲ 男四人の兄弟のちょっと荒っぽくて、でも微笑ましい光景のその後「小ちゃい兄ちゃん」こと次兄の徐勝さんと著者よりすぐ上の三歳ちがいの兄「みっちゃん」こと徐俊植さんは政治犯として1971年に母国留学の韓国で投獄される。三兄が出獄したのはそれから17年後、次兄の釈放はさらにその3年後。そして兄弟の投獄中にお父さんもお母さんも亡くなるという、なんとも厳しく残酷な「その後」をすこしは知っているので、ひとつひとつのエピソードにひとしきり笑ったあと、改めて「現実」の重さと著者のことばが迫ってくる。この本にはほかにも読書の興味深い話がいっぱいあるんだけど(こんど書きたいです)「よすえの少年」の話は、著者の子どもの頃の家族の様子が浮かぶようで、そのなんてことのない あたたかさに、読むと胸がいっぱいになる大好きなエピソードだ。


*追記
■今回「文庫版によせて」という文章と著者が思春期に憧れた詩人・石川逸子さんによる「解説」が読みたくて 小学館文庫『子どもの涙』を入手しました。
「文庫版によせて」には親本(柏書房刊)の刊行の1995年同年の日本エッセイスト・クラブ賞受賞のさい「言語の檻(おり)」というタイトルのスピーチ(の後半部)が引用されて、あらためて母国語、母語について考えさせられます。石川逸子さんの「日常から普遍の世界へ 徐京植その歩みへの共感」という解説もまたすばらしいです。

『フクシマを歩いて 徐京植:私にとっての「3・11」こころの時代』(you tubeによる動画)

■徐京植さんといえば、多和田葉子さんとの共著『ソウル―ベルリン 玉突き書簡―境界線上の対話』(岩波書店刊)もときどき読み返したくなる、読み応えのある本です。
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by bacuminnote | 2011-08-26 11:06 | 本をよむ | Comments(0)

衣が風にゆれている。

▲ まいにち暑い。朝早くから日が暮れるまで。
できるだけ買い物も用事も朝のうちにと出かけても、結局帰りは暑い盛り。昨日も信号待ちでくらくらして立ってたら、横断歩道のむこうで若いサラリーマンの大きな欠伸発見。ふああ。昨晩も寝苦しかったもんね。
いつのまにか横に並んで待ってはる年配の方も同じとこを見てはったのか、どちらともなくにっこり。「暑いですねえ」の挨拶。「こないに暑いと こたえますなあ」「ほんまですねえ」と汗ふきふき。知らんモン同士の会話に、いっときなごむ。暑いことにかわりはないけど。

▲ 先月末、福山(広島県)の旧友から久しぶりに電話があった。今日から夫と娘が海外の知人宅に出かけて、ひとり留守番。一人、なんて事はめったにないし。「出ておいでよ」とのお誘い。
彼女とは学生時代に借家の上と下で暮らした仲で、卒業後も結婚後もずっと連絡はとり合っていたものの、そのうちわたしが信州に越して、彼女はお寺の 「坊守さん」ということもあってつねに忙しく、くわえて二人共思いもかけず38歳、41歳でお産して、電話で忙しなく近況を知らせ合っては「早う大きくなってほしいなあ」が合言葉だったが。お互い高齢でひいひい言いながらの子育てもからだの不調も落ち着いて、やっとやっとの再会だから。日頃 腰の重いわたしも珍しく「行く行く!」と即答してしもた。

▲ そんなこんなの「思い切って」の出発だったけど、何のことはない。調べてみたら新大阪から福山まで新幹線に乗れば1時間で到着。ウチの最寄りの駅から乗り換えの時間入れても1時間半。吉野のジッカより早く着くのであった。慎重派のわたしはいつもちゃんと予定を立てるのだけど、慎重派ゆえ(笑)決めた時間より早く家を出てしまい、決めた電車より何本も早いのに乗ってしまい、結局新大阪駅には予定よりずいぶん早く到着してしまった。平日だから、すいすい~と思ってたけど、それでもやっぱり夏休み。ホームの自由席の所にはすでに列がいくつもできていて、びっくりした。

▲ 乗ったのは「さくら」。
たった一時間でもうきうき旅きぶん。待ってる間の猛暑にほんまは冷えたビールでも買って乗り込みたいところだったけど、いくらなんでもまだ午前中ゆえ自粛。二人掛け窓際の席に座りお茶をのんで一息。さっそくかばんから読みかけの本を出す。前の晩に読み始めておもしろくて最後まで読んでしまいそうだったけど、電車で続きを、とたのしみにとっておいた(←電車のなかの読書好きデス)この本 『馬を盗みに』(ペール・ペッテルセン著・西田英恵訳・白水社刊)は、スウェーデンの国境に近いノルウェイの小さな村で15歳の少年が父と過ごした夏の話。その気候風土から開田高原のことを思いながら、ハクスバーナー(スウェーデンのチェンソーのメーカー)や四輪駆動の車を思い出しながら読む。訳はいったん英訳されたものを和訳されたものとか。でも、すーっと入ってくるとてもいい訳で、ここいいな、この表現すばらしい~と付箋だらけになる。

▲ 車内はすぐに乗客で埋まり、わたしの横にも華やかな雰囲気の60代くらいの女性が座らはった。やっぱりどちらともなく第一声は「外、(ホーム)暑かったですねえ」。それで終わるつもりが「どこまでいらっしゃるの?」と聞かれ、下りる駅がたまたま一緒だったので「まあまあ、それはそれは」となり、地元の小学校の同窓会に里帰りという彼女のアンチエイジングの(ジムでの鍛え方、姿勢、シワができない笑い方に至るまで)レクチャーが始まった。隣席のスッピン、ぼさぼさ頭、猫背の50代後半を見るにしのびなかったのか。

▲彼女「もう72歳よ」と言うてはったけれど、きれいなかただったけれど、たしかにお若いと思ったけれど。わたしは「ほうれい線」ができてもええから、早くノルウェイの川と森の世界にもどりたい気もしたが(苦笑)まあ一時間のことやしね。こういうのも旅のひとこま。ていうか、近頃じゃ、もうめずらしい出来事だったかもしれない。

▲ こうして、あっというまに電車は福山に。おとなりさんと一緒に電車を降り、改札に向う。と、彼女の携帯が鳴る。「あ、アッシー君からよ」とピンクの携帯開かはると、思いのほか大きな文字があらわれたので(おお、シルバー仕様やね)と頬がゆるみ、なんだかほっとした。「じゃあね」と目であいさつして別れる。そしてそして、改札口のむこうにはなつかしい顔がおかしくてたまらんと言うように笑って手を振ってる。わあ、m!ひさしぶりやなあ。

▲ ありあまる時間があったころの友だちは、その後どれだけの空白があっても会えば、すぐに昔に戻る。ガッコで出会いながら、ガッコ以外の場所の思い出のほうが圧倒的に多い友だち。(それでは一体ガッコとは何だったのだ・・)ゆっくり話すのは何十年ぶりだったけど、お互いの相方も子どもも抜きで会ったから余計、いきなり、昔に一気にワープしたみたい。もともとお寺の子やったし、広い廊下にいくつもの部屋も、風に揺れる衣紋掛けの白衣(はくえ)や墨染の法衣も、その昔、大分の彼女んちを何回となく訪ねたときのなじみの風景で。ちがうのはお母さんじゃなく彼女自身が「坊守」さんになったこと。友の読経を聴くのは初めて。はずかしいような、緊張するような。そして感動。この時はじめて会わなかった長い間にそれぞれに経験した「ちがう時間」を思った。

▲ 話の合間にも電話が何度も鳴り、お客さんが見え、お勤めに、戸締りに、と留守番とはいえ忙しい彼女。夜、ようやく用事もすんで、ふとん並べて修学旅行の少女のようにしゃべる、笑う。お互いにしんどかった頃の話に泣きそうになりながらも、またしゃべっては笑う。夜が明ける頃には涼しい風が入って、しずかやなあ。さあ、ぼちぼち寝ようか。朝はゆっくりでええんやろ~と言うと、思いもしなかった返事にまた笑うた。
「うん。けど、境内にラジオ体操の子どもらが集まって来るけんね」
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by bacuminnote | 2011-08-13 16:19 | 本をよむ | Comments(0)