いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2011年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

残る時間。

▲ 台風の夜、落ち着かない思いで寝床についた。
ヒュウヒュウ悲鳴みたいな風の音。バタンと何かが倒れた音。その後ものすごい勢いで雨が降り出して、遠く高速道路の方から救急車の音がする。湿気のせいか不調の肩が痛くて、あっち向いたりこっち向いてみたり。ごそごそして何度も目が覚めながらもいつのまにか寝入ったらしく、気がつけば朝だった。

▲ 寝たようで寝てないようなぼんやりした頭で庭に出たら、外もまた薄ぼんやりと暗かった。
空っぽの植木鉢が転がり、軒下に置いてあった古い電灯の笠がえらく移動して、落ちた葉っぱや、どこからか飛んできた木っ端が散乱・・・と、いつもの「台風一過」な光景にちょっとほっとして空を見上げたら「まだまだ」とでも言いたげに、空は灰色でどんよりとしており。台風のこの先の進路を思ってしばらくぼーっと突っ立ってた。

▲ この間のこと。
朝、twitterを見てたら、ある女性がテレビで観たという画家の堀文子さんの言葉を紹介してはったのが目についた。『群れない、慣れない、頼らない』。ずしりと響く言葉だ。
そういえば、以前読んだ本に堀さんの語りがあって書き写したはず、とさっそく古いノートを繰った。それはいろんな方面で活躍する高齢の女性たちへのインタビュー集で、堀さんのほかにも舞台美術の朝倉摂さんや、田辺聖子さん、暉峻淑子(てるおかいつこ)さん、華道家の尾中千草さんなどの、じつに刺激的なお話が紹介された本だったんだけど。

▲ あった、あった。
本を読んだのは二年前のことだ。本を読んで気に入ったところや気になったところはいつもノートに書き写してる。ただのメモ帖だし、もう何冊にもなってるし、いつからかノートに番号だけは書くようになったけれど、何をどこに書いてるかはまったく不明。本に関してはいつ頃読んだ「気がする」、あの本のあとに読んだ「気がする」、というのだけが頼りで探すんだけど、これが結構見つかるもんで。それに、ノートを繰るうちにおもいもかけない「拾い物」があるのも愉しい。

▲ さて、堀文子さんの語りはこうだった。(ちょっと長いけどそのまま引用します)
『自然を尊敬して、動植物から驚きと感動をもらっていないと、わたくしはだめなんです。絵が生気を失う。感性が鈍ると、苦し紛れに自分の作品をコピーし始める。つまり、ウンウンとうなって作り上げた絵を、自分で模倣してラクをするわけです。わたくしはそれを絶対にしてはいけないと厳しく自分をしつけています。自然と共に生きて、エネルギーをもらって、常に昨日の自分を壊し、新鮮な驚きと不安を持ちつづけていたいんです。そのためには、環境を変える事が必要です。一ヵ所に定住してると、ものを見る目が濁ってきますから』( 『ニッポン・ビューティー 本物の女たちの美しい生き方』(白江亜古取材・文 講談社2009.4刊 )

▲インタビューがいつ行われたものかは不明だけれど、1918年生まれの堀さんだから90歳近い年齢であることは確かだと思う。「新鮮な驚きを持っていたい」というようなことは凡人のわたしでも願うことだけど、すごいなあと思うのはそれと同時に「不安」をも持ちつづけたい、とおっしゃるところ。この年齢にしてなお「安定」ではないのだ。それに『苦し紛れに自分の作品をコピーし始める』も 痛い言葉だ。「創作」に求められるきびしさ。いや、自分自身に求めるきびしさ。これはこの本に登場された方たちが共通して語ってはったことでもある。

▲ 堀さんはこうも言うてはる。
『私は、人生の折り返し地点は50歳。そこからは、残る時間を人にゆずらず自分の決めた目的に向かって進むしかないと思いました。50歳ならまだ、まったく別の専門家になれるくらいの体力と判断力もあります。ですから50歳からあとは迷ったり、あたりに気を散らすことなどもう許されないと考え、50歳からあとの新しい暮らしに踏み切りました。都市生活を捨て自然の中で暮らし始めました』(←この一節は上記の本からか、他の本からの引用か不明です)

▲ これを読んでいたら、なんか先輩に怒られたみたいで、うつむき、うなだれてしまう。いや、こんなすばらしいアーティストと自分をかさねて考えるなんて、いくら何でも厚かましすぎやけど。「折り返し点」を過ぎてもうずいぶん経つのに、ぐだぐだ「できない」言い訳ばかりの自分の背中をばしっと叩かれたようなきもちでノートを閉じた。

▲ その日は午後から旧友Aが近くまで来てるから、と連絡をくれて会うことになった。「久しぶり~」の挨拶のあとは、お互いに「積もり積もった話」があふれて、しゃべる、しゃべる。
Aからは先月カンボジアに行って来たという話。彼女が三十年余り作ってる藍染め古布の服の話。家族の話。で、そのあと突然「せや、いいこと思いだした」と、Aはいたずらっ子みたいににっこりして「クミに言おうと思っててん。今日朝出掛ける前にたまたまテレビで見たんやけど・・・堀文子さんって知ってる?すごいなあ。わたし、あわててメモしたんよ」とノートをめくった。
「それそれ。わたしも知ってる・・・」と、twitterのこと、かつてわたしもノートに書き留めたことを話すのだった。

▲ 家に帰って、以前 知人にもらったポストカードの中に堀文子さんのミジンコの絵があったことを思い出した。たしかこの本を読んだあとメールのやりとりがあって、それで送ってくれはったのだと思う。みんな女のひと。繋がってるなあ、とうれしくなってさっそくそのポストカードにノートの言葉を書き写してA宛てに投函した。
そしてこの番組のことをネットで調べてたら、堀文子さんが切り絵をなさってるところが出た、とあって。
写真家山沢栄子さん(1899~1995)相方の写真の師でもある)も晩年 車椅子生活になられてからは、カメラをもつことができなくなり、紙を切ったり貼ったり、コラージュ作品をつくってはった事を相方と話した。(作品は山沢氏が92歳のとき『私の現代』ーアブストラクト'91ーという作品展で発表されています)

▲その翌朝一番に福岡糸島の友人(前にも ここで紹介したとびきりの焼き菓子をつくる”Small Valley Dessert Company”さん)からメールがきて。NHKで戸井十月が堀文子をインタビューする番組 『ヒューマンドキュメンタリー「画家・堀文子 93歳の決意」』を昨日偶然みてすごくよかったよ、とあった。わあ、みんなおんなじ頃におんなじように、ひとりのすばらしい女性のことを思ってたんやなあ。synchronicity !
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by bacuminnote | 2011-09-22 14:20 | 本をよむ | Comments(0)

種をまくのも忘れてた。

▲ ときどき用事ででかけるA駅まであと二分くらいという位置で、電車が一旦停止する。いつものことながらそのあいだ車内がしんとするのがおかしい。わたしが決まって乗る車両の窓からは電車道沿いの家の二階が見える。いま時分はベランダに朝顔がいっぱい咲いている感じのいいお家。高いとこから堂々とのぞいてるみたいで申し訳ないけど、ここで電車がとまると見ず知らずの人の住まいなのに、なんだか知り合いの家みたいになつかしいようなきもちになって。腰を浮かしてわたしは朝顔のブルーに見とれてる。

▲ そういえば、ウチの唯一の園芸(!)の朝顔を今春は種をまくのも忘れてた。肩が痛いのを言い訳に庭の草抜きもしないまま夏がすぎ、ドクダミの群生も生気をなくし濃い緑色は黄色く枯れて。気がついたらあんなに賑やかだった蝉は姿を消し、夜は涼風のなか虫の音が静かにひびいてる。もう秋やね。
大震災、原発事故その後の報道が日毎減ってゆくのに、その重くたれこめた空気は日毎に濃くなってゆく気がする。そんな中、こんどは台風の被害。

▲幸いジッカ周辺は無事だった。でもニュースで次々報じられる地名は皆なじみのあるもので。長いこと忘れてたけど、その名前を聞いたとたん 昔見た光景やその土地の方言がわきあがってきた。だから、すぐ後に映しだされた惨状に、ただもう言葉を失う。わたしがこんなん言うてもどうしようもないことはわかってるけど。どうかもうこれ以上被害がひろがりませんように。

▲ 川のすぐそばで生まれ育ったから、今だに「台風が来る」と聞くと胸のあたりがおちつかない。
伊勢湾台風(1959年9月26日潮岬上陸)の時はまだ5歳にもなってなかったけれど、親や近所の人たちが「ただごとでない」顔でばたばたしてた様子はなんとなくおぼえている。これほど大きな台風でなくても、そのたびに家の裏の畑は水に浸かり、泥色してゴーゴー音たてて怒り狂ったかのような川に、倒木や壊れた家具や屋根やら、思いもよらない物が波たてて流れてくるのをどきどきしながら姉たちにくっついて二階から見ていた。階下では上の道まで引き上げたうち(旅館)の何槽もの鮎舟が大丈夫かどうか母が声を荒げてた。

▲さっき保育所の頃からの友だちMちゃんの ブログをのぞいたら、彼女がまったくおんなじ事を書いてて苦笑の後 じんとする。そら、ふたりとも吉野川の傍(はた)でおんなじ景色や空気のもと育ったんやもん。小学生のころ夏の体育の授業は川で、毎日毎日川で遊んで、そんなたのしい遊び場である川で、身近なひとの悲しく辛い事故や、台風で一気にその表情を変えるところも、見聞してきたもの、ね。

▲ 最後にこの間読んだ 『村田エフェンディ滞土録(たいとろく)』(梨木香歩著・角川書店刊)でこころに残った一節を引いてみようと思う。「エフェンディ」というのはトルコで昔使われていた、学者に対する尊称、先生のことらしい。「土」は土耳古(トルコ)のこと。つまり村田(主人公の名前)先生トルコ滞在記、というところかな。1899年のトルコ。様々な人種の人たちが集まる下宿を舞台にした物語だ。

『私は感激のあまり口ごもった。ディミィトリスは照れくさそうに微笑んだ後、
「こんな事は何でもないことだ。私は人間だ。およそ人間に関わることで私に無縁な事は一つもない。」と呟いた。
「テレンティウスという古代ローマの劇作家の作品に出てくる言葉なのだ。セネカがこれを引用してこう言っている。” 我々は、自然の命ずる声に従って、助けの必要な君に手を差し出そうではないか。この一句を常に心に刻み、声に出そうではないか。[私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁な事は一つもない。]" と」』
(九・「醤油」より)

 *追記 
上記リンク先の本はもう絶版になっていますが、いまは文庫版が発売されています。
『村田エフェンディ滞土録』角川文庫版 HPではこの本の一部「立ち読み」ができます。
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by bacuminnote | 2011-09-09 11:49 | 本をよむ | Comments(0)