いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ヒバリのたまご。

▲ 寒い日がつづく。
大阪でも当地は「大阪市内」に比べたら同じ大阪か、と思うくらい冷え込む。くわえて、夏に涼しい今のこの家は、冬も相当涼しくて。いや、寒いのはウチだけじゃなく同じくらいの築年数のご近所さんが寄れば皆で口を揃えて「家、寒いなあ」とぼやき合う。マンション住まいの子や友人が来るとたいてい第一声は「さぶっ!」で。このたび「老夫婦二人」になったらよけいに寒い気がする(苦笑)

▲転勤も引越しもまるで縁のない子ども時代をすごしたわたしだったけど、学生のころはアパート→下宿→借家暮らしを経験した。そしてケッコン後は7回引っ越して今の家で8回目、と転勤などない仕事やったのに、よくもまあ、あちこちに動いたものだ。
ケッコンして何年かの間には2年たたずに引っ越したことも数回あったけれど、年をとるごとに動きは緩慢となり(苦笑)信州には13年(もっといるはずだったけど)ここでの暮らしも早や8年となった。

▲ この町の周辺に次々建つマンションの前には 季節に関係なくしょっちゅう引越しトラックが停まっており。前を通るたびにてきぱきと立ち働く若い人の姿にみとれつつ、ふっと「ここ」でない「どこか」での生活を夢想したりする。
若いころ住んだ京都にもういっぺん住んでみたいなあ、とか、友だちのいる福岡もええなあ、とか。いま読んでる句集に『ここなら住んでよさそう薄氷』( 宇多喜代子句集『記憶』より)という句があって、そういえば相方と金沢のまちもええよなあ~と話したことがあったのを思い出したり。財布の中身や諸事情ぜーんぶ棚の上にあげて、「どこに住もうか」と好き勝手な想像するのは楽しいけど、案外ここが「終の棲家」になるかもしれない。いや、やっぱり先のことはわからない。

▲ いずれにしても、自分(たち)の意思での引越しは、慣れ親しんだ町や友だちから離れるさびしさはあるものの、新しい土地や町への期待もあって楽しみだけど。思いもよらない転居はほんとうにつらいと思う。
親にとっては希望の引越しでも、子どもにとっては望まないものであるかもしれないし。
息子(その1)の子どものころの貯金通帳は住所欄が上から下までびっしり、二本線で消しては書き、消しては書き・・ずらりと住所が並んでいて、みるたびにちょっと胸が痛かった。おじいちゃんやおばあちゃんも「引越してばかりでかわいそう」って言うし、ね。
でも、いつだったか。お寺の「坊守さん」である友人が息子に「◯ちゃんはええなあ。あちこちに行けて、あちこちで住めて、あちこちでいろんなもんに会うて、ええなあ」と言うた時、息子がうれしそうに笑うのをみて、ものすごくうれしかったのを覚えている。彼女曰く「お寺の子は引越し、ってないんやもん」。

▲ そんなことをつらつら思っていたら、図書館で『家の履歴書 このヒトはどんなイエに住んできたか』(文藝春秋1996年刊初出「週刊文春」)という本が目にとまった。39人の有名人や芸能人の住まいの来歴が、そのうちの一軒の家の見取り図と様々なエピソードを交えて語られるんやけどね。
いやあ、当たり前といえば当たり前のことなんだけど「家の履歴書」というのはその人歩んできた道のりでもあり、三畳一間から豪邸まで。広い、狭いをこえて、家族の団欒も、愛憎も、贅沢も、生活苦も、みんなぎゅうぎゅう詰めで。ああ、人生って、ほんと一筋縄ではいかんのやなあ、と。笑ったりしんみりしたり、お金持ちになると、どんどん大きな家へ広い家へとむかう人間の業やら欲やらに、一人分読んだらお腹いっぱいになって、閉じる。また開いて閉じる、をくりかえしてる。

▲ けど、この本に登場しているということは世に名の知れた人たちばかりで、過去に苦労をした人も今は落ち着いた暮らしをしてはる。そんなあかるい成功談が多いなか、一番こころに残ったのは作家の 辺見庸さんの「家を考えるときにいつもつきまとう不安定感」という(タイトルの)インタビューだった。
宮城県石巻で生まれ育った辺見さんは、遠洋漁業の船乗りさんの家庭が近所に多くて、友だちのお父さんが海で亡くなったり行方不明になったりを見聞きしてきたことや、記者時代に世界各国で難民と接した経験から『人間はいつどこでどうなるかわからない』という感覚が自分のなかに染みついているような気がする、と語っている。

▲ 辺見庸さんといえば、3.11のあと北日本新聞に掲載された「震災緊急特別寄稿」を思い出さずにはいられない。(下の「追記」にこの記事のリンク先書いておきます)胸をつく深いこの文章と、去年4月テレビでの発言(NHK「こころの時代 瓦礫の中から言葉を~作家・辺見庸」)を、「ドドーン、ドドーンと、荒波の音が小さな家の枕元まで聞こえてくる」(『「家」の履歴書』より)そんな海のすぐそばの木造平屋の市営住宅で育った辺見少年を想像しながら、今ふたたび思い返し、何度も読み返している。

▲ そして、地震や津波で、放射能ゆえに、万感の思いで「家」を離れ、避難のため仮の住処に暮らす人たち、子どもたちのことを考えながら、引越した先でも、どうかよい出会いがありますように、とおもう。
最後に辺見庸氏の子どものころの話をひとつ。
『その頃、唯一希望を託していたのはヒバリの卵でした。天気のいい日に海岸を探し歩きました。黄緑の鮮やかな斑点のある、まるで宝石みたいな小っちゃな卵。いままであんなに美しいものは見たことがありません。その卵をどうしたか? 持ち帰って温めたりするんだけど、孵化するはずありませんよね(笑)。あれは何だったのか……。でも、ボクにとって「ヒバリの卵は」あらゆるものを超えていました。』(同上p205より抜粋)


* 追記
辺見庸氏による 北日本新聞「震災緊急特別寄稿」の元の記事がみつけられなかったのですが(以前わたしが読んだのも転載記事だったので)『土竜のブログ』というところに記事画像があったのでURLを書きます。(新聞の画像をクリックすると大きくなります)http://mypixy.exblog.jp/15672704/

ブログ『BOOKS-Sima』のほうが文字は読みやすいです。
http://books-sima.blogspot.com/2011/03/blog-post_17.html


*今日はこれを聴きながら~
Dakota Suite - Hands Swollen With Grace
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by bacuminnote | 2012-02-20 20:55 | 音楽 | Comments(0)

ことこと煮えて。

▲ 朝 目が覚めて障子からもれる白い光が明るいと「いちにのさん」でさっと起き上がる。
アラームも一応セットしてるけれど、あの電子音がいやで先に起きてしまうことが多い。若いころは外がカンカンに晴れていようが、雨がじゃあじゃあ降ろうが、寝ても寝ても眠くて。目覚まし時計だけじゃなくタイマーで音楽が鳴るようにしたり、もちろん家族に起こしてもろても、いろいろやっても二度寝、三度寝・・・。

▲ そういえば、大むかしのこと。相方がケッコン話に、初めてジッカに来たとき母は「この子、朝なんぼ起こしてもね 起きませんで~(それでもよろしいんでっか?・・という風に)」なーんて言うたんである。
が、相方も動じず「ぼくかて 前はそうでしたけど、今は起きれるようになりましたし」と、なんや漫才みたいなやり取りがあって。(ちなみに、そんな話の間 亡き親父はというと「娘のだいじな話」とわかりつつ、別室にて近所の仲間よんで囲碁して 顔も出さず。ほんま失礼なやっちゃ・・苦笑)
まあ、そんな筋金入りの「ねぼすけ」もいつのまにか立場は変わり、息子に「早う起きや・・・起こして、って言うたんはあんたやろ。もう起こせへんからね」と襖をばしっと閉めるお母ちゃんになった。
ほんま若い人というのは、なんぼでも眠れる人のことで。

▲けど、その子もとうとう 引越してしもて。
この前もここで書いたところだけど、そんなわけでわが家も「ふりだし」にもどり、フウフふたりの生活と相成った。母にその旨伝えると「そうでっか。(子が出ていくと)さびしいなるなあ。けど、あんたとこの事やから、今晩は二人で仲良う湯豆腐でも食べなはれ」と言うや、あははは~と笑って電話を切るのであった。(マイリマシタ!)

▲「お母さんは、ウチは鍋ばっかし~と 思ってるねんから」と憤慨しつつも、くたびれて料理する気力も食欲もなく、案の定その夜は湯豆腐となった。
葱を(山盛り!)刻みながら、大家族から今は夫婦二人暮らしとなった友人のメールの(広い家の中)「極力狭い範囲で暮らしています」「二人きりってこんなに楽だとは思いませんでした」を思い出して頬がゆるんだ。そりゃね「食べ盛り」がいないと、こしらえる張りもないし、さびしい言うたらさびしいし、ご飯もおかずもようけ作ったほうがおいしいに決まってるけど。
ことこと煮える湯豆腐はさんで相方と ふうふう言いながら食べるのもええもんで。ほな、まあ、一杯いきますか~
『湯豆腐の小躍りするや夜の酌』(玉村豊男)

▲そんなこんなでここ数日バタバタと過ごして、このブログ始めて以来キープの月三回(←毎日書いてはる方も多いというのに、10日に一度の更新でたいそうですが・・)初の一回抜けとなり、めずらしく本も読まず映画も観ず、夜は布団に入るやすぐに消灯。
つまり。早起きができるようになったのも、つかれやすいのも、また年ゆえということやろか。
そうそう、これ書いてたら母から電話で、曰く
「せやけど、二人やから言うて湯豆腐ばっかし食べてたらあきまへんで。しっかり栄養のあるもんも食べなはれや」




*追記

きもちよくめざめた朝に、すてきなうたひとつ。 Brother Sparrow
歌い手のAgnes Obel はデンマークの映画 『光のほうへ』で知りました。映画で使われていたRiversideもいい曲です。
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by bacuminnote | 2012-02-12 19:58 | 音楽 | Comments(0)