いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2012年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

用があってもなくても。

▲ あいかわらず暑いけど、ふく風にあっと秋をおもう瞬間がある。文字通り「あっという間」のことなんだけど。これがなかなかええんよね。すっかりしなびた花(わたし)もたっぷり水撒きしてもろた気分になる。で、あとはまた延々に暑いんやけど。すこしずつこの「あっ」がふえて、そのうち天も地も熱ひいて、気がつけば秋がすまし顔ですぐ横にいる。(でも、その日よ。できるだけ早くきてください)

▲ この間ツイッターで思いもかけず大分県は日豊本線・佐伯(さいき)駅と、佐伯市内に古くからある書店の写真をみつけた。ツイート主は 夏葉社さんという出版社(←ファンです)の方。
佐伯は旧友のジッカの最寄り駅で、18のとき初めて彼女の帰省時にくっついて夜行列車で降りて以来、数えきれないくらいに乗り降りした駅だ。彼女の家は駅から海沿いを車で二十分ほど行ったところの小さなまちだった。

▲地図でたしかめたら件の書店は佐伯鶴城高校のそばで、ここの卒業生である友の案内で何度か歩いたことのある落ち着いたええ感じの通り。
彼女も結婚してとうに九州を離れ、遊びに行くたびに「あんたは魚好きやけんね」と、山盛りのお刺身や煮魚をふるまってくれたおかあさんも、おいしいお茶を丁寧に淹れてくれたおとうさんも、二人共今はもう遠いとこに行かはった。

▲ 写真を眺めて なつかしく佐伯のこと、そしてかつては彼女が足繁く通ったであろうその書店に思いを馳せながら、ふとわたしが通ったあの店この店、まちの本屋を思いうかべる。
生家近く煙草や文房具も一緒に売ってた本屋。お年玉をもらった時は電車で駅三つ向こうの本屋。

▲学生時代は下宿近くのバス停前の古書店。
用があってもなくても、お金があってもなくても。いつも寄っていたわがセイシュンの京都書院。
丸善も駸々堂にもよく行ったし、就職するつもりだった京大正門前のN書店も忘れられない。(←この四店全部いまはもうない)
相方と待ち合わせはいつも梅田・紀伊國屋の詩と美術書のコーナーやったし。
ほんまに本屋の思い出は尽きることがない。

▲ そういえば。
高校の近くにあった本屋は入り口に大きなスチールの棚があって、そこに通学カバンを置いて入店するようになっていた。始業式のあとだったか、初めてその店に行った田舎育ちのわたしや同じ中学校の友だちは「万引き防止」ということがわからず、入り口付近で「なんでやろなあ」と話した。そして、その意味がわかったときから、わたしはもう一軒の小さな本屋さんに行くようになった。

▲ 一昨日読んだ本の一作目は井上ひさしのエッセイで、その名も『万引き』というものだった。(中学生までに読んでおきたい哲学~『悪の仕組み』松田哲夫編/あすなろ書房刊)このお話がとても深く残っている。
中学3年の春、転校先の一関市の書店で井上さんは生まれて初めて万引きというものをする。必要に迫られていたわけでないのに、定価五百円の英和辞典を上着の下に隠してしまう。

▲店番をしていたのは、細淵眼鏡のおばあさんだった。何故にそんなことをしてしまったのか、その時もその後も井上さんはよく分からないでいるが、
【とにかくわたしは硬い辞典の冷たさを下着を通して感じながら震えて立っていた。】
すると「坊やにお話がある」「ちょっと奥へおいで」と、いつのまにか横にいたおばあさんが言う。
代わりに店番に立ったおじさんが「警察に連れて行こうか」というのを制して おばあさんは裏庭の見える縁側の前に井上さんを押して行った。そうして促されて英和辞典を震えながら差し出すと、おばあさんはこう言うのだった。

▲【これを売ると百円のもうけ。坊やに持って行かれてしまうと、百円のもうけはもちろんフイになる上に五百円の損が出る。その五百円を稼ぐには、これと同じ定価の本を五冊も売らなければならない。この計算がわかりますか】
こわごわに頷くとおばあさんは続ける。
【うちは六人家族だから、こういう本をひと月に百冊も二百冊も売らなければならないの。でも、坊やのような人が月に三十人もいてごらん。うちの六人は餓死にしなければならなくなる。こんな本一冊ぐらいと、軽い気持ちでやったのだろうけど、坊やのやったことは人殺しに近いんだよ。】

▲ 縮み上がる井上さんにおばあさんは庭の隅に積んであった薪(たきぎ)の山を指して、あれを割って行けば勘弁してやると言うのだった。死にもの狂いで薪を割ってあらかた片付いたころ、おばあさんはおにぎりを二つ載せた皿を持って現れた。「よく働いてくれたね」と労をねぎらうと、井上さんにお金を七百円差し出してこう云った。

▲【「薪割りの手間賃は七百円。(中略)七百円あれば、坊やがほしがっていた英和辞典が買えるから、持ってお行き。そのかわり、このお金から五百円、差っ引いておくよ」
このときわたしは、二百円の労賃と、英和辞典一冊と、欲しいものがあれば働けばいい、働いても買えないものは欲しがらなければいいという世間の知恵を手に入れた。まったく人生の師はどこにでもいるものだ。もちろん、それ以来、万引きはしていない。また薪割りをするのはごめんだし、なによりも万引きが緩慢な殺人に等しいということが、おばあさんの説明で骨身に沁みたからである。】

▲ このエッセイを読みながら、わたしは高校近くのあの書店を思い出していた。結構大きな店で、今のように監視カメラもなく、周囲には高校だけでも三校はあって、万引きには苦慮してはったんやろうなと思う。
本も多く、センセの推薦の参考書とかもあったから、仕方なく行ったこともあるけど。本屋好きのわたしが、しかし、どのへんにどんな本が、という記憶がまるでなく、ただ入り口のカバン置き場だけが印象に残っている。

▲それにしても。
このおばあさんのきびしく現実を見据える眼と知恵と、それから深いやさしさに胸をつかれる。そして自分がもし店番してたらと思うと、はたしてどんなことが言えるやろう、といま考えこんでいる。



*追記

その1
『悪について』はサブタイトルにあるように中学生前後の子どもが読めるように、難しい漢字にはふりがな、注釈もついて、中の感じはちょっと教科書風ですが、遠藤周作「善魔について」や星新一「七人の犯罪者」それに吉野せい「いもどろぼう」から埴谷雄高「政治について」まで 全部で18編。おもしろいです。
上記「万引き」はもともと『小説現代』連載エッセイで、これを単行本化した
『ふふふ』
(講談社刊)にも収められているようです。


その2
そうそう。
夏葉社さんの2013年の新刊予定は、各地のまちの本屋さんをめぐる『本屋図鑑(仮)』という本だそうです。
いいですねえ。どんな本屋さんとお店のひとが登場するか、とてもたのしみ。



その3
お気づきの方もいてはるかも、ですが「次回書く」というてた本のことを書くつもりが、またまた二三日前に読んだ本のことを書いてるうちに時間切れ。ほんま、いつもなかなか目的地にたどり着きません。

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by bacuminnote | 2012-08-28 21:23 | 本をよむ | Comments(0)
▲ どこにもゆかぬ夏、だったけど。
この前 姉から「外でごはん食べよ~」と連絡があり 電車で30分ほどの街まで出た。姉とランチも久しぶりなら、電車に乗っての外出もほんまに久しぶりで、前の夜はなんだかそわそわしてなかなか寝付けなかった。
まち暮らしになってもう8年になるのにね。ほんの半時間ほど電車に乗るだけで、なんちゅう大げさな、と我ながらためいき。

▲ でも、いつだったか小川洋子さんの対談本で「夕方、人と待ち合わせてるとなったら、朝、スズメが鳴き出すような時間から、そのことにとらわれて、なかなか仕事に集中できない」って、言うてはったことを思い出して「わたしだけやないデス」と、だれにともなくぼそぼそ言い訳をしてみる。
そういうたら、たしか対談相手の方も「一日一イベントしか駄目」って言うてはった。しかもその「一イベント」っていうのが郵便局に行くとか~そういうレベルの話で(苦笑)。しかしお相手が「一日一イベント」と編集者から聞いた小川さんは「そういう人なら絶対に大丈夫だって思った」というような話だったと思う。

▲ だから、小川さんはテキパキ仕事してる人のドラマとか、自分にはない世界ゆえ、惚れ惚れ引きこまれて見る~と。多少の誇張はあるかもしれないけど、本を読みながら「ワカル」「ワカル」と興奮した。あれ?そう言えば対談相手はどなただったか?たしかコピーがあのへんにあったはず、とごそごそ起きだして。結局よく眠れないうちに「スズメが鳴き出し」目覚まし時計が鳴った。ふうう。

▲ さて、その久々の遠出(苦笑)は、地下鉄も、そのあと入ったカフェもレストランもファッションビルもどこもクーラーの効きすぎで寒かった。不要かもと思いながら持っていったショールはずっと肩にかけたまま。炎天下では「暑苦しいなあ・・」と思ってしまうイマドキの女の子たちの黒いレギンスやブーツ姿も ここでは冷え防止にええのかもしれへんな、と思ったり。いやいや、こんなんやっぱりおかしいよね。節電キャンペーンの次は「余ってるしやっぱり使おう」に変えた? 電気の使い方はall (めいっぱい使う)or nothing(停電)じゃなく、低め安定やろ、と思う。

▲ と、まあ、ぶつぶつ言いながらも。四姉妹の三番目と四番目ふたりで、食べてしゃべって飲んで(残念ながら今回は珈琲とソーダと水!)しゃべって、ウインドウショッピングして座ってしゃべって かしましい。
子どものころは一緒に過ごした時間も長かったのに、自然のなりゆきやろうけど、思春期以降~結婚後はお互いに自分のことで忙しくて、ゆっくり話し込むこともなかった。で、ようやくこの年になって、自分たちが子どものころのことを話すようになった。楽しかったこともつらかったことも。もうなんでも話せる年になった その「年」にカンパイだ。(あ、この日は珈琲と・・←しつこい)
そうそう、姉にも見せようと持っていった新聞切り抜きはイラストレーター・益田ミリさんのコラム。

▲『普段は忘れて過ごしているのだけれど、たとえば、駅から家までの道を自転車で走っているような、そんな日々のなにげない瞬間に、ふと、誰かに大切にしてもらった記憶が蘇ってくるのだった

近所のおばちゃんが自分が描いてた絵を「上手やなあ」と言うてくれたことや、会うと「べっぴんさん!」と声かけてくれたおじさん。親戚の家で熱を出したときに、冷たいタオルをおでこにのせてくれたおばさんのネギの匂いのする手とか、小学1年のときの先生の思い出。自転車で転んで泣いたときに助けてくれた、お向かいのお姉さんの優しい声。

父や母だけでなく、外の世界の人々が幼いわたしをひょいっと気にかけてくれた。そんなたくさんの「大切にしてもらった成分」が、大人になったわたしには詰まっているんだ、だから、きっと、わたしは大丈夫なんだ!なにが大丈夫なのかはわからぬが……自転車をこぐ足どりが、ふいに軽やかになったりするのだった。
(2012.3.11朝日新聞「オトナになった女子たちへ」益田ミリ~大切にしてもらった記憶 より抜粋)

▲この夏読んだ本に
『サラスの旅』(シヴォーン・ダウト著・尾高薫訳・ゴブリン書房)というのがある。ロンドンの児童養護施設で育った14歳の少女ホリーの物語。ホリーはやがて施設を出て里親のもとに越してゆくんだけど、里親にも学校にもなじめず、故郷のアイルランドにもどって母と再会できる日を夢見てる。

▲ある日、屋根裏のタンスにみつけた超セクシーなアッシュブロンド(灰色がかったブロンド)のウイッグをかぶってみる。鏡にうつるホリーは大人びてクールで、最高にゴージャス。ウイッグをつけ、名前もサラスに変え、自称17歳のホリーはアイルランドめざし家出するのだった。

▲お金のあるうちはバスや地下鉄に乗り、雨が降ったら博物館で雨宿りして、警備員がきたらトイレにこもり、閉店前のサンドウイッチ屋でサンドウイッチをもらい、ワンピースと靴を万引きし、夜はクラブに紛れ込みながら、目的の地にすこしづつ近づいていく「サラス」。

▲いつしかわたしはサラスの側に立ち共感して、時に保護者的視線でハラハラしながら彼女の旅の「伴走」してる気分になる。そんな旅の合間に故郷アイルランドの頃の思い出が「今」にかぶさってゆく。風にそよぐ緑の草原。ママが歌う。牝牛が丘を越えていく。「お帰り、ホリー」とにっこりするママ。

▲ヒッチハイクして、あぶない目にも会い、やさしい人(曰く「なんの見返りも求めずにあたしを助けてくれた、守護天使みたいにいい人たち」)にも会い、サラスの旅は続く。そのうち彼女の語るママの思い出と現実の微妙なズレに読み手は気づく。
子どもって、自分に抱えきれないことに遭遇すると、その頁だけ魔法のインクは字を消したり、違う物語を綴ったりするのかもしれないな。子どもは親がすき。憎めるといいのに。せつない。

▲想像した通り希望の灯のみえるラストだった。けど、けっして「想像通り」がつまらない、ではなかった。物語に沿って伴走したおばちゃん(わたし)は、ようやくホリーが安心して過ごせる「場」と、彼女のことをだいじに思う人たちのところに、自らの意思で たどり着けたことが、こころからうれしかった。ホリーにも「大切にしてもらった記憶」がこれから増えてゆくといいな~と思いながら本を閉じた。




*追記・・・いつものことながら書ききれなかった、あれやこれやのお話みっつ。(←長くてすまん)

その1)
本文で紹介したエピソードは『小川洋子対話集』(幻冬舎刊)~「妄想と言葉」岸本葉子さんとの対話でした。
小川洋子さんといえば最近読んだ『とにかく散歩いたしましょう』(毎日新聞社2012.7刊)というエッセイ集もよかったです~並外れた方向オンチ、そそっかしくて、心配性で、活動的でない小川洋子さんは、あの小説の小川洋子と同人物とは思えないズッコケぶりがかわいらしい。
けど、小説の話になると一変。すごい、と唸るばかりです。
編集者と打ち合わせをして、スーパーで買い物をして、私は家へ帰る。そうしてパソコンを開き、小説の前に座る。そこには、宇宙の漆黒よりも深い闇が満ちている。』(「早くお家に帰りたい」より抜粋)


その2)『サラスの旅』の作者シヴォーン・ダウドは1960年ロンドンのアイルランド系の両親のもとに生まれ、文学賞を受賞し、活躍を期待されながらも2007年8月に47歳で亡くならはったそうです。
その後、書きためていた 『ボグ・チャイルド』 (カーネギー賞受賞)、この『サラスの旅』さらにダウドの遺した構想をもとにパトリック・ネスが著した『怪物はささやく』も出版され、注目されている作家だそうです。わたしは『ボグ・チャイルド』でこの作家を知りましたが、彼女は生前、貧困地域の学校や少年院などで作家と子どもたちが交流するプログラムを立ち上げたり。様々な理由で本を読む環境にない子どもたちの読書を支援する取り組みに携わっていたそうです。


その3)
今回もう一冊紹介するつもりだった『最後の七月』(長薗安浩著・理論社2010.5刊)は、今夏 再々読した本。これは小学校四年の少年たちの話。これ長崎弁でええかんじ。方言って「共通語」には翻訳しきれん何かが詰まってるんよね。
ああ、やっぱりもっとしゃべりたい!次回はこの本のことを書きます(つもり)。


その4)
思春期というたら、一番にうかぶ Neil YoungのHelpless~これは映画『いちご白書』から。
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by bacuminnote | 2012-08-20 14:21 | 音楽 | Comments(0)

夏花。

▲ 寝ぼけ眼で開けた窓から入る涼風に「よし、今日は墓参に」と飛び起きた。この間からお墓そうじを、と思いながら連日の猛暑になかなか腰が上がらなかったけど。この涼しさならなんとか行けそう、と思ったんよね。とはいえ、そんな淡い期待は家を出てものの五分もたたんうちにあっさり消えてしまった。やっぱりお盆前の暑さは格別だ。
お墓のある街まで直通バスは一時間に一本。始発から終点まで乗るから一時間近くかかるけど、それで230円はありがたいし、乗り換えなしは何といっても楽チンだ。車ナシの暮らしになって以来、墓参はいつもこれに決めている。

▲ さて、汗びっしょりのまま朝一番のバスに乗り込んで一人がけの椅子に腰掛けたら、前にお一人年配の女性客がいてはるだけ。発車時刻になっても 結局だれも乗ってこず、乗客は二人きりだった。大阪でこういうシチュエーションとなると、たいていどちからともなく「暑いですねえ」とおしゃべりが始まる。「ほんまにねえ」で終わることもあれば、それをきっかけに、初対面でいきなり身の上話にまで発展(苦笑)することもある。そして名前も知らないまま「ほな、さよなら」と別れてゆく。

▲ その方はうしろのわたしにも風を送るように、それとなく身を捩って扇子を大き目にあおいでくれはる。この世代の方ならではの自然でやさしい心遣いがうれしい。
風の元をふとみると、男性用と思える大ぶりの扇子なのに、東郷青児の美人画が描かれており、お年寄りながらどこか乙女の雰囲気のそのひとによく似合ってるなと思った。それで、おもわず「かわいらしいですね」と言ったら、あはは~と軽やかに笑わはったあと「じつはね」と扇子の話がはじまった。

▲ 思った通りその扇子は男物で、おつれあいの扇子だそうな。ウチの物入れにはこんなのがいっぱい。ウチの人が勤めをしてるときにね、接待やお付き合いで行く、ほら、バーとか割烹のママさんが会社に集金に来るときやなんかに、こういうものを置いて行くんですって。今ごろじゃ考えられない話ですよね。けど、捨てるのもなんだし、開いたら大きくて使い勝手がいいから。でも、ほら、見て。この絵、お顔はかわいいけど、ちょっと胸のおおきい女の人でしょ」と、扇子をわたしのほうに開いて見せて、ふふふと笑わはった。

▲ このあたりは昔から転勤族の多い街だし、話し言葉の感じから根っからの大阪人じゃなく、たぶんおつれあいの仕事の関係で大阪に暮らすことになった方なんだろうなと思う。
その後、老夫婦ふたりの気ままな日々の話。毎週この日には、朝からバスに乗って隣町のショッピングセンターまで買い物に行くそうで。「外に出るとね 気分かわるし、ほら今日みたいに若い方(←多分わたしのことです・・苦笑)とお話できることもあるしね。暑いから、この頃はちょっと面倒に思ったりもするけど。今日もやっぱり出て来てよかった。ほんと楽しかったわ。ありがとうございました」と降りていかれた。

▲ほんの十数分間、初めて会った人とこんな思いがけない時間は、ほんまうれしくて、おもしろい。わたしも「出て来てよかったな」と思う。
そうか。バーのママさんからのお届け物か~なんだか木暮実千代とか京マチ子が白檀の扇子かなんかをパタパタしながら 会社に集金に行って小林桂樹相手にしゃべってる場面が白黒画面でうかぶようだ。(←すみません。所属映画会社がむちゃくちゃ)
そんなこんなでちょっと昂ったきもちで持ってきた本を開いた。それは『くさぐさの花』(高橋治著 /朝日新聞社1987年刊)という花の写真と俳句の本で亡き義父のもの。季節ごとに花の写真と短いエッセイ、俳句がいくつかとその解説が書かれていて、どこから読んでもたのしい本だ。

▲ 思いつきでぱっと開いた頁は蕎麦の花だった。ちょうど今時分、一面真っ白な可憐な花で埋まる開田高原の蕎麦畑と、とびきりうまい蕎麦を思い出しながら読み始めたんだけど。エッセイが最高で、しかもつい今しがた想像していた映画の話でもあり、そのころには車内の乗客も増えていたというのに、声あげて笑ってしまった。

【助監督時代、信州、戸隠にロケに出た。昼食にはうまいそばをといわれ、八方聞き合わせた末、あそこならという店を見つけた。全員の注文をとり終えた婆さんが、径十センチほどの玉を持ちだして来ると、本体から出ているひも状のものに火をつけて、庭先に投げ出した。
静寂の里をゆるがせた花火は”客アリ至急帰レ“と、山仕事中の亭主に送る合図だという。せっかちなカツドウヤ連中、この時ばかりは声もなく、互いの顔を見交わしていた。】(p142より抜粋)

▲ 戸隠のひなびた蕎麦屋、その牧歌的な光景と泡食った「カツドウヤ」の面々を想像するたびに笑いがこみ上げる。
「カツドウヤ」ならずとも「イラチ」(←せっかちの意)な関西人としては、蕎麦屋のおばあちゃん、せめて「ズドーン」は注文取る前にしてね~とか思うけど(苦笑)たぶん混ぜもののないボソボソの、ほんまもんの蕎麦は、じゅうぶんに待った甲斐もあって、どんなにかうまかったことだろう。

▲ そういえば、お気に入りのブログ『フクダカヨ絵日記』でフクダカヨさんのお友だちの話を読んで、以来その方たちのファンになったんだけど(笑)
曰く、ご実家のある山形では農作業のとき、遠くにいる人に「お昼にしよう」などと伝える時に「ホーーーーーー~~~」って呼ぶらしい。そしたら向こうでも了解の印に「ホーーーーーー~~~」と応えるそうで。
彼の地で、今もそんな呼び方してはるかはわからないけど(もうケイタイの時代かな?)この若いカップルはそれを「トイレットペーパーがないよ~」「身体洗いのタオルとって~」、銭湯で「もう上がるよ~」という時に使ってるらしい、と紹介してはって。フクダカヨさんの絵日記の雰囲気と共にええなあ、ええなあと時々思い出してくりかえし見ている。(→

▲ 知らない人と扇子の話から、映画や蕎麦のこと、ほ~ほ~の掛け声まで。なんか信州の高原の風を思いながら(そのころには車内もきもちよく冷えてたから)ちょっとした旅行みたいに満たされた思いでバスを降りたら、灼熱の街が待っていた。
墓地への道中、お寺の掲示板に虚子の一句あり。暑いのもわすれ立ち止まる。
『ここに又 縁ある仏 夏花(げばな)折る』



* 追記
その1)
いまwikiで調べたら高橋治氏は1953年松竹に助監督として入社。同年助監督として小津安二郎の「東京物語」に関わる、とありました。
『くさぐさの花』残念ながら絶版みたいです。図書館か古書で~

その2)
夏花(げばな)とは「夏安居の間、仏前に供える花。」(by 広辞苑)
夏安居(げあんご)とは、「僧が夏(げ)の期間、外出もせず一所にこもって修行すること。」

その3)
今日これ書きながら聴いたうた。
PATTI PAGE " CHANGING PARTNERS " 
https://www.youtube.com/watch?v=82CwEQwfobY
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by bacuminnote | 2012-08-09 13:44 | 開田村のころ | Comments(0)