いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2012年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲ この間のこと。お陽ぃさんに背中おされるようにして墓参に行ってきた。
けど、冬の部屋から見るぽかぽか陽気ほどアテにならんもんはない。あんなに温かったのに(あ、ストーブのおかげやったんか・・)外はつめたい冬の青空。お墓そうじするのに動きやすいようにと、薄着で来たことを悔いながら、本を返しに図書館に寄って、ついついまた一冊借りてしまったことを(重たいのに)悔いながら、バスに乗り込んだ。

▲ バスの移動はけっこうすき。
子どもの頃は「酔う子」やったから、遠足はたいてい前の方の座席で、リュックサックの右のポケットにはハンカチ、はな紙(←この頃の子は「はな紙」なんて言わへんね)左のポケットには必ずビニール袋が二、三枚入れてあった。行きは元気いっぱい、隣の子に前に、後ろに、と360度回転でしゃべりまくってるんだけど、問題は帰りの車中。母親に「酔うたらあかんから、みかんは食べたらあかんで、チョコレートもあかん。下むいて字ぃ書いたりしたら絶対あかんで」とさんざん言われて出てきたのに「一個くらいええやろ」「まあ、二個はええことにしよ」と、ひとつづつ自主解禁(苦笑)そのうちバスの中ではマイクが回り、歌になぞなぞに、と盛りあがる中、だんだん無口になるわたし。やがてリュックの左ポケットを開けることになるんよね。

▲そういうたら、いつ頃から車酔いしなくなったのかなあ。
いまは本も読むし、字も書くし、チョコレートだってokだ。(さすがに路線バスの中でみかんは食べないが・・)
この日はちょっと重たいけど『柔らかな犀の角 山崎努の読書日記』 (文藝春秋)をバッグに入れて来た(のに、一冊借りたからよけいに重くなった)この本の帯のことばがすばらしい。
一刻も早く手にしたい本があって書店に向かう。気が逸(はや)って急ぎ足になる。読書の快楽はもうその時から始まっている。歳甲斐もなく、というか歳のせいというか、息を弾ませて店に入る(本文より)

▲ ああ、きっとこういうの すきな人に会いに行くような気分やね。(←ほとんど忘れかけてるけど)
今のわたしは駆ければ足がもつれそうになるし、息弾ませてというより息切らせて、というなさけない姿ながら、すきな本に会いに行くその「気が逸る」感じ、ほんまによくわかる。
そんなふうに本のこと思ってる人の書かはった読書日記なんやもん。おもしろくないわけはない。頁を繰るごとにノートには「読みたい本メモ」がどんどん増えてゆく。
元は週刊誌の連載記事で、☓月☓日と日記風に三日分、三冊の本の読書日記が一回分の掲載になっていたようで。タイトルはついてるものの「◯◯について」というようなはっきりしたテーマではなく。三冊がどこかでゆるく繋がり、そして広がっていくのがたのしい。
読書からとおくなった人でも、これを読んだら本屋さんをのぞきたくなると思う。

▲この日読んだのは「少年と老詩人」というタイトル。もしかしたら、と思ったらやっぱり!『あたらしい図鑑』(長薗安浩著~以前ここで紹介した『最後の七月』の作者)のお話。ええんよね~村田さんという長身のかっこいい詩人(たぶん田村隆一のイメージ)と十三歳のぼく、の世界。二冊目は『詩人からの伝言』(おなじく長薗安浩著)で、最後の一冊は『老人と海』(ヘミングウェイ)。この展開、すばらしい。

▲ 「うとうとたらたら、笑いの王国」では佐野洋子『役にたたない日々』~中場利一『純情ぴかれすく』~『短編ベスト・コレクション 現代の小説2008』と語ってゆく。知っているのは『役にたたない日々』だけなんだけど、他の二冊も読んでみたくなる。何より、何回も読んでるはずの佐野洋子さんのこの本を、また「もういっぺん」手にしたくなる読書日記だった。曰く

木々の葉っぱ、地面、雪、「自然はいつだって、ストリップだなあ」と呟き、身を曝して生きる洋子さんの気迫と品格に打たれる。「この先長くないと思うと天衣無縫に生きたい、思ってはならぬ事を思いたい」が印象的。
もう一つ、認知症の母親との会話。「母さんも九十年生きたら疲れたよね。天国に生きたいよね。一緒に行こうか。どこにあるんだろうね。」天国は」「あら、わりと「そのへんにあるらしいわよ」


▲ 山崎努さんは昔から役者としてもすきだけど(とくに山田太一脚本のドラマの山崎努ファンです)いっぺんに彼の文章のファンになった。
『著者来店:本よみうり堂』で「表現は新鮮さが命。通り一遍ではつまらないし、手あかのついた言葉は使いたくない。観客や読者の思いもかけないところに行かないと」と言うてはったけど。さすが。

▲ さて、本に夢中になっていたらあっというまに終点に到着。
平日のちょうどお昼どき、ということもあってか なんと墓地にはわたしひとりきりで。ちょっと心細くなるも、近くのお家から煮物のええにおいがぷ~んとやってきて、なんかほっとする。あれはお茄子と干し海老の炊いたん、やろか。おなかがぐうと鳴ってひびいて、思わず辺りをきょろきょろ。←せやから、だれもおらへん、って。(苦笑)
ケッコンした頃には、会ったこともない知らないひとたちのお墓やったけどね、三十年あまりもたったから。おばあさんにお義父さんがここにいてはる。ひさしぶりに来た分伸びた草抜いて、落ち葉拾って。水受けや花入れ洗ぅて。ひと通り終わったら次は「墓のうらに廻る」(尾崎放哉)

▲ いつも駅から行きはタクシーで、帰りはぼちぼち歩くことにしている。(行き先が行き先だけに、とかあほなこと言いながら・・)その日も酒屋さんの店先をのぞき、青果店のいっぱいのカゴ盛りを見て、ゆっくり歩く。せっせと動いたせいか、つめたい風がほてった頬にきもちよく。
途中にあるお寺の掲示板の一句に(毎回たのしみにしてる)また足をとめるのだった。
『空はゆたかな柿のうれたる風のいろ  山頭火』


*追記
「著者来店:本よみうり堂」→

その2)
あまりに 腹だたしいことばかりやから。きょうはこんなん聴きながら書きました。
♪ ああ、魔法のバスに乗っかって、ああ、どこか遠くまで~
曽我部恵一BAND「魔法のバスに乗って」
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by bacuminnote | 2012-11-30 15:39 | 本をよむ | Comments(0)
▲ 今日も朝から解体工事のズドーン、カーン、ガシャーンという音が響く。
「まだ住める建物」を壊していると、どこかで思ってるからよけいに耳が音を拾うのか。それでなくても、めばちこ(←大阪弁?ものもらいのことデス)ができて、なんか顔ぜんたいが鬱陶しいので(苦笑)金属音が気にさわる。
現場の前を通ると、団地は高く白い壁にすっぽり覆われて何も見えない。
今はまだ、一階から四階まで 洗濯物やお布団がいっぱい干してあったベランダや、あちこちでとびかっていた子どもたちとママの声も、日曜日に団地のひとたちが草刈りしてはった光景も思い出すことができる。でも、そのうち白い壁の風景が、二年後に建つという新しいマンションが、当たり前の風景になってしまうんやろか。

▲ 通りには、ここ数年いつのまにか大胆な剪定(というよりは無惨な切断)が当たり前になってしまったゆりの木がつづく。その短すぎる枝の黄色い葉っぱが風に揺れ、はらはらと落ち地面を埋めて。それはもう「黄色」としか表現できないのがほんま申し訳ないほどに、いろんな黄色がかさなって息をのむほどきれいで。あらためて、あれもこれも、数え切れないほど人間のすることの愚かさを思ってうなだれてしまう。

▲いや、「人間のすること」なんて書いて、まるで自分は人間とちゃうみたいやけど(苦笑)まちがいなく、わたしもそのうちの一人で、「愚かなこと」を通してしまってる一人だ。
『主婦的話法』(伊藤雅子著・未来社刊)という本を読んだことがある。もう20~30年ほど前に図書館で借りて、の読書で細部はよく覚えていないのだけれど。著者が『海はひとの母である』〈晶文社1981年刊 / 沖縄金武湾のCTS(石油備蓄基地)に反対して闘っておられた安里清信さんの聞き書き〉のことを書いてはるエッセイは心にのこったのだろう。当時のノートにその一節を書き写してあり、何かあるたびに思い出しては古ノートを繰る。

▲それは油で汚れた水を飲まなかった牛の話への著者の感想で。
(よくぞ、汚れた水にみむきもしないでいてくれた)という牛に対しての思いだ。それでこそ生き物だと思う。容すことのできないものをきちんとおのれの五官で感じ取り拒むことのできる力に、いのちあるものの気高ささえ感じる。まだ大丈夫とばかりに「少しだから」とか「今だけだから」「やむを得ない場合だから」と自分の中の許容度をずるずる上げていることの少なくない自分の日常が刺されたようで痛かった』(初出 毎日新聞1982.2.3)

▲これを書き留めたときのまだ若かったわたしは、だから、しっかりアンテナをたて、自分の眼でものを見て、自分のことばで考えて、そのアンテナがさびつかないようにしなければ、とつよく思ったはずなんだけど。
読むたびに「痛い」のは 相変わらず はじめは考えているつもりが「こんなぐらいええんとちゃうか」「たまにはええやん」と言い訳しながら「考え」続けることを放り出しているからかもしれない。
そう言うたら坂口恭平さんが『独立国家のつくりかた』(講談社現代新書2012年刊)でこんなふうに語ってはった。

「考える」とは何か。これはつまり「どう生き延びるか」の対策を練るということである。「生きるとはどういうことか」を内省し、外部の環境を把握し、考察することである。匿名化したシステムではこの「考える」という行為が削除される。考えなくても生きていけると思わせておいて、実は考えを削除されている』(p43)

普通に考えよう。常識というものは、文句を言わないようにというおまじないである。まずは、そのおまじないから開放される必要がある。おまじないからの開放は「考える」という抑制によって実現する。』(P63)

生理的におかしいことを受け入れてはいけない。それは疑問として、ちゃんと自分の手前でとどめておかなくては駄目だ。体内に入れて咀嚼してしまったら、自分が駄目になってしまう』(p67)


*追記
その1)
今回『海はひとの母』のことを調べていたら(考えてみたらこの本は未読です。読まねば。)
安里清信さん(1913-1982)のドキュメンタリー映画が今年制作、発表されたことを知りました。
『シバサシ 安里清信の残照』 ダイジェスト版(5'40")あり→


その2)
『独立国家のつくりかた』についても、めばちこが(←ほんまにもう鬱陶しい・・苦笑)治ったら、またゆっくり。

その3)
今日はPatti SmithがうたうAfter The Gold Rush(Neil Young)を聴きながら。
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by bacuminnote | 2012-11-20 22:53 | 本をよむ | Comments(0)
▲ この間からちょっと体調をくずしてサエへんけど、今日も籠もってるのがもったいないようなええお天気で。庭に出て洗濯物を干す。相方とふたりの暮らしになって何もかもサイズダウンして、洗濯も二日に一度でじゅうぶん。
ときどき干す手をとめながらお隣の八重桜を見上げる。もう紅くなく枯れもせず、今のこの色かげんがすき。秋の空の淡青に映えてうつくしいこと。

▲遠く近くに、カーンカーンと耳にいやな金属音がひびく。駅に行く途中にあった社宅が壊され、又新しい背の高いマンションが建つんやて。でも、まあ、そうして老人の街と化しつつあったニュータウンは、かつての賑わいをとりもどすのかもしれへんけど。
まだ住むことのできる建物を「壊し」新しいものを「建てる」ことに 平気ではいられない。
そんなこんなを思ってぼーっと突っ立てたら、いつのまにかもう洗濯カゴは空っぽ。ついでにしゃがみこんでそのへんの草を抜く。
『草枯れてなお下草の小さき青』(小沢昭一句集『変哲』所収)

▲ 先日ひさしぶりに電車やバスに乗って出かけた。
と言うても、考えたら全部あわせても30分ほどの移動で、相変わらず行動範囲のせまい自分に苦笑。
行き先はこの前の「追記」にも書いた富士正晴記念館のある茨木市中央図書館。ここで岡崎武志さんの講演会(「富士正晴と上京しなかった文学者」)があり、旧友Jがずいぶん前から「いっしょに行こな」と誘ってくれた。たしかに。そんなことでもないと、なかなか出てゆかない「でぶしょう」(←二つの意味で)やからね。

▲ この日、朝は冷え込んでいたものの、真っ青な空に綿菓子をうすーく引き伸ばしたような雲がきれいな暖かい午後となった。
「帰りは寒いし、あんた冷え性やし温い格好してこなあかんで」とJがまるでお母ちゃんの如く 念をおして言うてくれたせいにするわけではないが(苦笑)いっぱい着込んで行ったので、バスの中はちょっと汗ばむほどだった。
そういうたら、山田稔さんが初めて富士正晴記念館を訪ねた日もええお天気やった、と『富士さんとわたしーー手紙を読む』に書いてはったよなあと、バッグからごそごそノート(ねた帖)を取り出して繰ってみる。(→あった!)
『その日は秋の最後を飾るにふさわしい思わず溜息の漏れるほどの快晴であった。ふむ、正晴であるわいなどと下らぬ冗談を私は胸のうちでつぶやいたものである』(1994.11.30)

▲ よく知らない町のバスは、それだけでもうなんか遠足気分でわくわくする。そや。ダブリンにパリにシチリア、と行ってみたいとこはなんぼでもあるけど、とりあえずその辺をバスで気ままに、というのもええなあ、とコミさん( 田中小実昌)のあてどなき路線バスの旅をおもったり。
なんせ、ひさしぶりの外出やからね。もしかしたらわたしってほんまは出かけるのすきかもなあ、と窓の外行く人や車を眺めて。「あ、バス賃いくらかなあ」と前方の料金表を確認して、ふと斜め前の席の年配の男性が目に入った。
グレイのハット、モスグリーンの上等そうなウールのジャケットにはエンジの細くて大きめの格子が入ってて、ずぼんはそれよりやや薄めの同系色。ベージュっぽいシャツに襟元のワインレッドのスカーフが色白のお顔によく似あってはる。

▲ 若い人のファッションも楽しくて見るのがすきだけど、年を重ねた人の正統派のおしゃれは目の保養。ええ感じやなあと、後ろの席から見とれてたらその方が突然腰をあげ、わたしの座席前に立たはった。どきん。いや、わたしに用事やのぅて、わたしの席の上に貼ってある路線図をご覧になられた、のである。で、その瞬間、あれ?と、この間インターネットでみた山田稔さんの写真と、目の前の老紳士が重なった。
とたんに動悸が早くなる。もちろん「ファンです」とも「今日は”正晴”なお天気でよかったですね」なんて冗談など言えるわけもなく。あかくなって(たぶん)うつむいてる間に、元の席に戻られた。ふうう。

▲いや、じつはJから山田稔さんがこの会にお見えになるらしい、ということは聞いてはいたのだけれど。まさか(こころの準備もできていない)道中のバス中でお見かけするとは。
やがてバスは図書館前に到着。先に降りはった姿勢のよい老紳士の後をしずしずと歩く。が、わたしは歩くのがけっこう早いので、すぐ追い越しそうになっては足踏みしたりして、歩き方がぎこちない(たぶん)。
さて、ようやく記念館に。氏は事務室へと入って行かはった。「やはり」山田稔さんだった。
とにかく、わたしはあこがれの方が見えなくなって、心底ほっとして(←ふくざつなファン心理ではある)記念館の展示を安心して見始める。

▲ 入り口には富士正晴の大きな写真。ええ顔してはる。入ってすぐの壁際に記念のスタンプを押すテーブルがあり、何気なく壁に掛けられた額を見上げた。『大事』という詩が富士正晴の特徴のあるええ字で書かれていた。てっきり富士正晴の詩かと思ったら最後に田内静三とあった。ずんとくる。けど、講演会までの時間もせまっていたし、まずは展示を見て回ろうと前に進み始めた。今季の企画は庄野潤三の書簡など。ところがさっきの『大事』が頭から離れないんよね。

▲そのタイトルも印象的だったし、書かれた時期はもうずいぶん前なのだろけど。「みんな ちゃんと知ってゐる  然し誰も口に出さない 大事はしゃべらない」というところなど「いま」に重なり、するどく刺さるようで。結局すぐまた入り口にもどって 『大事』の前に立った。知らない詩人の名前、この詩が収められているのが自家版詩集ということもあり、家に帰ってから調べることもできないかもしれない。もう会えないかもしれないと思って立ったままノートに書き写した。(活字ではないので わたしの写し間違いがあるかもしれません。お気づきのことがあったら教えてください)

▲『ちゃんと知ってゐながら / よく判ってゐながら / しかも 凝っと 黙ってゐた / だが 何とも 我慢し切れなくなって/ 云った 教へた / さうして左様いふ人達は / 殺された 火あぶりにされた / みんな ちゃんと知ってゐる / 然し誰も口に出さない / 大事はしゃべらない / 何故 / 大人はやられる / 子供は / 子供は羞しいから』
(昭和52年刊 自家版『悼耄』より 富士正晴昭和56年3月書)


▲時計をみたら、もう五分前であわてて講演会会場の二階に移動。あ、でも、そういえば「現地集合」のわが友Jはどこにおるんやろ?と見わたすも姿なく、始まる直前に息せき切って登場。なんと道を間違えたらしい。(笑→さすがわが友)
岡崎武志さんの講演は大阪弁(大阪枚方のご出身)で、文学のことだけでなく、かの小沢昭一さんにインタビューされたときのエピソードや、古本屋で求められたという名も知れぬ方の新聞小説を切り抜いて綴った本!を会場に回し見せてくれはったり。終始笑い声あふれて、おもしろくて温かな会だった。
新著『上京する文學』は、講演の始まる前に思いがけずご近所書店のNさんに出会って(つながって つながって)分けていただいてこれから読むところ。

▲講演会のあと館長さんに富士正晴の本(『心せかるる』中央公論社刊)に田内静三のことが書かれている旨 教えていただいた。
Jの誘いで二次会にも参加させてもらったんだけど、たまたまお隣に座ってはった方(前回コメントくださったMさん)に記念館でであった詩の話をしたら、田内静三の詩集を何冊も持ってはる方でびっくりしたりうれしかったり。MさんやJのあついつよいプッシュで(あかんたれですからね。恥しくて穴にこもってたかったけど)山田稔さんのテーブルに行って氏の本の読書メモがいっぱいのわたしのねた帖(アガって新しい頁を開けることも思いつかず、岡崎さんのお話にあった『移動図書館ひまわり号』(前川恒雄著)のメモ書きの下)にサインしていただいた。
見るもの、聞くもの、話すことぜんぶ本・本・本の一日。
帰りはJと一緒にわが家に。しゃべりしゃべりしゃべっての一夜。
いつもしずかにひっそりと暮らしてるから。ほんま、激動の一日であった。(笑)




*追記

その1)
上記の詩について。
まず詩集『悼耄』は 「とうもう」と読むのだと思います。
この「もう」という字が めちゃ難しくて(「老」という字の下に「毛」と書く。おいぼれるという意)老眼にはたまらん難読漢字で(苦笑)調べるのにえらい手間取りました。
(まさしく 小沢昭一の俳句「疲労こんぱいのぱいの字を引く秋の暮」的こころ~であった。)

「四書五経・礼記」には人生を十年ごとに段階づけて身心の成長を書いていて、七年なるを「悼」といい「耄」(八十・九十年)は罪有りといえども刑を加えず。と書いてあるそうです。

もう一点 
『ちゃんと知ってゐながら / よく判ってゐながら / しかも 凝って 黙ってゐた 』の「凝って」というところ。
わたしは最初「疑って(うたがって)」という意味かなと思っていたのですが、書には「凝って」とあったと思うのです。
ここにどうしてもひっかかり、おもいきって今日富士正晴記念館に電話で問い合わせました。館員の方がその場で額を確かめてくださり、やはり「凝」という字に間違いないことがわかりました。ただ、「こって」となると、詩の意味もすこしかわってくるわけで。

先ほど記念館からお電話をいただき、原本は記念館にはないようなので、府立図書館から取り寄せ調べてお返事くださる、とのことでした。ありがたいです。またリポートします。


その2)
今読んでいる『心せかるる』(富士正晴著 中央公論社1979年刊)にあった田内の詩を一編書き写してみます。

 「哀悼」
いつかかうして / しづかにならう / しずかになつて / 運ばれてゆかう
いつかしづまり / とほくへゆかう / 運ばれてとほく / わかれてゆかう



*追記の追記 (11.10)

昨夜 追記その1の「凝つて」の読みについてMさんがコメントしてくださいました(感謝!)
わたしはずっと「◯つて」と思い込んでいたのですが、Mさんのお考えでは「凝つと(じっと)」ではないか、とのこと。わあ、なんで気づかなかったんやろ~書き文字で「つ」と「と」は似てますもんね。
「凝つて」をめぐって相方といろいろ推理(苦笑)していたのですが、霧が晴れたようなきぶんです。
でも、記念館からのお答えも待っています。


11.15
富士記念館から詩集『悼耄』(とうもう)についてお返事がありました。

「凝つて」ではなく「凝つと」→「じっと」と読む。(本文中書き写した詩もいま訂正しました)

「左様いふ人達は」は「そういう人達は」と読む。
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by bacuminnote | 2012-11-09 18:12 | 本をよむ | Comments(0)