いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2013年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

もどるのではなく。

▲冬の空の青がとてもきれいな朝。
洗濯日に洗濯日和、というのがうれしい。毎日山のような洗濯してた日はすでに遠く、いまは隔日に洗えばじゅうぶん。ふたり二日分の決まった数のタオルとパンツとシャツを干す。こうして庭に立ち、忘れた頃に青空を横切ってすいーっと走ってくモノレール4両 眺めたりしながら、あたりまえのように洗濯物を干してるけれど。

▲この間こんなことツイートしたら、北に住む友から「え、外に干せるんですか? いいなぁ。」とリプライがあって、はっとする。
そうだった。信州から大阪に越してきた年の冬「家の外に干せる洗濯物」と「スカートで家の外を歩ける」のにカンゲキしたことを思い出す。

▲ いま、指折りかぞえてみたら、あれからもう10回目の冬だ。
寒さに強かったはずが、毎日「寒い、寒い」とぼやきながら暮らしてる。日々の雪かきに耐えた腰もよわくなったし、パン屋の早寝早起きの生活スタイルもすっかりくずれて。どんどん自分のからだや記憶から「あのころ」が遠くなってゆくようで。時間がすぎてゆく、というのは そういうことかもなあ~と思ったり。
けど、やっぱりちょっとさみしい。

▲ そう言えば、
以前はパン屋をしていたことを告げると「今も家で焼いてるの?」と聞かれることが多いんだけど。
パン屋時代はよそのパンを食べる機会が圧倒的に少なくて。(近くにほかのパン屋がない田舎の暮らしだったことも大きいが、売れ残ったりすると自家消費が必須)店を閉めたあと、パン好きのわたしは「待ってました」とばかりに、かねてから食べてみたかったあの店の、この店のパンを嬉々として買いに行ったり取り寄せたりして、自分で焼くことはまるで頭になかった。それは相方もいっしょで。近所でうまいパンもみつけたし、それで満足してた。

▲ それに、わたしは自分でパンを焼かなくなってからもうずいぶんになる。
その昔はわたしが家のパン係だったんやけどね。パン屋になる前(1980年代はじめ)は、数少ない天然酵母パンの本を探して読んだり、講習にも出かけたりして試行錯誤しつつ 小さなオーブンで焼いていた。たまにはおいしく焼けることもあったけど、発酵がうまくいかないこともあって。出来上がりは不安定だった。でも「ホームベイキングってそんなもの。それに天然酵母なんやからむずかしいねんで~」とか、なんとか うそぶいていた。

▲そのうちジンセイの転機がやってきて。カメラマンをやめた相方と、天然酵母のパン屋をしようということに。
でも、こんどのパン係は家族に食べさせるだけやないからね、ちゃんとパン屋で修行もして、何より研究熱心で緻密な仕事をする相方の役割となり、ええかげんで大雑把なわたしは自然の流れで(苦笑)雑用係とエイギョウ担当となったんよね。(このことは前にも書いた気がする。くり返しですみません~)

▲ せやから。
分割するときのパン生地の重さ~プチパンは何gで、グラハムは何gとか~、地方発送のお客さんのご家族のこと、パンの好み、到着時間帯等々。それに宅配便の番号(いまは郵便番号でデータをとるけど、以前は地域別の番号を伝票に手書き)なんかは、結構しっかり頭の中に入ってて さっと浮かぶんやけど。

▲酵母の仕込みやホイロ(発酵器)や窯の温度調整など、すべて相方まかせで。たまに成形を手伝うことになると、打ち粉なしではできん下手くそやったし。(→ベテランは掌から油が出てるんか?と思うほど、何もつけなくても生地が手にくっつかないのです)

▲ ま、そんなわけで、大阪にもどってきて、晴れて?よそのパンも買って食べられるようになり、昔よく買ったパンに再会したり、いろいろおいしいパンにも出会ったけど。
そうこうしてるうちに、なつかしく思い出すのは相方の焼いたパン、つまり「麦麦」(ばくばく)のパンなんよね。とりわけわたしが好きだったグラハム(全粒粉)をたっぷり使ったパンやライ麦とキャラウエイシード入りの硬いパン。この郷愁は「あちこちでごちそう食べさせてもろたけど、やっぱり家で食べるご飯が一番やわ~」という感じに似てるかもしれない。

▲ 相方は相方で、かつて自家用によく作った厚めのクラストで焼いたピザが好きなんだけど、市販品ではなかなか見つけられないので、久しぶりに食べて(焼いて)みたいと思ったらしく、大阪に戻って8年目にして、酵母をあらたに起こして小さいオーブンにてホームベイキングの再開となった。

▲そんなわけで、この頃はときどき台所になつかしい酵母のにおいが満ちる中、バタンバタンと手捏ねしてる音が聞こえて、頬がゆるむ。(←あ、捏ねてるのも焼いてるのも相方。わたしはやっぱり雑用係と「食べる」専任!)

▲それでも、パンはすきだから今も時々よそのパンも買うし、パン屋には おもしろい人がようけ いてはるので、よくブログやツイッターを見たりする。
 広島の『deRien』(ドリアン)さんのパンを初めて食べたのは、福岡・糸島の山の中に暮らす友人(知る人ぞ知る”Small Valley Dessert Company”)が「おいしいから」と送ってくれたんよね。

▲パンはしみじみと旨かった。それに石窯焼きのパン特有の焼きかげん、焼き色もええかんじだった。(←これは彼女とわたしの共通して「気になる」とこのひとつ)で、そのパンもさることながら、彼女から店主の田村さんのプロフィールや、氏が以前中国新聞に連載してた記事を教えてもらって、もういっぺん感激。

▲次は自分でも注文したもののその後はそのままになっていたんだけど、引き続きブログ「焚き火を囲んで眠るような話」やツイッターは読ませてもらってる。そしたら、去年はなんと秋から店を一年間休業してフランスに修行に出る、という報告に、おどろいたり、さすが~と思ったり。

▲そして渡仏のあいだお店は一年限定で志をおなじくするパン屋さん(『Pano organika』)が営業されている、と知る。(この発想 とてもおもしろいし、あとの方のパンも、ええかんじ。ええ焼き色。うまそう!)

▲で、そんなこんなの話をツイートしたりしてるうちに、そういえば、と新聞連載記事を思い出しみんなにも教えてあげようと改めて読み返したら。最終回にこんな記事にはっとした。
フランスの老舗のパン屋『ポワラーヌ』の話。

僕の大好きなフランスのパン屋「ポワラーヌ」は、何百年と変わらぬ薪でパンを焼く製法で、世界で一番のパン屋になった。結局、おいしかったのだ。
店主はそれを「レトロ・イノベーション」と言った。古いやり方で革新するという意味だ。(中略)古い方法で、戻るのではなく、前へ進んでしまえばいい。
実際にできる。
食べ物も、道具も、生活も、昔ながらのやり方の方が質が上がる。人の手間ひまが、それだけかかっていたからだ。
技術を人の手に取り戻し、古い方法で新しい時代をつくる。】

(中國新聞2007.9.13『私の口福 旅するパン屋』最終回~田村陽至~より抜粋)
※ 記事の上にあるbackというところクリックすると前回のエッセイが読めます)

▲エネルギーの話になるときまってだれかが言う。
「そうは言うても、昔にはもう戻れないし」
この一言で、その場はちょっとしんとなる。みんなの頭のなかには今の「便利な生活」が何もかも一気に「不便な生活」に~そんな逆戻りの図 が浮かんでるんやろね。そして、思考停止に陥ってしまったりする。

【古い方法で、戻るのではなく、前へ進んでしまえばいい。】
そうか。その手があったか。
twitterでSさんがすぐに【前進ということばがちがうことばにみえてくるような、前へ進むという話しでした。】と返してくださったけど、ほんまにそう!
むくむくと力がわいてくるのを感じる。



* 追記
その1)
モンゴルに二年間暮らしたというドリアンの田村さんのブログを読みながら、ウチがパン屋のとき、モンゴルに暮らしてる若い日本の女の子がよくメールくれたことを思い出していました。たしか草原の馬乗りをしてたパン好きの子。あれから、どうしてはるんやろなあ。
もし、もしも、まだここ読んでくれてはったら、うれしいです。
Wちゃん元気にやってますか?

その2)
このあいだ、久しぶりにCDを買いました。 Nils Frahm (ニルス・フラーム)のScrewsというアルバム。
Nils Frahmのピアノは前からときどき思い出したようにyoutubeで聴いていたのですがCDを買うのははじめて。

これまで意欲的な作品を発表してきたニルス・フラームがある日左手の親指にボルト4本を埋め込むほどの大怪我を負ってしまったそうです。知りませんでした。
ピアニストにとっては致命的ともいえるアクシデントですが、彼は(親指以外の)「9本の指で9曲の短い楽曲を作ろう」と、一日一曲づつレコーディングしたのがこのアルバムやそうです・・・などという説明は余計なくらい。
しずかで一音一音しみいるようなピアノです。

その中の一曲"you"を~

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by bacuminnote | 2013-01-26 16:00 | 音楽 | Comments(2)

それもええか。

▲いつも年の初めには「今年こそ”動く”年に」と思うのに、当たり前のことながら年の初めっていうのは本格的に寒くなる頃やから。「今日も寒いなあ」で、決心は簡単にうちくだけ、やっぱりずるずる家にこもる日々となる。

▲それでも、一昨日はぽかぽか陽気と、受話器の向こう 友人Jの「クミ、ぜったいに気に入るから行っておいで」の「ぜったい」に背を押され、何より、そのお店がその日と翌日の後二日で店終いしはるということで、さすがの出不精もぐずぐずしてられへんようになって、「うん。ほんなら今からお昼ご飯食べて行ってくるわ」と電話を切った。

▲ ・・・って、どんなに遠方に行くのか、と思われるかもしれないけれど。電車は乗り継ぐものの半時間もあれば到着する地で。(ほんまにいつも大げさで、すんません)
いやあ、しかし、いつ乗ってもモノレールというのはふしぎな乗り物やなあ。高いとこ走ってるとおもうだけで、なんかふわふわするようで、現実感にとぼしくて。それに「見下ろした街」は、見慣れたそれとは少し違って見えるんよね。

▲ ぽかぽか温い車内で、持ってきた本を開く。この本『きみといつか行く楽園』(アダム・ラップ作/ 代田亜香子訳/徳間書店刊)というタイトルから想像できないような十一歳の少年ブラッキーのとても辛い痛いできごとから始まるんだけど。そのときわたしが読んでいたところは、ガッコウで孤立してる(させられてる)彼にもメアリー・ジェーンというガールフレンドができて、噛んだガムを交換するシーンだった。

▲えっ!?噛んだガムを交換って?~と、どきどきしながら(苦笑)読んでいたら案の定、乗り換えの駅を通りすぎてしまった。ふうう。ひとつ先の駅で下車して次の電車を待ちながらJにメールしたら、『電車を乗り過ごすような人間には、 長谷川書店の空気はとりわけ心に染みるはず』と泣かせる返信。

▲ で、こりずにホームの椅子に腰掛けてまた本の続きを読む。おもった通りガムの交換はやがてキスへと発展するんよね。ってとこで、電車が来る。こんどこそ読書は中断。ひと駅戻って乗り換え。
駅員さんに聞いたら「その駅やったら、準急に乗らはったらよろしいわ」と言われたのに、すぐあとに来た「普通」に飛び乗った。それなのに途中駅で「◯◯へは次の準急が先に到着します」のアナウンスに乗客が次々降りて、がらーんとした車内となんだか当分動き出さないような雰囲気に不安になり、準急に乗り換えるしまつ(なさけない)

▲ まあ、そうこうしてるうちに無事?水無瀬駅に到着。目的の長谷川書店(駅前店)さんは、方向オンチのわたしも間違えようがないほど、ほんまに駅前にあった。入り口に『さよならのあとで 高橋和枝さん原画展』会場(同書店の島本 店)への地図が書かれてたけど、わたしの場合聞くほうが確実かもと、お店のお兄さん(ハンサム)に尋ねたら笑顔で「ありがとうございます」と店の外にでて丁寧に「この通りの向こうの・・・」と指さして教えてくれはった。ち、近い。徒歩一分ほどの道をわざわざ尋ねた自分を恥じる。

▲ そこは書店というより本屋さんと呼びたい店の佇まい。子どもの頃足繁く通った近所の本屋さんを思い出しながらドアを開ける。入り口近くに、小柄でやさしそうなエプロン姿のおじさんがレジ前に座ってはって。雑誌や週刊誌が普通に置いてある普通の本屋さんの空気がええ感じ。
ところが棚を見ると、えっ!あの本この本、わあ、あれもあるやん、と思わず声をあげそうになる。詩も短歌もアートも料理も。小説にエッセイ・・・そして、そのじつに魅力的な本のつらなる中に、本のつづきのように、高橋和枝さんの絵があった。

▲『さよならのあとで』という本はヘンリー・スコットホランドによる一編の詩”death is nothing at all”だけの本。一枚の紙におさまるような詩が一冊の本になっている。(夏葉社刊←この夏葉社ブログ2012.1.16にこの本について書かれています)
ことばとことばの間に、高橋さんの絵や、まっ白な、何も書かれない、何も描かれない頁がはさまれる。

▲だいじなひと、だいじな存在を亡くした人へのメッセージはそんなふうに 一枚一枚しずかに だいじに語られる。
そして、じっさいに使われた絵の何倍もの絵やラフをみて、削って削って、色を落とし(ラフには彩色したものもあって、それもすてきでした)、一冊の本ができあがるまでの軌跡に圧倒され、じんとくる。

▲ 絵をみながら、推敲に推敲をかさね原稿用紙にまみれて詩作していたという山之口貘のことや、友人Jのマンガ「病窓紀行」に出てくる書き損じの紙の山に埋もれたマンガ家が、その部屋の中に山羊を飼おう、という話を( うらたじゅん作品集『真夏の夜の二十面相』所収)思い出したり。

▲そのかんも、ぽつぽつとお客さんが入って来はって、店主が明日かぎりで「ここ、終いますねん。こんどからは駅前店で・・」とお客さんに告げる声や 長年のお客さんらしいその人との世間話がとぎれとぎれ 耳に入る。電車が走るとゴーッと音がして、足元が微かに揺れるのも、なんだかぜんぶ「長谷川書店」という本の一頁のようで。わたしはなかなか本を閉じられずにいた。

▲ そして。
見る棚、見る棚ほしい本ばかりでほんまこまった。(あとでみた絵本の棚も魅力的だったし)
この日はいっぱい悩んだり迷ったあげく、もう何冊買ったか忘れた『さよならのあとで』(買うたびにだれかにあげてしもて、自分用のがなかったので)と、前に持ってたのにどこかにいってしまった『尾崎放哉全句集』を買った。

▲帰途、お店でもらった手書きコピーの「ハセガワしんぶん」を読む。お店のこれまでの歴史が絵と文で綴られてとてもおもしろかった。わたし自身「店や」の子で育ったし、ケッコン後は小さいパン屋のおばちゃんもやって、そんで店終いも経験した。店をやってく上でのいろんなできごとは、今になって思えば、フウフげんかさえ 懐かしくていとおしく感じる。

▲帰りの電車の中、ぼーっと車窓から走るしらない街を見た。なんだかとおくまで旅したようで、満たされた思い。せやせや、気ぃつけな、こんどこそ、乗り過ごしたらあかん。いや、それもええか、とバッグに手つっこんで買ってきた本を撫でた。

『さよならを百ぺん言ひて閉店すさざんかの舞ふ暖かき日に』
(2009.12.28朝日歌壇(佐佐木幸綱選)上田真理さん作)

*追記
その1)
山之口貘さんのこと 以前 ここにも書きました。

その2)
わたしが高橋和枝さんの絵に初めてあったのは『ノーラ、12歳の秋』(小峰書店刊)スェーデンのお話。とてもふかく残る本です。
残念ながら絶版のようですが、これは訳者菱木晃子さんのHP


その3)
「さよならのあとで」あたらしい物語はまた始まるんよね。
だいすきなうた。前にも貼ったことあるけど。
ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR

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by bacuminnote | 2013-01-14 11:56 | 本をよむ | Comments(0)
▲ あたらしい年がやってきた。
子どもの頃は大晦日から元日の、今年と来年の、その間には何か線のようなものがある気がして、眠い目をこすりながら がんばって起きていようと思ったものだけど。そのうちがまんできなくなって、おこたでうたた寝。気がついたら「来年」はとうに線をこえてやって来ており。テレビではみな「あけましておめでとうございます」と言うてはった。
『ふらここや 空の何処まで 明日と言ふ』(つつみ眞乃)

▲ 12月31日と1月1日は、すぐ隣り合わせやのに。明日ではなくて来年やから。
人のこころは浮き立ち、年末 買い物にいくとすごい人出なんよね。なんたって「新年」「迎春」やから。
で、モノみな高く、買うつもりで来た小松菜一束350円にため息をつき、聖護院大根一個(一玉?)1200円に戸惑い、いつもとかわらない値段のビールがなんかエライ安う思えて(苦笑)ついつい余分に買ってしまったりする わたしの(毎年かわらぬ)年の暮れ。

▲ そんなわけで、お酒もお肉も野菜も、ふだんは見るだけの高級?食材も。フクザワユキチが軽く飛んでゆき、いつもはがらんとした冷蔵庫も満タンの年末。
そう言うたら、冷蔵庫からなんか出すたびに「これ、あの子が好きやねん」と、うれしそうに言うてはった義母のことをおもいだしつつ。かつての義母のように思い切った買い物のできない、しぶちんのオカンなんやけどね。
「迎えてもらう」から「迎える」になって知る親心なり。
いつもより三人分多いお皿、お椀、コップで。何より若い人らの笑い声と圧倒的な存在感で、たいした料理は並ばずとも食卓は華やいで見える。
思い出しても、頬ゆるむ にぎやかでおいしくて、うれしい時間だった。

▲2日には皆で吉野にむかう。
地下鉄が梅田で停まると、大きな袋をいっぱい持ったひとたちが乗り込んで来はった。赤に白抜きの字で大きく「福袋」と書いたのや、一流(とよばれる)ブランド名が金色のロゴで書かれた大きな袋やら。この時間(10時半すぎ)に電車に乗ってはるってことは、早くから並んで、デパート開店と同時に駆け込まはったんやろか~すごいなあ~と息子たちと小声で話す。
向かいの席の人は、果たして五つも大きな袋を股に挟むようにして持ってはった。目的の買い物の後、しかし皆さん一様に疲れきった顔で、なんか かなしかったなぁ。

▲デパートもそうやけど、たいていのお客さん商売は元旦だけがお休み。
子どものころ、それでも1月1日だけは 家のガラス戸にクリーム色のカーテンがかかってるのがうれしくて、ウチの前通る人は「あ、珍しい。お店閉まってるやん」とか思ってはるかなあ・・とカーテン越しに何度も外を見たりしていたっけ。
あれから50年あまり。今もおなじく、姉夫婦は2日の朝早くから店にシュッキンして。ひとり留守番の母が暖房のよくきいた部屋で、ほっぺたをあかくして「ようお帰り~」と迎えてくれた。

▲ 窓から見えるのは大好きな桜の木。
両手を大きく伸ばしたみたいな 枯れ枝の間から きらきら光る川面。ほんま、冬の川はきれいやなあ。
若いころは「こんなとこで住めてシアワセやなあ」と言われるたびに「田舎暮らしのなーんも わからんくせに」と、むっとしていたけれど。
どこに行っても、川のそばを通るとその音やにおいに、しんそこほっとする。
ほんま、自分のからだの中には川がながれてる、と思う。

▲ さて。
今年90になる母が部屋から持ってきて差し出したるはiPad !
前日、孫(その1)から贈られたその白い箱は、しかし、世界と繋がる玉手箱。
息子ら(孫その8とパートナー & 孫その10)が母を取り囲み、Facebookに登録し、箱にむかって皆で微笑みかけると、まもなくこの箱の贈り主の甥や、姪からコメントが入り、盛り上がる。へえ。すごい!すごいなあ~と感嘆する母の瞳は子どもみたい。この小さな箱から、この小さな田舎町から、この小さな窓あけて、川を越え、山を越えて。母よ、あちこち思うぞんぶん自在に飛んできてください。

▲ たのしかった時間はあっというまにお仕舞い。
皆それぞれの場、生活にもどり、気がつけば、又相方とふたり。
がらーんとして、さみしくて。
そして、ちょっとほっとする老フウフの夕餉なり。
今宵もまだ「年末買いすぎ食材一掃週間」だけれど(苦笑)



* 追記
その1)
さっきバックナンバー見てみたら、このブログ「bakubaku」も今年でなんと9年目に入ります。
いや、ホームページ「麦麦通信」からだと15年。紙の、通信「ばくばく」からだと25年目に。
たまに読み返すと、おんなじことばかり、くりかえし書いてる気がして~ほんまにすみません、なんですが。
今年もどうかよろしくおつきあいくださいませ。

その2)
今日は、ひさしぶりのヨー・ヨー・マ。
だいすきな "Appalachia Waltz"
これ聴きながら、ああ、今年(こそは)佳き一年でありますように、と つよくつよく願うことです。
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by bacuminnote | 2013-01-06 20:44 | 出かける | Comments(0)