いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2013年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

縁側に立って。

▲ 梅雨らしく つづく雨と薄曇りの日。
家の中に干したまま ちっとも乾かない洗濯物も、畳の湿気がペタペタと素足につたわるのも。たしかに鬱陶しいけど。
こんな日は縁側に立つ。水浴びの緑に見入って、ガラス戸開けて、深くゆっくりと息を吸ってみる。それから、あああ~と大きな声出して思いっきり伸びをする。

▲怒りの火も、ちいさなよろこびも、思春期のときみたいなジコケンオも、すくいの友や音楽や本や映画のことも。いろいろ思い、考えあぐねることはいっぱいあるけれど。ちょっと間ぜんぶ忘れる。いつかどっかの本にあったわたしにもわかる英文 言うてみる。green, green, everything is green in our yard now.

▲この間『ザ・ウォーター・ウォー』( 監督イシアル・ボジャイン/ 脚本 ポール・ラヴァーティ)という映画を観た。原題は"También la lluvia"(英語名は"Even Rain" 雨さえも)~まさしく降る雨の水さえも自由に使えなくなった住民たちの物語。
ボリビアで映画を撮影することになった監督のセバスチャン(ガエル・ガルシア・ベルナル)はクルーたちとスペインからやってくる。コロンブスの「新大陸発見」、そして彼に抵抗しインディオを擁護しようとした宣教師たちを描こうとしているのだけど、予算の関係でロケ地がボリビアになったのだ。

▲ 「低賃金」の当地でエキストラを募集したら想像以上に人が集まってしまう。冒頭シーンはこの応募者の長蛇の列。とても全員のオーディションはできないから、と帰らせようとすると、このために遠くからやってきた人や何時間も並んで待っていた人からブーイングが起きる。中でも怒りをあらわにしたのが先住民族のダニエル。それでもプロデューサーのコスタは「帰せ」と言うものの、監督は待っている人たちに押し切られるようにして、結局全員オーディションすることになる。

▲ 問題のダニエルもその射るような眼と独特の雰囲気で娘と共に映画の大きな役を獲得するんだけどね。コスタはいかにもトラブルを起こしそうなダニエルの言動にあくまでも起用を反対する。そもそもコスタはボリビアでの撮影を「1日2ドルで済むなんてラッキーだぜ」「撮影に揉め事は持ち込まないでくれ」というスタンスやからね。
で、いよいよ撮影が始まって。

▲興味深いのは映画の劇中劇のように何度も出てくる撮影場面・・・コロンブスと先住民、そして神父とのやりとり。
搾取「する」側「される」側の図式って、500年前も今もいっこうに変わることがないんよね。
じっさい、撮影と同じ時期にこの町ではその図式のもと、大きな問題が起こっており。欧米企業の水道事業の独占によって、水道代が200%に値上がりしたのだった。

▲ そんな高い水道代が払えない住民たちは、井戸を掘ったり、雨水をためて凌ごうとするんだけど、当局は井戸は封鎖。空から降る「雨さえも」使わせないように、水をためる器に課金をせまる。
やがて、この水への抗議運動のリーダーとして市民の先頭に立っていたダニエルが逮捕され・・・。撮影隊にも大きく影響が出始めて。打ちひしがれる監督は、でも、そのうち「この事件は忘れられるかもしれないが、映画は永遠に残る」何としても映画を撮りたいと思うようになる。

▲ 一方「エキストラたちには1日2ドルも与えて、最後に古い水ポンプとトラックでも与えれば大喜びだろ」とうそぶいていたコスタが、撮影を通じてダニエルの娘ベレンを子どものように可愛がり、親しくなっていくうちに、映画より「いま」大切なものへと、気持ちが傾いてゆく。

▲ この映画はボリビア・コチャバンバで起きた2000年の「水戦争」を下敷きにつくられたらしいけど、現実に水道代は4倍の値上げを実施したとか。
人が生きてゆくのに最も大切な水が「金儲け」の手段にされる、ということが果たしてどういうことなのか。
この国でもだれかが水道民営化などと言い出してたけど。
とんでもない!!



*追記
その1)『ザ・ウォーター・ウォー』予告編
脚本のポール・ラヴァーティはケン・ローチの映画で多く脚本担当。

その2)コチャバンバ水紛争wik

その3) 宇沢弘文氏『社会的共通資本』について、以前ちょっとここに書きました。

その3)きょうはこれを聴きながら。Nina Simone ''Everything must change''

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by bacuminnote | 2013-06-25 20:19 | 音楽 | Comments(0)

そして、また歩く。

▲ 雨のない梅雨。冬の延長に春が少し顔出したかと思ったら、もう夏。しかも真夏の、灼熱の、炎熱の、酷暑、猛暑・・・(←しつこい)と、ほんまに暑い日のつづく大阪。ニュースで36度超えてたとか聞くとうちのめされる。まだ6月第二週やのに。
見上げた梅の木のてっぺんに、この前採り残した梅の実は陽に照らされて ふっくら黄緑のいい色。けど、葉っぱも、そのそばに咲く紫陽花も、風が吹いたら、カサコソ乾いた音たてそうな気がする。
そもそも紫陽花の学名は「水の器」という意味だっていうのに。器がからっぽではつらい。

▲ この間読んだ川端道喜さんの『酒れん』に『古来、降雨、出水、疫病の忌み月を、農耕民族らしい知恵で融和して、独特の文化を築き上げてきた。(中略)その湿性の文化は、打ち水で客を迎え、発酵食品や粘着力の強い餅や葛の嗜好を育て、雨情をも楽しむ習癖をも醸した』(京の菓子歳時記 6月 青梅)とあって。ううむ、湿性の文化か~と唸ってた。でもでも、そんな大げさなもんでなくていいから、雨、どうか降ってください。

▲ そんなこんなで、外に出る気もせずますます籠りがちなんだけど、広島のパン屋さん『deRien』のブログ『焚き火を囲んで眠るような話』を読んで、すいーっと涼風が吹きぬけていくようだった。(ドリアンさんのことは、今年はじめ「レトロ・イノベーション」古いやり方で革新する~という田村さんの新聞記事など紹介しました→)ドリアンの田村さんご夫妻は一年間お店を休んで渡仏中で、そのつどアップされるあちこちのパンや石窯、そして何よりいろんな人との交流のようすが、ほんとうにたのしくて。「パン」という共通項があるだけでなく、たぶん田村さんというひとに、ボーダーがないからやろなあ~と思う。すばらしい。

▲その旅も終盤となって、いまはなんとスペイン巡礼~800kを40日で歩く旅だとか。歩いて歩いて、宿について食べるパンや水が、ワインが旨いと書いてはる。
曰く『星付きの店も大切。だけど、その正反対、自然の中を歩いて、ああー、のど乾いたと、ただ水を飲む、その美味しさも大切なのだ。両極であっって、片方だけではダメで、それでいて、両方に通じるものがあるのだ。わかんないけど、きっと芸術もそうなのだ。』(06.03ブログより)

▲ ぶどう畑や小麦畑にライ麦畑のそばを通り、あちこちの土地のパンを食べながら、田村さんは、以前にましてシンプルなパンに惹かれているようで。「パン屋の技術なんか必要ないなー」とか書いてはって。「わあ、そんなこと言うてええのん」と笑いながら(わたしも相方とよくそんな話はするものの)そう心から思う経験をいま旅の中でしてはるんやろなあ、とふかく頷く。

▲その昔、パン屋を始める前のこと。相方のパン屋修行も終わり開業のために準備しているとき、当時よく買い物に行った隣町の自然食品の店主に引越しのことなど話してたら「けど、熱心にパンの研究したりしてるうちに”パンの原点に帰る”とか言わんように、ね」と笑いながら返されたことを思いだす。
つまり、どんどんシンプルな(「リーン」な)パン焼きに走り、多数のお客さんの嗜好(甘いパンや調理パンや、バターや卵を使った「リッチ」なパン)から離れては、そのうち店の経営が成り立たなくなるよ~というわけだ。
帰りの車中、相方とその話になってふたりとも無口になったけど。たぶん同じことを考えていたと思ってる。

▲ さて、スペイン巡礼の旅といえば映画『サン・ジャックへの道』だ。最近おなじようにこの旅を描いた『星の旅人たち』も観たけど、わたしは『サン・ジャック・・』の方が女のひとが「描かれてる」気がして心に残っている。(監督は『女はみんな生きている』のコリーヌ・セロー。以前 ここにも書いています)田村さんのブログのすてきな写真の数々と『カミーノ仲間は良い。名前も知らないのだ。もうあわないかも、でも、明日からもお互い歩き続ける同士なのだ。』(06.12)をみて、たまらなくなって炎天下の買い物帰りDVD をレンタルしてきた。ほんまはね映画より、自分が行ってみたいんやけど(足腰が弱いから。無念。)

▲ あんなによかった、よかった、と友人たちにも薦めたりしてたのに、細部はすっかり忘れていて初めて観る気分で。そしてやっぱり、こうして再び、薦めたくなっている。
親の遺産相続の条件として巡礼の旅にでる、けっして仲よくない三人兄弟。真ん中のクララは最初弁護士からその「条件」を出されたときにこう返すんよね。
『ずっと公立の高校の教師をしてきたわ。宗教的な偏見や反啓蒙主義。聖遺物や巡礼。教会が考え出した愚かなものと闘ってきたのよ。そんな私に巡礼に行けというの?それも兄弟と?真っ平ごめんよ。弟は酒浸りの失業者。兄は出世フリーク・・』

▲ そんなクララも、しかし夫が失業中であることや、いろいろお金が要る、ってことで二ヶ月の巡礼の旅に参加することに。それでも相変わらずの毒舌っぷりで、聖人の話を聞かされても「あれはただの侵略者の殺人鬼」みたいに容赦ない。同じ旅のグループにいたアラブ系の少年ラムジィ(なぜイスラム教徒の彼がこの旅に加わってるかは、理由があるんだけど)が失読症で字が読めるように教えてやってほしいと頼まれても、「そんなこと無理!」と即答する。でも、若い女の子が自己流で教え始めたのを目にして、そのあまりの拙さに我慢できず、みんなに内緒で休憩の時間に教え始めるんよね。
母親思いのラムジィにクララが聞く。「字を覚えたらお母さんにどうやって知らせる?」と問う。そしたら少年は「詩を書きたい」って応えて、即興で詩をよみはじめるんよね。クララのやさしいえがお。だいすきな場面。

▲ この日はtwitterでも、ドリアンさんのブログやこの映画のことで盛り上がり、たのしかった。夕飯のあとかたづけをして、ふとカレンダーをみたらケッコン記念日でびっくりした。(いや、驚くことはないか・・笑)
あの日の京都もまた蒸し暑かった。ふたりとも窮屈な服と「主役」は大の苦手やから。やっと式が終わってわたしの友だちとお茶のんだあとは、二人洋食屋でコロッケたべて「はよ、家に帰ろ」と京阪電車にとび乗った。
34年前のあの日を思い出しながら、ネットで出会った顔も知らない友も、昔からの友も、そして相方も。みんな。サン・ジャックへの道みたいに、共に歩き続ける仲間がとおく、ちかくにいることがしみじみうれしい記念日となった。(相方はとうとう気づかずじまいだったけど)

▲ 昨夜から書き始めたこのブログ、ここ数日の熱気にくたびれ中断。日付かわって、急に涼しくなって元気取り戻して、書いてたら、何か音がする。ん?えっ?と窓辺に立ったら、わあ!雨が降り始めた!梅の木も紫陽花も、木々も茫々の草たちも、わたしもreborn !


*追記
その1)『サン・ジャックへの道』上記公式HPで予告編が小さくて見難いですが。ここで→


その2) ケッコンした頃テレビでやっていた『沿線地図』(山田太一脚本/1979年放映)
劇中流れてたフランソワーズ・アルディの「もう森へなんか行かない」
はいろいろ思い出深いうたです。
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by bacuminnote | 2013-06-15 13:48 | 音楽 | Comments(0)
▲風邪で不調の間は「あるもんで すまそ~」週間だったけど、からだも軽くなったので(いや、からだは重い)久しぶりに買い物に出た日のこと。
外に出なかったのはわずか数日のことなのに。緑、緑の庭に目を見張る。

▲木々はかくじつに一回り大きくなって、足元をみると、♪草のうみ~風が吹くよ(中略)良く茂ったものだ。(ヘイ!)
とりわけどくだみの繁殖っぷりというたら。白十字と濃い緑の葉っぱが地面を埋め尽くし、みごと。(←ほめことばです) 『どくだみや真昼の闇に白十字』(川端茅舎)

▲ さて、その日は薄曇りながらなんだかむぅと暑くてだるい。やっぱりまだ出歩くにはちょっと早かったか、とため息。さっさと必要最小限の買い物を済ませ、図書館にも本屋さんにもビデオショップにも寄らず帰途についた。それなのに、家までの道が長くかんじること!
こういうとき、映画やったらローラースケートかなんかで、少女は(ん?)ゆりの木の葉っぱが、わさわさする街路樹の横を風切ってすいすい走るんよね。

▲あるいは偶然友だちの車がそばを通りクラクション鳴らして「送ってくよ。乗って」とドアをあけてくれる・・と、まあ相変わらずしょうもないこと妄想してるうちに登り坂にさしかかる。やっぱローラースケートは無理やな、と妄想は打ち切ってのそのそ歩いてるうちに、ああ、やっと家に着いた。

▲部屋に入ると留守録のランプが点灯していた。
だれやろ?と思うたら母のようで。受話器持って相手なしにしゃべる事に緊張してる姿がうかぶ。買い物袋をどすんと下に置き再生ボタンをおしたら訥々と話す母の声が流れた。
『えー、風邪ひきのかげんはどうですか?・・こちらは、あのぉ、何か今にも・・雨がふりそうな どんよりとしたお天気です・・早く・・風邪を治してくださいや・・あなたの声がきこえないと・・さびしいです』

▲ いそいで台所へ。買ってきたものを冷蔵庫にしまい、つめたい水を一杯のむ。こまった。まいったな。わたし、こういうのには弱いんである。ふうう。深呼吸ひとつ。それにしても「あなたの声が聞こえなくて」って、二日前に電話したやん。その前に数日寝込んでる時には電話できなかったので(心配してるかなあと思ってたけど)何にも言うてこんかったくせに・・・と一人毒づきながらも、今春の入院以来「なんか言いたいことばがすっと出てけぇへんねん」と気に病んでいる母の、さっきの頼りなげな声に胸がどきどきして、受話器を持った。

▲かけてみると、なんのことはない。いつもの強気かとおもうと弱気で、弱気かとおもってやさしくいえば、必ず「せやかてな」と語気あらく反論(苦笑)
一体どうしてほしいというのか。まったく。なんとか苛立ちを抑えあかるく「ほんなら、またかけるね」と受話器を置いて。留守録をまたもう一度聞いてたらなけてきた。

▲ ふっと小さいときのことを思いだす。
何が原因かぐずるわたしにご機嫌をとるように母が聞く。何がほしいん? けど、そう問われても何がほしいのかわからない。
「本か?」「アイスか?」「サイダーか?」そう畳み掛けられると、そのぜんぶが欲しいようでもあり。そうやのぅて、その時はただ「きょうあったこと」をゆっくり聞いてほしかったんやろうけれど。休むひまなく立ち働く母に言えるはずもなく、しつこくぐずってはあげく「もう知らん。勝手にしぃ」とつきはなされたような。
それってね、年とったいまの母のさみしさに似てる気もして。しばらく電話機のまえにたちつくす。

▲ さて、風邪やら親のことやらで唸る間にも、次々流れるニュースや記者会見の中継に「腹立たしい」を越え、怒りでふるえるような思いの数日だった。
だから、そんな中で出会った『スターリンの鼻が落っこちた』(ユージン・イェルチン作・絵 / 若林千鶴 訳/岩波書店刊)が、よけいずしんと残り、今もずっと「知る」「自分で考える」ということを考えている。

▲スターリン時代の旧ソビエト、主人公の「ぼく」ザイチクは10歳の少年だ。物語は彼がかねてから憧れのピオネール少年団の入団式前日から丸一日のできごとが描かれる。この入団式にも来賓として招かれているザイチクのお父さんは秘密警察で、父子が暮らすコムナルカ(共同アパート)でも怖がられている存在なんだけど、彼にとって父親は英雄なんよね。

▲ ザイチクはそんな父親の影響もあってスターリンに「ぼくは最愛のソビエトと、心から敬愛する同志スターリンの役に立つ人間になるよう、たゆまず努力を続けます」なんて手紙を書いたりしている。お父さんから入団式につける赤いスカーフを首に巻いてもらって夢心地のザイチク。だけど思いもかけず、その日父親が秘密警察に逮捕、連行される事態がおこる。密告者はザイチク父子の部屋が空くことをねらう大家族の隣人。

▲何が起きたのかわけがわからないけど、とにかくたちまち行き場を失ってしまった少年は、頼りにしていたおばさんちにも追い出され、それでも一夜をやりすごし翌朝学校に行く。
なんたって大事な入団式があるからね。

▲でもその準備中 彼は誤ってスターリンの胸像の鼻を壊してしまうんよね。自分がやってしまったことで起きる波乱を想像して、その恐ろしさに知らんふりを決め込もうとするザイチク。でもじつはその場面はあるクラスメートに目撃されており・・・。
大人社会の「基準」は、学校や子どもの中にも浸透し、同じように差別とひどい虐めがあり、ザイチクもまた虐める側にも排除される側にも立たされる。

▲ 文中、だれが鼻を壊したと思うか紙に書かされる場面があるんだけど、女の子が震える手で書けないでいる。先生が書くように促す。
「先生、わたしにはだれが信頼できるのかわかりません」
「それですよ。ジーナ。あなたが、はっきり信頼できるといえない相手は、つまり疑わしい人物なのです。そういう人の名前を書けばいいのです。わかりましたか?」


▲ 大人も子どもも、家でも学校でも、疑い、監視しあう関係。しかしそれが遠い国の過去のできごと、とは思えないことが怖い。物語の著者はスターリン体制の下で育っており(1983年27歳のときにアメリカに移住)少年~青年期に経験したのであろう恐怖が「いま」のことのように迫ってくる。
ときどき挟まれる絵(著者は画家)は眼や顔の表情はもちろん、挙げられた手さえも、人の心の暗部をあぶりだしているようで心が凍りつくようだった。

▲なぜ、お父さんは捕まったのか。クラスで排除される友だち。たった一晩で「人民の敵」になってしまうザイチク。短いながらもいろんなことが詰まった物語。でもこんなつらいままに終わってしまうのか、と思ったらお終いには暗闇にちいさいけれど灯りがともる。

▲そうそう、いちばん心に残ってること。そして今なお考えてること。
授業で代用教員のルシコがゴーゴリの『鼻』をテキストに語る場面。残念ながらこの段階ではザイチクだけでなく、教室の子どもたちにもルシコの真意は伝わってはいないようなんだけど。

『わたしたちがだれかの考えを、正しかろうが間違っていようが、うのみにし、自分で選択するのをやめることは、遅かれ早かれ政治システム全体を崩壊に導く。国全体、世界をもだ』
子どもだけでなく大人にもぜひ読んでほしい。





*追記
その1)
ゴーゴリの『鼻』についてwiki→
この中に全文が読める青空文庫もリンクされています。

その2)
今回の話とはまったく関係ないのですが。
この間ムスタキが亡くならはったことを知りました。
わたしにとってムスタキは 昔テレビで木下恵介シリーズの一作『バラ色の人生』(1974年)で流れた『私の孤独』が最初でした。すぐにレコードを買いに走ったことを思いだします。
それから、もう長い間聴くこともなかったのですが、思いがけず須賀敦子のエッセイにでてきて驚いたことは前にここにも書きました。

ひさしぶりに聴いたムスタキがきっかけで、こんどはピエール・バルーを。
youtubeのおかげで年とらはったピエール・バルーのうたう姿をみて聴くことができました。しみじみ。
Pierre Barouh-Des ronds dans l'eau
彼の歌でいちばんよく聴いたのはこれ。『男と女』で流れてた À l'ombre de nous

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by bacuminnote | 2013-06-04 14:40 | 音楽 | Comments(0)