いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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しずかに暮れて。

▲ 毎年恒例 相方の旧友宅での忘年会に出かける。今年は東京から息子1も参加。赤ちゃんのときからこのメンバーで毎年海に泳ぎに行ったりしてたから、かれにとっては親戚のおっちゃんおばちゃん的面々だ。そしてそのおっちゃんらに海に浸けられては大泣きし、スキー場のてっぺんでほっとかれて半泣きで滑り降りてきた男の子も今は33のおっちゃんになった。

▲ 電車で人混みの中を乗り換えて行くのは、相方もわたしも苦手やから、時間はかかるけど、バスで。(ここによく登場する墓参に行くときと同じバス)相方と一緒に外出することはめったにないんよね。家で居るときは、皆に呆れられるほどお互いしゃべり続けてるけど。だから?出かけたときはたいてい無口(苦笑)バスに乗っても別々に一人がけ席に座るフウフだ。(←キミと一緒やったら窮屈って?)

▲ 一昨日や昨日のデパートやスーパーの食品売り場の「迎春喧騒」が、うそのように車内はしずかで。いつもとかわらない空気に心底ほっとする。
それに、今日のバスのドライバーは華奢な女性で。(←初めて!)発車を待つ間に、小さなピアスと長い髪を後ろ手に束ね直し、帽子を被る姿がすてきだった。「では発車いたします」とやわらかな声も、きりりとしたハンドルさばきもかっこよかったしね。

▲ 出がけにあわててバッグに入れてきた『ぐるりのこと』(梨木香歩著/ 新潮文庫)を開く。最初に読んだのはもうずいぶん前。その後「解説」(最相葉月さん)が読みたくて文庫本を買って。こうして出かけるとき、ふいっと持って来てはすきなとこから繰り返し読んでる。
この本は題名のとおり著者が自分の周りの「ぐるり」について考えていくことを綴ったエッセイ集なんだけど。日常のちょっとしたことから、思考をぐぅーっと(←プレス式の珈琲淹れるみたいなイメージ)深めてゆくそのさまにいつのまにか引きずり込まれ、わたしもまた苦悩する。

▲きょう読んだのは「群れの境界から」という章。
別荘地の上の方にあるという山小屋から、車で麓に買い物にでた梨木さんは道中、「まだ若いバンビと言っていいような鹿が一頭、呆然と立っていた」ところに出会う。しばらく車を停めて鹿を見つめる。「濡れたような漆黒の大きな瞳」と長い睫毛は、奈良県産のわたしには目の前にうかぶ。このもしかしたら群れから離れた個、の話から、正月に観たという映画『ラストサムライ』の話~武士道と葉隠思想とよばれるものについて発展してゆく。

▲ 『「ラスト・サムライ」では、大義のためには「死をも恐れない美学」のようなものが謳い上げられているわけだけれど、死を恐ろしいと思うのは、その個体性の喪失にあるのであって、死自体ではない。たとえば、無性生殖で増える細胞には、そういう意味での死(個体性の喪失)はない。自分がどこまでも分裂していって殖えてゆく。どこまでも自分のコピーだ。個体性に重きを置かなければ、なるほど死ぬこともさほど怖くはないだろう。群れ全体の組織性にアイデンティティを見出していればいるほど、命はたやすく投げ出せるわけだから。』(p157より抜粋)

▲ この辺りを読んでいて息苦しいのは、今もなお『葉隠武士や葉隠精神ということばが、よくストイックなものに対するあこがれのようなニュアンスを漂わせて使われて』(p155)いるからか。いや、むしろ今また「個」として覚醒することより「集団として群れの一部として行動」することを社会全体で求める(強要する)ような、なんとも嫌な空気が流れていることを思うからだろか。

▲ 本は、このあと西郷隆盛の人物像と薩摩藩の黒糖をめぐるすさまじい搾取の話から、ヒーローへの疑問を語る。
宮沢賢治の例を引くまでもなく、一人の人間を神格化して崇める、という行為には、自分で考える努力を放棄し、判断し決定する責任を他に押しつけた怠惰のにおいがする。(中略)安易な神格化は軍隊内での苛めのような歪みを生み易くする。心理的な上位をつくってしまえば、必ず下もつくらなければすまなくなる無意識の卑屈がどこかで相殺(そうさい)されることを求め始めるから。人は誰かを崇めるだけではバランスがとれなくなりがちなのだ』(p169)

▲ ああ「考える」って、やっと底にたどり着いた気がしても「そこ」では終わらなくて、次々と新しい発見と疑問が終わりのない芋づるのように繋がってゆくんやなあ・・と思いながら頁を繰る。
文中『考えが迷路に入って頓挫する』というくだりがあって、思わず「はい。今まさにその迷路にいます」と手を挙げそうになる(苦笑)。
そうして「ふりだしに戻り」ふたたび読んで、閉じて、また考える。読みたい本、わたしには難しそうやけど読まねば、と思う本のメモでノートが埋まった。

▲ すっかり自分が車中の人だということも、何度目かの読書であるということも忘れて、本を読み耽っていた。
はっとして窓の外をみると、1時間のバスの小さな旅の終わりが近づいてることに気づく。うしろを振り返ったら相方が体を斜めにして窓に寄りかかるように、自分の生まれ育った町並みをじっと眺めてた。

▲ さて、友人宅で集まった大人10人子ども2人。おいしくて、にぎやかな宴。そのうち退屈してぐずる子どもを近くの公園につれだすおっちゃん。(←おじいちゃん)いつだか中庭に出て煙草吸ってた友人が酔っ払って小さな池にハマった話を酒の肴に大笑い。
仕事もリタイア組と細々つづけてる組がいて、みなええ歳になった。若いときにくらべたら酒量も食べる量も減ったけど、今年も揃って元気に集えたことにカンパイ。(そういえば、このメンバーではいつも各自勝手に飲み始めるので、一度も乾杯などしていないことに今気づいた。いかにも「らしい」集まりだ。 苦笑)

▲帰りは電車で。新大阪駅で降りたら大きな荷物もった帰省客であふれてた。みんなどこに帰らはるのかなあ。おなじ人混みでも「帰省」を思わせる人の波はなんだか温かい。
帰る家、住む家をもたない人たちをこの年末に「強制排除した」(なんてひどい、冷たいことばだろう!)渋谷・宮下公園のニュースを思い浮かべながら、晩秋の三十三間堂でであったことばをぶつぶつ言いながら、夜道を歩いた。空がきれいだった。
「オン ダルマ キリソワカ」(祈りましょう。大切な人のために。そして、生きとし生けるものの幸せのために)


* 追記
その1)
今年最後のブログは、洗濯物干す手をとめ、昼ごはん支度しながら手をとめ、数の子の塩抜きしながら、おでんの火入れながら、あわててクリスマスの人形片付けて、庭の千両ちょこっと活けて。あっちもこっちも「作業途中放置」で、何がなんかわからん状態のまま、ああ今年も暮れてまいりました。

文字通り「怒り心頭に発する」ことの多い一年でした。
自分のごく身の回りに限って言えば、皆なんとか大病もせずすごせたのだけど、ああ、それでも・・とずっと重いものは心の底に積もってゆきますが。
いつもかわりばえのしないブログを、今年も読んでくださってありがとうございました。
しずかに佳い年がむかえられますように。

『うつくしや年暮れきりし夜の空』(小林一茶)

その2)きょうはこれを聴きながら‪
Winter Circle-Balmorhea ‬ 
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by bacuminnote | 2013-12-31 17:07 | 音楽 | Comments(0)

ちいさなてぶくろ。

▲ カレンダーがうすっぺらになり、とうとう最後の一枚になって。街がざわざわし始め、食品売場がクリスマスと迎春モードになると、ああ、やっぱり年末やなあとおもう寒さがやって来てる。
人混みと効きすぎの暖房と厚着で火照ったほっぺたが外に出たとたん、その冷気できゅうと締まるのがわかる。

▲葉っぱを落としあちこちに実が残ったゆりの木は、冬の青空を台紙にした繊細な切り絵みたいで、はっとするほどきれい。
身を寄せ手をつないで、ぼちぼちと歩くお年寄りのカップルが立ち止まって、そんな木をじっと見上げてはる。年とって(とらなくても)夫婦で(夫婦でなくても)、おなじものの前で足を止め眼を留め、耳をすますことができるのは ええなあと思う。

▲ 子どもが小さかった頃クリスマスは、わが家の数少ない「行事」だった。
早くからもみの木にいっぱいオーナメントぶらさげて、母の旧友Sさんが毎年贈ってくれる外国のクリスマスグッズを並べて。毎晩のようにサンタクロースの絵本を読み、その日はちょっとごちそうもしてケーキも焼いた。

▲そういえば、田舎暮らしのころは贈り物を内緒で買うのも一苦労で、まちに住む友だちに頼んでこっそり送ってもらったり。
それから店の包装紙をとって白い模造紙にトナカイのマークの切り絵を貼り付けたりした。その日はどこの子もそうやと思うけど、ウチの子らもサンタクロースを「みとどけよう」と、おそくまでがんばって起きてたりするからね。そのうち親のほうが寝入ってしまって、早朝あわてて飛び起きたっけ。

▲ やがて子どもも大きくなり、温かな部屋でプレゼントを待つ子ばかりでないことを知り、いつのまにか わが家にとってその日はフツーの日になった。
この間ふと思い立って、久しぶりに小さなオルゴールのついたクリスマスのお人形三つを出して並べてみた。
雪がしんしん降る午後、宅配便のトラックの音に外に駆け出して、早く早くと急かされながら寒い玄関口に座り込んで箱を開けた。そのころの子どもの声が聞こえてくるようで。
プレゼントが届いた夜に電話で話すSさんのやわらかな声~「そっちは寒ぅおまっしゃろなあ」昔ながらの大阪弁が耳もとで聞こえてくるようで。
『子へ贈る本が箪笥に聖夜待つ』(大島民郎)というすきな句があるんだけど、こういう時間は親にとっても「贈り物」やったんやなあ、としみじみ思う。

▲ 信州ではホワイトクリスマスどころか、12月はいつだって一面ホワイト。
下の子はアレルギーがあったので生クリームでデコレーションした白いケーキはだめだったけど、つららのロウソク、櫟(いちい)の木の尖った緑の葉と赤い実をのせた雪のケーキをいっぱい作って家の前にかざったんよね。
道むこう牧草地の前にはクリスマスツリーのように、雪を被った櫟の木がずらりと並んで。雪遊びの合間に家に入って、薪ストーヴの囲いにびしょ濡れの小さな手袋や長靴をひっかけて。
その間にも雪はしずかに降り積り、いつのまにかケーキはすっぽりと雪の中に埋まってた。

▲その櫟の生け垣も、上の子が4才のとき鉢で買ってその後地植えしたもみの木も。側溝工事でぜんぶ抜かれてしもうたから、いまはもうない。上の子のときから下の子へと(ウチは13才年が離れてるからかなり長い間)ずっとクリスマスの贈り物をしてくださったSさんが施設に入居、と聞いてからもう何年になるだろう。
十代からの長いつきあいだった母にも連絡先を告げずに転居しはったらしいけど。(そのときのことは ここにも書きました)
「わたしね、もうクリスマスが近づくと、こころ踊りますねん。ええお婆さんが可笑しいでっしゃろ。ふふふふ」って少女みたいに笑ってはったのを思い出す。どうか温かなクリスマスを迎えてくださいますように。

『硝子戸に小さき手の跡クリスマス』(大倉恵子)



*追記
その1)
この間、信州の友だちがここに来てくれた。なつかしいひとや場所の話いっぱいして。翌日駅までおくって帰ってきたら、だれもいなくて(←あたりまえ)さみしかった。
そして夕方、到着したと来たメールに、なんかじーんとしてしまった。
12月なんやもん。そんなのあたりまえなんだけど。
「開田は雪です」

その2)
冬のうたは好きなのが多い。
寒い寒いと文句いうてるけど、寒いのがほんま好きやし、ね。
Snow Angel-Over the Rhine
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by bacuminnote | 2013-12-20 11:31 | 音楽 | Comments(0)

ほんまは知らんこと。

▲ 前の夜は、わけわからんままの国会の強行採決をインターネットで観ていて、ここには書けない汚い言葉で「起立」議員をどなり(←わたしが)、かっかしながら日付が変わってから床についた。
くたびれてるはずやのに、明日はよしの行きやし、と思うのに、なかなか寝付けず読みかけの短篇集(この前読んだ本と同じフェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳『犯罪』)を開く。

▲それはドイツのとある駅ホームで起きた事件の話で。月曜早朝のこと。昨夜はついてなかったらしいスキンヘッドの若者の一人が年配の女性にちょっかいを出し、もう一人は金属バットでゴミ箱を叩く。イライラと退屈を持て余したふたりは、飲み終わったビール瓶を線路に投げ捨てる。すると
ビールびんが砕け散り、ラベルがふわふわと舞いあがった。
自分がたった今そのホームに立ってるみたいに、瓶の欠片がきらきら光り、舞うラベルさえも目の前に浮ぶようで、すっかり目がさめてしまったのだけれど。いつのまにか目覚まし時計が鳴っていた。

▲ 吉野に帰るのは(「行く」とするか「帰る」とするかはいつも迷うとこやけど)夏以来だ。今回はむこうで姉3と落ち合う予定。地下鉄に乗りこんで、母や姉1に、と買ったあれやこれやの入った大きな紙袋を膝の上にのせて、本を開く。いやバッグに入れてきたのは割れたビール瓶のあの話ではなく
『光のうつしえ』
(朽木祥著 講談社2013年刊)という本。表紙の背景は黒と群青色。黒い川?には四角いものが赤青黄色に光っている。副題は「廣島 ヒロシマ 広島」とあるから、やっぱりこれは灯篭なんやろね。(著者の前作『八月の光』のことは ここにも書きました)

▲ 川のはたで育った子ども時代の夏の思い出は、水泳、花火と灯篭流し。とくに花火と灯篭の絵は、わたしもふくめて夏休みに家族とどこかに行くことのなかった家の子には格好のテーマで、二学期はじめにはよく似た構図の絵が、決まって何枚か貼りだされていたのを思い出す。
でも、この表紙には暗闇のなか灯篭の灯りがつらく感じて、最初ネットで書影をみたときは気になりながらも「またこんど」とそのままにしていたんだけど。
このまえ図書館の児童書コーナーで、おもいがけず本があり借りることにした。『世界中の「小山ひとみさん」のために』という献辞にも、意味がわからないままひかれた。

▲ そして物語はその灯篭流しの夜から始まった。
時代背景は原爆投下から「二十五年目の夏」~希未は母と祖母といつものように灯篭流しにやってくる。川辺にも、向こう岸にも灯籠を見送ってる人たちが大勢いて。そんな中でひとりの見知らぬ老婦人が希未に声をかけてくるんよね。
「あなたは、おいくつ?」といきなり問われて、希未は「十二歳です」と応える。合点がいかないのか、その人は続いて、希未に姉がいるか?母親は何歳か?などと尋ねる。そして涙をあふれさせて「ごめんなさね」と去ってゆくんだけど。希未は怖くなって、そのことを告げるとお母さんが言う。
……誰かを捜しとる人が広島には今でも、えっと(たくさん)おられるからねえ

▲ 『あの朝、原爆で一瞬で七万人以上が犠牲になったのだ。その人たちはまさに「消えてしまった」のだと希未たちは平和学習で習った。
小学生のころから平和学習で何度も勉強してるはずが、実感を持って受け止められなかった希未だけど、そのうち自分の入ってる美術部の吉岡先生が入市被曝の体験者で、あの日たいせつな人をなくしたことを知って。
よう知っとると思うことでも、ほんまは知らんことが多い』ことに気づき始める。

▲ さて、そうやって本の世界に入り込んでるうちに電車はいつのまにか乗り換えの駅に着いており、大慌てで下車。天王寺駅周辺には長いことあった「工事中につき」の看板が取り払われて、わたしの「見慣れた光景」がどこにもなくて。まして、さっきまでヒロシマのことを考えていたから。その新しさとクリスマスムード満載の「街」に、タイムスリップしたような、知らんとこに迷いこんだ気分で、デパートの開店を待つ人の長い列を横目でみながら駅構内にむかった。
平日だし、この時期よしの方面への観光客は少なくて特急電車は二両きりで空席が目立つ。荷物をおいて「ふうう」と長いため息ひとつ。人の多いとこがほんまに苦手になった。

▲ そうだ。本のつづきを。
希未と俊、耕三の三人は身近なひとから「あの日」のことを聞くようになって。希未は先生のこと、俊はご近所でひとり暮らしの「ちょっと苦手なおばさん」の須藤さんのこと、耕三は祖父母に。
「被爆」と「被曝」のちがい(爆弾の被害を直接被ることと、放射線に曝されること)『いつ現れるかわからん、闇夜に潜んだ見えない敵みたいなもんじゃな』という放射線のこと。須藤さんが自身のつらい体験と重ねた新聞の投稿欄で出会った短歌~
「半ズボン汚し帰りし幼な子を叱りいたりき戦死せしかな」(小山ひとみ)

▲ 献辞にもあった「小山ひとみさん」とはこの小山さんのことで、調べてみたら実在の人物らしい。朝日歌壇に多く投歌されていたそうで、テーマは一貫して「戦死せしわが子」だったそうだ。
こういう物語を読んでいるときは、泣かない、泣くことで流してしまわない、と自分につよく言い聞かせてるんだけど、須藤さんの話になって、とうとう抑えきれなくなっておいおい泣いてしもた。俊のおばあさんが言う。親は子に『今日も明日も元気で帰ってくると信じとるけえ、きついことも言えるわけじゃ
そうして三人は、よう知っとると思ってた人にも、知らんかったことがいっぱいあることを「知る」ことになるんよね。

▲自分らのすきな美術だって、戦争が始まると『真っ先に無用とされた科目が美術や音楽だった』『詩は女々しいから読んじゃいけんとか。哲学や思想書をふつうに読んどったら、赤(共産主義者)じゃと言われて特高(特別高等警察)に引っ張られたとか』と話すところもあって。
この場面を読みながら、昨夜みた国会中継がわたしの頭のなかで流れる。

どうか、あなたたちの世代が生きる世界が平和でありますように。自由な心を縛る愚かな思想が、二度と再びこの世界に紛れこみませんように
物語のなか、あるひとが希未に宛てた手紙の忘れられない一節だ。

▲ 200頁に満たない本だったので、駅に着くまでに読み終えた。
窓の外は里が「近づいてきたしるし」の吉野川が見え始め、カーブのたびに激しく電車が揺れる。春の桜、夏の鮎、秋の紅葉もおわると観光シーズンもおしまいだけど、静かで枯れたいま時分の吉野が、わたしは一番すきかもしれない。暖房のよくきいた車内から降りると、足元からじんじん冷気がのぼってくる。案の定、その駅で降りたのはわたし一人きりだった。

▲母とは電話で2~3日に一度は長話してるから~と思ってたけど。
顔みたら、また小さくなった気がしてさみしかった。姉1と姉3とも久しぶり~おんな四人はにぎやかでたのしく、何より母の笑顔がうれしかった。
そのぶん帰りは、二階の窓から身をのりだして何度も手をふる母がせつなく「そんなんしてたら落ちるやん!」と階下から娘たちが叫んで、泣き笑いのうちに また大阪に帰ってきた。
そして 
この日の夜遅く「愚かな思想」を本議会は通してしまった。


* 追記 (いつも長い・・・)
その1)
この本はとてもしずかで美しい物語だとおもいました。誰かのせいもあって、ここ数年「美しい」ということばを書くとき、いつもちょっとためらいの時間がありますが。
さっき泣かないを自分に課していると書いたのは、その美しさの前で、それでなくても、流されやすくあやふやな自分の眼が曇らないように、です。

本文で美術の先生は俊への手紙にこんなことを書いています。
この世界は小さな物語が集まってできている。それぞれのささやかな日常が、小さいと思える生活が、世界を形作っている――そんなふうに私は考えています。小さな物語を丁寧に描いていくことこそが、大きな事件を描き出す最も確かな道なのだと思いませんか』(p167)

自分の存在や表現が「小さい」ことで縮こまることはないんよね。「自分にできること」から始まるんやからと はげまされる思いです。
と同時に、子どもも大人も「物語」だけでなく「今起こっていること」に関心を持ち、なぜ戦争が起きたのか、起きるのか、政治や歴史を学ぶこと「知る」ことの意味も改めて思いました。(歴史についてはこの前 ここにも書きましたが)

今日はアジア・太平洋戦争(1941年12月8日)が始まった日。

その2)
ネルソン・マンデラさんの訃報。
「コシ・シケレリ・アフリカ」Nkosi Sikeleli Afrikaひさしぶりに聴いています。
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by bacuminnote | 2013-12-08 15:26 | 音楽 | Comments(0)