いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2014年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

のんびり進んでいく。

▲ まだストーブも仕舞ってないし、冬物の洗濯も済んでないのに。カレンダーは「赤い字の続く」頃になった。もう1年の3分の1が過ぎた・・ってどっかに書いてあったけど。ほんまやねえ。早いなあ。
わたしは毎日が日曜日のようで水曜日のようやから(←とくに水曜に意味はない)GWもフツーの日なんだけど。桜が散って、みどりみどりの季節になって(すき)、立橋から見える「笑ふ山」に山育ちは おおいに笑ふ。
そういうたら子どものころ「本ばっかし読んでたら、眼によぅないから。せいだい山でも見ときや~」って(※せいだい→関西弁で ”精一杯”というような意味)おばあちゃんによく言われたけど。
ただ山々をぼぉーっと見るやなんて。子どもにそんな暇はなかったのである(笑)

▲ 人混みが苦手なので、今日の買い物は早いうちに、と出かけたら、スーパーもデパートもちょっと拍子抜けするほどガラガラで、さっさと用事すませて帰ってきたんだけど。帰り道、街路樹の下で高齢の女性二人が傍らに「ガラガラ」(←ショッピングカートのことをわたしらおばちゃんはこう呼ぶ)置いて、立ち話してはった。
「今日はもう温い、こえて暑いくらいですなあ」「ほんま。せやのに朝晩は冷えるし。何着てええんか わからしませんねえ」の あとは、何の話か、きゃっきゃ、声あげて若いコみたいに笑うてはる。
落ち葉の始末が大変やからと、ばっさり腕を落とされたかのようなゆりの木の、その短すぎて哀しくなる枝にも新緑は萌え、数少ない葉っぱが ひらひら風に揺れている。
「新緑やうつくしかりしひとの老」(日野草城)

▲ 家の近くのマンションにはまた引越しのトラックが何台か停まってた。新学期前のラッシュ状態が一旦落ち着いて、第二弾はこの連休やろか。
かくいうわたしらも、大阪に戻って今春で10年。引越しの大変さは もうこりごりと思うてるのに、今日みたいにええお天気でみどりの風ふく日は、ちょっとこころ動く。
いつの引越しのときも手伝ってくれた友人たちからは「もう(年取ってしんどいし)あかんで」と言われてるんやけど(苦笑)。それでも、前は時おり相方と「こんど引っ越すとしたらどこがええか?」なんて言うて、お魚のおいしいとこがええなあ。福岡やろか、いや、金沢も函館もええなあ。わたし街のかんじは京都がええわ~とか、勝手きままな話をしてたもんやけど。ここ数年は笑いながらのそんな話は出てこなくなった。
自分で望んだ引越しも。やむをえない引越しも。
みんな、新しい地でもたのしい出会いが待っていますように。

▲ このあいだ、その名も 『お引越し』(ひこ・田中 著 / 福音館書店刊)という本を読んだ。初版のときに読んで、そのうち相米慎二監督の映画『お引越』を観たので(そして、この印象がけっこう強く残っていて)その後再読したときも、いつのまにか脳内イメージが主人公のレンコは子役の田畑智子サンになってしまってた気がする。それでも、この本にはいろいろ楽しいしかけがあり(見開きにレンコの両親の婚姻届のコピーがあって、こういうの見たことのない子どもも大人も、制度としての結婚を考えるきかっけになる気がしたし。その日付がショーワならず元禄49年になってたり、文中に手書きの文字も挟み込まれてたり、というのも新しかったし)何よりわたしにとって、これまでの子どもの本とはちがう~大きなであいの一冊だった。
この福武書店版のあと講談社から文庫がでて、今回は福音館書店から。表紙も奈良美智の大きな眼の少女にかわり、11歳だったレンコと親友二人が35歳になって語る「あと話」というのも加わって、なんか初めての本にであったみたいにどきどきしながら、本を開いた。

▲最初のページには「今度、お家が二つになります。」と一行。
両親が離婚することになって、とうさんが家を出てゆくお引越しの日(そういえば、これもなぜか水曜日なのだった)から物語は始まる。わたしの持ってる本は初版発行の年の3刷だけど、たまたま初版発行のその日は息子1の10歳の誕生日で。主人公のレンコは11歳だったし、親の年齢は5つほど上やったものの、舞台は学生の頃すごした京都のまちでもあり、いろんなこと重ねては頷いて読んだんよね。
だから、今回は自分の24年分の加齢もあるし、物語をお母ちゃん(おばあちゃん?)的に「眺める」感じになるのかなあ~と思いきや、意外にも子どものレンコに一気に入ってしもた。

▲今更ながら、本(小説)というのはふしぎやなあと思う。
読んだときの年齢はもちろん、そのときの心情も相まって、同じ本読んでるのに、しかも時代背景やら言葉使いの流行やらは、確実に古くなってるはずやのに。わたしはいきなり11歳の女のコになって物語に参加してた。
で、本読んでいて、とつぜん思い出したんやけど。むかし、父のあまりの自己チューぶりに姉たちと「せまいアパートでもええから、お父ちゃんなんかほっといて、お母ちゃんと皆で家出しよう」と額よせあって話したことがあったんよね。
田舎のことで、アパートも見たことがなかったし、どんなものかも(とくに末っ子のわたしは)わからなかったはずやけど。旅館という全く「家」らしくないところで育ったから「狭いとこでみんな一緒」というのに何かぐっときて。姉たちの険しい顔をちらちら見上げながらも、わたしは遠足の相談してるみたいにワクワクしてた。

▲ レンコは一人っ子やから、そういう相談をする相手が家にはおらんわけで。
そのぶん親二人のことを一人で受け止めてる。せやからね、そのしっかりぶりが頼もしくもあり、時にちょっと切なくもある。けど、家出(姉妹会議だけに終わったが・・)を遠足みたいにおもってた間抜けな妹(←わたし)も、その後姉たちが進学で家を出て行って「青春を謳歌」してた頃、「二人」のことを小~中学生のわたし一人で受け止めて悶々としたりバクハツしたりすることになるんやけど。まあ、そんなことはともかくとして。
今回さいごにあった「あと話」を読んで、そんな子どもゆえの健気なとこも生真面目さも。自分勝手なとこも呑気なとこも。それから思春期のしんどいトンネルもなんとか通り抜けて、大人になった主人公と友だちのその後に、ほぉーっと長い息をついた。レンコも友だちも、それぞれ自分の道しっかり歩いてる。そういうたら、ウチの10歳やった息子も今夏34に~相変わらずいっこも何も言うてこーへんけど。みんな、ほんまに大きくなりました。

京阪電車は、とうさんのお引越しの日と反対方向に走ってるの。 
あれから私の背はあまりのびてないみたいで、やっぱりまだつり革には手が届かない。
成長期っていうのはのんびり進んでいるの。

(お家が二つになって、レンコが初めてとうさんのお家に行く日に。)


*追記
その1)
本文中に出てくる「とうさんのサンショじゃこ」が気になって、久しぶりに「山椒昆布」炊きました。実山椒は去年のをさっと塩ゆでして冷凍したもの。炊いてる間も、その後もしばらく家中にサンショと昆布のええにおいがして。
おいしかったぁ~(お弁当箱いっぱいこしらえたけど、もうない。おいしいもんは早うなくなるんよね・・)
ひこ・田中さんの本にはおいしいもんがよく出てきます。レストランで、というより台所で拵えるもの。せや、こんど"白葱の豚肉巻き"やってみよう。


その2)
そういえば、この頃映画のことを全然書いてへんなあ~と気づきました。相変わらず映画館には行けずDVDで観ることになるのですが、よく観ています。最近観たもの(レンタルショップでは「最新作」)をちょっと書いてみます。

『危険なプロット』←フランソワ・オゾン監督。なかなかおもしろかった!
『大統領の料理人』←『バベットの晩餐』もそうでしたが、女性の料理人のきびきび立ち働く姿かっこいいです。
『そして、父になる』←是枝監督。親子って何なんやろね。わたしは一緒にすごした「時間」がだいじって思う。

『わたしはロランス』←ロランスと恋人フレッド。30歳の誕生日にロランスは 自分のからだが(性を)間違って生まれてきた~と告白。そもそも性別って何?と思うし、考える(いまもずっと考えてる)。168分と長い作品でしたが、音楽もとてもよく、時間を感じませんでした。このことはゆっくり書きたいです。
どんな映画も予告編はいつも日本版と元のをさがして観るのですが。タイトルも含め「ちがい」がとても興味深いです。
日本版にはなかった場面→ある日、女性の服装で出勤したロランスに同僚が聞く"Is it a revolt?"
ロランスは応える"No, Sire...It's a revolution"

US版(英語字幕)予告編→ 
日本版公式サイト→

その3)
というわけで、今回は『わたしはロランス』で流れていたこれを聴きながら。
craig armstrong - let's go out tonight →
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by bacuminnote | 2014-04-28 17:06 | 音楽 | Comments(0)

道問いて。

▲ 歩道橋で立ち話してはるお年寄りをよく見かけるようになった。
顔あわせて第一声は皆さん「ぬくなりましたなあ」~ちょっと前までこの橋の上は風がほんまに冷たくて。わたしなんか知った顔に会うても「こん・・・ほな・・」(←こんにちわ。今日も寒いねえ。ほなまたこんど~の略・・苦笑)と、おたがい口開けるのも寒い~というように早足で橋をわたってたんやけど。

▲今日みたいな ぽかぽか陽気の日には 長い橋のあちこちに老いも若きも「立ち話組」。
その横をぎこちないスーツ姿の新入社員の若い男女が茶封筒持って、忙しなく通りすぎてゆく。
春やなあ。

▲ もう何度も書いてるけど、わたしは道をたずねられることが多くて。前述のようなニューフェイスさんから年配の方まで。だいたいは家から駅に行く途中に声かけられるから、尋ねられる建物もその間にある会社のビルだったり、駅やその近くのホテルなんだけど。家に帰って相方に「今日も道聞かれてなあ・・」って報告すると「いやあ、その教え方では、その人わからへんかったんと ちゃうか~」とか言われて、がっかりする。(←いや、がっかりしてはるのは、わたしなんかに道聞いた人のほうかもしれんが・・)

▲10年も暮らしてる街とはいえ、なんせ方向おんちの道案内やからね。よくいえば教え方がていねいすぎる。悪くいえば、情報が多すぎて、要領を得ない、かんじんなとこがわかりにくいのかも、と自己分析の後ため息ひとつ。
せやからね、小沢昭一さんのこんな句にあうと、しんそこ救われたようなきもちになる。
道問いてわからぬもよし春一日(ひとひ)」(変哲)

▲ でも、言い訳するわけやないけど。
知らん人と接することのなくなったこんな世の中で、いまや道聞いたり教えたり、教えられてもわからへんかったり(苦笑)って(セールス以外で)数少ないコミュニケーションの場やよなあ、と思う。

▲このまえ読んだ『101年目の孤独』(高橋源一郎著 岩波書店~101は漢数字”一〇一”です))のまえがきに高橋氏が電車の中でみかけたエピソードが綴られていて。臨月に近い大きなお腹をしたお母さんが立ってるのが見えたけど(高橋氏は立ってはったみたい)座ってる乗客はみな、見て見ぬふりなのか、あるいは携帯電話の画面に夢中で気がつかなのか。がまんできんようになってタカハシさんが文句を言おうおしたとき、
その電車の隅っこの方に座っていた(たぶん)フランス人のバックパッカーが、ずっと遠くから走ってきて、そのお母さんに「スワッテクダサイ」といったのでした。

▲ と、まあ、「そんなニッポンという国でのお話」がこの本に収められている。
タカハシさんはいろんな場所を訪ね歩く。
ダウン症の子どもたちのアトリエ、身体障碍者だけの劇団『態変』、非電化工房、テストも宿題もクラスもない小学校。それからタカハシさんの故郷・尾道。そうそう、いわゆる「ラブドール」の製作所なんてとこにも行ってたなあ。番外はイギリスにある子どもホスピス、マーチン・ハウスへ。
あと「長いあとがき」には、原発に反対する運動をもう三十年も続けている山口県祝島のお年寄りたちのこと、福岡市にある「宅老所よりあい」を訪れたことを綴っている。

▲ところで、この本、装幀の感じも内容も氏のこれまでのイメージとちがう気がする。
初のルポルタージュということだけど、そもそも訪ねはったところもちょっと意外な感じがしたんだけど。読んでるうちに、そんなことはどうでもよくなって興味深く読み進めた。何よりそれぞれの場で、彼の視線のやさしいことに「タカハシさんって、けっこうええ人やなあ」と思うのだった。(一体どんなイメージ持ってたん?と言われそうやけど・・苦笑)

▲最後の章で、イギリスの「子どもホスピス」を訪れる前に、タカハシさんは ”わたしが、マーチン・ハウスという「子どもホスピス」行きたいと思った理由 ”という一文を寄せている。ここでくわしく書くのはやめるけど(道案内のごとく説明しずぎはあかんみたいやし・・)息子さんがまだ小さかったときにかかった大きな病気が契機のようだ。「この経験はわたしを変えたように思う」とあって、ああ、そうだったのかと深く頷く。

▲ 自分のだいじな人、ましてやそれが小さい子であれば尚更のこと、重い病気や怪我をしたら、息が詰まるような心配や苦悩。それゆえに「生きている」ことへの思いやよろこびもまた。それはタカハシさんが言わはるように ひとを「変える」と、わたしも思う。
「弱い」といわれる人のこと、いや、そもそも「弱い」って何なんやろ~と本を読んでる間ずっと考えていた。

▲ 今日ネットニュースで「国土交通省の協議会が三月、電車内などでベビーカーを畳まなくてもよいとする共通ルールを決めたことを受け、鉄道各社が対応の検討を始めている。」(東京新聞web)って書いてあったけど。そんなこと、わざわざ共通ルールにしないと、赤ちゃん連れと他の乗客はうまくいかんのか、と暗澹たる気持ちになった。
いや、それくらい都会の人たちはみな仕事と時間に追われて、他人のことを思う余裕をなくしているのかもしれない。

▲そういえば、友人が若いころ暮らしたオーストラリアで、上の子の手を引きながら下の子のベビーカーを押していて、バスや電車や、いろんなところで、自分一人でベビーカーを持ち上げたことがなかった~と話してくれたことがある。
親子を見るなり、何も言わなくても周囲の人たちがごく自然に集まって来て、手を貸してくれたそうで。「それがね、ちっちゃい男の子までさぁーっと走って来てくれるのよ」と友人はうれしそうにわらう。その国の人にも、よその国から来た人にも、困ってる人に差し伸べられる手。わたしも話を聞きながらしあわせなきもちになった。

▲ 「ところが、ね」と彼女の声のトーンが低くなる。「日本に帰ってきたら、みんな知らん顔だった」・・・やっぱり。そういうことやったんか~幼い子どもさえも、だれかの手助けをしているという小さな誇りとよろこびの画面がいっぺんに真っ暗になったようだった。
当たり前に助けあってる姿を見て育つ子どもが大人になって、自然に「行動」できるようになるのだとしたら、大人たちがみな知らん顔の中で育った子どもはどんな大人になるのだろう。

《ゆっくりと坂を下りてゆく社会がある。ほんとうは、わたしたちが生きているこの国全体が、そうやって「下りて」いるのかもしれない。けれども、わたしたちは、その事実を認めようとはせず、いまも、かつての「経済成長」の夢を見ようとしている。まだ「上へ」行けるのだ、と考えようとしている。》

《「弱い人」をその中に包み込むことのできない共同体がいちばん「弱い」のだ。》


(『一◯一年目の孤独』~「長いあとがき」より)



*追記

その1)
本文中『電気の哲学者』として紹介されている「非電化工房」の藤村靖之さんは、かつて企業人として活躍していた頃、取得した特許は七百件くらい会って、重役や取締役並みの高給。世の中も「高度成長」の真っ只中。氏もまた得意の絶頂やったそうな。で、そんな藤村さんの大きな転機のきっかけは息子さんのぜんそく、だったとか。

よし、これでわかった。環境と子どもの安全と、心の豊かさ、この三つを犠牲にして高度成長と物質的な豊かさは成り立ってきたんだ。つまり、こっちを下げて、あっちを上げてきたのか。じゃあ、いままでしてきたことの罪滅ぼしに、こっちを上げることを、環境と子どもの安全と心の豊かさ、それだけをやろうと思った。それで会社に、明日からテーマを変える、と宣言したら、もののみごとに、そんな寝ぼけたことはどうでもいい、いままで通りでいいじゃないか、儲けることをやってくれって、いわれたんです。1983年のことでした。

その2)
水道の民営化のニュースを苦々しい思いで見ながら、以前観た『ザ・ウォーター・ウォー』という映画を思い出しています。欧米企業の水道事業の独占によって、水道代が200%に値上がりした、ボリビアの「コチャバンバ水紛争」(wiki→)を元にした作品。この映画のことは去年ここにも書きました。文中予告編へのリンクもあるので見てみてください。

その3)
なんだかしんどい話がつづきましたが。
赤ちゃんとベビーカーというたら、すきな一句を。(「昼寝」は夏の季語やそうですが)
ちらと笑む赤子の昼寝通り雨』(秋元不死男)


その4)
今日はこれを聴きながら(前にも貼った気がするけど)~
JUNE TABOR - Waiting For The Lark

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by bacuminnote | 2014-04-17 13:09 | 音楽 | Comments(0)

机の前に。

▲ 朝早く携帯のメール着信音で目が覚めた。
寝ぼけ眼で目覚まし時計を見たら、アラームが鳴る4分前。このちょっとが眠いんよね~
けど、差出人は今日退院することになっている友だち。早朝からそわそわしてる姿が目の前に浮かんでくるから。「こんな朝早うに何やねん?」な気持ち(苦笑)が一気に飛んで、頬がゆるむ。

▲ 曰く、昨日はホスピタルパークの最後の散歩したこと。昨日も今朝も6時すぎに病棟の14Fに上がりモーニングコーヒー。それなりにたのしい「別荘生活」やったけど「早く机の前に戻りたい!!」とあって鼻の奥がつーんとする。
「食っちゃ、寝て、散歩~の別荘暮らしみたい」と入院中はさかんに言うてたんやけどね。戻りたい場所は “やっぱり「机の前に」というキミがすき”~なぁんて、まるで告ってる中学生みたいな(笑)はずかしいメールを返してたら、アラームの電子音が鳴ってドキッ。
風はつめたいけれど。昨夜の雨もあがって、お陽ぃさんが差し始めて。うれしいええ朝に、わたしもいま机の前にすわってこれ書いている。

▲ この間『私が学校に行かなかったあの年』(ジゼル・ポター絵と文/おがわえつこ訳/せーら出版2004年刊)という絵本を読んだ。手にするのは何回目だろう。タイトルもさることながら、この人の絵には、いつもなんか呼びとめられる。原題は ”The Year I Didn’t Go to School”
フィレンツェ、スポレート、アッシジ、ローマと、7歳のアメリカの少女がまる1年学校へ行かず、両親と妹の家族4人だけの人形劇団(このなまえが「ミスティック・紙のもうじゅう座」っていうのだった。おもしろい!)でイタリアを巡業した思い出を綴っている。絵本の帯のことば「できごとは 忘れないように ぜーんぶ 日記に つけた」というのは著者のことばかな。

▲ 主人公の「わたし」はアリスとフラー(祖母と祖父のことを名前で呼んでるんよね)と別れることが悲しい。空港でおどけて踊ってみせるフラー(このおじいちゃん、おもしろくてやさしくて。なんか小沢昭一さんみたい)だったけど、「わたしは 下をむいて 自分のくつを みつめたまま、のどにつかえた 大きなかたまりを のみこんだ。だから、わたしが 旅で出るのを、こわがっているなんて、だれも気がつかなかったと思う。」無邪気に手をあげて二人にバイバイする妹とはちがって、後ろを振り返ることのできない「わたし」の姿(絵)が、かわいくて、せつない。

▲ やがて、これまで かいだことのないにおいでいっぱいの外国のまちに着いて。巡業用に買った古いトラックに旅行トランクをつみこんで一家の旅が始まる。ショウをおこなう許可をもらえなくて、やむをえず離れた町や、サーカスの人たちと一緒の宿舎の夜。
そうそう、劇には子どもたちも出演するんだけど、出番なのに寝てしまって泣きべその妹にかわって突然「わたし」が舞台にあがって、とんぼがえりをうってみせたこと。この日、お客さんが「あなたがたは、わたしがこれまでみたなかで、いちばんちいさくて、いちばんゆうかんな女優さんよ!」と褒めてくれたこと。

▲ショウが終わると、姉妹でお金を集める帽子をまわす。”グラーツィエ グラーツィエ”って、小さな姉妹はは小鳥がさえずるように、なんどもくりかえす。
そうやって、集まったコインを数えるとパパが言う「さあ、これで、たっぷり食べられるぞ」ってね。
みんなで出かけたレストランで紙のテーブルクロスに「わたし」は覚えたイタリア語と絵を描くんよね。
「イオ ソーノ ジッゼラ~わたしはジッゼラです」「リ スパゲッティ コン ブッロ~バターであえたスパゲッティ」「ウチェッリ~鳥」それから、ふたりの女の子の絵の横には「ドゥエ バンビーネ」って風に。

▲「わたし」は小さいときから絵を描くのが好きやったんやろね。本文中の絵は大人になった著者が描いてるけど、本の見返しには当時の絵や文字や日記に貼り付けたきれいな包装紙やシールのコピーがあって、そのたのしいことといったら!
どこに行くにもペンや色えんぴつの入った筆箱持って、気に入った包装紙はシワをのばして、きっちり畳んでバッグにしまう女の子が浮かんでくる。
そういえば、その昔はきっとこんな女の子だったんやろなと思う朝のメールの友人が、このあいだ病院からスケッチブックの1ページやぶいて切手貼った ”絵のたより”を送ってきてくれたんよね。

▲ さて、一年がたち一家はまたイタリアにもどってくるんだけど、その前の夜~「わたし」はなかなか寝付けない。毎朝まどの外にちがうけしきがあることや、あたらしいにおいをかぐこと、ジェラートを食べられなくなると思うと、さびしくて。
そして「これからもどっていかねばならない学校は、かぎりなくとおく、たいくつで、しんどく思えた。けれど、アリスとフラーにあうことは、まちきれなかった。
この場面は本のタイトルにもある「学校」ってことばが唯一でてきたところ。もの思うてる「わたし」にはもうしわけないけど笑ってしまった。そっか~せやろね。この子にとってイタリアでの時間は「学校」ですごすより、うんと刺激的で、自分もりっぱに「紙のもうじゅう座」の座員で、いろんな人と、いろんな町と食べ物とにおいに会えて。そして家族がずっと一緒にすごした時間やから、ね。

▲飛行場には自分のことを忘れてしまってないかと心配だったフラーとアリスが出迎えてくれた。涙を浮かべながら、またへんてこなダンスを踊ってくれたフラー。アリスは「わたし」を、かたくだきしめてくれる。
いろんな家庭があって、いろんな仕事があって、子どもは小さければ小さいほど親の意向には逆らえず、ただ付いてゆくしかないんだけど。一年間、同じ年の子たちと一緒に学校に行けなかった「わたし」はかわいそうな子どもなんやろか。こたえはこの絵本のなかに、いや『私が学校に行かなかったあの年』という絵本そのものだと思う。

追記

その1)
ジゼル・ポターの絵で『子どもたちに自由を!』という絵本があります。これはトニ・モリソンとその息子スレイド・モリソン作、訳は長田弘~みすず書房の「詩人が贈る絵本シリーズ」の一冊。
表紙絵は原題”The Big Box”のとおり、三人の子どもたちが大きな箱から顔を出しています。この絵本の始まりは、トニ・モリソンの息子のスレイドが、学校で「あなたはじぶんの自由を大事にしていない」と注意されて傷ついたことだったそうです。「じぶんの自由」って何なのでしょう?こちらもぜひ。
あともう一冊『おばあちゃんのちょうちょ』もおすすめ→(バーバラ・M・ヨース文 ジゼル・ポター絵 ふくもとゆきこ訳BL出版)

その2)
学校といえば、昨日『世界の果ての通学路』という映画の予告編を観ました。
タイトル通り延々遠い道のりを歩いて、馬に乗って、毎日学校に通う4つの国の子どもたちのドキュメンタリー。朝、学校に行くとき「象に気をつけて」とお父さんに送られるケニアの兄妹。アトラス山脈の絶壁をゆくモロッコの女の子たち。アルゼンチンの兄妹は馬に乗ってパタゴニアの山々を。インドの男の子は足の不自由な子の車椅子を押しながら・・みなそれぞれ気の遠くなるような時間をかけて登校するんよね。スリリング!そしてみんなたくましく、かわいくて、ほんまにええ顔してる。

ただ、かんじんの本編をまだ観てないからわからないけど、こういう作品を観て、今この国で、通える環境にあるのに「行かない」ことは、わがままだとか贅沢だとか、という結論に単純に結びつける人がいるんじゃないかなと、気掛かりです。なぜちがうのか、どこがちがうのか、子どもにとってのしあわせとは。そもそも「学校」とは?・・たった2分足らずの予告編からでも、いろいろ考えこんでしまいました。
そんな中、公式HPにあるコメント欄に絵本作家の五味太郎さんふが、「らしい」コメントを寄せておられて、笑い、共感!

「通学」に意味がある。時間がかかるところに意義がある。簡単じゃダメだね。僕は800mに一時間かけていた。だから立派な人間になった。通う先の学校にはたいした価値はないものなのさ。あとでわかることだけど。』(五味太郎)

もうひとり『ソトコト』編集長の指出一正さんはこんなふうに語ってはる。
通学路はこんなにも輝いている!あたたかい家族のいる家と、未来へ続く学校のあいだ。僕らも彼らと一緒に歩いてみたい。通学路は直線じゃない。それは人生も一緒だ。子どもたちは家だけでなく、学校だけでもなく、こんなに輝く「学び場」をもっている!

私たちはどんな地球を子供たちに残してやれるだろうかとよく考える。だが、私たちは地球に、どんな子供たちを残していくのだろう』(ピエール・ラビ ~農業従事者であり、作家、思想家) ~映画公式HP より。

※MANMO.TV 多賀谷浩子さんの映画評→
4月12日より公開やそうです。観たいです。

その3)
子どもの声が聞こえる中しずかに始まるピアノ~ええかんじ。
Bill Evans‪-Children's Play Song‬
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by bacuminnote | 2014-04-06 21:18 | 音楽 | Comments(0)