いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2014年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲暑いのは苦手やから。家事と買い物と、図書館や郵便局に行っただけで、夜店で買って何日かたった水風船みたいに(苦笑)だらしなくしぼんで。やらなアカンことも、しようと思ってる あんなことも、こんなことも。もう全部「また明日にでも」をくりかえしている。
そしたら、今日どっかのガッコの掲示板の写真をネットでアップしてあって。
いわく《「明日からやろう」を40回言うと、夏休みは終わります》
とうの昔に「早う」「早う」と親やセンセに急かされたり、怒られることもなくなったし、◯日までに提出なんてことにもすっかり縁がなくなったけれど。ぼぉーっとしてるうちに暦を一巡する、もうそんな年頃になってきてるんやから。夏休みどころかジンセイ終わらんうちに「あんなこと」ぐらいは(「こんなこと」まで及ばずとも)しようと、いつになく神妙におもうのだった。
というわけで、たった10日いっぺんのこのブログ更新もずるずる伸ばし気味の今日この頃。まずは「ここ」から始めよ。暑いけど。しぼんだ風船やけど(苦笑)

▲先日『キューティ&ボクサー』という映画(DVD)を観た。NY在住のアーティストのギュウちゃんこと篠原有司男とその妻で同じくアーティストの乃り子さんの日々を追ったドキュメンタリー。
8年ほど前だったと思うけど、キリンプラザ大阪であった篠原有司男展に相方と息子2が行って来たんよね。現代美術に関心のある相方はともかく、当時小学生だった息子がギュウちゃんのオートバイの彫刻を気にいって「おもしろかった。おかあも来ればよかったのに」と言うてたのが残ってたから。ぜひ観たいと思ってた。

▲ ギュウちゃんはその展覧会のときすでに70をこえてはったと思うから、もう80くらいかなと思ったら、81歳になってたけど、ものすごくエネルギッシュ。一方白髪ながらお下げ髪の永遠の少女のように愛らしく、かつ辛辣で正直、魅力的な乃り子さんは彼より21も年下の60歳。
映画はいきなり家賃を捻出する話や雨漏りする家を映し出して、びっくり。
せやかてね、有名なアーティストが住んでるNYのアトリエ兼住まいが、まさか雨降りにバケツが必要で、そんな家の家賃の支払もままならない、なんて思いもしなかったから。

▲1972年美術を学ぶべくNYに来た19歳の少女は、当時すでに前衛美術家として有名になっていたギュウちゃんと出会い、たちまち恋におちてその後息子を出産。
いつのまにか美術学校からも画業からも離れて(そのことで、ジッカからの仕送りも絶たれ)文字通り生活におわれる日々。生活感に疎く、はちゃめちゃでおもしろいけど、強い自己主張〜でもどこか憎めないギュウちゃんの言動は、まさに芸術家なのだ。

▲ この二人「人の言うことを聞かないのが若さを保つ秘訣」なぁんて笑う天真爛漫な夫の発言に、即、妻のするどいツッコミが入って。夫婦漫才みてるみたいで、深刻な話にもついつい笑ってしまうけど。
次の瞬間、異国で小さい子を抱えての生活苦と、夫の良きにつけ悪しきにつけ「はみ出し」のパワーに、若かった乃り子さんの苦労を思うと胸がぎゅうとしめつけられるようだった。
映画の中で乃り子さんが言うんよね。
「ヴァージニア・ウルフが言ってるでしょ。「女性が何かしようと思ったら、少しばかりのお金と鍵のついた部屋が要る」って。

▲21も年上で、いつも自分にとって「先生だった」ギュウちゃんが恋人になり、夫になり、息子の父親になり。彼のマネージャーとして、制作のアシスタントとして奮闘して、映画の中でもときどき不機嫌な乃り子さんが、なんかちょっと痛々しくせつなかったんだけど。
中盤から彼女は画家としてふたたび動き始める。
自分だけの表現を得て〜自分の分身であるヒロイン“キューティー”に託してギュウちゃんとのこれまでを”キューティー&ブリー“という物語をドローイングで綴ってゆくんよね。一人は二人になって、やがて三人に。生活はたのしくて、苦しくて。コミカルな雰囲気のなかにも、キューティーの「わたしの自由を奪わないで」という叫びが聞こえてくるようで。共感。そして、そして、描いてる乃り子さんの横顔のかっこいいこと。

▲監督は最初ギュウちゃんを前面に出して撮るはずだったらしいけど、このあたりから乃り子さんの動きや正直なつぶやきがどんどん加わり、観ているわたしも「そうだ!そのとおり!」とついつい前のめりになる。
乃り子さんが言う。《あなたはわたしを無料のシェフで、秘書でメイドだと思っているんでしょう。あなたにお金があったらアシスタントを雇うわよね。でもお金がないからわたしと一緒にいるのよね
辛辣なこのセリフを、でも乃り子さんは新聞か雑誌を読みながら(読んだふりしながら?)下むいて、ちょっとすねた少女のように英語で話すんよね。
じっと聞いていたギュウちゃん、やおら彼女の膝をポンポンたたいて、にこにことこう応えるのであった。
”I need you “

▲完成した映画を観てギュウちゃんは「ギュウちゃんのアートの秘密に迫るといった肝心のところがなくて、興味なかったね」とがっかりしてはった。
いかにも「らしい」感想(笑)おすすめです。
そして、前回追記にも書いたけど、やっぱり共に暮らす人と「話す」ことのたのしさと大切さ。しゃべってもしゃべっても、しゃべっても。それでもほんとうにわかりあえることなんて、一生ないのかもしれないけど。


*追記
その1)
ヴァージニア・ウルフのこの本読んでみたいです。
「女性が小説なり詩なり書こうとするなら、年に500ポンドの収入とドアに鍵のかかる部屋を持つ必要がある」(『自分だけの部屋』みすず書房→

その2)
というわけで、またまた本のこと書けなかったなあ。
とりあえずリンクだけしておきます。
『あしたから出版社』(島田潤一郎著 晶文社)
『偶然の装丁家』(矢作多聞著 晶文社)
『桜は本当に美しいのか 〜欲望が生んだ文化装置』(水原紫苑著 平凡新書)
『フォトグラフ』(エマニュエル・ギベール著  ディディエ・ルフェーヴル 原案・写真 )

その3)
きょうはこれを聴きながら。
Andrew Bird - Lull 
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by bacuminnote | 2014-07-23 22:17 | 映画

いつのまにか空は。

▲ 子どものころのある時期ぐんぐん足が大きくなって、運動靴も上履きもすぐに窮屈になった。
で、学年どころか、ときには学期が変わるたびに足の指が痛くなって母に言うと「えっ?この間買うたとこやないの。もう入らへんようになったんか?」とたちまち渋い顔をされた。そうして「こんどは、もっとちゃあんと大きい目の買うて来なはれや」とつよく念をおされるのだったが。「もっと」「ちゃあんと」って言われてもなあ。当時はそれ越して成長する季節やったんよね。たぶん。きっと。

▲ 「足の大きい子は背ぇも高ぅなるで。あんたとこはお父ちゃんも背ぇ高いよってになあ〜」と靴屋のおっちゃんが、そのつど同じことを言いながら靴を箱に入れてくれたのを思いだす。
もしかして♪あほの大足 まぬけの小足 中途半端のろくでなし〜とおしえてくれたんは、このおっちゃんやったんやろか。大きいても小さくても、みんなそれぞれの寸法があって。どれも大したちがいはない、ってことやね。

▲まあ、そんなわけで足も背丈もその調子ですくすく伸びて、やがては横幅もすばらしく成長(苦笑)することになるんだけど。それはともかくとして。
若い頃はええカッコして、デザイン重視でサイズより小さい靴にむりやり足を合わせたせいもあるのか(その頃大きいサイズいうたら、紳士用かスニーカーしかなかったんよね)ここ十数年は足・膝・腰の故障が多くて、何よりどこにでもすいすい歩いて行けないのがつらい。

▲せやからね、須賀敦子さんの『ユルスナールの靴』(白水社刊)を初めて読んだとき、その冒頭の一文には
しんそこ共感した。もちろんこれは子ども時代すぐ小さくなるからと、大きめの靴をはかされて「いつもぶかぶかで、ぴったりのサイズになるころには、かかとの部分がぺちゃんこにつぶれたり、つま先の革がこすれて白くなっていたりした」という須賀敦子さんのエピソードに、ご自身の内面的な思いを重ねた深い一文なのだけれど。

きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。行きたいところ、行くべきところ、ぜんぶにじぶんが行ってないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりの靴をもたなかったせいなのだ、と。
(『ユルスナールの靴』”プロローグ”より抜粋)

▲わたしも歳とって、いまはもう「ぴったりの靴」に会えたけどかなしいかな、いっぺんに長くは歩けないんよね。
でも、少しずつやったらなんとか大丈夫なんやから、と最近 夕ご飯が早くすむとさっさと後片付けをして、家の近くをぐるりと一周・・・夜の散歩に出るようになった。
キョリも時間もほんのちょっとなんだけど、まだ空にうす青の残る時間から歩き始め、歩いているうちに夜のまちになるその変化がとてもおもしろく、そして、きれいんよね。
昼間はただ箱を積んだだけに見えるマンションも、夜になると窓がぽっと明るくなって。そこに暮らしがあることを感じる。そして、何よりのたのしみは、夜風のここちよさと、風にのって運ばれてくる夕餉のにおい。揚げものや炒めもの、カレー、たまに懐かしい煮物のにおいもして。開け放たれた窓からもれ聞こえる 泣いたり騒いだりのちいさいひとたちの声もまた。

▲途中通る消防署のおにいさんたちは赤い車の並ぶ前で、息切らして夜のトレーニングをしてはる。
保育所帰りの母子が立ち止まって見入る。早く帰りたいママのそばで子どもが声をあげる。わたしの耳にも届いた「じぷた」という声に、むかしはかわいらしかった(!)息子たちの顔がうかんで いとおしい。
お年寄りが犬に引っ張られるように通り過ぎ。腕に何やら巻きつけて完全装備で黙々走る男性。こんな時間から塾にむかう子どもたち。バスから降りた若い女性は両手にスーパーの買い物袋下げてマンションに向かって小走りしてはって。そのほそい背中におかえり〜おつかれさま、とつぶやく。
いつのまにか空は群青色だ。




*追記(追記の方が長くなった・・)

その1)
この間から買った本も図書館のリクエスト本も次々届き、読む読む読むの日が続いて。
どんなことでも「追われる」のが苦手なので、読むべき本がたまってきたとき、借りた本を読めそうにないと思ったら返却日にまだ日があっても即、返すことにしています。

そんなわけで、一昨日は前回ここに書いた『こんな夜更けにバナナかよ』の続きで読み始めた同じ渡辺一史氏によるルポルタージュ『北の無人駅から』(魅力的な本ながら900頁もある)を未読のまま返しに図書館に行ったのだけど。返却カウンターの前に一旦は並んだものの、返す前にこの本のために書いたというとこだけでも読んでおこう、とそばの椅子にちょっと腰掛けたんよね。

そしたら、やめられなくなって。途中すわり心地のいい椅子に移動して〜図書館の帰りにするつもりの用事も却下して(苦笑)結局、上・下200頁余りを読むことに。(第5章 キネマが愛した「過去のまち」【留萌本線・増毛駅(上)】第6章 「陸の孤島」に暮らすわけ【留萌本線・増毛駅(下)】)とりわけ6章の「雄冬」の話が深く心に残りました。

「陸の孤島」ってことばには「中央」から置き去りにされた感があって、抵抗かんじるんだけど。わたしにとって行ったことのない「雄冬」という北の地は、海と山のちがいこそあれ、かつて暮らした信州・開田村での時間と重なります。
そうして、取材の大変さに、ワタナベさんを泊めてくれる宿は見つかるんやろか?ちゃんと話を聞いて帰れるんやろか?と、いつのまにかライターの母になった気分で(!)心配でどきどき。
考えてみたら、人の人生を問うようなこと、見ず知らずの人にそう簡単に語ってくれるわけ、ないよね。ルポルタージュを書くというのは、そういう人の懐にとびこんでゆく、とびこむことを許してもらうような行為なんやなあ、と思いました。ワタナベさんの地道な取材とそれに応えてくれた人たちに胸があつくなりました。
そんなことも含めて読み応えのある本です。

最後のほうで、何故この地に住み続けるのか問いに、年長者ばかりでなく年若い漁師にとってさえ《雄冬の海は他とは交換できない海だった。》という一文は衝撃でした。
ぜひ、また機会をつくってこんどこそ全編読んでみたい本です。

その2)
今日はこれを聴きながら。

忌野清志郎&仲井戸麗市 - 夜の散歩をしないかね


その3)
先日『ビフォア・ミッドナイト』 をDVDで観ました。
このシリーズの三作目ってこともあり、もうそれだけで十分かも、と正直なとこ あまり期待してなかったけど。
主人公ふたりの歳とった感(これを「劣化」というひともいるけど、わたしはそうは思わない)が、ええかんじ。
いろんな人が出てるけど、映画はほぼ二人の会話。アイを語り合ったかと思うと過去にさかのぼってのフウフげんか。しゃべってしゃべってしゃべり尽くす。
しずかなフウフに、ずっと憧れてきたけど。わたしには無理かな〜と最近ようやく思う。ていうか、やっぱりフウフは(いや、フウフだけでなく共に暮らしてゆく者として。親子でも、恋人でも友だちでも)思ってることは喋って、喋って、喋らなあかんとおもう。人と人・・ちがう者同士が近づいて、理解し合うためにも。(なかなかムズカシイんやけどね、これがまた。)


その4)
そうそう。このブログ(ブログ人)のOCNがブログサービスから今秋撤退する旨連絡がありました。サービズが始まって10年やそうですが。かんがえてみたら、この"bakubaku"も開始が10年前の2004.7.17で。
長いことおせわになりました。いま引越し先を考え中。
いやあ、しかし10年かぁ〜
いつも同じようなことばっかり書いてる気がします。(すまん)
それに「字が多すぎ」「字が小さくて」読みづらい、写真を入れてみたら?・・・と、始めた頃から今に至るまで、友人知人からなんども声が届きながら、聞こえんかったふりでして10年。(すまん)  
こんなわたしとbakubakuですが、これからも ゆるゆるとよろしくおつきあいください。
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by bacuminnote | 2014-07-14 19:54 | まち歩き

大きな石。

▲7月になった。
そのはじまりの日、首相記者会見を煮えくり返る思いで観る。
「命」も「平和」も「幸せ」も、あの人の口に乗ると なんと軽くて、安っぽく、嘘で汚れたものになってしまうことか。質疑への応答ですらモニターやプロンプターに映ってるのを読んでるんやから、聴衆に届くはずもないし。そもそも「届ける」気など端からないのかもしれない。何をしゃべっても空疎。
そうして、長年洪水をせきとめていた大きな石は、とんでもない人らの手でいとも簡単に横に追いやられてしまった。許せん!許しません!

▲ 先月末、いつものように10日にいっぺんのこのブログ書き始めてたんだけど、いろいろ考えこんで悶々としてるうちに7月1日になり。言葉が出なくなってしまった。
考えあぐねるときほど、書いても書いても言葉のほうから「これでええんか?」「こんなんでええつもりなんか?」と問われてる気がして。その場に蹲ってしまうのはいつものことだけど。今回は唸り声しか出んかった。

▲この間(かん)少しずつ読んでいた本があって、ようやく今日読み終えた。いい本に出会うと、本を閉じたあとしばらく密度の濃いことばや思いでからだじゅう一杯になって。
これはこれで、またしても無口になってしまい・・・(苦笑)でも、でも。やっぱり伝えたいから「こんなんでええんか」と問いながら、書いてみようと思う。

▲その本とは『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史著/北海道新聞社2003年刊)〜表紙にはバナナが一本描かれている。だいすきなヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムのバナナ(byアンディ・ウォーホール)みたいなインパクトはないものの、そのタイトルのおもしろさと白一色のバックに黄色いバナナの絵には心惹かれるものがあり、もし出版のころ本屋さんで出会ってたら迷わず手を伸ばしてたなと思う。

▲でも今回わたしがこの本を読んだのは、ひょんなきっかけから。
以前からタイトルだけは何回か目にしてたんだけど、その後読んだ『カキフライが無いなら来なかった』(せきしろ・又吉)という現代短歌の本と、タイトルの面白さという共通項でわたしの記憶の箱では「現代俳句」と勝手にジャンル分けしてしまって・・(苦笑)。
しかも、恥しながら(短歌の本はとりあえず)読んだからもうええか〜とスルーしていたのであった。

▲ ところが、先日またしても某所でこの書名を目にして、初めて副題が「筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」と知り、自分のあまりの思い違いと北海道新聞社刊というのにも惹かれて、予備知識もなく読み始めた。

▲鹿野さんは筋ジス(全身の筋肉が徐々に萎縮してゆく)という難病で、24時間複数の人の介助によって自宅で(ある時は病室で)暮らしていて、この本はその多くのボランティアとの交流の記録だ。著者の渡辺さんも取材するうちにボランティアとして時々介助に入る。キレイごとではすまされない生身の人間同士のぶつかりあう音、怒鳴り声もささやきも。お腹の底からの笑い声も聞こえてくるようで。

▲ 現場のリアルな空気に、時々わたしは「そんな話まで聞かせてもろてええんですか」という気持ちになって落ち着かなかったり。けど、だからこそ見えてくるものもあって。介助する人、される人。障碍をもつひと、もたないひと。男と女。強いひと、弱いひと。親と子。その関係性や、人間の醜いところ、小さいところ、愛おしいいところがじんじん伝わってくる。ふっ〜と自然に頬が緩む場面もまた。
そして読者のこの戸惑いはそのまま(いや、それ以上に)書き手の渡辺さんの苦しい自問でもあり、じっさい何度も筆を置き、立ちすくんでは その苦悩や疑問も綴ってはる。

▲この本の主人公である鹿野靖明さんがどんな人かというと
できないといえば、この人には、すべてのことができない。かゆいところをかくこともできない。自分のお尻を自分で拭くことができない。眠っていても寝返りがうてない。すべてのことに、人の手を借りなければ生きていけない。》(p5)

▲35歳のとき、呼吸筋の衰えによって自発呼吸が難しくなった鹿野さんは気管切開をして人工呼吸器を装着することになり。以来、1日24時間、誰かが付き添って、呼吸器や気管内にたまる痰(たん)を吸引しなければならない状況になる。

▲そのころ人工呼吸器をつけた人は、病院生活以外は考えられなかったらしい。でも鹿野さんは子どものときの病院生活の辛い思い出があったこと、知的障碍を持ち施設で暮らす妹もいて両親に負担をかけたくなかったこともあって、ケア付き住宅での自立生活を選ぶ。

▲ 「自立」といえば、鹿野さんがまだひとり暮らしする前〜施設にいた頃、アメリカで世界的に知られる「自立生活センター」でカウンセラーをしていたエド・ロングさんの来日に伴って、仲間で講演会を企画するんだけど。ある日、鹿野さんが、同じく筋ジス患者であるロングさんに「自立」について尋ねる。「エドさんにとって、自立とはどういうことなんですか」すると、こんな答えが返ってきたんよね。

自立とは、誰の助けも必要としないということではない。どこに行きたいか、何をしたいかを自分で決めること。自分が決定権をもち、そのために助けてもらうことだ。だから、人に何か頼むことを躊躇しないでほしい。健康な人だって、いろんな人と助け合いながら暮らしている。一番だいじなことは、精神的に自立することなんだ》(p175)

▲ とはいえ、重い障碍を持つ人にとっての「自立生活」は簡単ではない。24時間の介助者を探し、スケジュールを組む大変さに加え、痰の吸引もふくめ在宅で介助する人にはある程度 専門的な知識や技術も求められるわけで。
鹿野さんはボランティアも「広い意味での家族」と定義付けることで、ボランティアに痰吸引を指導するんよね。(なにか事故があっても責任を問わない、という但し書きつきで)でも、すぐにうまく出来る人も、中には下手な若い子もいて。指導して慣れてくれても、学生は長期休みには帰省したり、いずれ卒業してゆき。多くの人たちが鹿野さんちで介助経験をし、またどこかに行く。

▲そうそう、最初に印象深かったタイトルのバナナの話はこういうことがあったから。
ある日の深夜、病院の簡易ベッドで眠っていた国吉は、鹿野の振る鈴の音で起こされた。「なに?」と聞くと、「腹が減ったからバナナ食う」と鹿野がいう。
「こんな夜中にバナナかよ」と国吉は内心ひどく腹を立てた。しかし、口には出さない。バナナの皮をむき、無言で鹿野の口に押し込んだ。二人の間には、言いしれぬ緊張感が漂っていた。

▲「それに鹿野さん、食べるスピードが遅いでしょ。バナナを持ってる腕もだんだん疲れてくるしね。ようやく一本食べ終わったと思って、皮をゴミ箱に投げ捨てて……」
 もういいだろう。寝かせてくれ。そんな態度を全身にみなぎらせてベッドにもぐり込もうとする国吉に向って、鹿野がいった。
「国ちゃん、もう一本」
 なにィ!! という驚きとともに、そこで鹿野に対する怒りは急速に冷えていったという。
「あの気持ちの変化は、今でも不思議なんですよね。もうこの人の言うことは、なんでも聞いてやろう。あそこまでワガママがいえるっていうのは、ある意味、立派。そう思ったんでしょうか」
》(p32第一章”ワガママなのも私の生き方”)

▲ そういえば、この本の中になんべんも「ワガママ」ってことばが出てくるんよね。つまり、それは鹿野さんはワガママな人だ〜ってことで(笑)。
でも、考えてみれば誰でもキホン、ワガママなんである。生きてゆくために必要な痰の吸引や、体位交換、食事介助、ガーゼ交換などは当然のことで、でも健常者なら簡単にできる《気分しだいでテレビのチャンネルをパチパチ換えたり、CDを入れ換えたり、ファミコンに熱を上げたり、夜中に突然腹を減らして何か食べたり、ということも当然のことながら介助者がサポートしなければならない》(P315 第六章”介助する女性たち”)

▲著者はいう。
まずは、自立したいという障害者の「ワガママ」をワガママでなくするための、基本的な社会の保障制度をしっかりと確立する必要があるのだと思う。第三章でも述べたように、「障害者の自立とそれを支える地域のケアシステムづくりは、障害者のためだけでなく、社会のために必要」なのだ。》(p350 第六章)

▲ 本の出版を楽しみにしていたという鹿野さんは、本の完成を間近に控えた2002年8月12日42歳で逝ってしまう。
本文の間にはさまれた写真がとてもよかった。鹿野さんちで怒ったり、笑ったり、やっぱりに根っこのとこには愛とユーモアがあったんやなあ〜とおもえる写真ばかりだった。これもボランティアだった高橋雅之氏によるもの。

▲1日の夜は、この本を読んでる間じゅう ことばについて思ってた。
以前に読んだ長谷川摂子さんの『とんぼの目玉』(未來社刊)の中にこんな一節があった。
言葉自体として「美しい言葉」とか「正しい言葉」は存在しないのだ。すべてその言葉を使う人間と人間の関係のありようで美しくも醜くもなる。》(p134)
そうだ。会見のあの人のことばが醜かったのは、人と人の関係のないところで借り物のことばをただ並べてたからだろな。


*追記
その1)
やっぱり「心あまりて言葉足りず」でしたが、いろんな考える種のある本でした。ぜひ。
そうそう、知らなかったけれど、この本 第25回講談社ノンフィクション賞、第35回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作らしい。著者のサイト→本書にあった写真も掲載されています。

山田太一さんはこの本を別の角度(尊厳死)から語ってはり、考えさせられます→

その2)
自分の行動力のなさや無力さに しおれてますが、ついさっきのこと。古いノートに高村薫さんのこのことばをみつけ、背筋がぴんとのびた気分です。
私にとっての体力は深く考え、考えて、考え続けられるか、という忍耐力

その3)
前にも書いたことのあるボブ・ディランのうたによる絵本『はじまりの日』"Forever Young"はアーサー・ビナードさんの訳でこんなフレーズがあります。すきです。

"May you have a strong foundation
流されることなく 
When the winds of changes shift
流れをつくりますように"

これはPete Seeger がうたう "Forever Young

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by bacuminnote | 2014-07-03 22:01 | 本をよむ