いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2014年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

▲ 朝、窓を開ける手を途中でとめたのに。さっき取り入れたお布団は、もしかしたら夜あつすぎるんやないか、と思うくらいにほかほかで。この青空にこの雲と陽気ときたら、青いみかんに栗と梨の三点セットで返球したい。
運動会はすきやなかったのに、あの秋のお陽ぃさんのもと 砂埃のなかゴザ敷いて食べるお昼の時間はちょっと痛いようななつかしい思いでいっぱいになる。

▲ 前にも書いたけど、わたしんちのお弁当は、忙しい家業の合間に母が大急ぎでこしらえたのがわかる作りたてで。湯気のでるようなそのご飯やたまご焼きはおいしくて「あんたとこは熱々でええなあ〜」とうらやましがる友だちもいたけれど。
昼休みの音楽が流れるなか、みんな一斉に運動場から親の待つ観覧席へと走ってく。わたしの他にも家のひとが来るのを待ってる子も何人かトラック内にとりのこされて、そのうちあちこちに散らばって待つ。

▲「お母ちゃん、まだなんやろ?ほらここ座って一緒に食べ」と近所のおばちゃんに言うてもろたりすると、余計にかなしくて泣きそうになってたんよね。
ところが、大きくなってから聞いたら、そういうときわたしは泣きべそかくどころか大喜びでちゃっかり、ゆで卵や梨を"よばれて"いたことが判明。(ごちそうになることを、吉野では「よばれる」と言う)
記憶というのもええかげんなもんやな、と苦笑する。けど、泣きそうになってる自分も「ここにおいで」と言うてもろて、にこにこ応えてる自分も、たぶんその両方がわたしなのだろう。

▲運動会だけやなく、ふだんでも「まあ上がっていき」「食べていき」と誘われては、みんな一緒の食卓がうれしくて、ほいほいよばれる子どもやった気がする。家はいつも忙しくてさみしい時間も多かったけれど、近所の人らは皆やさしく温かくええ子ども時代やったなあと思う。
それでも。また秋がきて運動会になると、朝、プログラム一番の入場行進からロープの張ったすぐ前の席に座って見に来て、手たたいて応援してはる友だちんちがやっぱりうらやましかったんよね。

▲ そんなこんなで、運動会の思い出から、手をまっかにして熱々のご飯でおにぎり拵える母を思ってたら、その母から梨が届いた。
ふるさとの廿世紀梨。去年の今時分は、これまでになく母は体力も気力もダウンしており。「梨、送るのんも、これが最後や」とこぼしてた。いつもなら「毎年そんなん言うて」と茶化すそのせりふが、笑って流せない雰囲気で。
ちっっちゃいときから梨がすきな息子1にも送ってくれるんだけど、去年は彼の住所を電話で尋ねてきて、ゆっくりゆっくり答えても、何度も聞き返してきた。途中もれ聞こえる「はあ〜」という細い長いためいきが、せつなくて。受話器おいてから泣いてしもた。

▲ところが、今年は一回読み上げただけで「よっしゃ。ちゃんと書けました。ほな、送っときます」とあっさり言うので「復唱して」って言うのも忘れてしまったほど。
息子1にその旨つたえたら「おばあちゃん、もう、去年で梨は終わりにするんやなかったん?」と言うので「元気になって、まだ長生きできそうやから、今年も送ってくれるんやて〜」と笑いあう。
どこにでも、何でも売ってて、かんたんに手に入る時代やけど。そうやって91歳の母が手配して送ってくれる吉野の梨を今年もおいしく食べられて、ほんまうれしい。おかあさん、ありがとう。来年も再来年も、これからも。元気でいて梨送って来てや〜

▲ さて、この間からずっと読んでいる内田洋子本。もう一冊が来るのを待ってる間『イタリアの引き出し』という本を読んだ。これは他のにくらべて短くて写真も入ってる軽い読み物〜といったwebでの連載をまとめた一冊。
そのうちのひとつのお話が印象にのこった。小学校に入学したばかりの6歳の子どもたちの国語の授業を見る機会を得た内田さん。子どもたちにとって初めての授業で、センセがまず「教科書を開いて〜」と言わはるのかと思ったら、「さあ立って」と子どもたちを促し、教室を出て廊下を歩き奥の部屋へと入るんよね。

床張りのその部屋は、天井までの大きな窓が並び、そこから薄く緑に染まった木漏れ日が室内に差し込む居心地のよい場所だった
そう。初めての国語の授業は図書室に行くこと。センセがどうやって本を選ぶか、問いかける。子どもたちは口々に応える。表紙の絵。題名。アニメ映画になったもの・・・。

▲ 《教師は笑って皆の声を聞き、そしてそばにあった一冊の本を取り、顔の前へ持ち上げて開いて、目を閉じた。開いた本の中に顔を埋めるようにして、「本の匂いを嗅いでごらんなさい。好きな本は、いい匂いがするものよ」そう言って、本の中で教師は大きく息を吸い込んだ。》(P81「好きな本の見つけ方」より抜粋)

子どもたちが、それぞれに棚から取り出した本を開き 顔近づけてくんくんして、となりの子の本と匂いを比べっこしてる様子がうかぶ。においがする、しない、と、わあわあ言うて、はしゃいでるんやろなあ。そのさわがしい声までが聞こえてくるようで、頬がゆるむ。
目には見えない「におい」にみちびかれて、本という扉を開く〜思いもしなかった本の世界への入り口だ。

▲はて。わたしは6歳の頃、どんなふうに本を選んでたのかなあ。
わたしの通ってた小学校に図書室はなくて、教室に小さな学級文庫があったきりだった。当然?町の図書館もなかったし(今もないらしい)県立図書館なんていうのはものすごく遠くて、とうてい子どもが行ける場所ではなかったし。まちには本屋さんが一軒あるだけやったんよね。(それでも、ここに行くのはたのしみだった)
五年生のときだったか、やっと図書室ができた。本だらけの部屋もうれしくて、床から天井近くまである本棚も、それが棚ごとに「分類」されていることも初めて知った。

▲そうそう、図書室に何度でもいけると思って図書委員というのに「りっこうほ」もしたっけ。いま思えば本の少ない図書室だったけど。以来 わたしにとってそこは「とくべつな」場所になった。
そのころは本を選ぶというよりは、少年少女世界文学全集とか偉人伝とか、順番に読んで読んで。いっぱい読んで。図書カードが何枚にもなるのが単純にうれしく、よし、この棚制覇(笑)みたいに得意になってたんやろなあ。かなりの本読んだはずやのに、あんまり覚えてないのはそういうわけだ(苦笑)

▲そういえば何年か前、まだ万博公園内に国際児童文学館があったとき(建物は今もそのままさびしく建っているけど、本や資料は大阪府立中央図書館に移行)訪れたその日はたまたま『赤毛のアン』の企画展をやっていて(いま調べたら2008年『村岡花子と赤毛のアン展』)展示された本や資料を何気なく見てたんだけど途中「わあ!」と声あげてしまった。小学生の時に読んだ講談社の少年少女世界文学全集の一冊や『アンの青春』→があったんよね。この本持ってた!子どもの頃の本は全然手元に残ってないし、もうすっかり忘れていたけれど。見たら思いだすもんなんやねえ。展示のむこうに、本を読んでる小学生のわたしがいるようで、胸があつくなった。



*追記
その1)
『イタリアの引き出し』web版→

その2)
装丁、作家、興味のある分野、そしてにおいも。何がきっかけで本を読むようになるかは、人それぞれだけど。
本の森で、道を聞けば地図を開き、途中にある木や出会いそうな動物、咲いてる花のなまえを教えてくれる、いろんな行き方があることを示してくれる、そんな道案内してくれる人の存在はとても大切。

一昨日毎日新聞で大阪の府立高校の二割が開かずの図書館なのは《2009年に行政改革で専任の学校司書が廃止され、業務を割り振られた教職員の手が回らないのが理由》〜と報じられたことについて→()どこかの市長は《図書館司書を配置するくらいなら、クラブ活動指導員を置く》とか《高校生にもなって~自分たちで管理させればいいんですよ》とか言うてはったけど。(2014.09.22市長ぶらさがり会見)
彼は図書館司書のことを(しかも「としょかんしょし」と何度も言い間違えてるし)本の貸出返却係みたいにしか思ってないんじゃないかなあ。いっぺん図書館に行って、司書とはどんな仕事なのか中学生と一緒に「職場体験」でもして学んできてください。

その3)
梨といえば日野草城の句に『ともに居て梨剥けば足る恋ごころ』というのがあります。
もはや「恋」などと字を書くこともなくなって久しいけど(笑)、梨を剥くあいだのしずかな時間。
甘いようなすっぱいような、清々しい匂いと“しゃりしゃり“いう音には、いつもなんか物語をかんじます。
もうひとつすきな梨の句。
「友の子に友の匂ひや梨しゃりり」(野口る理)

その4)
今日はこれを聴きながら。→p:ano - all of november most of october ‪
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by bacuminnote | 2014-09-23 09:05 | 本をよむ | Comments(0)
▲昨日用事で帰ってきた息子2が朝早く出る、というので、今朝はいつもより早くとび起きた。
しっかり朝ごはん食べて「ほな、行ってくるわ」と息子が発ったあと、いつもの倍の洗濯物を洗濯機に放りこんで。それから台所の小さい丸椅子でぬるくなった珈琲をのんだ。
あれ?チョキチョキ、チョッキン・・・リズミカルな音がお隣から聞こえる。朝のまだ少しひんやり空気がのこる中、植木屋さん二人の規則正しい鋏の音がひびきあって すがすがしい。もっと聞きたくて窓から顔をだす。見上げた空はうす青で、綿菓子をちぎったような雲が空いっぱいひろがって。ああ、そろそろ秋やねえ。

▲ 夏の間じゅうこもってたけど、気温が下がってくると同時に体力気力も少しづつアップしてきたようで、わたしにしては珍しく外出が続いた。
その内一回はとなりの県まで(←おおげさ。海外にでも行ったみたいや。笑)映画を観に出かけた。先日『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)がモントリオール世界映画祭で最優秀監督賞受賞のニュースをネットで見て。この映画、原作者は前に観た『海炭市叙景』と同じ佐藤泰志で、小説も印象深く残っていたことや、監督も俳優陣も気になって観たかった作品だった。
でもロードショーは行けなかったので、DVDになるのを待つしかないなあ〜と思ってたんだけど。何気なく劇場情報をみたら、関西では宝塚市の映画館が1週間限定で上映中とあっておどろく。
 
▲ で、さっそくその映画館のこと調べたら、兵庫県というてもそれほど遠くもなさそうで。何より駅前ビルというのに惹かれる。歩くキョリも短いし、さすがの方向音痴も迷いようがないもんね(笑)せやから、わたしにとっては、大阪の中心部の映画館に行くより近いかもしれないわけで。よし、行こう〜と即決。翌日お昼からの上映に出かけることにした。
阪急電車に乗るのは久しぶりだった。平日の昼前という時間帯もあると思うけど、この沿線の長閑な車内は、外出慣れしてない者にはゆったりと居心地よくて。遠足の子どもみたいにしばし窓の外を眺めたあとは、持ってきた本『ジーノの家 イタリア10景』を開いた。

▲ この本はイタリア在住30余年の内田洋子さんのエッセイ集。
水色一色の楚々とした装丁なんだけど、内容は濃密。といっても、特別な人が出てくるわけではなく、イタリアに暮らすふつうの人たちの中に、ほんの少し見え隠れするドラマの糸を内田さんは海や山、そして街を描きながらすこしづつ引っ張ってくる。いや、そこに強引さはないんよね。あるのは内田洋子の並外れた好奇心の強さ(笑)と人懐っこさ、やさしさ、それから行動力。(←すばらしい!)

▲ かたく閉まってた いくつもある古い扉がパタパタと自然に開いていくように、人と人が出会う。旨いもん拵えて食べてワインをのんで、語り合う。その内はじめは何の関係もなかったような点と点がつながり、物語を紡いでゆくおもしろさ。たのしさ。この本もまた一つ一つが映画を観ているようだった。
写真に写った顔はカメラを構える人との関係を写す、ってよくいうけど、このエッセイ集は内田さんと出会った人たちとの関係を見るようでもある。

▲ ・・とすっかり心は地中海やワインにとんでるうちに、電車は目的地に到着。
売布(めふ)神社駅は想像以上に小さな駅で「宝塚」の華やかなイメージからは遠いまちに驚いたり、ほっとしたり。根っこが田舎の子やからね、都会はすきだけど、落ち着くのはこういうところ。
さて、5Fの映画館に。ここは《宝塚市が設置する全国的にも珍しい公設民営映画館》やそうで。50席の館が二つあって。ひとつはロードショー館、ひとつは名画座になってるそうで。ロビーには小さなカフェ(その名もバグダッド・カフェ!)があって壁際には本や映画のチラシが並び、バックにノラ・ジョーンズの歌が流れてた。近ごろのシネコンとは違って、そう、この前閉館してしまったあの小さな映画館とおなじ空気が流れてる。
映画が始まる前に、とトイレに行ったら「水は井戸水を使用しています」と書いてあってびっくり。というのも、このビルは震災復興事業として建てられたそうで、HP にはその目的のひとつに「防災対策としての映画館(非常時の避難所として)」と挙げられている。

▲ いつもどれくらいお客さんがあるのかわからないけど、この日は受賞発表の翌日ということもあってか、ほぼ満席だった。
映画は函館が舞台で、劇中なんども海や海辺が映し出される。山と川育ちのわたしにとって海はあこがれ。でも、海でも川でも、都会でも田舎でも。遠くから眺めるそれと、間近にあるそれでは 見えてくるものも 思いの深さも変わってくるんよね。
海岸には流木や貝殻だけでなく、瓶やプラスチックの欠片から正体不明のゴミまで、いろんなものが打ち上げられて。そして、そんな海辺に主人公の達夫が出会った姉弟とその両親が暮らすあばら家が、おんなじように海から打ち上げられたみたいにぽつんと建ってる。

▲映画のテーマは深くて描かれる現実も重いんだけど、弟・拓児の無邪気な明るさや、姉・千春と達夫がおもいがけず見せてくれる笑顔や、穏やかな海ながら波の音が耳に届く場面に、ふっとやさしい風が吹くようにすくわれる思いがした。
けれど物語は終盤になっても問題は何ひとつ解決してなくて。もともと大変だった現実が、またもうひとつ問題を抱えてゆくことなるんだけど。ラスト〜やっぱり、どこでもないあの海辺で、達夫と千夏が光の中に立つシーンに、ああ、この人らは生きてゆく、と思った。

▲ 映画はやがてエンドロールに。俳優、監督、脚本、撮影、音楽、照明、編集・・・と、映画の製作にかかわった多くの人のなまえが流れ始めた。帰り支度をする人、早々と席を立つ人もいて。館内はざわざわして「映画」から「現実」に引き戻されてゆく。
スクリーンにクレジットは続き・・そんな中わたしの知っている名前が見えて。思わず立ち上がりそうになった。函館で若いころから佐藤泰志の文学に接し、愛し、研究し、長く、地道に、推してきた人たちのひとり。そして佳き友。

まっすぐにしか走れなかった短い作家人生ではあったけれど、佐藤泰志の遺した光は、いまも誰かに届いている。どこかを照らしている。
「海と砂と夏のアジサイ」番場早苗 (『佐藤泰志 生の輝きを求め続けた作家』河出書房新社 所載)


*追記

その1)
イタリア、といえば須賀敦子。思い出すと読み返す大好きな書き手だけど。内田洋子の本にであって、初めて須賀敦子の文章を読んだときのコーフンがよみがえってくるようです。
なんで今まで気付かなかったのかなあ。

わたしは最初 講談社『本』で内田さんが近著『皿の中に、イタリア』を語るエッセイを書いてはったのを読んだのがきっかけ。それに惹かれて『皿の中に、イタリア』を読み、つぎに今回の『ジーノの家』、そして『ミラノの太陽、シチリアの月』と熱にうかれたように続けて読みました。いつもは本を読むとき付箋を横に置くのに、三冊ともとうとう一枚もつかわずに読了。読んでるうちに何度か登場する人に気づいて「あ、あの人のことやなあ」とか想像するのもたのしい。つぎは『カテリーナの旅支度 イタリア二十の追想 』を。

その2)
この映画館「シネ・ピピア」のHP(文中にリンク)に書いてあったんだけど、
宝塚市は宝塚映画撮影所・宝塚歌劇があり、小津安二郎、成瀬巳喜男、木下恵介作品など生まれた街でもあるのに、市内には最盛期に数館あった映画館が、ここがオープンするまで30余年1館もなかったとか。
多くの名作がつくりだされた歴史を持つ街として、こんなにさみしいことはありません》と市民の間に「映画館を」という運動が始まったそうです。

映画は娯楽であるとともに文化です。また世界と接する窓でもあります。世界中の多様な優れた作品を見ることで、逆に私たち自身を見つめ直し、真の豊かさとは何かをともに考えてゆきたいと思います。》(シネ・ピピアHPより)

なつかしい『バグダッド・カフェ』予告編

その3)
きょうはこれを→28 Paradise - Peter von Poehl
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by bacuminnote | 2014-09-11 13:30 | 映画 | Comments(0)