いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2015年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲ 暮れからお正月にかけての「いつもとちがう」時間があるせいか、休み明けのしゃんとしない感じがずーっと続いてるせいか、いや歳のせいか。なんだか1月は長い。
この間は買い物に行く気もしなくて、お葱だけはたっぷり刻んで買い置きの豆腐で湯豆腐にしたら、相方が一口食べて「うまいなあ」としみじみ。二口食べては又「やっぱりうまいなあ。豆腐は」と言う。「たまに褒めたと思ったら、豆腐のことやんか〜豆腐作ったんはわたしとちゃうし」と言い返しながらも、じつ言うとわたしも同じことを思っていたんよね。

▲ 以前読んだ本に《嗜好とかいて「老人の口に旨い」》とあって。(上野千鶴子『ひとりの時間に』)「嗜」という字のみごとな読みにそのときは「うまいこと言わはるなあ」くらいに思ってたけど、今はもう心から納得。ってことは、つまりウチの食卓もだんだん「老人の口に旨い」ものに変わってきてる証拠やろか。

▲ この間ツイッターで「グルテンフリー・エキスポ」というイベントがカナダで開催されていることを知った。グルテンフリーとはグルテン(小麦に含まれるたんぱく質の一種)を含まない食品のことで。すごいなあ。そんなものが開かれてるんや、と驚いた。で、調べてみたら、以前は小麦アレルギーの人などを対象につくられたものだったのが、最近は健康や体質改善のためにグルテンフリーのパンやお菓子が欧米でも、日本でもちょっとしたブームらしい。

▲ そう言うたら、ここにも何度か書いている(→)1990年 親子三人でカナダ横断旅行の目的のひとつは(主に天然酵母の)「パン屋訪問」だった。事前に在日カナダ大使館にその旨手紙を出したら、各地のパン屋紹介の記事コピーとはげましのお手紙を送って下さって。その記事の中で一番気になったのがこの「グルテンフリー」のパンだったんよね。
そもそもパンに適してるのが強力粉といわれるのはその含有グルテンが多いからで、グルテンのないパンってどんなんやろう?と思ったのだった。

グルテン (gluten) は、小麦、大麦、ライ麦などの穀物の胚乳から生成されるタンパク質の一種。胚乳内の貯蔵タンパク質であるグリアジンとグルテニンを、水分の介在下で反応させると結びついてグルテンとなる。弾性を示すため、グルテン前駆体の2種のタンパク質を含む小麦粉を水でこねるとグルテンが生成され生地に粘りがでる。パン生地などが発酵した時に気泡が残るのも、生地がグルテンによって粘りをもっているためである。(中略)
小麦粉はタンパク質の含有量の多寡により強力粉、中力粉、薄力粉に分けられる。製パンなど粘りを必要とする用途ではタンパク質を多く含む強力粉が使われる
》(wikiより抜粋)

▲ 当時日本では乳製品・卵の入っていないパンを焼く店さえ少なかったので、ウチにもアレルギーをもつひとやその家族の方たちからよく問い合わせがあったけど、まったく小麦を使わないパンというのは知らなかった。
さて、あちこちのパン屋を訪ねたり、ときにその目的もすっかり忘れての(苦笑)長旅の終盤、バンクーバーでようやく資料にあったグルテンフリー、イーストフリー(←化学イーストを使ってないという意味)のパンを作ってる店を訪ねる。

▲やっとのことでみつけたと喜んで「自己紹介文のカード」(英語がおもうように話せないので、前もって友人に"日本の田舎で小さな天然酵母パンやをしています〜”というようなことを英文で書いてもらってた)をみせたら、なんと経営者が変わってしまっており。目的のパンには出会えなかったんよね。心底がっかりして店を出ようとすると、従業員さんが「あなたたちのいう、そういうパン売ってる店があるよ」と近所の自然食品の店まで案内してくれた。サンキュー!(←わたしらが自信をもって言えた言葉)

▲ 件のパンは玄米粉100%で焼いていて、パウンド型の小ぶりのパンながらずっしりと重く(←グルテンがないので膨らまないから重くなる)1kgの表示におどろく。
すごいパンやなあ。どんな人が焼いてはるんやろなあ。と言うてたら、連れて行ってくれたひとが「その店、海のそばのいい所にあるから一度行ってみたら?」とすすめてくれはって。
さっそく店の前の公衆電話から電話をする。わたしの英語が通じたんかどうかわからんかったけど(苦笑)「来てもOK」と言うてくれてはるみたいやったので、バスでかの地にむかった。(←1時間半もかかった・・・)

▲店主さんの話ではそのパンは、増えてきている小麦アレルギーの子どものために焼いているそうで。カナダでもナチュラルイースト(天然酵母)でパンを焼いている店はごく少数で、グルテンフリーのパンとなるとほとんどなくて、各地に発送しているとのことだった。
そのときは、アレルギー事情というのもよく知らなかったし、小麦の国カナダで小麦のアレルギーか〜たいへんやなあと単純に思ってた。(今ならもっとつっこんだ質問ができたのになあ、と詮ないことを思ったりするが)

▲さて、カナダの旅から帰り(移住を目論むも無理かも〜と悟り・・苦笑)わたしたちは翌年滋賀から信州に転居。
そしてその次の年には思いがけず二人目の子が生まれた。上の子のときから13年後の出産。ずっと親子3人と思ってたから「新人」の登場はうれしかった。
思いがけないといえば、二ヶ月過ぎた頃からこの子に皮膚炎が始まって、それは日に日にひどくなってゆく。
ある日、おもいきって大きなまち(松本)まで出て病院で受診したら「この月齢の子だと牛乳や卵が引き金になることが多いけど、この子はたぶん小麦だね」と言われたのだった。
まいった。なんせパン屋なのである。というか、ドクターによれば「だから、こそ」のアレルゲンというわけだった。

▲ 母乳だったので、まずは赤ちゃんもわたしもパン焼きの仕事場に入らないこと(つまり、わたしはベイキングの現場の仕事をしない)小麦を一切食べないことに。
それだけのことをしてもなお、職住一緒の環境だから(粉が舞っているので鼻から入る)母子とも小麦の摂取ゼロというわけにはいかない、らしい。
いやあ、もうこの頃のことは山盛り話すこと思うことがあって、今でも思い出すと胸がいっぱいになる。たぶん一番しんどい思いをした子どもも、ほかの家族もみんな、それぞれにほんまに大変な時間だったと思う。
でも、それゆえに知り得たことも、出会えた人たちとの深い温かなつながりもあって。それは今のわたし(たち)の芯のところに在りつづけてる。

▲ 小麦ってね、パンだけでなく、スパゲッティにうどん、ケーキに和菓子、ちょっと想像のつかないところでは醤油にまで使われており。小麦除去の食事は(ほかにも除去していたものも多かったから)なかなかきびしかったんだけど。その話はまたべつの機会に書くとして、きょうは本の話を。
田舎暮らしで近くに小さい子もいないし、冬の長いところだったから、外遊びの期間がほんとに短くて。何より痒いのをちょっとでも紛らわせてやりたくて、時間があると上の子も(かれは親のように弟の世話をよくしてくれた)わたしも絵本を読んでやった。

▲たくさんあった絵本も息子1が大きくなって殆ど人にあげてしまって手元になくて。友だちやパンのお客さんたちがお子さんの絵本(産着に布おむつも!)を送ってくれはった。
松本への病院通いの帰りには必ず市立図書館に寄って(村には図書館も本屋もなかったので)段ボールいっぱい借りて帰った。
ところが、それまで気にもとめなかったけど、絵本ってパンやお菓子の登場率がものすごく高いんよね。
今ざっと思い出せすだけでも『しろくまちゃんのほっとけーき』『からすのパンやさん』『おだんごパン』『ぼくのパンわたしのパン』『はんぶんあげてね』・・・そうそう『ぐりとぐら』の「かすてら」から、かの『アンパンマン』にいたるまで。そして、どの本も絵から文から、おいしそうなパンの焼けるにおいがぷーんと漂ってくる。

▲ けど、パンを食べたことなくても、ケーキの味を知らなくても、息子は「よんで、よんで」とこれらの本を繰り返し持って来てたから。
もしかしたら読みながら、辛かったのはわたしだったのかもしれない。ドクターのいう「小麦粉の舞う中で」妊娠中の仕事や、生まれてからも仕事するそばで寝かしてたせいやろか?妊娠中にパン食べ過ぎたんやろか?という思いもつねにあったし。
でも、根が食いしん坊やし、子どものためだけやなく、自分も食べたかったから(苦笑)小麦のかわりに雑穀粉や米粉、さつまいもやかぼちゃを使って、いろいろ工夫してパンもどきや、お菓子を焼いたんよね。

▲そのころ息子のお気に入りは雑穀粉+米粉のパンケーキ。
『しろくまちゃんのほっとけーき』を開きながら「ぽたあん どろどろ ぴちぴちぴち ぷつぷつ」「やけたかな」「まあだまだ」と一緒に声出して、フライパンで何枚も焼いたっけ。絵本にあるような小麦粉も卵も牛乳も使ってないから、ぺたんこのパンケーキだったけどね。焼きたてに 少しはちみつやメイプルシロップをとろーりかけて「おいしいなあ」「おいしいねえ」と食べた日がなつかしい。大人になった息子にその味の記憶はもうないかもしれないけど。今日これ書いてて、久しぶりにかれの小さいときのアルバムをみてたら、食べてるとこの写真が多くて笑ってしまった。って、わたしが写してるんだけど。たぶん何か食べてるときの顔がかわいくて、いとおしかったんやろなあ、と思う。

▲アレルギーいうてもね、ほんとうにさまざまで。皮膚炎として出る場合からアナフィラキシーみたいに皮膚から粘膜、呼吸器へと次々症状が広がってゆくものまで。
カナダで訪ねたパン屋さんみたいにグルテンフリーのパン焼いてはっても、同じ工房内で小麦使ったふつーのパン焼いてたら、それだけで反応起こす子もいるし、パンケーキの甘いシロップもだめな子もいてるしね。大人になった息子は今はパンもパスタもOKだけれど、食物アレルギーで食べたら「絶対あかん」ものは依然としてあるし。気を抜けないのは変わらない。

▲でも、でも。それでも言いたいです。
食べられるものが限られている子どもたちも、外食できない子どもたちも、せめてお家ではゆっくりたのしんで食べる時間をすごせますように。限られた食材でご飯つくったり、おやつ拵えたりするのは大変やけど、お母さんやお父さんも「おいしいもん」をたのしんで作って食べてほしい。そして何より、親が子どもとそんな時間をゆっくりもてる仕事や社会を、と願います。



*追記
その1)
食物アレルギーとは
「食物アレルギー」という言葉は、多くの場合は食べてからすぐに症状がおきる「即時型アレルギー」の意味で使われます。症状は、食べた直後から1時間後、遅くとも4時間以内に見られます。じんましんや紅斑(皮膚が赤くなること)、浮腫(むくみ)が一番多い症状ですが、咳・喘息発作、嘔吐・腹痛・下痢などが見られることもあります。血圧が下がって意識が遠のいてしまうアナフィラキシーショックが、一番重い症状です。》(アレルギー支援ネットワークHP→より抜粋)



その2)
「アトピー性皮膚炎と食物アレルギーはちがうの?」と、時々周囲の人から聞かれるのですが。
ここに小児科の医師がこたえた記事がありました《Q :アトピー性皮膚炎と食物アレルギーとは違うのですか?A:木村彰宏(いたやどクリニック 小児科部長)〜もぐもぐ共和国HP〜》→


その3)
カナダといえばこの方です。
Neil Young - Mother Earth (Live)→
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by bacuminnote | 2015-01-23 23:28 | パン・麦麦のころ | Comments(5)

川の見える席に。

▲朝起きたらぽかぽか陽気で気持ちよかったから。そや〜今日は吉野に行こうと思い立った。
年末年始と母が不調だったので、帰省中の息子たちと一緒に会いに行くのをやめて、そのままになってたんよね。この間から電話で話してる感じでは、ぼちぼち元気になってきてる様子だったし。姉にその旨つたえ、電車の時間を調べて、やりかけの家事を終え大急ぎで支度。
先に予定のたつ楽しみもあるけど、日々調子のかわる母には「ほな、今から帰るわ」のほうが気楽かもしれへんし。

▲ ところが家を出て少し歩くと、空が薄暗くなってみぞれが降り始めた。今日はまちがいなくええ天気やと(勝手に)思い込んで折り畳み傘も玄関先に置いてきたというのに。
通りの人もみな首をすくめ足早に駅へとむかう。みるみるうちに空は灰色に染め替えられて、裸ん坊の街路樹がよけいに寒々として見える。
連休で忙しい姉へのおみやげに駅で豚まん・焼売・肉団子の三点セットとおやつ、母にはにゅうめんやお粥のおともになるもの、あとわたしが車内で食べるお昼のパンを買って電車に乗りこんだ。
膝の上においた豚まんが温うてぷんぷんにおう。(すまん)

▲三連休の初日で、吉野行き特急は4号車まであったけど(ふだんは2車両)車内は貸し切りみたいにがらがら。うれしいけど残念。(←ふくざつな郷土愛だ)
おなじ吉野郡出身のWちゃんに、吉野にむかってること伝えたくなってメールする。出かける前に読んだ彼女のブログのコメント欄にも『半日だったけど電車で行って帰ってきて幸せな気もちでいっぱいでした』と吉野行きの話があったんよね。
途中までは車両左側の座席に〜遠い昔に通ったガッコのグラウンドをなつかしく通り過ぎる。昔はそらで言えた道中の駅名もどんどん忘れて。けど、とつぜん読み方の難しい名前を思い出したりして、ね。そのとき得意顔のわたしは襟元でエンジのリボンを結んだ制服姿の高校生だ。

▲ しばらくしてWちゃんから「行ってらっしゃい!」のメールが返ってきた。電車はちょうど川の見え始めるあたりまで来ており「いま川の見える席に移動したとこ」と書く。それだけで、もう電車の進み具合から「腰浮かし気味のわたし」まで伝わるひとだ。
車窓に擦れるような竹林、灰色の空、にぶく光る川。河原に白鷺が一羽佇んでる。山はものしずか。それはほんま夢のように儚げでうつくしい。
冬の吉野、吉野の冬、 ええなあ。ええよなあ〜と窓にほっぺたくっつけて、うっとりしてる自分を、そんな田舎が大嫌いな「リボンの少女」はかつて想像もしなかったけれど。

▲ 降りる人はあっても新たな乗客もないまま、とうとうほんまに貸し切り車両になって、電車は川を見下ろしながらカーブカーブの線路を走る。前にも書いた気ぃするけど、この電車の軋む音、ブレーキ、ガタンゴトンという音聞くと「鉄子」やないわたしでも胸がきゅんとなる。
いつやったか、まだ信州にいた頃youtubeで吉野線の電車の動画のその音を聞いたとき、これ、これ、この音や〜と泣いてしもたことあったっけ。

▲ そうそうWちゃんがこの間彼女のブログで、子どもの頃のお正月がつらかった〜というようなこと書いてはって。パソコン前に乗り出すようにして読んだ。わたしもお正月やゴールデンウイークにお盆・・・と、みんなが楽しそうにしてる休みの時間が嫌いやったから。
Wちゃんもやったんか〜と、よしのの少女ふたりお正月にそれぞれのまちでしょんぼり座り込んでるとこ浮んでくるようで、切なかったり愛おしかったり。

▲とはいえ、おなじ郡内でもウチのほうが奥(いなか)で、歳もわたしのほうがだいぶ上やし、育ってきた時代背景も家庭環境も違う。
でもなんていうか、うまく言えへんけど、Wちゃんには吉野という地がもつ暗さの部分でいつもつよく共感してる。
ただ、子どもの頃や若いときそれに引っ張られたり、引きずったりしてたのが、お互いに(たぶん)年々それはかくじつに姿を変えてきてる気がする。明るくなった、とかやなく。暗さは暗さのままで。少しずつ ものが見え始めた、とでもいうような。そんな感じ。

▲パンと缶コーヒーがなくなった頃、最後のトンネルを抜けて駅に着いた。
冬はなんてさびしい単線の駅。
でも、冷たい風に足元からさらわれるようなこの場所、ここがすき。ホームの端っこに下車のわたし一人を駅員さんが寒い中じっと立って待ってはる。「ご乗車ありがとうございました」と深々お辞儀されて「ありがとうございました」とお辞儀して、改札口を出る。駅前はぱーっと空の広がるええ場所。いつのまにかみぞれはやんで 雲の間から青空が見えた。




* 追記
その1)
Wちゃんのブログ(三度笠書簡)→コメント欄のやりとりもあわせて読んでみてください。

その2)
例によって前起き長うて駅に「着く」とこで時間切れ(苦笑) 出てきたのがが遅かったから滞在時間は短かったけど、ノンストップでしゃべり続け(←わたし)笑ってハグハグ。帰り 二階の窓から身のりだして手を振る母に「気ぃつけんと落ちるがな〜!」と大騒ぎしながらw出発。
母からは葛湯と葛菓子を、姉からは「戴きもんやけど」とワイン(何気なくもらったのに、よく見たらいつも飲んでるのよりうーーんと上等でびびりながら開栓w)持たせてもろて。帰途、窓の外はまっくらで川も見えず。本を膝の上に開いたまんま爆睡。

その3)
今回書くつもりだった本 『路上のストライカー』→原題”Now is the Time for Running”(マイケル・ウイリアム作 さくまゆみこ訳 岩波書店2013年刊) は、またこんど書きたいと思っています。

その4)
車窓からみた吉野の川と山をおもいだしながら、これを何度も聴いて。沁みます。
Ketil Bjørnstad : Svante Henryson – Visitor →
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by bacuminnote | 2015-01-12 14:39 | yoshino | Comments(4)

はつぞらへ。

▲ 買い忘れたものを買いに近所のスーパーに出かける途中どこからか、ぷ〜んとええにおいがして足が止まった。目の前のマンションのいくつも並ぶ窓のむこう、大晦日のだいどこ(台所)を想う。
この甘辛いにおいは「お煮しめ」やろか、それとも「鯛の子の炊いたん」か。(←大好物)料理人は年配の方かなあ。案外若い男性かもしれへんなあ〜とか考え始めると、無機質な四角い建物が とたんに体温をもち「家」になる気がする。

▲この間は恒例、相方旧友宅での忘年会だった。
「恒例」とキーを打つと一番に「高齢」と出たから「その通り!」とパソコンにむかって笑う。
せやかてね、今回は若い人ら(子どもやその子ども)の参加がなかったので、今年カンレキのこのわたしが最年少(笑)。
その気になれば会いにいける距離に暮らすのに、皆そろってモノグサ揃いで、ここんとこずっと一年に一回の再会だ。

▲昔は昼から夜遅くまで、なんぼでも食べて飲んで、しゃべっては飲んでたのが、うそのように、みな食べる量も酒量も減ってしもたけど。
にぎやかに、なつかしく、おいしくて、何よりええ時間だった。また、来年も、再来年も、何年でも。こうして会えるといいなあ〜と思いながら、帰宅不能な酔っぱらい一人(苦笑)を友人宅に残し、4人駅へと向かう。
空みあげたらお月さんがきれいで。友人が得意そうに話す「上弦の月とは?講座」を聞きながらゆっくり坂道を下った。年暮れゆくまちもきれいだった。

▲ この間レンタルショップの「海外ドラマ一枚無料券」でデヴィッド・フィンチャー監督というのに引っ張られて『ハウス・オブ・カード』というのを一枚借りて帰ったら、ツ◯ヤの思惑に、まんまとはまり(苦笑)とうとうシーズン2まで観ることになってしまった。
“house of cards”というのはトランプ(カード)で作った家、とか不安定な(危なっかしい)計画のことをいうらしい。「野望の階段」という副題の通り、ホワイトハウス入りを目指す下院議員のフランク(ケヴィン・スペイシー)が、その階段を登ってゆく物語なんだけど・・。

▲主人公はなかなかの冷徹な策士で。まさに目的遂行のためには手段を選ばず、したたかに周囲の人たちを思い通りに操ってゆくんよね。
昔はドラマはドラマ。現実とはちがうと思って観ていた気がするけれど、いまや現実は時にドラマを越えたりしてるから。困ったことにドラマのとんでもないような展開ですらリアルに響く。
2014年もまた政治に失望するさんざんな一年だったけれど。相方と「そういえば、政治の“政”ってどういう意味なんやろ?」という話になって、調べてみて愕然とした。

▲白川センセ曰く
正は城郭で囲まれている邑(まち)を責めて征服するの意味で、征服地の人びとから税をとることを征という。攴ぼく(攵)はうつ、むちでうつの意味である。政とは征服した人びとに税を出すことをむちで強制することをいう。(中略)もとは貢ぎ物や税金を取ることが、政治(まつりごと)、治めることのおもな内容であった
(『常用字解』白川静 平凡社 刊 p358より抜粋)

▲さて、年がかわらないうちに書きおわるつもりだったのに、途中何度も「だいどこ」を行き来してるうちに「来年」は「今年」になってしまいましたが(苦笑)
今年もどうぞよろしくおつきあいください。
そして、そして
今年こそ佳き年になりますように。いや、佳い年にいたしましょう。

初空へ今年を生きる伸びをして」(句集「変哲」小沢昭一)



*追記
今年いちばんに聴いたこのうた。
Tom Waits - Tom Traubert's Blues →
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by bacuminnote | 2015-01-01 00:23 | 映画 | Comments(6)