いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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きょうだい。

▲ 日々寒かったり汗ばむようだったり。いつも季節のかわりめは こんな感じだけど。とりわけ今年のそれはかなりの気まぐれモンやったから。
そうそう、雨の日も多かったしね。わたしのまわりでも風邪をひいた人や体調くずした人の話をよく耳にした。かくいうわたしも低空飛行。
でも、やっと一昨日あたりから春らしい青空が続くようになって、ほんまうれしい。

▲ 洗濯物を干しに庭に出たら、いつのまにか つつじが赤いのも白いのんも満開で。梅の木を見上げると、新緑に光が透けてきれいやから。洗濯物干す手を何べんも休めては、その瑞々しいみどり色にうっとり見入ってる。
ふと足元みたら小さな青梅がいくつも転がっていておどろく。かわりめどころか季節はすでに「その次」へとむかってるんやねえ。

▲ 今日も朝からきもちよく晴れわたり、買い物に出たらものすごい人出。初めて、そろそろGWの始まりなのだ〜と気がついた。
こういう日はファミリーで買い物に来はる人が多い。そんで決まって子どもたちは、途中退屈のあげく きょうだい喧嘩となり最初は下の子が泣き出し、その後「お兄ちゃん/お姉ちゃん でしょ!」的に親に怒られて上の子も泣き出し、収集つかんようになってる〜という場面に何組か出くわす。
ウチの子らはうんと歳が離れていて、兄弟げんかはしたことがない、というか、けんかにもならんかったように思うけど。わたし自身は末っ子で 姉たちに可愛がられもしたけど、たまにイケズもされたり泣かされもした。

▲ その姉たちに、この間ひさしぶりに会うた。帰省中だった姉2が大阪に用事で出てくるというので「ほな、お昼ごはんでも一緒に」という話になったんやけど。二女、三女、四女の面子で会うのは何十年ぶりかもしれない(残念ながら姉1は仕事で来れなかった)。
子どもの頃から一番上の姉は大人しくて落ち着いており、姉妹げんかも専らこの三人だった気がする。

▲当たり前だけど、姉妹いうても、性格も好きなこともちがうし、大人になってからは仕事も、家族構成も生活のスタイルもちがうし。ちがうことだらけやのに。長いこと会うてなくても再会のその瞬間から別れるまで丸4時間ノンストップで しゃべって笑うて、又しゃべってしまうのは、やっぱり姉妹ゆえ、やろか。

▲ そういえば昔、この三人で夏休みに家で「歌合戦ごっこ」をしたことがあって。わたしが小学一年生の頃だったと思う。姉妹の中で姉3は歌がうまかったんよね。当時の十八番(おはこ)は「東京のバスガール」。興がのると、バスガイドさんみたく右手を肩あたりまで挙げるジェスチャー入りで盛り上がって拍手したっけ。

▲ わたしの番になって、歌では負けるからせめて歌合戦ぽく演出したかったのか、ただ高いとこがよかったのか(笑)ピアノ用のくるくる回る丸椅子の上に立って歌おうとしたのである。
が、椅子の上に上がったと思ったら、案の定バランス崩してあえなく落下(泣)唇を切って「血が出た」と大騒ぎして、この日の歌合戦は中断となった。
あとで、小さい妹のけがを姉たちはきっと親に怒られたんやないかなぁ、と今はすまなく思うけど。
当時は泣くだけ泣いて、あとはけろっとして誰からも怒られもせず、という末っ子は
せやから姉たちに「あんたは要領ええんやから」と(不本意ながら)恨まれることになるんやけど。

▲ たしか、翌日は登校日だったんよね。
わたしは下唇腫らしてガッコに行って、たぶんお決まりの「けが自慢」(苦笑)言い訳するわけやないけど、子どもの頃ってわたしだけやなく、日常とちょっと変わったことが起きると、みな友だちに自慢してたように思う。
今も微かに残る下唇の小さな傷あとを見ると、あの日、姉3の♪発車オーライ、明るく明るく走るのよ〜というよく通る声と、落下後びっくりした姉たちの「クミちゃん!」という大きな声と、ピアノの「ラ」の鍵盤にこぼしたジュースの(バヤリース!)オレンジ色の染みが浮かんできて、頬がゆるむ。

▲ さて、そんな遠い日を思い出しながら、お互いの近況報告をして、最後は親の話。親のええとこも、悪いとこも、遠慮なくいえる最強のメンバー(苦笑)は、きょうだいやもんね。
けど、口いっぱいに好きなことに言うたあとは、さびしそうな母の顔がうかんできたりして。ちょっと言い過ぎたかな〜と、うしろめたいよな気持ちになって。それは姉たちも同じとおもう。
しゃべってしゃべってたら、あっという間に「帰る」時間になって。駅でちょっと照れながらも、おばちゃん三人 大げさにハグし合って「ほな、また」と別れた。


*追記
その1)
東京のバスガール〜コロムビア ローズ→

その2)
この間から心身ともにしぼんだ風船みたいな数日やったんですが。今日ショッピングセンターや図書館で小さい子らの「きょうだいげんか」を見てるうちに、むくむくと元気がでてきました(苦笑)
子どもが体震わせて怒ったり、全身で泣いたりしてる姿って、ものすごくて力づよく感じて。なんか胸がいっぱいになりました。
そんなそばを選挙カーが何台も「よろしくおねがいします」と連呼して走って行ったけど、何よりこの子たちがたいせつにされる社会でありますように。

その3)
『父さんの銃』(ヒネル・サレーム著 田久保麻里訳 白水社2007年刊)という本を読みました。現在亡命先のパリで活躍するクルド人映像作家による自叙伝的小説。
p159と薄い本で、読みやすい文体ながら峻烈な作品。とても読み応えのある一冊でした。知らなかったことも多く、途中地図帳を開いたり。
今日はまだ紹介するのに体力不足だったんだけど。冒頭、主人公のぼく、アザドの語りの一節を書きうつしてみます。

祖父が語った話では、祖父はそもそも、自由な大地で、クルド人として生まれたのだった。そこへオスマン人がやってきて、「おまえはオスマン人だ」と祖父にいうので、祖父はオスマン人になった。オスマン帝国が崩壊すると、今度はトルコ人になった。トルコ人がいなくなって、〈クルドの王〉シェイク・マハムードが王国をきずくと、またクルド人になった、次にやってきたのはイギリス人だった。おかげで祖父は女王陛下の臣下になり、英語なんかもカタコトおぼえた。

イギリス人は、イラクという国をつくり、祖父はイラク人になった。でも、その〈イラク〉という耳なれない言葉がいったいなんおことだか、祖父にはさっぱりわからなかった。そして、最期に息を引きとる瞬間まで、イラク人であることを誇りに思ったことはなかった。これは僕の父親、シェロ・セリム・マライも同じ
』(p3より抜粋)

その4)
今日はこれを聴きながら。
Nobody Knows the Trouble I've Seen - Charlie Haden And Hank Jones-Steal Away→

その5)
旧友悪友楽友〜うらたじゅんの作品集『冬のプラネタリウム』がもうすぐ発売になります。なお、この本の出版を記念して 東京での個展『絵のプラネタリウム』は5月9日〜20日→
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by bacuminnote | 2015-04-25 20:32 | 出かける | Comments(0)

ここやな。

▲ 4月10日。
今日も雨。一日中つめたい雨。しかも雨足はけっこう強くて、ざあざあという音が絶え間なく聞こえてる。朝の珈琲を温めなおしてストーブのそばで啜った。
窓の外は 雨に打たれた庭木の葉っぱがひらひら揺れて。ちいさくてまだ淡い緑色がかいらしい。
草も一雨ごとにぐんぐん伸び始めて、ああ春。
今時分の雨はいろんな花を催す(咲かせる)という意味から「催花雨(さいかう)」とも言うらしいけど。この、冷えて湿気、というのはしんどい人や痛いとこのある人に堪えるやろなあと思う。膝をさすりながらそう思う。
せやから そろそろ晴れてほしいなあ。

▲ そういうたら、京都へ出かけたこの前の日曜日も朝から雨が降っていた。久しぶりの京阪特急は、一瞬迷ったけど「やっぱり」と2階の二人掛座席に。これに乗ると小一時間の乗車もなんか旅行気分。始発駅で乗ったので まだまだ空席はあったけど、次の駅に停車すると一杯乗り込んで来はって たちまち埋まり、わたしのとなりにも青年が座らはった。

▲ わたしは持って来た読みかけの本〜『戦争ごっこ』(玄吉彦作/ 玄善允・森本由紀子訳 岩波書店)を読む。
「戦争ごっこ」っていうのは、「戦争」というものがある(あった)国には、たぶんどこにでもある子どもたちの遊びかもしれない。でもそれは必ず敵と味方に分かれるわけで。そうして勝ち負けがあるわけで。子どもたちは(というか、大人たちがそうやから)力のある方の「役」をしたがるわけで。
主人公の少年セチョルたちも植民地時代は「日本軍」と「米軍」、その後は「共産ゲリラ」と「討伐隊」・・というように「戦争ごっこ」の役割もそのつど変わる。
子どもの世界の力関係もまた その時代や社会や大人たちをときに残酷なほど投影しているんよね。
その日は、最後の第三章〜セチョルのクラスにソウルから避難してきた子どもたちがやってくる場面から読み始めた。

▲ ・・と横から何か声が聞える。
となりの青年が大事なものを家に忘れ物してきたらしく、「忘れてきた」「どうしよう」「ICカードを机の上に置いてきちゃった」「お金ないのに」と独り言を繰り返してはる。はじめはよく聞き取れなかったんだけど。ちょっと切羽詰まってる気もするし。でも、ICカードって何なんやろ?それ、なかったら困るんやろなあ・・・とわたしも落ち着かない思いで、本の同じ頁、おんなじところを行ったり来たりして。

▲ 次の駅に着くや否や青年はさっと席を立った。
空席を探してるようだったけど、すぐに空席は埋まってしまい、諦め顔でまた元のおばちゃん(!)のとなりに腰かける。
と、そのとき通路挟んでむこう側座席の小学生くらいの男の子がお父さん(らしき人)になんか電車の話をし始めたのが聞こえてきたんよね。
見ると、いつのまにか彼らの向かいの席が空いており。青年は待ってましたとばかりにそこに移動。どうやら彼は右側座席に座りたかったらしい。車窓から目当ての何かが見えるのかもしれないなあ。わたしがよしのに行くとき、川の見える席に移動するみたいに。

▲ 男の子と青年は向かう形で座ってるものの、男の子はお父さん相手にぽつりぽつりと電車のことを話してて、一方青年は車窓から外を眺めつつ、いつのまにやら男の子の話にも加わり始めた。
あれ?もしかして知り合い?と一瞬思ったけど、そうでもないみたい。でも突然話しかけてきた青年に、その男の子は戸惑ってる風でもなく、ごく自然に応えてる。鉄道について無知なわたしにも、二人とも電車好きだということはじきに伝わってきた。

▲ とはいえ、お父さんは子どもの話に黙って頷くだけやし、「鉄ちゃん」の二人も向い合って話して盛り上がる〜というのでもないんやけどね。「次は◯駅や〜」と男の子が言うと「この京阪特急”洛楽(らくらく)”は◯駅には停まりません」と青年が応える。横を通過する電車を見て(←あ、席移動はこれが目的やったのかな?)いまのは”◯千系”で〜と男の子が言うと、青年がよく似たべつの系統の電車話をしたり。途中通過の駅〜よど競馬場の説明から京阪の名物列車らしい「機関車トーマス号」に乗った話まで。かみあってるような、そうでないような。でも、そのやりとりがなんかええ感じやった。

▲やがて祇園四条に着いて(なぜか父子+青年の三人共ここで)降車するまで「鉄ちゃん」たちの話(未知の世界!)を隣でこっそり楽しませてもろた。
あ、読みかけの本は結局三章から先に進まんかったのと、ICカードの件はどうなったのか、わからへんかったけど。なんか落ち着いた表情で降りて行かはったし、ええ日曜日を!とおばちゃんは二階から(笑)「鉄ちゃん」たちをそっと見送った。

▲ さて、そうこうしてるうちに終点「出町柳」に到着。前日復習しておいた(おおげさ)地図を思い返しながら、駅近くの「かぜのね」にて息子2と彼の友だちと一緒にお昼ごはん。「はじめまして」の友だちと、それでもキンチョーの時間はあっというまに過ぎ、おいしくて和やかで愉しい時間。
その後三人で「トランスポップギャラリー」にて旧友うらたじゅんの個展『ミリオン通り』に。

▲ 何年ぶりかで会うウチの子の成長に「きゃあ〜◯ちゃん!」「ひゃあ〜◯ちゃん!大きいなって」という彼女の歓声(!)がひびくなか作品を観る。
このブログには、いつもあほなこと言うて笑うてる Jとして登場させてはいるものの、絵やマンガを描くときの彼女は別人。ちょっと近すぎてわからへんけど、なんかすごい人かもしれへんなあ〜と個展のたびに思う。

▲ そうそう、彼女の絵にも電車がよく登場するんよね。今回わたしが一番すきになった作品にも京阪電車が走ってた。→そして高架下を今にも くぐろうと、スカートのすそをひるがえし自転車で疾走する少女にぐっとくる。あの子はどこに向ってるんやろか。かっこいい。

▲うらたじゅんの描く電車とまちの風景はいつもどこかなつかしい。いつか行ったことがあるような。どっかで見たことがあるような。けど、電車は行き先のプレートがあってもどこに向かうのか、わからない。「なつかしさ」に気ぃとられてるうちに、遠く知らないとこに連れて行かれそうになる、そんなふしぎな時間。一枚一枚に物語があって。うまいこと言えへんけど、そこがうらたじゅんのすごいとこちゃうかなと思います。(京都のギャラリーでは4/12が最終日。この後、東京では5月に→

▲ギャラリーを出て、次にむかったのは西陣の古書店「カライモブックス」だ。(いつも籠ってるから、たまに出ると盛りだくさん!)「カライモ」は息子2の特別お薦め本屋さんで、通販でおせわになることはあったけど、前からいっぺんお店に行ってみたかったんよね。
本のある場所で嫌いなとこはないけど、ほんまにすきなとこ、っていうのは限られていて。それは棚の充実度や好みだけやなくて、いや、そういうのを見る前に扉を開けた瞬間「ここやな」って思う気がする。

▲「カライモブックス」は通りを歩いてきて、息子が指差す「そこ」の佇まいが目に入ったとたん「すき」とおもった。
そしてお店に入って、ゆっくり本をながめて手にとって、お店の人たちと話して「すき」は「だいすき」になった。ぜひまた訪ねてみたいです。
読みたかった本(『音楽未満』長谷川集平)も思いがけない本(『フロイスの日本覚書』松田毅一, E・ヨリッセン)にも出会えたしね。帰りは息子の友だちに改札口まで送ってもろて。
ほんまにええ一日やったなあ。
この日会ったひとたちみんな〜いっぱいおおきに!

*追記
その1)
『戦争ごっこ』はその後 読了。
児童書としてもすばらしかったけど、ぜひ大人にも読んでほしい読み応えのある作品でした。知らなかったこともたくさんあり、今はまだ読後の余韻の中でぼぉーっとしていて、ことばにできないでいますが、また日をあらためて書きたいです。

この本を読んだあと、以前読んだ『木槿の咲く庭』(リンダ・パーク・スー作 柳田由紀子訳)を思いだしました。再読するつもり。(この本日本で出版された本の表紙→よりアメリカでのものの方が本の主題に迫ってる気がします→

その2)
「カライモブックス」でみつけた『音楽未満』は絶版。ええ本やのに。残念。
知ってる曲も知らない曲も、聴いてみたくなります。

その3)
というわけで、今日は↑でも紹介されている この曲。
Arlo Guthrie - Hobo's Lullaby 
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by bacuminnote | 2015-04-11 23:17 | 出かける | Comments(0)