いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2015年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

もて余すことがだいじ。

▲今夏は前半の猛暑がうそのように、お盆あたりからすいーっと熱が引いたように涼しくなった。
そういえば、子どもの時分、お盆の間は川での水泳は休みだった。そもそもプールのない小学校だったし「泳ぐ」=「川に行く」で。お昼食べたら水泳、川から帰って昼寝〜っていうのがわたし(ら)子どもの夏休みの毎日やったし、大いに不満やったけど。

▲お盆に泳いだら「足ひっぱりに来はるさかいに 行ったらあかん」と祖父母に親、近所のおばちゃんまで皆に毎夏聞かされており。
けれど、盆休みには大阪やら町から家族づれが川に大勢やってきはるんよね。そんで田舎では見たことのない派手な浮き輪や、かっこええビニールのボートなんか持って、川原ではにぎやかにスイカ割りとかしてはって。「あの人らは引っぱられへんのやろか?」と話しながら、地元の子は自分らの遊び場所を奪われたかのように、そんな様子を橋の上からチュウチュウ食べながら、うらめしく眺めていたものだ。

▲ところがお盆があけると、楽しみに待っていた川も知らんまに水はじーんと冷たくなっており、それでも唇を青紫にして(苦笑)しつこく泳いでたら、上(かみ)の方からなすびやらきゅうりやら、お盆の供え物が流れてきたりして。いっぺんに気が削がれて、そそくさと水から上がった。
それから、先に川原で寝転がって温もってる友だちの背中に、色の出る石をみつけては墨みたいにねっとり摺って指で絵を描いたり、友だちの好きな男の子の名前を書いたりして、しばらくお日ぃさんの下で遊んで。そんで汗かくと又つめたい水に浸かった。

▲そんな田舎の のんびり夏休みを思い出しながら、塾の送迎バスを待ってる子らの前を通り過ぎる。
けど、行き先が塾とは思えないほどキャッキャッはしゃいで楽しそうやから。これはこれであの子らの夏休みのとくべつな時間なのかもしれへんなあ〜と思う。
ただ何度も腕の時計やスマホで時間チェックしてるのを見てると、気の遠くなるような長い、時に身の持って行き場のないほどの退屈な夏の時間を、あの子らがこれから先ずっと過ごすことないまま大人になってゆくのはなんかもったいないような気もして。
が、そんな夏休みもあと数日でお終いやね。

▲この間Twitterで夏休みの宿題の難関のひとつ、読書感想文のテンプレ(テンプレート。template「雛形」)というのが紹介されていて→。へえ〜ついにこんなのが出たんやなあ〜と興味津々見てみた。
これ、見てもらったらわかるように読んだ本の名前から始まって、何故この本を読んだのか、いちばん心に残ったところは、だれがどうしたところ・・と( )を埋めることで感想文が完成するようにできていて。ほほぉ〜わたしもここで本を紹介するとき、こんなふうに順序だてて書けばすっきり収まるんやろなあ〜と半ば感心。半ば放心〜。

▲かつてウチの子らも夏の終わりになって読書感想文に(←これだけちゃうけど)困り果てていたっけ。「ええかっこして書こうと思わんと、思ってること〜おもしろなかったら、どこそこがおもしろなかった〜って、そのまま書いたらええねんで。たった一行でもええ。変化球やのぅても直球や、直球〜」と、野球の「や」の字も知らんくせに(余談ながら「パ」と「セ」のちがいも未だにわからない)エラソーに言うてたりしてたんだけど。

▲わたしはといえば、本を読むのが好きだったものの、本当に好きな本の感想文は殆ど書かなかった気がする。そういう本に出会うと、わあーー。すごいなあ。よかったなあ〜くらいで(今でも・・)本閉じてしばらくはさすがのわたしも無口だ。
せやからね、ガッコの宿題には感想文を書きやすい本(!)を選んで、センセがOK出してくれるような作文を書く、やな子だったと思う。
やがてその「やな子」から抜け出そうと、自分のことばを探すようになったんだけど。言いたいことがいっぱい詰まってるときに限って、自分のことばの箱には「これ!」というのが見つからなくて。気持ちばかりが煮詰まってゆくのだった。

▲そうそう、いま『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(武田砂鉄著/ 朝日出版社2015年刊)という本を読んでるところなんだけど、第二章「育ててくれてありがとう」(横には小さい文字で「親は子を育てないこともある」とある)
には、この読書感想文テンプレによく似た話が登場するんよね。タイトルから想像できるようにこれは結婚披露宴でよくある新婦が親にむけて読む手紙のこと。

▲これのサンプル文が結婚情報誌のサイトに出ているそうで。
曰くその手紙は3つの段落に分かれて「書き出し」「エピソード」「結ぶ」のそれぞれのカテゴリが何パターンもの文例から選べるようになっており、呼びかけの言葉や感動を呼ぶための注意事項などもていねいに書かれているらしい。「両親への手紙ぐらい自分で書けよ、と思う」と著者。嫌々提出させられる宿題やないねんからなあ〜とわたしも思う。

▲【子は親の生き写しではない。おおよその場合、親は子を育てるが、育てないこともある。多様性を、ありきたりの式次第や取って付けたような感動で踏み潰す動きに対して慎重になりたい。 「育ててくれてありがとう」にハンカチを濡らす前に、残りの一割に対して敏感でありたい。
そのためにも、つまり家族のパターンを確保するためにも、結婚式のスピーチ各種くらい、サラダバー的な他人任せの素材で作り上げるのではなく、ご自分の言葉でお願いしたい。
】(p31より抜粋)

▲・・・と、なかなかきびいしい。あ、「残り一割」というのは、この文章の前にいま流行り?の「2分の1成人式」(成人の2分の1の年齢である10歳を迎えたことを記念して各小学校で行われてるらしい)という行事に、ベネッセのアンケートでは九割近くの親が「満足」と答えてるのを受けて、満足していない一割の存在やその理由を【ジョン・レノンじゃないが想像してごらんなさい】と言うてるんよね。ていうか、「2分の1成人式」にも親への感謝の手紙が登場しそうで。いろんな問題を抱えていそうなこの行事についてもいつか書きたいと思ってたんだけど・・。
それにしても。
【ありきたりの式次第や取って付けたような感動で踏み潰す動きに対して慎重になりたい】には どきんとする。

▲そうそう、この前たまたま見たmanmo.TVというサイトの以前のインタビュー記事にも、立ち止まるところがあって。それは哲学者の野矢茂樹さんの発言なんだけど、いまここに書くのに見直したらタイトルがなんと『紋切り型の言葉をはみ出たものをだいじにする』だったのでびっくり。
インタビュアーの「うまく言えないで、言い淀んでしまうことがありますが、それは豊かさを感知している証でもあるわけですか?」という質問に野矢センセはこう応えてはるんよね。

自分の考えをはみ出たものは、自分の言葉の外にあるのだからうまくいえないのは当たり前です。
初めて恋愛したら、その気持ちをどう表現したらいいかわからないのは当然でしょう。それをドラマみたいな言葉でくくったら、きれいな言葉であってもつまらない。
自分の気持ちを持て余すことがだいじ。切り捨てないで抱えてじっと見ていると自分の言葉が豊かになっていくはずです。

(MANMO.TV インタビュー#301 より抜粋 →

「持て余すことがだいじ」に、はげまされる。




*長すぎる 追記 
その1)
上記リンクした『紋切型社会』の出版社の特設サイト→というのがあって、下の方に「育ててくれてありがとう」の章を読めるようになっていました。


その2)
今日読み終えた本を。
『わたしが子どものころ戦争があった 児童文学者が語る現代史』(野上暁編・理論社刊)装画は長谷川集平さん→8人の児童文学者がそれぞれの戦争体験を語っています。今、だからこそ子どもにも大人にも読んでほしい本です。

満州生まれ満州育ちだった1931年生まれのあまんきみこさんは少女時代を振り返り語ってはります。最後の一文「薄暗い世界にひとり蹲(うずくま)ってしまいます」に胸がしめつけられる。

「満州」は、日本の傀儡の国でした。
わたしたちはその地の暖かな日向の場所で過ごしたことで、そこにいるべきはずの人を寒い日陰に追いやったことを思わずにはいられません。知らなかった、見なかった、聞かなかった、子どもだったは免罪にはならないでしょう。むしろ、より罪深い場合さえあると思います。戦後七〇年といわれますが、いまだにそうした意味で心のおりあいがつかず、ときどき薄暗い世界にひとり蹲ってしまいます
】(あまんきみこ「少女時代を満州で過ごして」より抜粋)

最後は1950年〜戦後生まれの岩瀬成子さん。
自宅から米軍岩国基地が見えるという岩瀬さんがこう結んでいます。そう、日本の戦争は七〇年前に終わったものの「いまでも戦争と地続きのところ」にいるんや〜と思います。
「安保(戦争)法案」反対!

わたしの家からは基地が見えます。戦闘機の離発着が見えます。おそらく、日本の多くの人たちは、国内の基地がどうなっているのか、どう変わっていきつつあるのかあまり知らないのではないかと思います。
日本中の米軍基地の七〇%がある沖縄の人たちの苦悩はもっともっと深刻だと思います。
子どものころに戦争があったという過去の話ではなく、いまでも日常と地続きのところに戦争があるのです。七〇年前の敗戦以降、ずっとアメリカ軍は駐留し続け、ずっと戦争をしてきました。戦争はずっと続いているのだと思います。

(岩瀬成子「米軍基地のある町から見た戦争」より抜粋)

その3)
夏休みがおわり、また新しい学期が始まるときって(宿題ができてる、できていないに関わらず)
楽しみな子ばかりやなくて、重いきぶんの子どももきっといると思う。
わたしの子ども時代はガッコも親も「嫌なことから逃げたらあかん」の一点張りやったけど。そんで、その時は言い返せなかったけど。今なら「ちがう」ってはっきり言える。
「息のしにくい所」から「息のしやすい所」に、"逃げる"ではなく"移動する"〜という選択肢があること、大人たちは子どもに伝えてやってほしいと思う。そして、そういう場が(それが本やったり音楽やったりすることもあるよね)ひとつでもありますように。(前に書いたブログ「そのなかのひとつ」→

鎌倉市図書館・8/27のツイートを読みながら〜

その4)
あれも、これも、とすっかり長くなってしまいました。
今日はこれを聴きながら。
Jan DeGaetani - Ah! May the Red Rose Live Alway(Stephen Foster )→
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by bacuminnote | 2015-08-28 09:57 | 本をよむ | Comments(0)

とおりすぎてゆく。

▲赤信号で立ち止まったら横断歩道のむこう~黒いかばんを斜めがけしたスーツ姿の若者が、細い顔の半分くらい口開いて大きなあくびをしてるのが見えた。・・・オツカレサマです。
今夏はこの場所であくびの人を何度も見かけた。ベビーカーの赤ちゃんとそのママ、塾帰りの小学生、部活の中・高生。サラリーマンからお年寄り。朝から晩まで一日中暑うて、夜もよく眠れへんし、ほんましんどい夏やったもんね。(←もう過去形にしてもええよね?)

▲このあいだ 盂蘭盆会(うらぼんえ)の法要でお寺にお参りに行ってきた。
12年前、義父の初盆のときは「どうぞ涼しい格好でお参りください」と寺報にあったとおり冷房はなく。それでも開け放たれた本堂に入ると、ひんやり風が通ってゆくのがわかった。青い羽根の扇風機が何台かゆったり回って、あちこちに団扇が置いてあった。
若い法務員さんらは障子戸のむこう 屈んで蚊取り線香に火をつけてはお皿にのせて配ってはって。暑い中 きびきび立ち動くその黒い法衣+白衣(はくえ)姿がなんともかっこよかったので、わたしはしばし見とれてた。

▲そういえば、先日若いお坊さんが『僧衣が黒いのは夏の暑さを引き立てるため。涼しい顔して歩いてやる。』ってツイートしてはって、思わず笑ったんやけど。
たしかに「夏の黒」は見た目はちょっと暑苦しいものの 近寄って見たら(!)紗や絽の透けた夏の法衣って涼し気なんよね。
そのむかし夏休みのたびに訪ねたお寺の友だちんちは〜あちこち部屋の戸やら窓やら開け放ち、風がすいーっと通り抜けてく。籐筵(とうむしろ)に簾(すだれ)、窓辺の風鈴、に加えて、衣紋掛の法衣がゆらゆらしてきれいやった。
そんなこんなを思い出しながら、靴を脱いでふと階段の上を見たら、本堂の障子戸がぜんぶ閉まっていた。いつからかクーラーが入ったんやね。

▲この日は明け方まで雨が降っていたせいか、日中も曇天で過ごしやすく、法要のあとは墓参に。
ふだんは閑散とした墓地だけど、お盆やしね、ひっきりなしにご夫婦で、家族連れで〜たくさんのひとがお参りに来はる。
いつもは高く積んである水汲み場のポリバケツもひしゃくも 残り少なくて、水を汲むにも順番を待つ。あちこちで話し声や笑い声が聞こえてきてにぎやかで。
だれもいないと心細く思うてるくせに、人が多いと「ここはひっそり静かなのんがええよなあ」とかなんとか。あまのじゃくだ。(←わたしのことです)

▲曇天とはいえ、草抜いたりそうじしてたら汗だくになって。帰りは駅まで歩くつもりが途中で足が痛くなってタクシーを拾った。
「今日はだいぶ暑いのんマシですなあ」
「いやあ、この間からの暑いのんには閉口しましたわ」
「朝起きても、疲れがいっことれてへん。仕事行くの嫌やなあ~って、まあ、そんなことも言うてられへんのやけど」
「明日は私も墓参りに行こうと思ってますねん」
60代くらいの運転手さん。どこのお花が高い安い〜というローカル情報まで交換したりして。
ふだんやったらワンメーターの短い時間にこんなにもしゃべることなんてないもんね。これもお盆やからかなぁ。

▲そうそう。
いつだったか、ある有名な方が亡くなられ事務所の発表に英語で" It is with sorrow that we announce the passing of 〜"と書いてあったんよね。
"die"ではなく"passing"(またはpass away)というのは日本語で「死ぬ」ではなく「亡くなる」という言い換えのようなものだと、そのとき知ったけど。「通りすぎてゆく」んやったらつらい別れも受け入れられそうな気がして。そんで、いつの日かわたしも風のようにとおりぬけ、あるいは静かに通りすぎていけたらええなあと思った。
その後「天国は駅かもしれず夏帽子」(阿部知代)という句に出会うて。「駅」という発想にふかく頷く。土肥あき子さんの解説もじんときます。

亡くなった方を悼むとき、残された者の悲しみより前に、病や老いの苦しみから解放されたことに安堵したいと思う。
自由になった魂の行方を思うと、少しだけ気持ちが明るくなる。天国とは、死ののちの出発点でもある。そこからさまざまな行き先を選び、もっとも落ち着く場所へと扉が開かれることを思い、作者はまるで駅のようだと考える。

仰々しい門のなかの最後の審判や、三途の川の向こうの閻魔様の裁きなどとは無縁の軽やかだった人の死に、駅とはなんとふさわしい場所だろう。何も言わず長い旅に出てしまった人に向けて明るく夏帽子を振ってみる。
前書に悼九条今日子。改札には夫であった寺山修司が迎えに来ていたかもしれない。「かいぶつ句集」(2014年6月・第77号)所載。(土肥あき子)
】『増殖する俳句歳時記』2014.8.05→


*追記
その1)
今夏は体調をくずしたり、よくなったと思ったら、膝痛になったり。ほんま冴えない夏でありました。
それでも、信州から友人がたずねてくれて。
久しぶりに明るいうちから「とりあえず生中で!」と乾杯。家族のために立ちっぱなしで粉だらけになって揚げて揚げて揚げまくるんやなくて(苦笑)座ったまま目の前で順番に揚げてもらう天ぷら食べて「もう一杯」とおかわりして、夜は布団並べて修学旅行の夜的時間もたのしかった。

お盆休みには息子2が友だちと帰ってきて〜若い子が加わるとぱっと食卓が(料理は見慣れた"いつものアレ"でも・・)華やいで。しゃべって食べてのんでしゃべって。うれしくええ時間でした。おおきに〜また来てや。

その2)
そんなわけで読んだ本のことも見た映画(DVD)のことも書けないまま。ブログもいつのまにか月2になってしもてますが。なんでもかんでも「また涼しいなってから〜」の今日このごろであります。

その3)
8.15ひこ・田中さんのツイートに加川良『教訓Ⅰ』のことが書かれていました。
「命はひとつ 人生は1回 だから命をすてないようにネ あわてるとついフラフラと御国のためなのと言われるとネ 青くなってしりごみなさい にげなさいかくれなさい」って、あの歌〜わたしはずっと加川良さんの作詞かと思ってたけど、上野瞭さんの作詞だったそうで。→

てことで、改めて『教訓Ⅰ』を聴いています。(下記utubeには上野瞭さんのお名前も出ています)
いや、でも、まさか、44年もたってこの歌をこんな思いで聴くことになるなんて。安保法案反対!


その4)
文化放送 アーサー・ビナードさん『探しています』〜記事だけでなく、ぜひインタビューのロングバージョンも聴いてみてください(新しいものはまだ音声アップされてないようですが)→
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by bacuminnote | 2015-08-18 21:29 | 出かける | Comments(2)

8月の空の青。

▲暑い。
毎年のことながら言うて涼しいなるわけないのに、ちょっと動くたびに「暑う〜」「暑いなあ」と、だれに言うともなく口にしてる。
加えて「こんな暑いのは初めてや〜」というセリフも毎年恒例なんだけど(苦笑)
いや、ほんまに今夏の暑さは堪えるよね。
そして、この暑さやからね~冷たい料理がしみじみと旨い。けど、そうめんでも、焼き茄子でも、蒸し鶏も、お浸しも。そうだ、麦茶だって。
こういうのを冷たくして食卓に並べるまでには、つくる時は熱気もわぁーんな台所でふうふう汗かくことになるのであって。
.
▲そういえば、夏になると暑がりの義母が首にかけたタオルで汗拭いながら「ウチは“おさんどん”せんでええのんが夢やねん~」と言うて、義父好物のうどんを湯がいてはったんを思い出す。
けど、後年「夢」のように、台所に立たんでもようなってから 急に老けこまはった気がして。
暑い、暑いと言いながらも、その昔は息子の好きな鶏の唐揚げやら、わたしらの希望の小海老とお茄子の炊いたんやら、よう拵えてくれた。やっぱり料理のすきな人やったんやなあと思う。
 
▲この一か月ほどの間、そんな風にまだ元気やった頃の義母のことをいろいろ、いっぱい思い出していた。たのしいこともしんどかったことも。ひとつ思い出し始めると、すっかり忘れてたはずの記憶の箱は、まるで入れ子のそれ。次々思い出して。そしてそこには なんでか「ええかっこ」してない素の自分が現れて、どきんとする。
そっか~あのときは平気なふりしてただけやったんか・・と若い日の自分がいじらしかったり。一方では「ええかっこしい」にもほどがある、と自分に腹を立てたみたり。ひとり文句いうていうて、言い切った感すらあるのに〜(お義母さん、すんません!)そのあとで、思い浮かぶ義母は「ほれ、できましたで~」と、首にタオル、手には菜箸もって。いつも笑ぅてはるから。 せやから夏のだいどこでわたしはちょっとしょんぼりしてしまう。
 
▲先日『Wonder ワンダー』(R・J・パラシオ 作/中井はるの訳/ほるぷ出版)という本を読んだ。
この本〜読みながらも、本を閉じて他のことしてるときも、読み終えた今も、いろんなことを自分に問いかけ考えてる。 
表紙の目のさめるようなブルーはまさに8月の空の青だ。
だからか、どうかはわからないけど主人公の「ぼく」の名前はオーガスト(August)っていうんよね。表紙の真ん中には男の子らしい顔が大きく描かれてるんだけど、両耳と片方の目が描き込まれてるだけ。目の上には書名のwonderが眉毛のかたちみたいに書かれて、ただそれだけ。目を引く装丁だ。(あ、けど、あちこちで目にする「全世界40カ国で300万部以上売れた感動作」という紹介は苦手。あれで本を読みそこねる人もいるんちゃうかなあ・・とあまのじゃくは思う)

▲物語はオーガストの語りから始まる。
自分がふつうの十歳の子じゃないって、わかってる。といっても、もちろんふつうのことをするよ。アイスクリームを食べる。自転車に乗る。ボール投げをする。ゲーム機を持ってる。そういう意味でいえば、ぼくはふつう。たぶん。そして、ふつうの感情がある。心のなかはね。だけど、ふつうの子なら、公園に行くたびに、じろじろ見られることはないよね。

魔法のランプを見つけて、ひとつだけ願いをかなえてもらえるなら、めだたないありきたりの顔になりたい。外を歩くとき、じっと見られてさっと目をそらされないようになりたい。思うんだけど、ぼくはふつうじゃないのは、だれからもふつうだって思われてないからじゃないかな。(中略)

ところで、ぼくの名前はオーガスト。オギーと呼ばれることもある。外見については説明しない。きみがどう想像したって、きっとそれよりひどいから。

(Part1 AUGUST「ふつうってこと」より抜粋)
 
 ▲この始まりだけでわかると思うけど、主人公のオギーは先天的に「頭蓋顔面異常」があって、小さいときから何度も手術をくりかえしてきて、学校には行かなかったんだけど。十歳になって、中等部の一年目ってこともあり両親は「そろそろ」と学校に行くことを勧めるんよね。
両親と姉の明るくユーモアと何より深い愛情に包まれた家庭から、初めて知らない人ばかりの学校という場に出ることになって。もちろん両親が考えに考えて選んだ学校だから、校長も先生もいい感じなんだけどね。

▲それにしても「学校に行く」ことはオギーにとってものすごく大きなことであり、それは「送り出す」親や姉にとっても、学校の子どもや教師たちにも大きな波紋をよぶことになるんだけど。本を読みながら終始おもったのは、冒頭のオギーの語りにもでてくる「ふつう」ってどういうことなんだろ?ってこと。そして「顔」という自分で直接見ることのできない身体の一部について。

▲読了後 作者へのインタビュー記事を読んだら、執筆のきっかけを問われて、こう答えている。ちょっと長いけど、抜粋もふくめて書いてみようと思う。
著者はあるとき二人の息子とアイスクリームを買いに行き、上の子がお店に行ってる間、ベビーカーに乗った当時3歳の下の子と著者が待っていて。ふと隣をみたら女の子ふたりと母親らしき人。女の子のひとりは「頭部に骨格の障害のある子」だったそうで、著者の下の子はその子を見るなり大きな声で泣き始め。著者は「息子のためというよりは、女の子を傷つけたくなかった」から急いでベビーカーごと遠ざけようとして。そしたらそばにいた上の子の持っていたミルクシェイクをこぼしてしまい、さんざんな状況になってしまったとか。

▲【ベビーカーを動かそうとするわたしを見て、女の子の母親は「それじゃあみんな、そろそろ行かなくちゃね」と優しく穏やかな声で言い、その場から立ち去りました。その言葉は、わたしの心にグサッと刺さりました。 その日一日中、わたしは自分がとった行動について考えました。

あの親子は、毎日、何度も、同じような場面に出くわすのでしょう。それこそ何度も何度も。彼女たちはいつも、どのように感じているのだろう? わたしは、子どもたちにどう教えれば、次に似たような状況になった時、より良い対応ができるのだろう? 「じろじろ見ちゃダメ」と教えるのははたして正しいのだろうか、あるいはそういう考え方自体、もっと根深いものではないだろうか? 

そうしたいくつもの考えが頭の中をめぐり、わたしは、息子たちに良い態度を示す機会を逸してしまったことを後悔したのです。わたしがあの時すべきだったのは、下の子を遠ざけることではなく、女の子と、女の子の母親に話しかけることだったのです。仮に下の子が泣いても、それはそれ。子どもは泣くものです。彼には、彼のために、怖がることなど何もないよと言ってやるべきだったのです。単純に、わたし自身、ああした状況で、取り乱す以外にどうすれば良いか知らなかったのです 。
】(ほるぷ社ホームページ→作者のQ&Aより抜粋)

▲すぐ目の前に映像が浮かんでくるようで、若い日の自分に著者が重なるようで 胸がいたい。
とっさに取った行動に「そんなつもりじゃなかったのに」と悔いることがある。こうすればよかった、ああすればよかった〜とひとしきり後悔したあとに、もしかして自分の中に潜んでいたかもしれない意識や感情にふと気づいて、はっとすることもある。

▲そういうときいつも思うのは、どんなに悔やんでも、巻き戻して、やり直すことはできないから。大事なんは考えること。この「次」からのこと。
物語はオギーから姉のヴィアに、学校の友だちのサマーにジャック、ヴィアのボーイフレンド、ヴィアの友だちに・・と視点を変えて語られて、ひとつの出来事をそれぞれどんなふうに受けとめていたのか知ることになり、読み手もまた、一方向からではなく、いろんな方向から問われ考えることになる。

▲ある日飼い犬のデイジーが老衰で亡くなっちゃうんだけど、そのときのオギーとママの会話が心にのこる。
「ママ、デイジーはおばあちゃんといっしょかな?」
「そうね」
「天国にいるんだよね?」
「ええ」
「天国に行っても、みんな同じ顔かな?」
「わからないわ。同じとは思わないけれど」
「じゃあ、どうやって、だれがだれだかわかるんだろう?」
ママは疲れ切った声で答える。
「知らないわ。ただ感じるのよ。だれかを好きになるのに、目で見る必要はないでしょ?ただ自分のなかで感じるだけ。きっと天国はそんなふうなのよ。愛ってそういうもの。だれも愛する相手を忘れない
」】
(p305〜306「デイジーのおもちゃ」より抜粋)

▲そうそう、語りに親の章はないんよね。子どもたちだけ。
でも、子どもの語りからいろんな親の表情が見えてきて「親」として何度も立ち止まることになって。ああ、この本を読んだ人と早く話がしたいなあ。読んでみてください。

*追記
その1)
この間、ひょんなことから知り合った(というても実際に会うたことはない)息子1の友だちからポストカードをもらった。最後に【本を通してのつながりが広がっていくのはなんとも楽しいです】とあって。
彼女はたぶん「娘」のような年齢かなあ? 住んでるとこや、歳をこえて、何より「本」や「ことば」を通して「出会えた」ことがうれしくて、はがきを何度も読み返しました。
そしてそして今日は、イギリスの友(やっぱりまだ会ったことがない)からエドワード・リア『 The Owl and the Pussy-Cat 』のすてきなカードが届きました。彼女ともまた「本」や「ことば」つながり。youtubeで詩の朗読をみつけて(→)意味はあまりわかってへんのですが(汗)くりかえし聞きながら。とてもうれしい日となりました。

前にもここに書いたけど、再度。『偶然の装丁家』(矢作多聞著/晶文社刊)から一文を引いてみます。

本というのはふしぎなものだ。
近ごろは、本がきっかけで人と人がつながり、会話をしたりすることのほうが、本そのものよりおもしろいんじゃないか、と思うことさえある。人の奥にひそめられた物語は、何気ないようでいて、どれも多層的で豊かだ。
】(p265より抜粋)

その2)
暑いけど、なぜか本がすすみました。備忘録的に書いておきます。
『生きることのはじまり』(金満里著 /筑摩書房1996年刊)
『その時ぼくはパールハーバーにいた』(グレアム・ソールズベリー作/さくまゆみこ訳/徳間書店1998年刊)
『抵抗の証 私は人形じゃない』(三井絹子著/千書房2006年刊)

その3)
先日おもいたって幼なじみの住んでる町まで遠出。
おばちゃん二人は会えばソッコウ○ちゃん◎ちゃんの世界に。
しゃべって、手料理ごちそうになって、しゃべって笑うて。猛暑の中〜ちょっとくたびれたけど、
元気でました。
くたびれるのが嫌で出かけない、というわたしを、たまにはひっくり返そう!

きょうはこれを聴きながら。
Mogwai - Take Me Somewhere Nice→
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by bacuminnote | 2015-08-04 14:30 | 本をよむ | Comments(9)