いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2015年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

▲朝からええお天気。洗濯物干すのに上着なしでも平気で。
大きくひとつ深呼吸。ふと見やった梅の木の下あたり~枯れた草の陰に「千両」をみつける。てっきり自分ちにはないと思ってお隣さんからもらって生けたとこやけど。実(み)はお隣さんの方が色鮮やかだけど。
冬のちいさな赤い色はかいらしい。蹲って見てたら、背中にお陽ぃさんがぽかぽかと温うてきもちいい。

▲モノレールがそんな冬の青空を横切ってゆっくり走ってゆき、ああ、この長閑な空気は大晦日というより11月のよく晴れた日の午後のようで。
「迎春」モードでいっぱいの食品売場の昨日の喧騒が、なんだか夢のなかのできごとみたいに思える。

▲昨夜は東京からふたり組と、京都からひとり帰ってきたんだけど。
いつも早い時間からのんだり食べたりしてるロー(low?)夫婦は、彼らの到着が待ちきれず、塩抜きしたばかりの数の子をちぎり、ねかしてあった黒豆も起こしてきて(笑)アテに切った長芋もチーズもサラミにも手をつけ、ウイスキーやワインをのむうちにふたりでぜんぶ食べてしもた。
やがて全員そろって。
みんなで食べて、のむ、のむ(え?また? というツッコミには返すことばもない只今減量中の身)時間のたのしくうれしいこと。

▲その昔ここに帰省すると、義母はきまって早起きで。
一人だいどこに立ち、数の子の塩抜きしたり、お煮しめ拵えたりしてはったっけ。二番目にわたしが起きてくると「ほんなら、縁側から始めまひょか」と窓ガラスをふたりで表と内に分かれて拭いた。
自分んちは掃除もできんまま慌ててここに来たのに~と若い「ヨメ」は内心ちょっと不服に思ったんだけど。
「あんたは背ぇ高いし、ウチの手の届かんとこも拭けるし助かるわ~」と言われて、張り切って背伸びしぃしぃ窓ガラス拭いたっけ。

▲掃除が終わると、義母が予約してあった練り物~焼き通しに伊達巻、梅玉、に梅の花・・・をとりにデパ地下に行った。当時田舎暮らしだったわたしは久しぶりのデパートが珍しくて、うれしくて、地下の用事が済んでからも上階であれこれ見てしまい。帰りがすっかり遅くなって「今頃まで何してたん?」と皆に呆れられたものだった。
で、帰ってきたら、夕飯と年越しそばの支度。バタバタと、駆け足で、だいどこの大晦日は忙しく暮れてゆくのだった。

▲「何もせんでもええって言うてるのに~」「忙しないから、ちょっと座らんかい」と、夫や息子(わが相方)に言われながらも、いつも先へ先へと「食べること」の支度をしてはった義母。
昨日、デパ地下のかまぼこ屋さんで義母の好物の伊達巻や梅玉、鱧ちくわをみてたら、胸がいっぱいになる。「いつものあれ買うてきてや~」というひとは もういてはらへんし。

▲今朝起きたらわたしが一番で(苦笑)ポットの口すれすれまで珈琲をいっぱい淹れて。みんなが起きてくる前にひとり黒パンをかじりながら本を読む。
『だれにも話さなかった祖父のこと』(マイケル・モーパーゴ文 ジェマ・ オチャラハン絵  片岡しのぶ訳 あすなろ書房2015年刊)
表紙の半分はブルーグリーンの水面。船から釣り糸を垂れる漁師。上半分はオレンジ色の炎。

▲二年に一回くらいクリスマスに、お祖父ちゃんはイングランドの西のはずれシリー諸島からひとりやって来る。無口でにこりともしない祖父の訪問は、「わたし」にも両親にもうれしいものじゃない。祖父の娘である母は「わたし」にいう。
【お泊りのあいだ、お祖父ちゃんを怒らせないこと。おもちゃを散らかさないこと。お祖父ちゃんはうるさいのが好きじゃないからテレビはまあり観ないように】
何より「最悪の注文」は「お祖父ちゃんをじっと見ちゃいけない」だった。

▲ところが、子どもにとって「見ちゃいけない」はよけいに好奇心を刺激するんよね。「わたし」は最初「こっそり」見て、そのうち「じっと」見る。

【祖父が戦争でどんな目にあったか、すこしは教えられていたから、祖父の濃い青い目に、祖父のくぐりぬけた苦しみが見えた。その目が、めったにまばたきしないことにも、わたしは気づいた。夢中になって見ていると、母のきつい視線を感じてはっとわれにかえる。テーブルの下で父に足を蹴られることもあった。】

▲そんな「わたし」が夏休みに初めてシリー諸島までひとりで祖父を訪ねてゆくんよね。自分たちが暮らすロンドンとは何もかも大違いの島に「わたし」は魅せられる。
一人しずかにつましく暮らす祖父。
最初は緊張気味だった「わたし」も日に日に島も祖父の家もすきになって。大きくなると、祖父に誘われて漁に出ることもあり、そのうち祖父も語り始める。

▲かつて彼の身に起きたこと。そして妻や娘が目をそらしたこと。
表紙の炎のオレンジ色は、最後のページで夕焼けの空のオレンジ色になって、物語はおわる。
暮れの日にふさわしく、しずかに、ひとり。とても佳い読書の時間となりました。
ぜひ本を手にとってみてください。

▲さてさて
今年もかわりばえのしないブログでしたが、近く遠くの友だちが読んでくれはって、ほんまうれしい。おおきにです。
相変わらずサイテーなことばっかりの政治や社会だけど、ちっぽけな「自分」というアンテナでも、錆びつかないように、「知る」ことも「見る」ことも、そして「怒る」ことも、諦めることのないように、と思います。

▲そういうたら、先月からの膝痛で、読んだ本に【ひざの痛みがよくなっても毎日1セットの筋力トレーニングだけは一生続けるようにしましょう】とあって。「一生」ということばに思わず後ずさりしそうになったんだけど。
アンテナの手入れも一緒かもしれません。今だけ、じゃなく一生続けないとあかんのやなあ、と。

▲休み、休み、これを書いてるうちに、もう夕方。窓の外は暗く、いつのまにかつめたい雨が降り始めています。(てことは、今夜も鍋で決まりやね~)
「その前に一本つけよ晦日蕎麦」 (鷹羽狩行)

みなさま どうぞよいお年を。


*追記

その1)最近観た映画(DVD)で印象深かったのは二作品とも、以前からすきな監督のものでした。
今回もまた。

「マミー」(グザヴィエ・ドラン監督)→ 
「真夜中のゆりかご」(スサンネ・ビア監督)→

その2)
今日はこれを聴きながら。
この間観た映画(『少年は残酷な弓を射る』 ~原題は『We Need to Talk About Kevin』)のラストシーンに流れた曲。
映画はこわかったけれど、流れる音楽はどれもやさしくて。だからよけいに考えこむのでした。原作も読んでみよう。

Washington Phillips - Mother's Last Word To Her Son (1927)→
[PR]
by bacuminnote | 2015-12-31 17:58 | 本をよむ | Comments(0)

元・子ども。

▲よく晴れた日の朝10時頃に消防署の前を通ると、日除け付きの帽子が赤いのやら青いのやらがずらり~たこ焼きみたいに(!)並んでるとこに出くわす。
園児たちは消防車のそばに立った署員のおにいさんが何か言うたびに(どんなこと言うてはるのか聞こえないけど) わあ!とおっきな声をあげて。その様子がおもしろくて、かわいらしくて、つい足が止まる。

▲ちいさい人たちの「見学」のない日でも、時々、ポンプや車の備品を点検してたり、はしご車をするする高く伸ばしたり、時間内に梯子を登る訓練をしてはったりして、これまた足が止まる。
わあ!すごい。すごいなあ~とわたしも園児なみに口をあんぐり開けて(たぶん)梯子の先を見上げてる。
立ち止まってるのは、たいてい子どもとママか、老人で。そういう「なかま」をしばし眺めてるのもたのしい。(ヒマジンやなあ) 
何より子どもらの「かっこいい!」と見上げる人らが「ぶき」を持たず、制服は迷彩柄ではなく、車が「せんしゃ」でないことに、安堵する。

▲そういえば見学の子どもらの口から漏れるのは、たいてい「じぷた」や「のっぽくん」。『しょうぼうじどうしゃ じぷた』は、いつまでも人気者やなあ。
この絵本、初出は1963年福音館書店『こどものとも』。のち1966年に「こどものとも傑作集」の一冊として発刊されたらしいから、御年51歳なり。すごい!

▲ウチの息子らもだいすきな絵本で、何度も何度もせがまれては読み(そういうたら「読み聞かせ」という言い方にはずっとひっかかってます・・)子どもらも文字を識ってからはもちろん、まだ字が読めない頃も、すっかりおぼえたお話を一字一句違わず「読んで」いたし。
ああ、あのころ近所にこんなんがあったら、どんなに喜んだやろなあ~と思いながら、目の前のリアルな赤い車に釘付けのちいさい人たちを眺める。

▲じつ言うと、最初わたしは「じぷた」や「はたらくくるま」系の絵本があまり好きやなかったんよね。
子どものすきな絵本と親がすきなそれとは時々ずれる。それでも「じぷた」みたいに、何度も読んでるうちに引きこまれたものもあるし、どこが気に入ってるんかなあ?と思いながら読んだ本も何冊かあって。

▲んなもん、年もちがうし経験もちがうし(!)好みはちがって当たり前なんやけど。
子どものきもちで~とか言うても、いくら「元・子ども」と胸をはってみても(苦笑)一旦とび出したら戻れない世界ってあるんよね。きっと。
でも時々はいっしょに絵本の空を跳べた気がする。
「とっぴんぱらりのぷう」とか「チョキン、パチン、ストン」と、本を閉じるまで~寝床で、だいどこで、薪ストーブのそばで。子どもと本を読んでる時間はしみじみとシアワセやったなあ~と今更ながら思う。

▲ウチは上の子のときから13年後に下の子が登場したので、二人とはいえ、けっこう長い間子どもの本の中ですごすことができた。
とりわけ信州の山ん中で生まれ育った息子2は、からだが弱かったり、近くに子どもがいなかったこともあって、遠出して借りてきた図書館の本を、長い冬のあいだ ほんとによく読んだ。

▲それなのに、そのころ読んだ本の話をすると息子はちっとも覚えてなくて。
保育園でも小学校でも「○君は本が好きだもんねえ~っていつも周囲から言われてたけど、あれ、わたしが好きやっただけかもなあ」と言うと 「せやなあ~読んでもらうのが好きやっただけかも」とあっさり返ってきて(苦笑)
まあ、そんな子も大人になり、いつも本がいっぱい入った重たいバックパック下げて帰ってくるけど。
「べつに今もそんな好きちゃうし」とか ヘリクツ返してきそうやけど。

▲年の暮れ、寒い夜~
本を読むのが好きな子も、読んでもらうのが好きな子も、物語の空をびゅんびゅんとんでください。
そして時々は本を読んでくれる人もいっしょに連れていってあげてね。

この時期はやっぱりこの俳句で。
「子へ贈る本が箪笥に聖夜待つ」 (大島民郎)


*追記

その1)
”ロー夫婦”二人暮らしとはいえ毎年クリスマスのころには、クリスマスの、新年には新年っぽい飾りものをしてたんだけど。今季は華やいだ気分になれなくて、何もしていません。
それでも、ご近所友が庭の千両を採りにおいで~と言うてくれはるので、いただくつもり。
濃いオレンジ色の実がグリーンに映えてキレイで、なんだか小さな希望の灯りのようにもみえるしね。

希望~といえば、以前読んだ 『きぼう こころ ひらくとき』(”HOPE IS AN OPEN HEART” ローレン・トンプソン作/千葉茂樹訳/ほるぷ出版刊) (”HOPE IS AN OPEN HEART” ローレン・トンプソン作/千葉茂樹訳/ほるぷ出版刊)という絵本を今おもいだしています。


「きぼう それは、ほとばしりでる いかりの ことば。 
はきだすことで、わかることもある。」

「きぼう それは、だれかに たいせつにされていると 知ること。
じぶんにも たいせつなひとが いると知ること。」

「きぼう それは、はいいろの くもの うえの あおぞら。
ふぶきの あとの まぶしいゆき。」


その2)
足がいまいちで、なかなか思うように動けず時々凹んだりするのですが、いやいや、こういうときこそ「沈思黙考」です(←果たして、このわたしにできるかな? 笑)

今朝から読み始めた『哲学な日々 考えさせない時代に抗して』(野矢茂樹著 講談社刊)→に「立ち止まる脚力」という一文があって、いま立ち止まっているところ。


【哲学は、「いったいこれは何なんだ」と、自分のやっていることを問い直す。人はしばしば、いや、個人よりも会社や国の方がそうだろう、立ち止まって問い直す余裕を失うほどに前のめりになる。こんな危険なことはない。

なにも哲学の問いを問うべきだとは言わない。
だけど、立ち止まって自分を問い直す哲学の姿勢は身につけてほしい。大学で哲学を教えることの意味もそこにある。実のところ、ぐっと足を踏ん張って立ち止まるというのも、相当に脚力がいるのだから。】 (p23 より抜粋)

大学に文学部不要~とかいうてる人らこそ哲学を学んでください。

※野矢茂樹さんのインタビュー記事 →

その3)
例によって書けなかった本。ツヴァイク短篇選『チェスの話』(みすず書房)

その4)
きょうはこれを聴きながら。
Benjamin Clementine - Condolence

[PR]
by bacuminnote | 2015-12-23 11:51 | 本をよむ | Comments(0)

「ひとりの領域」

▲夜半から降り始めた雨は、こわいくらいの勢いで朝まで降って。いつまで続くんやろ~と思ってたら、起きて珈琲のんでるうちにぱたりと止んで。お陽ぃさんが燦々とかがやき始めた。
重い緞帳が上がったみたいに暗い空がぱあっと明るくなって。さあ今のうちに洗濯、洗濯・・と思ったら、洗濯機が止まった頃からまた暗転。気温はけっこう高くてぬるい風がふいて、なんだかきもちわるい。
ほんま、どうなってるんやろねえ。天も地も。あ、何より人も、人のすることも、やね。

▲買い物に出るのはやめにして、この間からの膝痛で(継続中)たまった家事のあれこれをしていたら、郵便局のバイクの音がして。なんか授業の終業ベルのごとく(苦笑)即片づけもんをほっぽって、その日初めての外に出た。
空はうすぼんやりして、昼なのか夕方なのか、わからなくなるような不思議なあかるさ。
郵便受けに手を入れると、ピザやら住宅やらのチラシに混って、本が入ってそうな厚紙封筒があった。あれ?たしか何も注文してないはずやけどなあ~と差出人を見たら、なつかしい滋賀のSさんからだった。

▲おもいがけず送ってくださったSさん初の歌集『雫のかたち』(現代短歌社)。封を開けるやさっそく読み始めて、とにもかくにも、お礼の手紙を~と思ったんだけど。その短歌にこめられたSさんの日乗に胸打たれ、たまらなくなって久しぶりに(たぶん20年近くぶり!)住所録を繰り電話する。
きっと、あちこちから「祝・出版」の電話が続いてるんやろなあ。ずっと話し中。これはちょっと長くなりそうかも~と、いったん受話器をおいて再度本を開く。

▲Sさんは滋賀・愛知川(えちがわ)でパン屋をやっていたころに知り合った方で、隣町に住んではったんだけど。お家からは車で10分ほどかかるから、パンを買いに来てくれるのはいつも運転できる娘さんのA子さん。
このA子さん、黒い細身のジーンズの似合うそれは魅力的なひとで。来店のたびに相方と「チャーミングやなあ、かいらしなあ」と話してたんよね。

▲あるとき、相方と思い立って(+思い切って)中古のピアノ(←これ、なかなかええ音やった)を買ったんだけど、ちょうどその頃彼女がピアノ教師で、ご自宅でも教室してはる、と知って。よし、家族皆で習いに行こう!と即決。おねがいしたら快諾してくださって通うことになった。

▲一方、お母さんのSさんとわたしは別ルートでも(!)知り合うのである。(パンが先か、どっちが先だったか忘れてしまったけど)それは朝日新聞・家庭面「ひととき」という投稿欄で、当時30代前半のわたしは子どものガッコや教育への疑問やら不満やらを、投稿して何度か掲載されたんだけど。その「ひととき会」(掲載者の集まり)で、Sさんは大先輩。わたしはパン屋で忙しかったこともあり、会そのものへの参加はほんの二回くらいだったけれど、Sさんとのおつきあいは続いた。

▲ひとがひとと出会い、親しくなっていくときって、あれもこれもと、こんなふうに幾重にも偶然がかさなってゆくんよね。
そうして、念願かなってA子さんにピアノを習い始め(わたしは子どものとき以来。相方と息子は初めての経験)それはもうほんまに楽しくて。
レッスンに行くたびA子さんの模範演奏にうっとり。それにレッスンが終わると毎回Sさんがおいしいクッキーやケーキを焼いて出してくださって、うれしいお茶の時間。

▲あのころのこと思い出すと、いまも頬がゆるむ。
親子三人(←息子2はまだ登場していないから)夕ご飯のあと慌てて準備して車に乗り込んで。練習するのに何度もピアノを取り合いになって。一時は本気で「もう一台ほしい」と思ったくらい。
そんな話をすると口の悪い友人が笑って「心配せんでも、そのうち一人減り、二人抜け、ちょうどようなるって」というので「そんなことはぜったいない!」と憤慨してたんだけど。

▲そのうち相方ひとりがピアノの前に長時間すわるようになり、残りふたりは「レッスンに行った日が練習日」になって。(これは、わたしの子どものころとおんなじパターン!)
何でもそうやけど、一つ目の山は「初めて」という強力なパッションで、けっこう楽しく登ることができるものの、二つ目、三つ目になると体も疲れてきて、何より「そう簡単にはいかない」ことも少しはわかってくるんよね。

▲やがてわたしたちは信州に引っ越すことになって。ピアノのレッスンもおしまいになった。
でもふしぎなことに、信州での住まいが決まったのも、また(べつの)ピアノが結ぶ縁だったし。くわえて浜松の方から、グランドピアノを譲っていただくという新たな縁もあって。
相方のピアノの腕はあいかわらずやけど(苦笑)ピアノはわが家にいろんなであいを運んでくれる。

▲そんなことを思い出してるうちに、ようやく電話がつながった。
視覚障害者への音訳ボランティアを長年して来はったSさんの美声はちっとも変わらず。とても80を過ぎているようには思えない。話し始めると一気に20年前~ひととき会の方とふたりで開田高原を訪ねて来てくださった頃に飛ぶ。
そして近況報告も20年分ダイジェストで、しゃべるわ、しゃべるわ(←わたし) 笑うわ(←二人)で、なつかしく楽しいひとときであった。

▲「消極に従順に生きて来たりしも歌のみはわがひとりの領域」
歌集さいごの方に収められたこの歌のまえで、しんとしたきもちで佇む。
82歳のSさん~この世代の女のひとたちはまだまだいろんなことを、ぐっとのみ込んで、のみこんで生きてきはった世代と思う。それでも、よくぞ自分「ひとりの領域」をもち続けてきてくれました~と40年間の短歌をまえにそう思う。

▲先日ツイッターで北の友が【『現代詩手帖』12月号で、展望の八木忠栄さんの“「天ぷら」は盛んに煮えている”で取り上げられてた細田傳造(でんぞう)さんの詩集『水たまり』が気になっていたら、代表詩選に詩集名になった詩が載っていた。胸に水たまりができた。】と、「気になる」ツイートをしてはった。

▲そしてその後、詩集『水たまり』を注文したこと、細田さんは65歳から詩を書きはじめたらしい、ということ。大阪文学学校の通信講座で一年学んだとか→。(わたしも一年行きました)知らせてくれて。
何かを始めるのに「遅すぎる」はないよねえ~というようなやりとりをしたんだけど。

▲そういえば、とわたしも『ふらんす堂通信』145で紹介されていた「丸山豊記現代詩賞」受賞の若尾儀武さん『流れもせんで、在るだけの川』という詩集や、氏が「総ての仕事を辞めて、六十五歳から横浜にある詩の実践教室で詩を書き始めた」と書いてはったのを思い出し、さっそく彼女に知らせて、お互いにその詩を手紙にて交換したところで。

▲「すき」に年齢はない。
集中力がない、才能がないとか、凹んだり、しゃがみ込んだり。壁も山もエンドレスだけど。
わたしも「ひとりの領域」をだいじにしたいと思う。いくつになっても。

「皿洗ひつつ思ひ惑ひぬ家(いへ)か家(うち)か今日の音訳の始めの語句を」
「饒舌の日のはざまにて黙(もだ)深き一日のありておのれ保てり」
「音立てず歩みひそかにもの言ふわが家に七日を過ごしし母は」
「ダイオードの光は雫のかたちして遠来し街の駅は華やぐ」

Sさん、歌集『雫のかたち』 出版おめでとうございます。
「ひとり」から発せられた短歌が 多くの人のもとに届きますように。


*追記
その1)

『介護民俗学へようこそ 』読了後、おなじ著者による 『驚きの介護民俗学』(医学書院刊)を読んでいるところ。こっちの方が先に出た本。
きょうも整形外科のリハビリ室で待ち時間に読んでたら、とおくちかく耳に入ってくる会話が、本とリンクするところがあり。なんだか映画みてるような気分でした。しかも自分もその中にいてる~というような。

最近同じ年頃の友だちとしゃべってると、ものわすれや、こけた、つまずいた~わたしみたいに痛いとこ、動きにくいとこの出てきたひとや、病気の話がよく出てくるようになりました。
いまはもう着てるものは若い子とそれほどかわらなくなった60代だけど。
身体年齢はやっぱり相応なのやなあと思います。
もうアウトサイドからではなく、インサイドで、「老い」について老いと社会について考えるとこに来てるんやなあと痛感。
駅のエレベーターが遠いとこにあるとか、喫茶店や居酒屋の椅子の座り心地とか~いろいろせっぱつまってきました。


その2)
トム・ヨークが出てるというので観た”Pathway to Paris”の(国連気候変動パリ会議の開催に合わせてパリのル・トリアノンで行われたもの)動画で、パティ・スミスがうたうイマジンにじーんときました。
若かったときの彼女とは別人みたいだけど、歌い始めるとやっぱりパティ・スミス。かっこいい。

Patti Smith-Imagine- (Pathway to Paris) 4th dec 2015→

パティ・スミス『ドリーム・オブ・ライフ』(2008年発表のドキュメンタリー映画)の予告編→

[PR]
by bacuminnote | 2015-12-12 20:23 | 本をよむ | Comments(0)