いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2016年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ただの年。

▲12月31日、朝。
ええ天気。冬の青空がほんまにきれいでうれしくなる。
「ふらここや空の何処まで明日と言ふ 」(つつみ眞乃)
ふらここ(ブランコ)は春の季語だけど、年の暮れに空を見上げるといつもこの句をおもいだす。

▲こどもの頃はおこたでテレビ「紅白」につづいて「ゆく年くる年」を見てたから、除夜の鐘の音のあと、司会者の「あけましておめでとうございます」が年を越したという「合図」だったけれど。
テレビの途中トイレに立って、ふと窓からみた真っ黒な空のどこかに線が一本あって、ここから今年で、あそこからは来年、ってなってるんやろか?と、じいっと眺め入ってたんよね。

▲今年はつらいことの多い一年だった。
昨年末から起きた膝痛から始まって(おかげさまでこれはその後だいぶよくなりました)、長いブランクのあと還暦を機に再会した同級生たちが、思いもかけずかけ足で遠いとこにいってしまった。それに、十代のころからずっと聴いてきただいすきな(というかわたしにとって大きな)ミュージシャンも次々と旅立って行った。
ひとにはいつか誰とでも別れがあることは、わかってる。そのつもりやったのに。おろおろしてる自分に「しっかりせんかい」と言い聞かせる。

▲けれど、一方では出会うことの多い一年でもあった。
近く遠くの友人たち、なかにはリアルに会うのは初めての方もいて。愉しくかけがえのない時間をすごした。
そして本も映画も音楽も。しょんぼりするわたしを何度もたすけてくれた。
膝痛がすこし落ち着くと、杖持参であちこちに出かけた。映画館に、講演に、そしてだいすきな人たちに会いに。

▲この国だけじゃなく世界のあちこちから耳に入るニュースは相変わらずひどいものばかりで。
我慢ならないことは、この国の総理大臣というひとが発することば。嘘に嘘を重ねて平然と発するそれは、ことばを冒涜していると思う。
こどもたちが彼のスピーチを聞いて、ことばが本来もつ意味を取り違え、ことばとはなんとあてにならない空疎なものなんだろ、とことばを軽んじるようになるのではないだろか。

▲さて、朝から書き始めたのに、洗濯物ほしたり買い物に出たり、洗い物したり、数の子塩抜きしたり、大量に牛蒡のささがきしたり(今夜は鴨鍋なり)、息子ふうふと、飲んだり食べたりしゃべったりしてるうちに、今日(今年)もあと少し。
結局書きたかった本のことは書けずじまいで、「線のむこう」に行ってしまいそうです。

▲今年もつたないブログを読んでくださって、おおきに。ありがとうございます。
2017年こそ佳き年になりますように。
だれにでも温かいねぐらがありますように。
ちいさいひとたちが(おおきいひとたちもまた)笑顔ですごせますように。

「只の年またくるそれでよかりけり」(星野麥丘人)
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by bacuminnote | 2016-12-31 23:56 | Comments(2)
▲きのう図書館に行く途中、若い女の子二人組に「すみません~」と呼びとめられた。
道を聞かれることはよくあるのだけれど、たいていは同世代か年配の人で。
若い子にはスマホという便利なツールがあるもんね。
ところが、彼女たちはそのスマホを覗きつつ「あのぉ~駅って、どこにありますか?」と聞いてきた。でも件の駅はすぐ30mほど先なのだった。

▲「すぐそこ」を指さすと「ええっ~?」と悔しそうで。「もうちょっとやったのに。惜しかったねえ」と言って笑い合う。
二人とも笑顔のかいらしい娘さんで、おばちゃんまで若さのもつ軽やかで華やいだ空気に染まったみたいで。
なんかうれしくなって、突然背中をぴんと伸ばしたりして(苦笑)「気ぃつけてね。ほな、いってらっしゃい」とみおくった。

▲ほこほこ気分で図書館に行って、本を返したあと、児童書のコーナーで『ことしのセーター』(石川えりこ 作・絵 福音館書店「こどものとも」11月号)という絵本と目が合うた。
表紙のセーターを抱きかかえてうっとりしてる女の子の顔には見覚えがあり。そうだ。『ボタ山であそんだころ』(前にここにも書きました)の作者や~とおもって本を開く。

▲お母さんらしき人と三人のこどもが押入れから衣装缶(←作者の石川さんはたしかわたしと同じ歳のはずやから。これ、プラスチックやなくブリキの缶やね。絵を見ただけで、あの灰色と蓋のベコベコした感じとか、樟脳のにおいが立ちのぼってくる)を出しているところからお話が始まる。
【きょうは うちの ころもがえ。 おしいれや たんすから きょねん きていた ふゆものを だしています。】

▲お姉ちゃんもわたしも弟も去年のセーターを出して着てみるんだけど、袖が短くなってたり、きゅうくつで大きく息ができなかったり、おへそが見えたり・・・みんな去年より大きくなってるんよね。そんな様子をみてお母さんが「これじゃあ もう ちいさいねえ。みんな ほどいて あみなおそうね」と言う。

▲お祖母ちゃんは毛糸の服の「とじめ」を「ていねいにていねいに」に外して、袖や見頃に分けて。
傍らのこどもらは「たたみの うみに うかぶ ちいさな しまのよう」に置かれた「部位」をとびこえたり、横で寝転んだりして遊んでる。
次に、毛糸をほどいて、お母さんが火鉢に火をおこしてヤカンをかける。お湯がしゅんしゅん沸いてくると、ヤカンの蓋の穴に毛糸を通して、ゆっくり引いていく。

【へやいっぱいに けいとの においが たちこめます。「きょねんの ふゆの においがするね」とおねえちゃんが いいました。】

「毛糸のにおい」なんて、もう長いこと思い出すこともなかったなあ。
なのに絵をみるや、とたんに「におい」が蘇ってきて、自分でもおどろく。

▲湯気で伸ばした毛糸を、こんどはくるくる巻いて。
お祖母ちゃんは買ってきた新しい毛糸を弟の腕にかけて、毛糸玉にする。
お母さんもお祖母ちゃんも、家事のちょっとした合間にも編み棒を動かして動かして、セーターやチョッキを編んでくれるんよね。
あちこちのお家で、ごくふつーに繰り広げられてたこんな光景を、今読む(見る)と「昔ばなし」の世界みたいやなあ。せいぜい50年ほど前のことやのに。

▲こどもの頃、友だちんちに行くと、たいてい部屋のすみの籠に毛糸玉と編みかけの毛糸に編み針が刺さってて。
そんでお正月がすぎて、三学期の始業式には新しく編んで(編み直して)もろたセーターやカーディガン着てくる子が多かった。
ウチでは、家業に追われて母が編み物をすることはなかったけれど、毛糸の湯のしまでは家でやって、あとはだれかに頼んで編み直してもらってた。
ものを長くだいじに使うこと。毛糸をほどいて、伸ばして、巻いて、編み直して、というのを、手伝うたり見たりしてきた経験はしみじみよかったなと思う。

▲一昨日『さとにきたらええやん』の上映会に行ってきた。
前々から観たい観たいと思いつつ、上映会場が遠くて足に自信がなかったり。迷ってるうちにお終いになったりして。最近はもう諦めてたんだけど、なんとか一人で電車のりかえて、行けそうな場での会があることを知り、思い切って夜の外出となった。
ところが当日、近くの友人に言うたら「わたしも行く」という(ありがたい、心強い!)展開に。おたがい家族の夕飯を早々と拵えて、薄暗くなった街を二人そわそわと歩いた。

▲映画は大阪市西成区にある日雇い労働者の街「釜ヶ崎」で38年にわたり活動を続ける「こどもの里」に集まるこどもとその親、そしてスタッフたちを映している。
「こどもの里」がどういう場か、パンフレットに書かれたことばが、まさに「さと」を現しているとおもう。
(ちょっと長くなるけど書き写してみます)

~こどもたちの遊び場と生活の場です~
誰でも利用できます 
子どもたちの遊び場です 
お母さんお父さんの休息の場です 
学習の場です
生活相談 何でも受け付けます 
教育相談 何でもできます 
いつでも宿泊できます
緊急に子どもが一人ぼっちになったら
親の暴力にあったら
家がいやになったら
親子で泊まるところがなかったら
土・日・祝もあいています
利用料はいりません

▲貧困や病気、暴力や虐待のなかでも、こどもらはみな、せつないほど親のことが好きなんよね。どうやったら親が喜ぶか、親を困らせないですむか、親の怒りが鎮まるのを息をひそめて待つ。
せやからね、
「デメキン」(目のおおきい荘保共子館長のあだな)やスタッフが何度も言う「だいじょうぶやで」「しんどいときは泣いたらええねん」「いつでもおいで」「わたしはあんたの味方やで」に、胸がいっぱいになる。
「誰でも」「いつでも」「無料」にじんとくる。
このことばと彼らのサポートで、こどもが(親も)、どれほど救われていることか。
何より「こどもの里」のように「緊急一時宿泊機能」をもつことは、とても大きいと思う。

▲荘保さんたちは「必要としてる子がいるから」と、昼夜なく動いてはるんやけど。
必要な子に必要な支援は、本来行政のするべきことやよね。
けど、大阪市(橋下市長)は2013年で「子どもの家事業」を廃止する。(「学童保育」と事業内容がある程度重なる「子どもの家事業」は利用料ゼロなので「保護者負担に違いがあるのは、補助金制度として問題」と言い、「子どもの家事業」を廃止。有料の「学童保育」に一本化した)

▲学童保育の対象年齢(これは従来の小1~小3年から6年まで広げたらしいが)を越えた子も、障がいがあっても、無国籍、戸籍のない子も、垣根なく引き受ける「こどもの里」のような場は少ない。そのはたらきを考えたら、ほんまは地域ごとに必要と思う。
ここ十年ほどの間に誰が仕掛けたのか「自己責任」とか「自立」とか、いうことばがエラソーな顔して闊歩して、弱いひとを切り捨ててゆく。ひとは一人では生きていけないのに。

【「自立」とは依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。「依存先を増やしていくこと」こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべてのひとに通じる普遍的なことだと、私は思います。】(熊谷晋一郎)→

▲上映後、荘保さんの講演。
映画の中で、くも膜下出血で長時間の手術、入院という場面もあって「その後どうしてはるのやろう」と心配だったけど。
壇上の「デメキン」は凛とした佇まいで、黒いベレー姿がかっこよかった。そして「時間が30分しかないから」と、濃いメッセージを早口で発し続けはった。
映画に登場した3人のこどもたちの「その後」の話も、痛くふかく響く。
(映画はおわっても、問題は続いてゆくものね)

▲お話のなかに出てきた「子どもの権利条約」について、あらためてその4つの権利を思う。
1 生きる権利、2 育つ権利、3 守られる権利、4 参加する権利
こどもに権利があるからというて、大人たちが何もしなければ、こんな「あたりまえ」と思えることも、守られへんこどもがいる、ということ。

▲帰り、ロビーにお見かけしたら、画面で観るより小柄な方で。
こんなに華奢なからだにどれくらい社会への大きな怒りと、こどもたちへの深い愛情を持ってはるのやろう、と思った。
「さと」のように、「こどもらが安心してすごせる場」が守られ、増えていきますように。
いや、ほんまは「さと」のような場が必要なくなる社会になったらええんやけど。

▲講演が終わったのは9時半すぎ。
夜道を歩くのも、夜の電車も久しぶりのこと。
友だちが、エレベーターやエスカレーターをいち早く見つけて「こっち、こっち」とエスコートしてくれて、うれしかった。
ええ時間でした。

*追記

その1)
2014年4月2日にNHKハートネットTVで、シリーズ 子どもクライシス 第2回「失われゆく“居場所”」という
番組があったようです。
番組で紹介されたのは、おなじく釜ヶ崎にある「山王こどもセンター」~大阪市の「子どもの家事業」補助金カットについて。→

このことに限らずですが
兆とか億とかいう単位のお金が「不」必要なところにばら撒かれてるのに、「必要」なところにはカットに「削減」!おかしいよ!

その2)
今回書けなかった本。
『神よ、あの子を守りたまえ』(トニ・モリスン著 大社淑子訳 早川書房刊)→
ひさしぶりに行った墓参の道中、バスの中で読みました。
緊張感のある読書で。途中ふと、顔をあげて車窓から外をみて。また本に。

肌の色ゆえに母から拒絶された少女。それゆえに両親の結婚は破綻します。
母親は娘に嫌悪感しかなくて、でも娘は母に触れてほしいために、わざといたずらをして、顔を平手打ちとかお尻を叩いてくれたら、とさえ思うんよね。
しんどい話なんだけど、主人公ルーラ・アンはしんどかった幼年時代から脱して、名前も”ブライド”に変え「自分」を生きるようになる。

表紙カバーの写真、ぽつりと真中に写るパールのピアスがすてき。
このピアスも本文中にでてきます。


その3)
観た映画(DVD)メモ
ヴェルナー・ヘルツォーク監督の作品2本
ヘルツォークはわたしには無理かも・・とか思いながら観ました。
『カスパー・ハウザーの謎』
『小人たちの饗宴』

その4)
まえにも貼ったことあるけど。
ヴィンセントってVincent Willem van Goghのこと。
最初の♪Starry Starry Night〜という歌詞はゴッホの「The Starry Night(邦題:星月夜)」という絵に由来するそうです。

Don McLean - Vincent→

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by bacuminnote | 2016-12-20 20:41 | 映画 | Comments(6)

「月が変わりましたから、保険証を確認させていただきますね」と医院の受付で言われて、はっとする。
11月は「西向く侍」の最後の月やし(苦笑)ここんとこ気温のアップダウンもめちゃくちゃやったし、早ようから街じゅうクリスマスモードやからなあ・・・と、気づかなかった言い訳をぶつぶつ連ねつつ。ああ、もう12月です。

一日も、一ヶ月もあっという間で、ゆえに一年も過ぎるのがほんまに早い。時季に合わない天候が続いて、なんかわからんうちに次の季節にむかってしまうから、よけいにややこしい。
お天気といえば、年配のひとたちが寄ると必ずお天気の話をしてはるのを以前は「また、始まった~」と半ば呆れて聞いてたんだけど。
痛いとこができてからは、それもわかる気がする。

そもそも天気と元気はその字の姿形からして似ているもんね。空と心身はつながってるんやろな、と思う。

この間『女湯のできごと』(益田ミリ/光文社2006年刊)という本(漫画とエッセイ)を図書館でみつけて、書架の前で何気なく読み始めたらおもしろくて借りて帰った。一年のうちでお湯に浸からない日は、ほとんどないほどの風呂好きだが、すぐにのぼせるので、せっかくの「いい湯」だという温泉に行っても「からすの行水」組である。

せやからね。
よそのお家に泊めてもろたときなど、タオル出してもろて説明聞いて(家によって浴室ルールって微妙にちがう・・笑)入浴するも、ちょっとしたら出てくるもので。「え?もう出てきたん?」と呆れられるんやけど。それでもお風呂はすき。

くわえて、疲れもなやみもストレスもお湯(または水)に溶ける~が持論である。

この本はタイトル通り銭湯の女湯の話だ。

著者のミリさんは大阪生まれの団地育ちで。赤ちゃんのときから二十代半ばでひとり暮らしをするまで、銭湯に通ったそうで。わたしより14歳若い方だけど、読んでいると「せやったせやった」と思い出すことも多くてなつかしかった。

銭湯にはもう長いこと行ってないから、浮かぶのは主に学生時代のころ。いつやったか旧友と京都のなつかしの町歩きをしたときに、当時通った「◯◯湯」が今もあったのがうれしくて、看板の前で記念撮影をした。(笑)

もっとも思い出の「お風呂屋さん」はこの他にいくつもあって。引っ越しの数+姉や友人の下宿・アパート近くの、と合わせると何軒もある。下町の銭湯、学生街の銭湯、団地近くの銭湯、と所変われば、銭湯の雰囲気もさまざまだった。

下駄箱の大きな木札とか、脱衣場ではいつも同じ棚、お決まりのロッカーの場所とかね。学校の保健室にあるような大きな体重計やドライヤー椅子。文中一番ぐっときたのは、銭湯の脱衣場にずらりと並んだベビーベッド(というか赤ちゃん着替え用の台)の話で。


【若いお母さんが、先に洗った赤ちゃんをだっこして脱衣場に出てくると、それを待ち構えていたおばちゃんが「はいはい」と受け取る。茹であがったお芋を受け取るみたいな光景だ。そんなホカホカの赤ちゃんをおばちゃんに渡した若いお母さんは、やっと自分のお風呂タイムに突入するのである。

お母さんが赤ちゃんを洗う、赤ちゃんをお風呂屋のおばちゃんに渡す、お母さんがカラダを洗う。それはテンポの良い流れ作業のようで、わたしは赤ちゃんがお風呂屋のおばちゃんに手渡されるところを見るのが大好きだった。なんというか、「よかった~」という良い気分なのだ。赤ちゃんが大事にされているのを見るのは、嬉しいことだった。】(p67より抜粋)

▲わたしは閉店ぎりぎりに、かけこむことが多かったけど、たまに早い時間に行くと、ちっちゃい子が脱衣場を走り回ったり、赤ちゃんがあっちでもこっちでも泣いてたり。

若いお母さんにおばちゃん、おばあちゃん・・と4世代のひとが入り乱れて。それはにぎやかで、そして温かった。

【おばちゃんが濡れたカラダを拭いてあげ、てんかふんをはたいてあげ、おむつをして服を着せてあげる】
そのうちにお客さんが来て、おばちゃんが番台に戻ると、他のおばちゃんやおばあちゃんも、走り回ってる子らもみな赤ちゃんのことを気にかけて、のぞきこんで。だれかがお風呂から上がってくるたびに、脱衣場は湯気と石鹸のにおいでいっぱいになって。

浴場でも隣どうしで背中の流し合いしたり、洗いながら、浸かりながら裸のままで(あたりまえやけど・・)皆よう喋ってはった。

お母さんがシャンプーしてる間、ちっちゃい子がうろうろしてる内に、同じようにシャンプーしてるわたしの背中に「ママ~」と抱きついてきたことがあって。そら、みな裸やし、泡だらけの頭やし。湯気もーもーやし、誰が誰かわからへんようになるよね。
顔あげたら、見たことのないおねえさんで(←当時はわたしも若かった!)、隣に座ってたおばちゃんが「ママはあっちやで~」と指差さはって。そのときの
女の子のきょとんとした顔が、ほんまかいらしくて、お風呂場にみんなの笑い声が響いたっけ。

赤ちゃん連れのお母さんにとって、赤ちゃんをみてもらって、自分のからだや髪を洗える時間は(ゆっくりはできなかったやろうけど)大助かりやったろうな~と思う。

そして、ミリさんが書いてはるように、身内以外の人たちに「赤ちゃんが大事にされているのを見るのは嬉しい」。

でも今かんがえたら、ああいう親密な雰囲気が苦手なお母さんもいてはったかもしれんし、ときにはヨソのおばちゃん、おばあちゃんらの「大きなお世話」という展開もあったかもしれないなと思う。
赤ちゃん連れて着替えやらタオルやら石鹸やら、いっぱい持って毎日のお風呂行きは、大変だし。第一ええ天気の日ばかりとちがうしね。

せやから、ミリさんもいっぱいの温い話を重ねて描き、そんな光景を懐かしみつつも【別にあの時代が復活すればいいなとは思わない】とつぶやく。

何よりミリさん自身【家にお風呂があったらいいのになあ】といつも思ってたらしく。

中学生のころはお風呂やさんの近くで同級生の男子が何人か立ち話してると、自分ちにお風呂がないのがはずかしくて、のれんをくぐれずに通り過ぎて。しばらくして、その子らがいなくなったのを、見届けほっとして銭湯に入る~というエピソードもあって。定番のフルーツ牛乳やラムネに、「小人」「中人」「大人」の券、電気風呂や水風呂の話に「そうそう!」と、一人盛り上がったあとだけに、なんだかしゅんとする。

それでも【お風呂がなかったからこそ見えた世界もあった、と今では思う】と結んではる。よかった。ていうか、せやからこそ、いま、湯気たつようなお風呂屋さんのたのしい話を描けるんよね。


【裸で思い出したが、先日行ったお風呂屋さんで、わたしはとってもいい光景を見た。風呂あがりのおばあちゃんふたりが、素っ裸のまんま脱衣場のベンチに座っておしゃべりをしていたのだが、そのおしゃべりに、番台のお兄さんが普通に参加していたのがすごくいい感じだった。なんの違和感もなく天気の話などしている3人を見て、わたしは自然と顔がほころんでしまっていた。前を隠すとか隠さないとか、もうすっかりそういうことから卒業している清々しさとでもいうのでしょうか。

いくつになっても女には恥じらいは必要などという言葉が陳腐なものに思えてしまう。わたしもいつか、銭湯であんなふうに番台の年下の男と素っ裸で世間話をしてみたいものである。】
(p28より抜粋)


*追記
その1)

このことに限らず、思い出話をかんたんに「昔はよかった」で、しめたくないなあと思う。思い出の写真には「写っていないもの」がいつのときもある気がする。記憶というのはいつも何か抜け落ちるもんやし。

「記憶ってのはいったん事実をばらして、また組み立て直す機械みたいなものだ。そのあとには、必ず部品がいくつか余ってる」

『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』より

このトム・ウェイツのことばで思いだしたんだけど以前ここ「歴史と記憶のちがい」のことについて書きました。


その2)

今日は先日読んだ『世界を7で数えたら』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン著 三辺律子訳)のことを書くつもりやったんですが。いつのまにやら話がお風呂に入って温もって(苦笑)書きそびれてました。

この本、タイトル通り「7」という数字にこだわりのあるウィローっていう12歳の天才少女のお話。

でも天才かどうかってことより(まあ、そこも重要なんだけど)事故で二度目の両親を失うことになったあと、それまで面識もつきあいもなかった人たちに助けられ、まもられてゆくことになるんだけど。

登場人物みな愛すべき変わり者たちで。

一方的に助けるとか助けられるとかいう関係やなく、それぞれが持ってるものをシェアーする~みたいな関わりがええなと思いました。

人間の社会ではその「高機能な」脳と膨大な知識ゆえに、なかなか心休まる居場所がないウィローが、解放される場所っていうのが庭。

両親と共にその庭をこころから愛してた彼女がそれさえも失って、ふたたび「庭」を得るくだりは(とりわけ、ひまわりの種がずらりと並べられたシーンは)常々ほったらかし庭のわたしも胸がいっぱいになりました。

種を植えるところから、ひとの気持ちが集まってくる物語に『種をまく人』重なります。

【階段にもどって、うすく差す冬の陽射しの中にすわっていると、二羽の小鳥が竹のとなりのスイカズラにやってきた。小鳥たちはあたしに話しかけた。言葉ではなく、動きで。命はつづいていく、って。】

(同書p378379より抜粋)

その3

観た映画(DVD)備忘録的に。
『ブルックリン』

『人生は狂詩曲』

『ローマに消えた男』

『或る終焉』

その4

きょうはこれを聴きながら。

Sparklehorse - Apple bed


もう一曲。36年前、12月8日。

John Lenon's life set to Roll On John by Bob Dylan→





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by bacuminnote | 2016-12-08 19:23 | 本をよむ | Comments(0)