いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28

<   2017年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ええ天気やから。

▲朝、雨戸を開けるとき戸の内側がほんの少し温かった。
二度寝して起きるのがおそかったのもあるけれど。がーっと重い戸を引くと「待ってました」とばかり、束になって朝のひかりが飛び込んできて、寝起きでまだ固い体がいっぺんに、ほぐれるような気がした。

▲寒いのとめんどくさいのとで、ここんとこ閉めたままだった雨戸も開放して、窓から身をのりだして空を見上げて、深呼吸ひとつ。

冬の真っ青をバックに、枝垂れ梅の紅い小さな花がその細い枝で持ちきれないほど、いっぱいいっぱい咲いて。ああ、ほんまにかいらしい。

ええ天気の日は用事がすむのも早いんよね。
さっさと洗濯物干して早めのお昼食べて、駅三つむこうの町まで~。近くとはいえ、相変わらず「出不精・方向音痴」が出かけるとなると相方まで巻き込んで。北に、西に、と説明されてもわからず。あまりにトンチンカンなこと質問するもんで「しゃあないな。一緒に行ったろか」と言うてくれたけど。

いやいや「ひとりで行ってみるし」ときっぱり宣言、出発。(←おおげさやなあ)なんせ初めて行く町ではないのだ。
むかし住んだ町の近くでもある。そのころ息子1はようやくベビーカーから自転車の前に乗せられるようになって。
駅前のビルにあった美容院は当時は画期的やった託児ルーム付きで、おばあちゃん世代の保育士さんがお母ちゃんのカットの間、こどもをみてくれたんよね。

子連れでもちょっと遠くまで行ける自転車を買ったことも(今みたいな電動アシストではない,ただの「ママチャリ」)ちょっとの間こども預けてカットしてもらえるのも。ものすごーくうれしかった。家計から考えたら安い美容院やなかったけど、二ヶ月にいっぺん。これだけは自分にゆるした贅沢だった。

当時はビジネスビルが立ち並ぶなか、その煉瓦(っぽい)のビルはシックでええ感じやったけど、久しぶりのそれは古びた上に派手な居酒屋の大きな看板が立ち、美容院のあった上階にはテナントの大きなネオンサインが掛けられて、よけいに老体をわびしくみせている。
もう30年以上も経ったんやもんね。街がじっとしてるわけないのであって。

じっさいわたしたち一家の30年の変化いうたら、このビル以上やん~と苦笑しつつ。そうだ。この隣町で一年半ほど住む間、相方は写真の仕事をやめることを決め、じょじょに田舎暮らしを考えるようになって。でも、まさかパン屋になるとは考えもしなかった頃のことだ。

そんなこんなを思い出しながら、グーグルマップで予習してきた通り(苦笑)歩く。目的地はレンタルショップなのであった。電車に乗ってまで、今はなんぼでも動画配信があるのに・・と笑われそうやけど。わたしが観たい映画を配信しているところがみつからないのと、何よりこうやってお店に借りに行くのは楽しくて。
前もって在庫チェックはしてきたものの、来るまでの間に借りられていたらアウトだから、どきどきしながら初めての道を歩く。

平日のお昼やからか、けっこう広い店内にお客はわたし入れて3人ほど。
初めて来たけどわかりやすいレイアウトで、予定通りの4枚もすぐに見つかって。もし、あれば~と思ってたドキュメンタリーの一本が探し出せず、店のおにいさんに聞く。

(ドキュメンタリーの棚はどの店もたいてい隅っこのわかりにくいところにあるんよね。前に行ってた店はAVの暖簾付きコーナーの手前やったので、わたしみたいなんがどーんと道を塞ぐように立ってると、暖簾をくぐりたいお方は大きく遠回りすることになるのであった)

お、あったあった!と思ったその横に、DVDになったのを忘れてしまってた

ドキュメンタリー『ジャニス・ジョプリン little girl blue』を発見。ところが残念ながら一本きりしかなくて、しかも借りられてたんだけど。

レジに件の4枚持って行って「念のため」おにいさんにカウンターに返却ないか聞いてみたら、探してくれて。・・・あ、ありました!よかった!・・で、思わず二人笑顔になる。本屋さんでも図書館でも、レンタルビデオ屋さんでも、こういう瞬間がすき。

ほしかったモン買うてもろたこどもみたいに、帰り道はスキップ。(←あ、気分だけ。いまはこれができんのがほんまに残念)

ビジネス街で生活臭のない通りやから、一本奥に入ったとこのマンションのベランダに洗濯物がいっぱい干してあるのが見えると、なんかほっとする。
ええ天気やし、今日は一日でからっと乾きそうやね~とだれかれなく話しかけたくなる。

駅に着いて、ホームに立ったら電車の乗降位置案内板があって~エレベーター、エスカレーター、階段、トイレの表示(車椅子対応、多目的トイレも)が各駅の何号車近くにある、他線に乗り換えに近い車両など記されていて、さっそく最寄りの駅のエスカレーター近くの車両を確認して乗る。

▲ああ、こんなんが欲しかった!(ただ、じっさい駅に降りてからの案内板がわかりにくかったりすることもあるのだが・・・。とりあえず、方向音痴+膝痛のわたしには大助かり!)

たとえ近くでも、やっぱり出かけるとあたらしい空気が吸えてええな~またええ天気の日に来てみよう。(ちなみに返すのは「ポスト返却」なり)

その翌日だったか買い物帰りに寄った図書館で、いつもは見ない雑誌の棚で『田舎暮らしの本』 が目にとまって、廃刊になる雑誌も多い中まだあるんやなあ~と思いながら手にとった。「田舎暮らし」を決めたころ居た町に行ってきたとこやからか。朝、パンを食べながら「そういうたら、前は次に住むとしたらどこがええ?って、よう考えたよなあ」とフウフで話したからか。(いま思えば、3.12以前はのんきにこんなことをたのしく話してたのであった)

相方がパン屋修行中は大阪近郊の田舎から、三重、和歌山、遠くは高知や大分にまで行って「空き家」探しをしたけど、当時はまだこういう雑誌は出てなくて。もっぱら『自然食通信』(準備号から購読してましたが、残念ながら廃刊) の「情報交差点」というコーナーがたよりだった。(結局はA新聞「声」に投稿したのを学生時代の友人が読んで、連絡をくれたことで、彼女の知り合いのお家を借りることができたのですが)

▲いま調べてみたら『田舎暮らしの本』の創刊は19879月~わたしたちがパン屋を開業すべく滋賀・愛知川(えちがわ)の民家を借りて転居の一ヶ月後のことだ。その時分から、都会から田舎に~のムーブメントが広がり始めていたのだろう。

そうそう、図書館でたまたま手にしたその雑誌のBNは「住みたい田舎 ベストランキング 」の特集で、総合ランキング(曰く、自治体支援策、利便性、自然環境、医療、災害リスクなど106項目でチェックということらしい←すごいなあ)一位が兵庫県朝来(あさご)とあってびっくり。

朝来というたら、わたしがここにもしょっちゅう書いてる旨い岩津葱の産地で。生産者のI君とおいしい葱を紹介してくれはったのは、ウチのパンのお客さんだったHさんで、おなじく朝来に移住組。
これは次回配達に来てくれはったときに「朝来、人気やねえ!」と言わなければ、と借りて帰って。パラパラみたら、なんとそのI君一家が「移住者探訪」の記事に載っており。

▲そうそう、長いこと珈琲豆を配達してくれたD君とその家族も、今春より就農のため、信州・伊那へ越してゆく。
そのむかし家族で田舎暮らしをスタートしたときの「知らんこと」「わからへん」ことだらけの中、それでも希望いっぱいやった頃のこと思い出しつつ。別れるのはさびしいけど、若い人らが新しい地でも、どうか元気で家族仲よう、ええ空気いっぱい吸うて、畑と共に、「不便」もまた楽しめる暮らしでありますように。よいであいがいっぱいありますように。
春はもうすぐそこやで~



*追記

その1)

今回観た映画(DVD)

「太陽のめざめ」
カトリーヌ・ドヌーブ演じる判事も、育児より自分の青春に走った母親のもと「保護」された少年マロニー、大きくなってからのマロニーも、とてもよかったです。荒れに荒れたマロニーの心を、解きほぐすのは並大抵のことやなく。こういう話を見聞きするたびに胸がいたい。そして現実は小説や映画を越えてもっと苛酷なんやろうし。

ただただ、こどもらを信じること。これができるかということやと思う。
それから施設のありかた~ひとのきもちが近くに感じられるキョリ、少人数が大事なんやろなあと思いました。ああ、でも、どんなにいい施設よりも家庭の(血縁に関わりなく)温もりのあるとこで、こどもは育ってほしいです。
原題”LA TETE HAUTE"は「頭を高く」という意味だとか。誇り高く生きるということでしょうか。バックでながれる音楽もよかったです。


「ジャニス  リトル・ガール・ブルー」
いやあ、レジで聞いてみてよかったです。
ジャニス・ジョプリンは前に「わがこころの」とつけたいミュージシャンです。心身共に悩みも多くコンプレックスのかたまりみたいやった高校生のころ、ほんま擦り切れんばかりに繰り返し聴いたジャニスが、おなじく高校~大学生のころ、こともあろうに容姿でからかわれたりいじめられたりしていたこと知りました。彼女のうたがいつにもまして刺すようにせつなく痛かった。
でもすばらしかった。これはDVDやなくて映画館で大音量で聴いてみたかったなあ。
劇中「フェスティバル・エクスプレス」のいち場面か?同じくらいすきなJガルシアと、ほんと楽しそうに笑ってしゃべってる、ふだんのジャニスがいとおしかったです。


「奇跡の教室  受け継ぐ者たちへ」→高校生たちの表情がよかった!

「神のゆらぎ」→宗教(信仰)について考えました。

「素敵なサプライズ」
思いがけずAgnes Obel の"Brother Sparrow"(←すき)が流れてびっくり。このところ、安楽死をテーマにした映画が多い(気がするけど)のは何故かな。たいていの作品は肯定的なのですが、それゆえに唸るところもあって。まだ考えがまとまりません。


その2)

読んだ本のことが書けなかったけど、一冊、絵本。

「星空」(作・絵 ジミー・リャオ 訳 天野健太郎 )

はじめに真っ黒な頁に白い字で
【顔をあげて、星空を見上げれば、世界はもっと大きく大きくなる・・・・】

つぎに

【世界とうまくやっていけない子供たちに】 とあります。

何か書こうとしたけど。
ああ、やっぱりこの絵本は手にとって観て、読んでほしいです。ゴッホの「星月夜」がテーマになっています。


その3)

「星月夜」といえば、この曲。前にも貼ったことありますが。

Don Mclean(Vincent Starrry Starry Night


そして、やっぱり今日はjanisを。この笑い!!Mercedes Benz


[PR]
by bacuminnote | 2017-02-22 14:26 | 出かける | Comments(2)

ひとりになりにゆく。

その日は、前の晩カッカすることがあって(フウフげんかともいふ)よく眠れなかった。今はもう若いときのような元気はないから。はげしく言い合ったとしても(こういうエナジーはまだあるw)お互いにしんそこ納得してへんかっても、翌日まで「持ち越し」はなくなりつつあるんだけどね。(それゆえに、またおなじことをくりかえすのである。)

▲やがて、ねぶそくの朝がきて。ぼんやりした頭で雨戸開けたら、冬の真っ青な空とか、お陽ぃさんとかが、胸にきゅーんとストレートに来て。
そうだ。映画館に行こうとおもった。

「春昼をひとりになりにゆく映画館」(火箱ひろ)~である。

『未来を花束にして』 のことは上映前からその邦題が「あんまりだ」という声はネット上で見ていたものの、恥しながら原題の「Suffragette(サフラジェット)の意味も、よく知らないままの映画館行きで。

くわえて、いつもやったら予告編も日本版とオリジナル版と必ず両方チェックするのに。今回は日本版しか観ていなかったんやけど。
想像していたのとは違っておもいのほかハードな作品で。でも、うれしい誤算。よかった。

物語は1912年ロンドンから始まる。
主人公はこどもの頃から洗濯工場で働く24歳の女性、モード(
キャリー・マリガン)。同じ職場の夫のサニーと幼い息子と3人、貧しいけれど穏やかに暮らしてる。


ある日モードは街に洗濯物の配達に出た帰り、こども服が飾られた店のウインドウをうっとりのぞいていると、いきなりそこに石が投げられガラスが飛び散って、びっくりして逃げるようにバスで帰ってくる。

これがモードとサフラジェットとの初めての出会いなんだけど。

最初はおずおずと遠くから覗くようにしていたこの運動に、ひょんなことから関わり、もしかしたら「自分にも他の生き方ができるのでは」と思うようになって。
実在の人物で女性社会政治同盟のリーダー エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)の演説を聴き、モードはやがて積極的に闘い始める。


彼女が「おとなしく」「がまんしている」ときは、やさしかったはずの人(男)たちに、職場を解雇され、家を追い出され、あげく愛しい息子にさえ会えなくなって。

けど、モードはとつぜん変わったわけじゃない。
こどもの頃からの劣悪な環境にも、工場長からの許しがたいセクハラやパワハラにも。いつも、ずっと声を押しころして泣き、がまんしてがまんして。
「怒りの火種」はきっとからだの奥底につねにあったんやろなと思う。

そして、その間(かん)のモードの表情の変化というたら。もう泣きそうになるくらいに、感動的だった。

ひとが自分というものを持ったときに初めて発するもの。

それは親子間にしろ、夫婦間にしろ、「上」から見てたら、もしかしたら鬱陶しいものに映るかもしれないけれど。おなじ線上に立ってみたら、どんなにうつくしいことか。キャリー・マリガンがそれをとてもよく演じていた。

一方で警察権力の弾圧も、それはもうすさまじく。
まだ長い丈のドレス姿の女性たちが殴られ蹴られ引きずられる場面、逮捕の後 彼女たちのハンガーストライキに対する処置として、拘束して強引に漏斗でミルクを流し入れる場面など、たまらず、その間じゅうわたしは椅子から腰を浮かしっぱなしだった。

▲”サフラジェット”は当時あった女性参政権運動のなかでも先鋭的といわれたグループらしく(穏健派はサフラジストと呼ばれたらしい)劇中「言葉より行動を」のスローガンが何度も登場する。

実際、冒頭の投石だけでなく、いくつか爆破場面も描かれるんだけど。
果たしてこれを暴力というのだろうか、と観ている間じゅう(いまも)考えていた。

そもそも、女性が発言できる場も機会も、その権利すら奪われているのである。
政治も社会も新聞も、みな男たちに牛耳られているなかで、どうやったら自分たちの「女性にも選挙権を」と訴えられるのか。注目されるのか。都市部だけじゃなく、その思いや願いを国じゅうに広め、伝えることができるのか。そのためには「言葉より行動」しかなかったんじゃないか。

▲映画ではモードを追う警官と夫の 良心や揺れている内面も描かれていた。
社会の規範でぎゅうぎゅうに縛られているのは(ある意味)男性も同じかもしれない。
ただ、工場長に至っては同情の余地もなく、予告編(日本語版ではカットされてたシーンのひとつ)にもでてくるアイロンの場面では映画館ということも忘れ大きな声を出してしまった。(観客はわたしも入れて6人しかいなかったけど。ほんますみません)

▲それにしても。

女性にも参政権を、という今からしたら「当たり前」と思うようなことだけでも、その権利を獲得するのに、これほどの闘いがあったとは。
エンドロールで女性の選挙権が認められた年と国の名前が順番に流れてゆくんだけど。決して大昔のことではないんよね。
そして、それらは過去形ではなくまだまだ現在もつづいてる。

そうそう、JAPAN1945年~)が入ってなかったのは何故だろう。

家に帰ってからつれあいに映画のことをしゃべりまくる。(前夜のことは棚の上に置いといて・・苦笑)そうして見ていなかった英国版予告編 をふたりで観て、日本版 とのあまりのちがいに驚く。(ぜひ、見比べてみてください。どの場面がカットされてるか、というのは大事なとこやと思う。)

▲タイトル(邦題)だけでなく予告編まで、まるでちがう作品になってしまって。くわえてポスターも色や雰囲気のちがいだけでなく、コピーもまた
英国版は”TIME IS NOW ”(今やらなければ)が、日本版は「百年後のあなたへ」だった。この「時間差」は何なんやろなあ。


*追記

その1

この間『戦争とおはぎとグリンピース  婦人の新聞投稿欄「紅皿」集』→ (西日本新聞社2016年刊)を読みました。

タイトル通り、西日本新聞の女性対象の投稿欄からこの欄が始まった1954(昭和29)年~1967(昭和37)年の「戦争」に関する投稿作を掲載したものです。

このころ、西日本新聞だけでなく、朝日新聞でも1948年「乳母車」を皮切りに1955年には「ひととき」と改称されて「婦人の投書欄」が始まったようです。雑誌でもそういうコーナーが出てきたり。で、【声を発する女性たちの勢いに、「書きますわよ」という言葉が流行したほどです。】(同書「はじめに」より)

敗戦後10年足らずの頃のことで、文章のあちこちに「戦死」「貧困」「母子家庭」「引き揚げ」「墓参」「やりくり」などのことばが出てきます。

書き慣れたひとの文章から、もしかしたら大人になって「書く」のは初めてかも、と思うひとの、しかし力強く緊張感のある文章も。

戦後のきびしい生活を、みな自分の言葉でほとばしるように綴っています。

そして共通するのは「もう二度とこんな思いは」という戦争への強い拒否の意思です。けっこう若いひとの投稿も目立ちます。


心に残ったのは「派出婦日記」という題の1959年の投稿作。
筆者は長崎の方で49歳。20人ほどの女給さんのいるキャバレーで、
そのうち半数以上は住み込みやから、寄宿舎のおばさん、といった感じで炊事や洗濯の仕事をしてはるんよね。

【夜は毒々しいほどの化粧で外国人客などを相手に、踊ったり歌ったりの彼女もたちも、朝はお寝坊女学生と変わりはないし、昼をヒマさえあれば口を動かしている食いしんぼうさんに過ぎない】(p122 )

・・・と、母親みたいな眼差しで女給さんを、というより若い娘さんたちを見つめてはって。

【ウソとチップでかせぐ彼女たちも、同じ働くもの同士ではクロウトなどという呼び方がおかしいほど、素直で女らしいふん囲気をもっているのだ。】と結ぶ、やさしい文章です。(同書p123より抜粋)


そういえば、わたしも「ひととき」には、20代のはじめに初投稿しました。
1980年に『人と時と  朝日新聞「ひととき」欄で綴る25年』という本がまとめられ(1955年~1977年までの投稿作 5835編から421編がテーマ別に編集)そのときのわたしの一文も「人 /結婚」の章に掲載されました。
これ『自身の「女」を生きる』とタイトルだけが突っ走っており
(タイトルは文中のことばを引用して、新聞社の方がつけはるのですが)ひさしぶりに読み返して若い自分に、ああ赤面!


この本のあとがきの文章を読んで、「胸がおどる」ということばに、改めてじんときています。

【「戦後の世の中に少しでも風通しをよくしたい」との意図であったそうですが、二十一年十一月に新憲法が公布され、男女が平等の地位を獲得したとはいうものの、封建社会の中で育った私たち女に、戦後初めて自己を主張できる場を与えられた喜びは、いま思い出しても胸がおどります。】
(『人と時と』あとがきより抜粋)


その2)

今日はこれを聴きながら。

”Suffragette"予告編の最後のほうで流れてる曲。

Robyn Sherwell – Landslide →


[PR]
by bacuminnote | 2017-02-11 21:21 | 映画 | Comments(3)

▲大根を炊いた。きょうは聖護院大根(丸大根)でいつものようにお揚げさんと一緒に。この大根は(ねだんは高いけど)直ぐとろとろに煮えるから、お昼食べた後、片付けしながら(ちょっとめんどくさいのがまんして)拵えておいたら、夕飯にはけっこう味も染みておいしい。もちろん、ゆっくり、くつくつと炊く青首大根もすき。

▲こどもの頃は、近所や友だちん家に行って玄関先でぷーんと大根の炊いた匂いがすると、そのまま引き返したくなるほど、大根が嫌いやったけど。そのころの「遅れ」を取り戻すくらいの勢いで、いまはしょっちゅう大根を炊いている。薄味で煮て、その日は柚子胡椒や柚子味噌つけて。翌日は温め直して何もつけずに食べるのがすき。旨い!

▲野菜嫌いというたら。そのむかし、忙しい仕事の合間に母が「きょうは誕生日やし、あんた何食べたい?」と聞いてくれて。ある時期わたしはずっと「カレイの唐揚げ」と答えてたんよね。

▲黄金色にカラリと揚がったカレイを白い洋皿に盛ると、母は「ここにキャベツの千切りとか、トマトかきゅうりか何か、お野菜添えへんかったら、カッコつかへんなあ・・・けど、あんた、いらんのやろ?」とお皿をのぞきこんでいるわたしを見上げて、呆れたように言うのだった。

▲ふだんは「好き嫌いばっかし言うてんと、青いもんも食べなはれ」と言う母も誕生日なんやから、すきなモンだけでもええやろ~と思ったのだろう。平べったいカレイがペタンと載ったお皿をわたしの前に置いてくれた。そう。キャベツやトマトやきゅうりとか、そんなもん(!)横に添えられたら、せっかくの好物が台無しや~と(そのころのわたしは)おもってたんよね。

▲そんな野菜嫌いが、大根炊いて、食卓には「青いもん」を切らさへんようになったんやから。

ほんま、ひとは生きてる間に何べんでも「変身」してゆけるんやなあと、他人事みたいに笑いながら、大根のにおい充満するだいどこで本を読む誕生日だった。

▲レンタルショップが遠くに引っ越したのもあるけど、ここんとこ読書の時間がふえた。このまえ追記欄に書いた長編『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳)も読了。つづいて『夜の木の下で』(湯本香樹実著)を読んで、そうこうしてるうちに注文していた『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』 (中原一歩著)が届いて、この本にふさわしく「だいどこ読書」にてその日のうちに読了。

そして、いまは『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著 斎藤真理子訳)を読み始めたところ。

▲読書の秋っていうけど、本読みは冬やよなあ~とおもう。

『アメリカーナ』のような長いのは、本(物語)にむきあう時間長い分、旅の途中にであって親しくなった人みたいなきもちになる。
列車を待つ間も、その長い車中でも、いっぱいしゃべって、やがて駅に着いたときみたいに、離れがたく別れがたくさみしく。ハグしたとき感じた体温をずっと保っていたくて。もう少しここにいようとおもうそんなかんじ。

▲そしてこの本にかぎらず、海外小説を読み終えるといつも思うこと。わたしにもわかることばに訳してくれるひとがいて。手わたしてくれて。ありがとう。

【対話というのは手わたす言葉だ。翻訳もそうだ。】(長田弘著『自分の時間へ』より抜粋)

▲『夜の木の下で』 は、本が出たときにわたしが湯本ファンなのを知ってるご近所さんが、新聞の著者インタビューの記事を切り抜いて郵便受けに入れてくれはったんよね。それを読んでノートに挟んだまま、すっかり2年間も忘れてた。

▲この間、調べたいことあってそのときのノート繰ったら出てきて、びっくり。くわえてその日の午後なんとなく立った図書館の書架に件の本があって、二度びっくり。もちろん、そのまま本の森に入るのであった。

▲わたしは四姉妹の末っ子やから、姉の立場も弟のかんじも、ただ想像するしかないんだけど。しっかり者で、でも繊細なお姉ちゃんと、甘えん坊で何考えてるんだかわからないけど、心根のやさしーい弟は、いつも湯本作品のなかですぐそこに、幼い子の日向くささや、あまいような息のにおいまでして、なつしくて、切なくて、そして痛い。

▲けっして幼い子ばかり描いてないのに、こどもの頃のきょうだいの、たのしくて時に残酷な時間も。目を凝らすとその背景の下に隠れてた絵の具の色がうっすらと見えて、どきんとする。

▲最初の作品「緑の洞窟」も姉弟(双子)のお話で、お父さんに連れてもらって、生まれつき病弱だった弟ヒロオと公園に行く場面があるんだけど。公園の滑り台の上から下を見下ろしてる「私」の描写にたちどまる。

【てっぺんまで来ると、公園中が見渡せた。金属の手摺りをしっかり掴み、おそるおそる背を伸ばし、すると冷たい空気に肺は膨らんで、そのまま体ぜんたいがひとまわり大きくなるかと思われた。砂場で遊んでいる小さな子たちがいた。うんていにぶらさがっている、少し年上の子もいた。けれどその公園でいちばんの高みにいるのはこの私で、しかもベンチでは父が静かに、眼鏡の奥の目を細めて煙草を吸っている。鳥肌立ち、震えがきそうになりながら、私は「早く大人になりたい」と心の中で唱えた。それはなかば習慣化した呪文のようなものだった。】
p11より抜粋)

【「押したのか」父が訊いた。私はだた父の顔に目をこらしていたのだと思う。突然、頬が焼けるように熱くなった。何が起きたのかわかったのは、砂場のそばにいたよその母親たちが、じっとこちらを見ていることに気づいたときだ。だんだん痛みがやってくるなかで、これからどうすべきなのか誰かに教えてほしかったけれど、母親たちは目を逸らしてしまう。父は既に弟の手を取って、公園の出口にむかっている。頭のなかで何かがくるりと一回転して、私は滑り台の梯子段を上った。】(p14 より抜粋)

▲双子とはいえ、弱くてからだも小さい弟を「私」も、そして周囲の大人たちも大事におもってかばう中での「私」の孤独。同書にはこの話をふくめ6編がおさめられている。猫や幽霊、自転車のサドルとの会話なんていう幻想の入り混じった話から、女子高生が白い琺瑯の生理用品入れのなかみを段ボール箱に入れて焼く係の「焼却炉」とか。それぞれの主人公のだいじなひとや物との繋がりが綴られてゆく。

件の新聞記事で著者はこう語ってはる。

【人の心の内には未来も含めてたくさんの時間が等しく会って、いつでもそのままの状態で取り出せるのではないか。ただ懐かしむのではなく『こんな夜があった』とありありと感じる瞬間のように。失ってしまった、と思うことはないとだんだん感じられるようになったんです。】
(朝日新聞「著者に会いたい」201411月?)

「心の中にあるたくさんの時間」~わたしもだいじにしたいと思う。

*追記

その1

『夜は木の下で』を読みながら、どこかで見た光景がずっとわたしを追いかけて。そうだ。樹村みのりさんの作品によく似たにおいを感じたんよね。
ひさしぶりに読み返したいなあと思います。

樹村みのりさんのまんがについて書かれたブログをみつけました。 (ブログ『茶トラ猫チャトランのエッセイ』より)

その2

『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩著)のことはここにちょっとレビューを書きました。

その3

この間、福岡の友だちが関西にやってきました。
めったに出かけないわたしがおもいきって会いに行ったあの日
から、もう7年!今回は同様に遠出することの少ない彼女が関西に~

てことで、喜々として伊丹空港までお迎え。まえにも書いたけど「空の港」は、いつ行ってもそわそわ。どこか遠くに行きたくなります。
そうして、窓からは小さく見える飛行機も空港付近の野原では、それはそれは巨大で、ものすごい轟音と強風で頭のすぐ上を飛んで行くのでした。

若いころ友だちに連れて行ってもらって草原に並んで寝ころがって、きゃあきゃあ大声で叫んだことを思い出しました。

ちょうどその後読んだ『ビニール傘』(岸政彦著)にも、その伊丹空港の話がでてきました。
すきな場面です。


【大阪の街のまんなかを分断するように流れる淀川が、雨を集め、真っ黒に濁って、ごうごうと流れている。その上を、伊丹空港に着陸する飛行機が飛んでいる。低すぎて、すぐそこを飛んでいるようにみえる。こちらから見てこんな近いところを飛んでいるなら、機内からも、堤防を歩いてる俺たちの顔が見えてるかもしれないと思う。堤防はほんとうに広くて、対岸がかすんでみえる。俺たちはそれぞれ傘をさして、すこし離れて歩く。】
『新潮 20169月号』p103より抜粋)

その4

・・・とか言いながらDVDは、たまたま近くに来た友人の車でショップまで乗っけてもらって少し借りました。
観た映画の中では『ミモザの海に消えた母』
がよかったです。

以前読んだ『シズコさん』(佐野洋子著)や『おくればせの愛』(ペーター・ヘルとリング)のことを思い出しながら、そして、やっかいなことの多い「親子」(苦笑)について、改めておもっているとこです。(ここに前書きました)

その4

友だちが福岡から遠征のいちばんの目的は、京都であったローラ・ギブソンのライブ。
わたしも一緒に行きたかったんだけど今回はあしに自信がなくて断念。

ちいさい会場でええかんじのライブやったそうです。

今日はそのローラ・ギブソンを聴きながら。

Laura Gibson -Nightwatch→


[PR]
by bacuminnote | 2017-02-01 14:20 | 本をよむ | Comments(6)