いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2017年 07月 ( 2 )   > この月の画像一覧

ひきだしをあける鍵。

▲蝉の大合唱と、パジャマの襟の汗のつめたさに、今朝もアラームの鳴る前に目が覚めてしもた。夜中には暑いのとトイレで何度も起きたから。寝不足でぼぉーっとしながら雨戸を開けたら、思いがけず涼しい風がすいーっと束で入ってきて、ああ、ええきもち~と深呼吸ひとつ+大あくび。

洗濯物を干していたら、百日紅の花がいっぱい咲いているのに気がついた。

前は、昔の絵葉書みたく濃い青空を背景に、やっぱりつよい色調のピンクの花が苦手やったから。なんでお義父さん、こんな木植えはってんやろ~と思ってたんやけど。いつのまに、いつからか、気になる花になって。
「さみしさは空の青色さるすべり」(拙句なり~)

そういうたら、いま読み始めた『俳句と暮らす』(小川軽舟著 中公新書)の冒頭「金盥(かなだらい)傾け干すや白木槿」(軽舟)の一句のあと、「俳句とは記憶の抽斗を開ける鍵のようなものだ」ということばに、そうそう!と声をあげる。この白木槿からも、ウチにもあった木槿の~高いとこで咲く花をいつも首をぐっと伸ばして見上げてたこと。根腐れして植木屋さんに切ってもらった日のこと。義父のすきだった木槿や百日紅の花や俳句・・と抽斗の中にいろんなものが詰まってたことに、この一句から気づく。

▲さて。
大阪の日中の暑さは日々もうハンパなくて。いつも通る歩道橋でも立ち話してる人はだれもいない。顔見知りに出会っても、みなさん立ち止まることもなく「暑いねえ」「ほんまになあ」で済ませてはる。きもちのええ季節やと「もうちょっと隅でしゃべって~」と思うほど、老若男女「立ち話のスポット」(苦笑)なんだけど。


信号待ちの横断歩道では、じりじり照りつける暑さに堪えてか、口をぎゅっときつく結んでる人、あくびしてはる人。そんで、そんな知らない人らにさえ、つい「たまりませんねえ」と同意を求めたくなるような(実際求められることも時々ありマス)毎日である。ということで、こころから暑中お見舞い申し上げます。

そんなどこにも出かけたくないよな暑さの中、この間ひさしぶりに隣町のレンタルショップまで足をのばした。

『みかんの丘』(ザザ・ウルシャゼ監督)と『とうもろこしの島』(ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督)は上映時に行けなかったので、二枚とも棚に見つけて小躍りする。そして、これまたひさしぶりに、フウフで(各自!)鑑賞のあと、食べながらのみながらの感想大会となった。

映画のチラシには二作とも「世界は閉じたままで、いまだに出会うことがない」と大きな文字が入る。どちらも簡単に言えば傷ついた兵士を匿って世話をすることになるんだけど。戦争に「簡単に言えば」はなくて。つねに複雑で理不尽で不条理の世界だ。

▲どちらも、深くいい映画だったけど、きょうはそのタイトルからもよい風の吹いてきそうな『みかんの丘』の感想を書いてみようとおもう。この映画は木工の場面から始まる。
ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培の村は、エストニア人の集落だったが、ジョージアとアブハジアに紛争が起きて、殆んどの人たちは帰国。居残ってみかんの木箱を作るイヴォ(これが冒頭の場面!)と、みかんの収穫をする友人のマルガス。

ある日彼らは家の近くはげしい銃撃戦で負傷した二人の兵士(亡くなった人たちには、土を掘って埋葬する)を、自宅に連れ帰り手厚く介抱する。

この二人の兵士、一人はチェチェン兵(アブハジアを支援)のアハメド、もう一人はジョージア兵のニカ。

瀕死のときは、まさか同じ家に「敵」がいるとは知るよしもないけれど、少し怪我が落ち着いてきてそれを知ったとたん、お互いに殺意をむき出しにするのだった。そこで、イヴォはこの家の中では絶対に戦わせないと宣言。

画面のむこうのやりとりを見ていると「敵」って何なんよ?と滑稽ですらあるんだけど。それでも、ちょっとしたこと(本人たちには「ちょっと」ではないのだろ)で、文字通り一触即発状態が続く。

マルガスには、とりあえず今はみかんを収穫したいという理由があるものの、イヴォの家族はすでに帰国しているようなのに、なぜ彼はひとりこの地に残って、みかんの木箱を作り続けるのか~よくわからないまま物語はすすみ、終盤アブハジアを支援するロシア兵たちがやってきて、また銃撃戦が始まる。


採る人をなくした鈴鳴りのみかん。死んでしまったひと。遺されたひと。少しずつ解ける謎も、やっぱりわからないままのことも。最後はみかんの黄色が悲しみの中でわずかに希望のようにも感じる。

わたしはずいぶん前に観た『ククーシュカ ラップランドの妖精』という映画を思い出していた。この映画も夫をなくし一人暮らしのサーミ人の女性が、それぞれの事情でそこに置き去りにされたフィンランド兵とロシア兵を助ける話だった。

大きなちがいはククーシュカ・・の三人は言葉もフィンランド語、ロシア語、サーミ語と、まったく通じなかったこと。勘と諦めの中で(あとセックスが介在すること。これがじつにおおらかでええ感じ)ぶつかり、わかり合えないながらも奇妙な三人の共同生活が始まって、(ここにも少し書きました)そして最後はそれぞれの地に戻ってゆくんだけど。

いつも思う。そう簡単にはいかん、ともうひとりのわたしが強く言うんだけど。ひととひとは仲良くわかりあって暮らせるのが一番。でも、その難しさは夫婦だって親子だって、そうそう簡単なことじゃないことぐらい皆わかってる(はず)。まして育ってきた環境も言語も宗教もちがえば、当然価値観も大きく変わってくるだろう。

それでも。
あるキョリを持っての暮らしなら、多少のぶつかり合いや揉め事もありながらでも、やっていけるんやないか~と。じっさいやってきた歴史があるんやないか、と。世界が開けるときがあるんやないか、と。いちばんの問題はいつもそこに他所から「介入」してくる大きな力が在ること。そこに支配や搾取や権力が大きな顔して居座ること。

「王様のなんにもしない涼しさよ」(火箱ひろ)

*追記

その1)

わたしは2010年からはじめたTwitter~すてきでおもしろい友だちといっぱいであえました。で、つねづね「北の友」と呼んで、リスペクトしている(けど、まじめな話から昔からの友だちのように映画に本に音楽に・・と、なんでも話してる)詩人 番場早苗さんがこのたび個人誌『恒河沙』(ごうがしゃ)を発刊されました。


その中~34頁にわたる論考「砂州をこえて 佐藤泰志「海炭市叙景」論」はわたしたちが知り合うきっかけにもなった『海炭市叙景』(佐藤泰志著)についての力強い、そして彼女ならではの視点(くわえて同時代に佐藤氏とおなじ砂州の街で生まれ育ったひとの眼)で丁寧に綴られた力作なのですが。


あろうことか、わたしにも「なにか」とお声がけくださって。

からだはデカイがこころは極小(ほんまです)のわたしは尊敬する番場さんの誌面をわたしなんかが・・・と後ずさりしつつも、このブログの続きみたいな感じの一文「映画の時間」というエッセイを載せてもらいました。


くわえて。

十代のおわりからの長いつきあいで、ふだんはあほなことばっかり言い合うてる旧友で漫画家うらたじゅんが、同誌にとびきりの絵を。彼女のひさしぶりの白黒の絵は、架空のまちの映画館ナポリ座と市電とチャンバラ好きのこどもらが、こちらに語りかけてきます。そんなにぎやかな声まできこえてきそうな温かな、うらたじゅん渾身の一枚であります。


そんでまた、たまたまなのですが。
今月からその
うらたじゅん個展が、番場さんのホームタウン函館で開かれるという。件の映画館の原画も展示されるという・・・

いやあ、ほんま ひととひとが出会ったときにおこる波は刺激的でうきうきします。波というのは、うまく、たのしく乗れるときばかりやないけど。波乗りはやっぱりおもしろいです。(ほんまの波乗りは未経験!)

『恒河沙』 ~すてきな表紙絵は作家 吉村萬壱氏によるもの。


その2

『真ん中の子どもたち』(温又柔著)読了。

残念ながら芥川賞受賞にはならなくて。別にとれなくてもええやん(すみません!)~とか思ってたんだけど。発表後温又柔さんのツイート読むと、せやなあ。取ってほしかったなあ、と改めて。

【日本語は、私たちの言葉でもある。日本は、私たちの国でもある。政治家がそれを言えないのなら、小説家の私が言う」。今夜、テレビで、そう言いたかった。それが叶わなかったことだけが、少しくやしい。だからこそ、これからも書き続けます。今までと変わらず。だれに頼まれなくとも!

その3

きょうはこれを聴きながら。

『みかんの丘』で流れてた曲。 しみじみ いいです。

niaz diasamidze - mandariinid (soundtrack)→


[PR]
by bacuminnote | 2017-07-23 21:51 | 映画 | Comments(2)

濃い色から淡い色に。

空が急に暗くなったので、軒下の洗濯物を家の中に入れた途端、雨が降り始めた。いきなりの大雨と雷は空が割れるんやないか~と思うほど大きな音で、洗濯物を腕にいっぱい抱えたまま立ち尽くす。ちょっとした雷でも、きゃあきゃあ大騒ぎするこわがり(←わたし)は、こわすぎると逆に無口になり、くっと息を潜めて「嵐」が通り過ぎてくれるのを待つのだった。

▲幸いはげしい雷雨はいっときで終わって、雨のあがった後、辺りはしーんとしてる。短時間とはいえ一気に水浴びした緑たちが、薄暗い庭のむこうで、今にもごそごそと動き出すんやないか、と思うほど生物(いきもの)らしい表情を見せており、ちょっとこわいようなうつくしさに見入っている。窓からは涼風(すずかぜ)がすいーっと入って来た。

▲ぼんやりしている間に7月になった。
ケッコンしてから7月は二人の母の誕生月になり、いつも何を贈ろうかとあれこれ悩んだものだった。
義母に初めて誕生祝いをしたとき~たしかそれは白地に紺のシンプルな幾何学模様のブラウスだったとおもうんだけど~包みをバリバリと開け(義母はいつもゴーカイに包装紙を破き、リボンでくるくる巻いてゴミ箱に。母はというと、留めたセロテープさえも爪の先でそろりと剥して包装紙もリボンもぜんぶ取っておくタイプ)ブラウスを胸に当てるや「うれしい」と泣き出さはったんで、びっくりしたりカンゲキしたり。

母の誕生祝いを娘らが贈るのはごく自然のことだったけど、義父もつれあいも義母にそういうことはしたことがないらしく「ウチとこは、だーれも祝ってくれへんから、わたし自分の誕生祝い用に毎月掛け金してたんよ。一年たって満期になったら、それで自分で何か買うてお祝いしててん」と泣き笑いしながらその場ですぐにブラウスを着てみせてくれて、うれしかった。

▲なんというても「自分のための掛け金」というのが新鮮で。なかなか「自分のため」にお金を使わない母にも教えてあげなあかんなあと思ったものだ。そんな義母の誕生祝がいらなくなってもう三回目の7月だ

そういうたら、母のことは「母の日」に誕生日に、と忘れたことなかったけれど、父のことは時々知らん顔で過ごしたっけ。とりわけ「母の日」には娘らから何やかやと送ってくるのを「おまえはええなあ」と羨ましがっていたらしく。いつだったか母から「(お金は)わたしが出すし、お父さんにも父の日に何か贈ってやって」と電話がかかったことがある。

果たして、そのとき父に何か買うて送ったのかどうか全く記憶にないんだけど。母が娘らからの贈り物の包みを開けるそばで、拗ねたように新聞読みながらその様子をちらちら見ている父の姿が浮かんで、今更ながら笑うてしまう。

この間、三番目の姉がこどものときの写真をメールで送ってくれて、その中の一枚はわたしもだいすきな写真なんだけど、残念ながらわたしと母は写っていない。(わたしが生まれてまもない頃やろか)コート姿の父がしゃがんで、姉二人が両脇に、三番目の姉が父の膝に小さな片手を置き座って笑っている。父は若いときの佐田啓二みたいに、ちょっとおとこまえで「マイホームパパ」みたいにやさしく微笑んで。姉と「写真はうそつきやなあ」と笑う。


▲時代も家業も「成長期」で、とにかく年中忙しい家やったから、お客さんや近所の人に娘四人のことを「お嬢ちゃんばっかりで、にぎやかでよろしおまんなあ」とか言われると、いつも「つまらんけど、まあ、女の子やさかいに(家業や家事手伝いに)よう間に合いまっせ」と、父が答えていたのが、こども心に腹立たしかった。

▲思春期になると「待ってました」とばかりに父に反抗しては、そんなとき決まって返される「だれのおかげで学校に行かせてもろてるねん!?」には、よけい反抗心を燃やしてた。(一度「お母ちゃん!」と応えて、激怒されたっけ)

先日、是枝監督のエッセイ「父の借金」を読んだ。(是枝裕和対談集『世界といまを考える』第三巻 PHP文庫 所収)

是枝氏がお父さんのことを語っている文章は何度か読んだことがあって。だから【台湾で生まれ、従軍し、満州で敗戦を迎え、進駐して来たソ連軍に捕虜にされ極寒のシベリアに連行された。そこでの三年近い強制労働を何とか生き延びた末に初めて本土の土地を踏んでいる】(p385)ということは知っていたのだけれど。

タイトルにある「借金」の大変さは、だれよりも氏の母親が何度も味わうのだが、大人のしんどい状況は、たいていこどもにとっても辛い状況なわけで。ふいっといなくなる父親と、借金の不安はいつまでも消えない。そうしてお父さんは八十歳のとき、自宅からバス停に向かう道で突然倒れて亡くなる。

遺族にとって、一番心配だったのが、どこからか大きな借金が出てくるのではないか?ということだったそうで。母親には内緒で氏はお姉さんと父親の持ち物を探り、一枚の消費者金融のカードをみつける。

▲借り入れ額は、意外に少額で146130円だったらしい。ところが7年ちょっとの間に200回以上も返済と借り入れを繰り返してることがわかる。八千円返済して同時に五千円借りて。九千円返して六千円引き出し。九千円返して一万円借りる・・・というふうに。

▲消費者金融の分厚い明細を首をかしげながら息子が繰ってるようすは、なんだか是枝監督の映画の一場面を観ているみたいだ。可笑しいような哀しいような。それでいてやっぱり訳わからんお父さんのエピソードだけど。ひとはわからなさの中で生きているんやろな~としみじみ思う。他人のことも自分のことも。

そうしてわたしが父親にたいするきもちも、訳わからんまま、許せないと赦すを行き来しつつ、でも少しづつ色が変わってきてる気がする。寒色から暖色に。濃い色から淡い色に。

【僕が描いてきたのは、不在の父の役割を担い、子供時代を奪われたまま成長する少年や、家の中での居場所を失い、自分が稼いで建てた家を孫からは「おばあちゃんち」と呼ばれることに不満を抱く引退した医者の父でしかない。父は常にどこかで屈折し、居心地が悪い。そして、そんな父の苦悩は周囲からは理解されず、謎として処理される。それが、僕の父に対する実感なのだと思う。】(p384

【僕の父は死してなお謎のままではあるが、しかし、それは闇の中に不安や恐怖とともに存在する謎ではもはやなく、どこか暖かさを感じる光のようなものに変質している。それは僕が父になったこととどれ程関連しているのか?僕自身にも未だわからない。】(p392


*追記

その1)

是枝監督の対談集は1~3まであって、対談の相手もさまざまでおもしろく読んでいます。今回エッセイ(初出は『考える人』2015年冬号)にはお父さんの話にビクトリ・エリセ監督の『エル・スール』(←だいすきな作品)を重ねていて、この映画もまた久しぶりに観たくなりました。

この第三巻の最後は鴨下信一氏との対談「ホームドラマにおける芝居とはなにか」には、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』から懐かしい『天国の父ちゃんこんにちは』まで語られていてうれしかったです。


『天国の・・』は1966年から放映されていた連続ドラマで、わたしは小学生の頃観ていたのですが、大人になって、「ひととき会」(朝日新聞「ひととき」欄に掲載された人たちの会)に一時期入り名簿に原作者の日比野都さんのお名前を見つけて、おお!とカンゲキしたことを思いだします。

ドラマのなかで何度も出てきた詩(主人公の「パンツやのおばちゃん」が亡き夫からプロポーズされたときの詩)もよく覚えています。

*このテレビドラマの一部(動画)を見つけました。劇中(3分あたりから)~園佳也子さんがこの詩を朗読してはります。→ もう主演の森光子さんもこの園佳也子さんも故人となられましたが。


【貧しいから あなたに差し上げられるものといったら

やわらかな五月の若葉と せいいっぱい愛する心だけです。

でも、結婚してくれますね。】


その2)

ペーター・ヘルトリング が亡くなられたそうです。

大人になってから、こどもの本を読むきっかけになった作家でもあり、いっときはわたしだけやなくて、息子も夫もよく読んでいました。『ヨーンじいちゃん』『ヒルベルという子がいた』『ひとりだけのコンサート』『クララをいれてみんなで6人』・・・と思い出す本がいっぱいです。(ここで少し書いたのは彼の自伝的な本『おくればせの愛』→


その3)

今回書けなかったけど読んだ本。
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女』(上間陽子著 太田出版)→


その4)

観た映画。(よかった!)たいてい観たいと思う映画は、わたしが諸々の事情で行きにくい映画館でかかってて、いつも諦めてるのですが、これはわたしでも「行ける場所」だったので、迷わず行ってきました。

「トランプ政権がイランをふくむ特定7カ国へのビザ発給制限と入国の一時禁止を検討しているとの報道を受けて、主演女優タラネ・アリドゥスティとアスガー・ファルハディ監督も〈もし私の渡航が例外とされても到底許せない〉と声明を発表」~授賞式を辞退ということで話題にもなりましたが。

『セールスマン』


その5)

きょうはこれを聴きながら。
Patrick Watson - Shame


[PR]
by bacuminnote | 2017-07-11 09:21 | 本をよむ | Comments(0)