いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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<   2017年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

きはった、きはった。

足先がつめたくて目が覚めた。
窓を開けると涼風がしゅうっと入って来て、おもわず布団をすっぽり被る。秋が来た。むかし見たCMみたいに「きはった、きはった。きはったえ~」と傍ら布団を巻きつけ「く」の字になって眠るつれあいを起こしそうになる。

「硝子戸のコトリと秋はすぐそこに」(角川照子)


▲それにしても、暑いしんどい夏だった。
何より、あったことを何事もなかったかのように平然と隠蔽、改ざん(そもそも「修正」というのは「よくないことを改める」という意味やから「修正」ではないと思う)する政治家や人々。どう考えても、いま一番危険なのは原発やろ~と思うのに、相変わらずニュース画面に定期的に登場する原発「再稼働」の文字。

▲そんなこんなの中、母の入院や(先日ぶじ退院しました!)つれあいがバテ気味やったりで、もう涼しくなるということだけで、ちょっとほっとしている。さて、目覚まし時計が鳴るまでにはまだ一時間ほどあるけれど。このまま起きて、濃くてあつい珈琲を淹れよう。


いつも買い物に行く駅前に、もうずいぶん前から建設中の大きなビルがある。建築計画や施工者の表示板が掛かった柵の前で、身を乗り出すようにじいっと工事のようすを見ているのは、たいてい年配の男性か、十歳未満のこどもたちで。わたしはこの前を通るたびに工事現場よりその老若のねっしんな見学者たちが気になって、ついつい足をとめるのであった。(暇人)

基礎工事のころは、びっくりするほど大きなショベルカーやミキサー車、杭打機や、クレーン、それに見たことのないようなマシンたちが勢揃いしてたから。「はたらく車」がすきな子なら、まちがいなく堪らない風景だったはず。「ほらほら、もういっぱい見たでしょ。さあ、もう行こうよ~」と困り果てたママの説得場面(苦笑)に何度も遭遇し、おなじく「ガーガー」(ショベルカーのことをこう呼んでいた)が大すきだった息子らのこども時代を思い出して、微笑ましくそんなようすをしばし眺めてた。(暇人)

現場はそれまであった(まだまだ使えそうな)大きなビルを壊して更地にしたので、しばらくの間ウチの方から駅方面をみると、劇的に見通しがよくなった。その景色の変わりように、はじめはとまどいつつも、なんだかなつかしい町に来たような、ぎゅうぎゅう詰めやなくて、風がすいーっと通ってゆくような気持ちよさがあって。いっそこのまま高層ビルなんか建たなければいいのに~と思った。

そんなことを考えてたのは、わたしやウチの家族だけやなく、長年ここに住むご近所さんもみな口をそろえて「最初ここに来たときはこんな風やったんよ。ウチから駅の辺りまで、ぜーんぶすっきり見渡せて~」とうれしそうに話してはった。

そうだ。わたしもつれあいとケッコンする前この町に来たとき、駅前駐車場は、まだみな「平面」だった。それに平日は閑散としていて、デート(!)のあと、いつまでも車の中で話し込んでいたのだった。

あれから一体どれくらいのビルが建ち、壊されてはまた建ったことか。そうこうしてるうちに広かった空はどんどんビルで埋められてゆく。

毎日少しずつ上に上にと出来上がってゆくビルは、その値段も階数も超高層マンションになるそうで。今日も継ぎ足し継ぎ足しの長いクレーンのオレンジ色が青空につきささる。ああ、空はだれのものなんやろなあ。

高層といえば、考えてみたらわたしは二階より上で暮らしたことも、ついでながら新築の家で暮らしたこともないのだった。

田舎育ちのわたしの家は、いや、わたしだけやなくて友だちの家もみな古い家だった気がする。小学生のときに近くの大きなお家が火事で、その後新築しはったときは珍しくて、普請の間も、建ってからも、家の前を通ると立ちどまっては見入ってた。

ここにはなんべんも書いてるけど、生家は旅館だったから、ふつーのお家とは間取りもつくりもちがうんだけど、古いのと二階建てというのには変わりなくて。学生時代の下宿先数軒も古いお家やったし、ケッコンして初めて住んだ文化住宅も、その後7回あちこちに引っ越したけど、やっぱり古い家で二階建てか平屋だった。

信州の古い借家で育った息子2などは10歳のとき、ここ大阪の「祖父母の家」に越して来て、生まれて初めて温水シャワーと水洗トイレのある暮らし(あ、学校は水洗トイレでした)を体験したから、家族間でこの家は「あたらしい家」という認識だったんだけど。その家もまた一般的には(?)古いらしくて。

たまに新築のマンションやお家に招かれると、自分ちの住宅設備とはまるでちがう便利なあれこれに、いちいち反応しては「え?まだ◯◯使ってるん?」「ほんま、どんなとこに住んでるんよ?」とからかわれるんやけど。たしかに不便やし、冬は寒いけど、だいどこの流しがわたしには超低い(長身に堪える!)ことの他はけっこう気に入ってる。

▲なにより、家は新しくても古くても、便利でも不便でも、中にひとが入って暮らしあってこそ、と思うから。ほんまかただの噂か知らないけれど、建築中のマンション購入者の多くが「投資目的」とか耳にすると、ええかげんにしてくれ、と思うのだった。


《建築家として、もっともうれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか。

家をつくることによって、そこに新しい人生、新しい充実した生活がいとなまれるということ、商店ならば新しい繁栄が期待される、そういったものを、建築の上に芸術的に反映させるのが、私は設計の仕事だと思う。つまり計算では出てこないような人間の生活とか、そこに住む人の心理というものを、寸法によってあらわすのが、設計というものであって、設計が、単なる製図ではないということは、このことである。》

(『朝日ジャーナル』1965.7.11号)吉村順三→

『建築は詩 建築家・吉村順三のことば一〇〇』


*追記

その1)

そんなこんなで、今回は新しい本が読めていません。(読みかけの本→『この世界の女たち』)
この間ツイッターにも書いたのですが、10年前の夏に亡くなった小田実さんを悼んだ黒田杏子氏の一句~「夏終わる棺に睡る大男」をよみながら、以前読んだ米谷ふみ子氏の幼馴染・小田実のエピソードを思い出していました。(ここに書きました)


くわえて、ブログ文中にも書いた『「アボジ」を踏む』(小田実)を読み返しました。この本(表題作)が、ほんとうにすばらしくて、読んだときにも会う人会う人にすすめてた気がしますが、再度。講談社小田実全集特設HPで「立ち読み」もできます。ぜひ。


その2)

この間の朝洗濯物干しながら、この曲が口について出てきたのに、なんて曲か誰が歌ってたのか、すっきり忘れてしもて(すっきり、というあたりがね歳を感じます)夕方になってとつぜん「ギルバート・オサリバン」と出てきて、すっきり(本来の意味のw)


Gilbert O'Sullivan - Alone Again


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by bacuminnote | 2017-08-31 11:20 | まち歩き | Comments(0)

ちいさくて母。

母を見舞う。

「通院するのは大変なので」「ちょっとの間」「大事とって」の入院らしく、大丈夫だろうとは思ったんだけど。
なんというても高齢だし、何より環境が変わって不安がっているかも~と、つれあいと二人で朝から病院にむかった。

その日はまだお盆休み中のことで、天気予報は午後から雨の確率70%ながら、街はどこも人がいっぱい。電車の特急券売り場にも国内外の旅行者で長い列ができていたのは、ふだん外出しないわたしの予想外のことだった。いつか観た古い映画の田舎からでてきた老母のごとくオロオロ。予定の電車に間に合うかひやひや・・・というわけで車内でお昼に、と先にパンを買って行ったんだけど、あとでと思ってた缶コーヒーも買えないまま乗車となった。

色とりどりのキャリーバッグが棚の上や座席にいっぱいの車内で、わたしらもちょっと旅行気分でパンをかじる。(のみものがなくて喉がつかえたけど)やがて目的の駅に到着したと思ったら、こんどは駅から乗ったタクシーが渋滞でなかなか前に進まない。
予報通り途中から降り始めた雨はだんだん雨足がつよくなって。見るともなしに雨粒の車窓から外を眺めて見覚えのある通りの様子に、そういえば以前もやっぱり母の見舞いでこの道通ったよなあ~と話す。

かつては働いて働いて、寝込んでいるところなんて見たことのない母ながら、ここ十数年の間には何度か入院もして、そうそう信州のころは下の子の心配もあったから、木曽から日帰りでせわしなく奈良市内の病院を見舞ったこともあった~と、思い出してるうちにようやく病院に着いた。

受付で聞いた部屋を探していたら、廊下のむこう~看護師さんに付き添ってもらってトイレから出てきた母と目があった。思いもかけない(たぶん)わたしらの姿にびっくりしたのか、恥しいのか、照れ笑いしてる。よかった。なんとか歩けてる~。

それでもパジャマ姿だったからか、点滴のスタンドと押し車のせいか、いや、病院という背景ゆえか~先月ホームを訪ねたときよりも、母はちいさくて頼りなげに見えて。いつものように、おもしろいことのひとつでも言うて笑わしてやろう、とおもったのに。「来たで~」と言うのがやっとだった。

ホームの職員さんが着替えを持って来てくれたり、つれあいが足りないものを階下へと買いに行ってくれる。そのつど「ほんまにすんませんなあ」「ありがとう」をくりかえす母。点滴を確認にきた若い看護師さんが「◯◯さん、娘さんらも来てくれはったんやし、元気だしてや~」と奈良弁で(←大阪弁と微妙にちがう)声をかけてくれると、こどもみたいに「はいっ」といい返事しており、そんな母がかいらしくて、そしてちょっとせつなかった。

先日、母のすきな曲集めて二枚目のCDを送ったとこなんだけど、届いたその日に入院になったようで。
「一曲目はユモレスク、二曲目はトロイメライやで。乙女の祈りもエリーゼのために、も入れといたしね」と言うと「帰ってから聴くの楽しみや」と一気に顔がぱあっと明るくなった。

母は娘がだれもちゃんと弾けなかった(苦笑)ピアノを65すぎてから習い始めて「エリーゼのために」がゴールだった。
「わたしはいっこも母親らしいことできんかったのになあ・・・ユモレスク好きやねん・・あんたはわたしの好きな曲まで覚えてくれて。ほんまいつもありがとうな」と半泣きで別れのあいさつみたいにしゃべり出すのでこまった。いや、ちいさい頃からわたしに音楽の入り口を用意してくれたのは、誰でもない音楽がすきなあなたやったんですよ~と思うてるのだけど。とっさにそんなことばは出てくるわけもなくて。

▲帰りは電車の連絡がうまくいかず、急行や普通を乗り換え乗り換え。車内で病室の母のことを思い返す。「ほな、帰るし」と言ったとき、目をぎゅうっとつむってこっちを見ないで手を振ってたっけ。

窓の外はのどかな田園風景。雨あがりの畑に赤い鳳仙花がひとかたまり咲いてるのがみえた。

「子のように母ちいさくてホウセンカ」(しずか)

むかいの席の母子は田舎にでも行って来た帰りだろうか。ママも、抱っこされた赤ちゃんもその横のリュックに埋もれるように寝入った女の子も皆くたびれ果てて眠っている。おにいちゃんだけは膝に真新しい虫かごを置いて、ときどき蓋をそろりと開けてカブトムシをつまみあげては、ちょっと手足を動かす様子を見てまたカゴに戻している。わたしと目が合うと恥しそうに、でも得意気にまた蓋を開ける・・をくりかえして。「あああ、そこで、おがくず、ひっくり返えさんといてや~」と、おば(あ)ちゃんはハラハラしながら眺めてたけど、かれも又そのうち眠りの国の人となり。

▲ようやっと最寄りの駅に着いたらまた大雨だった。なんせ70%やしね。デパ地下で鴨のスモークをふんぱつして、ビールビールとおもいながら帰宅。

長い一日でした。


*追記

その1)

昨夜、ネットで脚本家の山田太一氏の断筆を報じるインタビュー記事を見つけて、読みました。山田太一脚本のテレビドラマはリアルタイムでずっと観てきて、そのつどその頃の思い出や思い入れもあって「すき」と一言で言えないくらいなのですが。
氏は今年はじめに脳出血で倒れはって、退院後言語機能は回復しつつあるらしいのですが、もう脚本家として書ける状態ではない、と言うてはります。とても残念だけど、これまで観たもの、読んだものは自分の中でふかく残っています。

インタビュー記事を読んでいると、最近の母のことばと重なるところがいくつもありました。

「時々記憶が、飛んでしまう」「思ったことを上手く表現できない」「生きているということは限界を受け入れることであり、諦めを知ることでもあります」

それでも、氏はそれを「ネガティブなことではない」と言い切ります。「諦めるということは、自分が”明らかになる”ことでもあります。良いことも悪いことも引き受けて、その限界の中で、どう生きていくかが大切なのだと思います。」(*週間ポスト2017年9月1日号 より抜粋)


以前、山田太一さんが『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス 鹿野靖明とボランティアたち』(渡辺一史著)という本の解説を書いてはって、その中で「尊厳死」について言及しておられます。こちらもあわせて、ぜひ→

(この本のことはここにわたしも以前書きました)


その2)
お盆の前後は墓参にでかけたり、息子2が帰ってきてたり、今日書いたように遠方の病院に行ったり、で、本も読みかけのまま、映画(DVD)も観たのに(『めぐりあう日』『灼熱』『ライフ・ゴーズ・オン』)わすれてしまってるという体たらく。
あ、そういえば『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督)という古い映画をめずらしく息子と一緒に観ました。「からゆきさん」だったおサキさん役の田中絹代は素顔でボロ布纏ったような姿でしたが、きれいなひとやあと思いました。山崎朋子の原作は出版当時~高校生のときに読んだきりで、忘れてしまってるところが多かったのですが。その頃からひとつ忘れないでおこうと思った一節があって。


それは山崎氏が研究のための聞き取りだとは明かさず、おサキさんの家でしばらく寝起きを共にしてきて「どうしておサキさんは、見ず知らずの私なのに、何ひとつ素性を聞こうとしないの?」とたずねると、おサキさんはこう応えるのでした。

「誰にでも事情っちゅもんがある。相手が自分から喋るならまだしも、当人が何も言わんものを、どうして聞けようぞ」


その3)

今日は、やっぱりこれを聴きながら。

Kreisler plays Dvořák Humoresque



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by bacuminnote | 2017-08-18 12:12 | 出かける | Comments(0)

もう8月やなんて。
ああ一ヶ月早かったなあ~と、カレンダーをめくりながら毎月お決まりの台詞である。

買い物に行ったら「夏のギフト」の横に「お盆のお土産」のポップ~次から次へと。ゴールの「年の暮れのご挨拶」「迎春準備」まで。

▲「買え」「買え」と宣伝する方もつみぶかいと思うが、そんなもんに知らんまに追われてしまうわたし(ら)もどうかしてる。なんで、もっとどっしり構えていられないか、自分流を貫けないのか。なんで、目新しいことにとびついて、じっくりものごとを考え続けられないのか。

ため息つきつつ自問しつつも、今日は木綿豆腐と大根とバゲットを買う。

帰り道~遠くからうぃーんうぃーんと草払い機が唸るのが聞こえた。この炎天下、街路樹周辺の草刈り作業の人らがお仕事中。もわーんと熱気のなか草のほこりが舞い上がる。作業員さんら、みな汗で作業服がぐっしょり濡れているのが、道を挟んでもわかる。

▲小学生のグループが、だだだだっと、おばちゃんを追い越し走ってく。塾の名前入りリュックを揺らし、保冷のお弁当バッグとお茶をぶらぶらさせながら。まるでプールに行くが如く、公園に集合するが如く。わいわいはしゃいで走ってる。いまや塾というところはそういう場所なのかな。

買い物行って郵便局と図書館寄って、たったそれだけで、今日一日分のエネルギー使い果たしたみたいに、とろんとろん溶けそうになって帰って来た。ああ、暑いときに熱いものを、とクーラーのよく効いたスーパーで思って、重たい大根一本買ったのだけど。とても煮物する勇気がわかない。

こんなふうに「暑い」とぼやいてばかりの毎日だけど。それでもおもしろくいい本にめぐりあえて、読む、読む、読むの夏だ。
前回からリニューアルした「ち・お」116
『親になるまでの時間 後編』(浜田寿美男著)がカライモブックスから届いてさっそく読む。今回はこどもの学齢期からの話なので、当然だけど学校の話題が多かった。

わたしの周辺のひとたちは、こどもがちいさかったときの話をするとき、保育園のころのことは、こどもの病気や予防接種のことや、自身の仕事など大変な時期だったにもかかわらず、そろって皆いきいきと語る。週明けに園に持ってゆく大量の着替えも、重い絵本袋も、お昼寝布団も。

▲顔をくもらせるようになるのは、たいてい学校が始まってからで。その辺に学校とはどういう場所かという答えも潜んでいる気がする。もちろん、心配なことや悩みが、年齢とともに複雑になってくるっていうのもあると思うけれど。それに、いつまでも一日かけまわって遊んで昼寝してるわけにはいかないから。生きてゆくにはそんなわけにはいかないから~という声も(せやからガッコにはちゃんと行かせなあかん!と、よく言われました)あるのだろうけれど。

ウチはふたりともいわゆる義務教育期間にガッコに行かなかった時間が長くて、「学校が生活を制圧」(p58)とはならなかった。いや、親としては家が学校に侵食されるのが(*「学校が生活を侵食して」p56)たまらんかったから、こどもらの「行かない」をむしろ歓迎した。それは当時わたしたちは田舎の小さなパン屋で、親はそれほど忙しくもなく(苦笑)一日中在宅しており、親も子も「いつも通り」でいられたことも大きいかもしれない。

けど、ふりかえって考えてみるに、こどもらにとってその頃~ガッコに行かないあいだ「家」での時間がたのしかったかどうかはわからない。あたりまえのことだけど、家には家の鬱陶しいこともいっぱいあったはず。何より自由でいることって、つねに自分で何をするか、何がしたくないか、向き合うことにもなるわけで。それは単純に気楽というわけにもいかなくて。

ただ、退屈するほどにいっぱいの時間があったのはよかったとおもう。彼らの芯のところにあるのは、その長い時間「わからなさ」に、たちどまり、地団駄を踏み、なやみ、考えた(続けた)ことだと思う。いま大人になった息子らを見ていてそう思う。いや、でも、こういうのもぜんぶ親のわたしが勝手に思ってるだけかもしれない。なんせ、こどもは親のきゅうくつな思いなんか蹴飛ばして大きくなってくれる。

▲【学校というと、どうしても、なにか将来のために「力を身につけていく場」だというイメージがあります。保育所、幼稚園で力を身につけて小学校、中学校、高校へ、そして高校までに身につけた力で大学へ、さらに大学で力をつけて社会へ、という感じです。だけど、この発想をつきつめれば、園は学校へ行くための準備、学校は社会に出るための準備ということになります。そんなふうに見れば、なにか、いつも将来のために準備ばかりしていなければならないような気分になってしまいそうです。

よく考えてみれば、人生に準備の時代など、ほんらいはないはずです。】(p22p23

▲ここまで書いて、ふとデパ地下やスーパーのポップを思い出す。次から次に「準備」することに気を取られていると、たちどまって考えることがなくなってしまうんやないかなあ。くわえて、忙しくすることで考える時間をなくすことも。

この本、学校の話だけじゃなく思春期の話(第四章 思春期はややこしいもの)もあり今回も読み応えじゅうぶん。おすすめです。

▲さて、もう一冊は図書館の児童書コーナーで出会った写真絵本『おじいの海』(濱井亜矢 写真・文)この本は福音館の月刊『たくさんのふしぎ』2004年5月号~タイトルから想像つくように沖縄の海と「おじい」と呼ばれる仲村善栄さんのお話。

▲仲村さんは1917年(大正6年)沖縄生まれの沖縄育ち。本が出たころは86歳の海人(うみんちゅ)。小さいころから海が好きで12歳のとき父親について漁を始めたそうだ。54歳のとき病気になった仲村さんは入院先の医師に「もう海に潜ってはいけません」と告げられて。仕方なく海の上でできる仕事をしてたんだけど。

【ちっともおもしろくありません。船の上でじっと待ってることができなかったのです。やはり海の中にはいって、魚を追いこんでいくのが性にあっていました。そこで、自分のペースでできるよう、ひとりで追い込み漁をはじめたのです。】

この一人追い込み漁の「おじい」のかっこいいことというたら。麦わら帽子に白いシャツ~強い風でも吹いたら飛ばされそうな痩せて日焼けしたおじいさんが(すみません)ゴーグルつけてウエットスーツ着るや、いっぺんにスーパーマンの如くしゃきーんと変身。ああ、もう、このひとはしんそこ海がすきなんやなあと、海中の写真など、ほんまかっこよくて惚れ惚れするようで。

でも、家族はみな高齢で海に出る「おじい」が心配。だから【海に出るときのおじいは風のようにすばやい。だれがなんと言おうと、おじいはあっという間に準備して、「一時(ちょっと)行ってきよーね」と、にげるように海へ消えていきます。】~ちょっと俯きかげんに出てゆく「おじい」の姿は親に叱られながら、遊びに行くこどものようでかわいらしい。

▲この本を読んだあと、わたしはふと母のことを思う。

始まりは、ただ親の言われるままに結婚した相手の家の仕事にすぎなかったのに、ろくに包丁も持ったこともなかったのに。川魚を捌き、へついさん(おくどさん)で次々炊き上がってくる5升釜のご飯を、大きな飯台にうつし、酢飯をつくり。旅館のおかみさんもして、働いて働いてきたから。いつのまにか仕事が自分の背骨みたいになってしまったんやろなあ。

いまあり余る自分の時間が、しみじみさみしいという。日々できなくなることがさみしいという。「せやから、できんようになること増えても、まだ、なんとかできることで、わたしは役にたちたいねん」という。
そう思ったらじっとしてられず、さっそく今いるホームの職員さんに「何でもわたしにできる用事言うてちょうだい、っておねがいした」そうで。

そんでな、レクレーションに使う輪投げの輪作りを、手伝わせてもらってん。「さん、仕事早いねえ。もうちょっとゆっくりしてよ~」と職員さんに言われてん~と得意気に話す母。ところが、がんばりすぎたのか、くたびれたのか、かんじんのレクレーションの時間に熟睡してた、というから、いかにもお母さんらしいな~とつれあいと大笑いした。

▲話そうと思うことばがすっとでてこない、話してる途中で次のことばを見失う。歩くのもおぼつかなくなって・・と最近元気のない母にも、着せてやれる「おじいのウエットスーツ」はないものか、とかんがえる。(とりあえず今日つれあいとCDプレイヤーを買ってきた)

▲そうそう、これを書きながら『おじいの海』の仲村さんのことが気になりネットでみたら、20105月に急性心不全で亡くなってはることを知る。「4月下旬、久しぶりに次男の茂さんと共に漁に出た際海中で心肺停止となって・・」と新聞記事にあった。そうか~ほんとうに最後の最後まで海人やったんやなあ。94歳だったそうだ。

*追記

その1

『おじいの海』作者のブログ

「おじい」亡きあとのエピソード~とてもいい記事です。


その2

書きそびれた本

『俳句と暮らす』(小川軽舟著 中公新書)


その3)

今日はこれを聴きながら。
まだまだ暑い日がつづきますが、
体調くずさないように気ぃつけてくださいね。

Keaton Henson - Nearly Curtains


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by bacuminnote | 2017-08-02 21:24 | 本をよむ | Comments(2)