いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

そして40歳から。

▲天気予報ではいつもより5℃は低い寒い日になるだろう、って言ってたけど。
その通り今日は風がものすごく冷たい。でも透きとおったブルーの冬の空が、もうあまりにキレイで見とれてしまう。
なぜか突然ふっと口について出てきた歌  ♪空いろのクレヨンできみを描いたんです~
そしたら、その後 出かけた図書館で『HAPPY END PARADE ~tribute to はっぴいえんど~』というCD発見!もっちろん
『空いろのクレヨン』入り。即 貸し出しカウンターに。

▲但しこれは曽我部恵一によるカヴァー。でも曽我部くんの声も今日のこの陽ざし、この青空にぴったり。とってもいい感じ。
最後の「ぼくはきっと風邪をひいてるんです」のあたりがすきで 何度も何度もレコード聴いた高校生の頃を思い出す(あ、わたしは「はっぴえんど」では松本隆のファンでした)
田舎で生まれ育ったわたしは その頃 この歌に出てくる「空」って きっと都会の色してるんやろな、と都会の空に憧れながら(笑)聴いてた。
今、そんなこと言う子がいたら「都会の色って光化学スモッグ色か?」とつっこんでやるところだけど(笑)

▲とにかく。
田舎のものは何でも嫌。汚れていようが、曇っていようが「都会の色」がかっこいいと思っていたんよね。
そんな子がその後 自分の故郷よりはるかに山奥で暮らすようになったのだから、ジンセイというのはわからんもんです。
そして、時は流れ、いまは街で バックに時々モノレールが入る空を窓越しに眺めてる。

▲先日、相方が何気なく見ていたテレビで宍戸錠と游子夫妻が出ていて「おもしろいで」と言うので途中からわたしも見ました。そこで話に出て来た游子さんが訳した本、というのが気になったので見終わってから 即ネットで検索。その本のタイトル『あやつり人形は三回まわる・・・女、そして40歳から』( アナベル・ビュッフェ著・ 宍戸游子訳 /中央法規刊 )からして惹かれるものがあったので翌朝図書館に(こういうときのフットワークは軽いのです)

▲著者アナベル・ビュッフェは画家ベルナール・ビュッフェの妻、彼の絵のモデル、シャンソン歌手、そしてこの本のようなエッセイも書いてるそうで。宍戸游子さんはこの本の紹介を新聞の小さなコラムでみつけ、やっぱりそのタイトルに惹かれすぐに本屋で探したそうです。が、どこを探してもなくて、新聞社に問い合わせたらそのコラムの作者に紹介してくれて、逢うことに。宍戸錠の妻=有名人という特殊性もあるのだろうけど、何かに出会うときというのは、まず自分が前に一歩踏み出す事で、こんな風に、時に信じられないくらいするすると 「目的の地」までリンクしてゆくんですよね。

▲そしてその筆者から彼女は初めて逢ったその時にアナベルの本を贈られます。ところが見たら仏語の原書。すごいと思うのは彼女が「読めない」と返す(諦める)のでなく、読みたいが一心でそれから仏語の学校に通い始める、ということ。その後、教室に挫折したり、若い先生に巡り会えたり、夫婦関係や子育てでも問題の多い時期を越え、ビュッフェ美術館が静岡県に建てられたことでアナベルの来日、6年後にはかのビュッフェが来日・・・とほんとうにいろんなことがあり紆余曲折の末、なんと初めて本に逢ってから18年後に彼女の邦訳によるこの本が出版・・・というようなことが長い長いあとがきに記されてありました。

▲わたしが惹かれたこの本の題『あやつり人形は三回まわるー女、そして40歳からー』とは、
はじめは親に、そして夫、最後は子どもに・・と女は人生の糸に三回あやつられて生きる。
そうして40歳、あやつり糸が切られたとき本当の自分自身が始まる、と。
わたしの40代はあと9日!で終わってしまうのだけど、「40歳から」の「から」に、いま大いに希望を感じています。
make it happen !
[PR]
# by bacuminnote | 2005-01-20 20:18 | 音楽

それなりに寒いけど。

▲寒くなりました。買い物に出て風がものすごく冷たかったりすると、ああ今頃むこうは一面真っ白なんだろなあ。この分だとマイナス10度以下かもなあ・・と思いながら、歩道橋の上で冬色の空を見上げます。

▲そんな日は家に帰ると開田の友人から「雪だよ。雪。ものすごく降ってる」と、あるいは「最低気温がマイナス17度だったよ」ときっちりメールが来てるのでした。
そして友人たちのそれは「雪景色、見せてあげたいなあ」「見においでよ」と続くのですが、そんなもん見たら泣いてしまうかもしれんやん・・・と思いつつ「雪かきもなく、薪運びもなく、遠く暖かい所から思う雪は いいもんやよ」と
負け惜しみメール(笑)を出すのでした。

▲しかし「暖かいところ」と書いたものの、大阪でも冬はやっぱり(それなりに)寒いのだ、と気づく(笑)今日この頃です。開田の寒さはハンパじゃなかったけど、それでも零下10~20度の世界では 買い物に自転車に乗って行くなんてこともないし(そもそも自転車に乗れる時期は半年くらい)歩くのは回覧板を回しに行くくらいで。(でも、ま、都会の「お隣り」という距離ではないですけど)
部屋は薪ストーブと石油ストーブのダブル暖房だったし、ね。
息子がしみじみと「大阪って結構寒いんだね」と言うので思わず「ほんまやなあ!」と同意。

▲とはいえ、大阪に来てからは十数年ぶりにスカート派に戻ったわたし(みんなにこればっかし自慢してる。んなもん いっこも自慢にならへんのですが・・(笑)
寒空のもと、けど、スカート姿で胸張って背筋延ばして大股で颯爽と(か、どうかはわからへんけど)歩くのは気持ちいいものです。
それに、息子と二人自転車で競争しながらはあはあと 息切らせて坂道を上り、つめたい風が頬に突き刺さるような下り坂もなかなかのもんです。

▲引っ越しから早や8ヶ月近く。時にホームシック(苦笑)にかかりながらも、まち暮らしにもずいぶん慣れてきました。
自転車に乗りながらメールしてる高校生や、寒い中 パンツ見えるほどズボン下げてる子、
寒いのに(←こればっかりやなあ)胸はだけてたり、コートの下は袖無しのお洋服っていう女性見ても、もうびっくりしなくなったし、ね(笑)
[PR]
# by bacuminnote | 2005-01-11 00:16
▲昨日の(とはいえ去年!)雪がうそのように、今日はぽかぽか陽気の年明けとなりました。昨日が今日になっただけやけど、この透き通る冬の青い空、明るい朝がやっぱりうれしい。そして空を見上げながらHappy new year !などと言ってみる2005年1月1日の朝です。

▲今朝はいつも通りにまず珈琲を淹れて、お餅焼いてお雑煮を作るも、待てど暮らせどだれも起きて来ない。
結婚したての頃、義母が早くから新年のお祝いの支度を台所でことことやってるのに、何時になっても「だれも起きてきぃひんやん」とぼやいてはったことを思い出します。大晦日に詰めたお節はすでにあちこち歯抜け状態だし(笑)

▲そういえば、友だちの家でも帰省した息子たちが酒の肴にそれぞれ好きかってにお重からお皿に盛って食べ、きれい(だった)お重の中身は元旦の朝には無惨にも「食べ残し」状態だったとか。
映画などで家族一同お膳の前に並び「新年おめでとうございます」とお屠蘇・・のシーンを見ると子どもの頃を思い出し、ちょっとだけ郷愁に(笑)浸るのですが、我が家では無理だなあ。

▲こんなふうにあれこれ思う間にも だれも起きてくる様子はなく、が、昨夜は年越し蕎麦ならぬ「焼きうどん」だったのでお腹が空いて、内緒でバウムクーヘン(好物)に手を伸ばすわたし。ああ~おいし。これに生クリームをゆるめに立ててかけたらもっとおいしいんよね~とか思いながら、ついつい二切れ。新年早々、朝一番にスイーツやなんて、我ながら呆れる。(けど、おいしかった)いやはや「正しいお正月」は遠い、我が家でした。
[PR]
# by bacuminnote | 2005-01-01 12:10

それでもやっぱり。

▲明日はもっと人出が多くなるだろうし、と今朝10時半頃冷たい雨降る中 スーパーとデパートの地下に行きました。が、甘かった!
その人混みを見ただけで即 引き返したくなりましたが、今日は「頼まれもの」もあって観念して中に。けど、これが自分ちのものだけだったら きっと「あるもんで すまそ」と早々に帰って来てるところです。
♪「ひとごみ」という字は「人ゴミ」と書くのね~( 注:前にも書いたアン・真理子の『悲しみは駆け足でやってくる』の節で)と、人の波をかき分けながら ぶつぶつ口ずさむ(笑)わたしでありました。

▲そして、やっと買い物を終えたと思ったらこんどはレジ前の長い行列。ため息つきながら立ってたらわたしの前に並んではった中年カップル・・・
おばちゃん「あ、せや。おネギ忘れた」
おっちゃん「まだ順番なかなかやし、オレここに並んどくから
             お前買うて来いや」
おばちゃん「けど野菜売り場見てみ。人一杯やん。私嫌やわ。
              あんた行っておいでぇや」
おっちゃん「お前行けや」
おばちゃん「・・・もう、なしで、いこか」
おっちゃん「せやな」
・・・と、ここでおばちゃんと目が合いにっこり。
「ほんま、どこもかしこも一杯ですもんねえ」
知らん人とつい話してしまう 年の暮 in大阪のひとこまです。

▲開田でいた頃は一番近いお店でも3km近くあったし、スーパーやコンビニとなると20kmくらい先のまちに出ないとなかったので、とりわけ冬の雪の日などは「あるもんですまそ」か、この「なし、でいこか」でした。
食べるものに限らず 暮らしていく上で「絶対必要」なんてのは ほんまに少ないんですよね。

▲ぐったり疲れて買い物から家に戻ったら、開田の友だちの「いま雪が降ってるよ」メール。やっぱり!
ここでも朝からぐんと冷え込んでいたので、この分だとむこうは雪だろうなあ、と真っ白な山々を思い浮かべていました。
そして。
思いは同じく雪の季節になった豪雪の地、新潟中越地方に。
かの『冬のソナタ』では 雪が降るシーンも雪景色も それはロマンチックで美しかったけど、暮らしの中の雪はうっとりと「眺めて」だけはいられない。雪のこわさや大変さを少しは経験した者として、被災地の越冬のしんどさを思います。

▲先日のスマトラ島沖地震の被害者数もニュースを見るたび、信じられないほど増え続けています。ただただ国際機関の速やかな支援行動を、と願います。
こんなふうに「思う」「願う」ことしかできない歯がゆさや無力感を感じながら、それでもやっぱり思い、願い、考え、何より「怒る」ということから離れたらあかん、と改めて思うこの頃です。

▲そしてここしばらく 年の暮れの願いはひとつ。
来年こそ、来年こそいい年でありますように。
今年も一年たのしくおつきあいしてくださったひとたちにおおきに、です。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-12-29 23:49

ごめん。

▲暖かな12月で「年の暮」という感じがしませんが、まちに出ればクリスマスモードです。どっちがすきかと聞かれたら、迷うことなくお正月よりクリスマスと答えるわたしですが、いつだったか息子に「おせち料理ってどんなの?」と聞かれ思わず絶句。それ、よそで聞かんといてね、と思いつつ苦笑。

▲一昨日インターネットラジオを聴いてたらジョンとヨーコの『Happy Christmas』が流れてきました。
もうずいぶん前のことだけど、友だちのJがお気に入りの歌を選んでカセットテープに入れて送ってくれたことがあって、その一曲目がこの歌でした。
「たまにはこんな甘いのもいいでしょ」と、添えられたメモに書いてあって。
確かにこういうhappyな雰囲気の音楽は、いつもうつむいてjazzを聴いていた彼女っぽくなく。だから、その言い訳のように書かれたコメントが可笑しくて「Jもかわいらしいとこあるやん」と、ありがとうの電話で笑い合ったのを思い出します。

▲運動など全く縁のなかったJがマラソンを始めたのが30代。やがてトライアスロンにまで挑むようになり、アマチュアの大会に出るときまって「ね、聞いて、聞いて」と電話でレポート。
元々「走る」ことに大して興味のないわたし。それでもはじめのうちは、走るだけでもしんどいのに、泳いで自転車で走るやなんて「すごい!」と思いながら彼女の報告に耳を傾けるのだけど、そのうちにだんだん「ふんふん」と いい加減に聞いてしまっており。

▲けど、それは彼女の「走る」人生がこの先もまだまだずっとずっと「続く」と思ってたから。
「来年には会社やめて翻訳の仕事はフリーでしようと思ってるん。そしたら弱いスイミングもきちっとコーチについて、力入れようと思うんだ」
意気揚々と電話して来たそのすぐあとに病気がわかって。
元気と向上心を絵に描いたような「鉄人」の彼女が その後2年もたたないうちに あっけなく逝ってしまうなんて。
まさか、そんなこと思いもしなかったから。
クリスマスがちかづきこの歌を聴くとJのことを思う。
「かわいらしいの送って来て、って笑わんといてな」と恥ずかしそうに言ってたJを思い出して・・・そして「ごめん」と心の中でつぶやきます。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-12-19 21:14 | 音楽
▲12月。
ついこの間まで暑い、暑いとすごしたのに。もう年の暮です。クリスマスモードに入ったまち。ふと見たウインドウに映るわたしは、12月なのにスカートとセーター一枚で。こういうときふと、いえしみじみと「ああもうここは信州じゃないんだ」と思います。

▲中古でレガシーを買ったのは10年ちょっと前だった気がする。
久しぶりの友だちが遊びに来ると懐かしそうに「ああ、まだこれ乗ってるんだ」と言われた車。
それでもこれで大阪に帰ってくると「松本」ナンバーがちょっと誇らしかったんよね(笑)
きっちり洗車したこともなく、雨ざらしで、長い冬の間は積もった雪を乱暴にスコップで落とした。トラックがバックしてきて穴があいたこともあったし。雪の下り坂でずるずるすべったこともあって。カセットテープはとうに壊れ、天井の布の接着剤は剥がれ・・・

▲そうだ。近所の友だちには「お宅が家の前を車で通ると家じゅうで『あ、今からお出かけだね』って言ってるのよ」と
言われるわかりやすい古びたエンジン音(笑)
何度も何度も子どもを遠く松本の病院に連れて行った車。
そして、もしかしたらわたしが運転した「最後の」車(に、なるかもしれない。引っ越す前日に向こうで運転したきりこっちでは怖くて運転していないから)

▲こんどからは「大阪」ナンバー。冬になっても、何十センチも積もった雪をおろさなくてもいい、タイヤを履きかえることもなく、ワイパーを凍らせてダメにすることもない。
でも。
ちょっとさびしい。
あの寒く、厳しい冬の暮らしの要でもあったあの車と別れるのがさびしいです。

▲先日、上の息子が帰って来ました。家族フルメンバーでゆっくりすごすのは5,6年ぶりのこと。
特に何をするというのでもなく、ご馳走が登場するわけでもなく(すまん!)かつてそうであったように、わあわあ言いながら過ごした1週間。
年の離れた弟が子犬のように兄にじゃれる姿も、息子がわたしの知らない世界で経験して得た多くのことも 、親バカながら
うれしかった。

▲そして、にぎやかだった1週間はあっという間にすぎ また「いってらっしゃい」の朝が来て。
あ、そんな彼から母への提言はセンチメンタルな気分も一気にぶっとぶ
「おかん、もっといろんなこと勉強しろ」 だった(苦笑)
はい。努力してみます。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-12-02 20:01 | 開田村のころ

歩道橋の階段は52段で。

▲先日は義父の一周忌でした。
もう一年。あっというまの一年。しかし、いろんなことが もう てんこ盛りの一年。
これまでも結構波乱の多いわがジンセイでしたが、この一年のあれやこれやは間違いなくベスト3に入るよなあ(笑)と思いながら、窓の外を眺めます。
目の前に開田高原のあの透き通るようなブルーの広い空と濃いみどりの山々はないけれど、庭に干した洗濯物が秋の日差しの中できもちよさそうに揺れ、遠くにモノレールが4両ゆっくりすべるように走ってるのが見えて。
それに。
図書館や買い物に行くときの道々の緑も。
歩道橋の階段は52段で。一気に駆け上がって はあはあ言いながら見る橋の下、何本も走る道路とその上を途切れることなく流れる車。自転車置き場の守衛さんの欠伸。あちこちから聞こえる大阪弁。
これはこれで my favorite things です。

▲そしてその法事の翌朝、くたびれて寝坊していたら携帯メールの着信音で目が覚めました。見ると浜松の友人からで「難波(大阪ミナミにある駅)に10:30頃着きます」
ん?何?ええっ~。聞けば、思い立って朝一番鈍行にて名古屋まで。名古屋から近鉄で難波まで(JRより時間はかかるが安い)出て来た旨。
おお!すばらしいそのフットワークの軽さ。さすがわたしらの友だちです(笑)
で、何故その日かと問えばうちの上の息子が帰国する、と聞いたから「逢えるかなと思って」とのこと。たしかにこの日に帰ってくるとは言ったけどこの日に大阪に帰って来るとも言ってないのに。何という早とちり・・・と大笑い。それでも何でも「友 遠方より来たる。楽しからずや」な時間。

▲この方たちとは開田村で知り合いました。
我が家のすぐ近くに同じ年に同じように古い家を借り、彼らは山好きグループの「山荘」として、休みになると来てはったのです。わたしたちは彼らのおかげで、山の中に在っても、時に浜松から持って来てくれる新鮮な刺身を大皿一杯食し、おいしいsweetsを楽しみ、服のお下がりを頂戴しておったのでありました。
「むこうじゃ肘や袖口がぼろの服も平気で着てたけど(大阪住まいになって)ちょっと小ぎれいになったじゃん」とお誉めの言葉(?)には
思わず大がつくほどの苦笑。
でも、基本的生活スタイルはここでも何ら変わってない、ことを確認され(笑)昼過ぎに「んじゃあ、また来るわ」と早々帰路に。

▲が、しかし、この日は結局息子から空港に「着いた」コールがなく、何度電話するも繋がらず「ま、長時間の飛行機で疲れて寝入ってるのかも」と思ったけど、翌日も連絡なし。電話もやっぱり繋がらないし、で、思いあまって航空会社に問い合わせたら、2回の乗り継ぎで 都合2日かかって到着することが判明(って、実はメールで知らせてきたチケットの到着時刻の末尾に「+1」と2カ所に書かれてあったんですけどね。航空チケットの見方なんか知らんかったもん・・・と一人ぶつぶつ)
いやはや、友人よりもっと「早とちり」はこのわたしなのでありました。
というわけで 最初思ってた日から2日後やっと、めでたく?成田から息子の「今着いた」コール。
案の定そのかん2日分のしつこいほどの(わたしからの)着信履歴を思いっきりばかにされた「おかん」でした。ふう。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-11-16 14:10

夜やのに。

▲多分そうだろうと思いながらも「もしかしたら」という気もあり、どっちになっても大きな変化はないかもなあ、と思いつつ「それでも人が変わったら少しは」という消極的期待もあったんだけど。
「選挙とはそういうもんだ」と言われようとも、なんでケリーはブッシュに「おめでとう」などと言うんだろ。
だいたいその選挙システムもわからないことがいっぱいで、ブッシュへの5911万票という数字にも唸ってしまう。
ああ、やっぱりショック。
なんだか胃のあたりに鉛を抱え込んだような朝となりました。

▲さて。
早いものでもう11月となりました。去年の今ごろはまだ山の中でパン屋をしており、薪ストーブを焚き、そろそろタイヤ交換をし、山々が朱や黄色から少しずつ薄茶色に変化するのを楽しみ『お山(御嶽山)に三回雪が積もれば里にも雪が降る』の言い伝え通り「今年もそろそろかなあ」と冬の色をした空を見上げていました。
まさかその一年後大阪で、たまに半袖の若者を見て驚き、『鍋』で暖まるを通り越し汗だくになり、日中は窓を開けて、上着なしで自転車でパンを「買い」に走ってるやなんて。思わなかった。
ほんま、夢にも思わんかった。

▲麦麦のお客さんとは今もおつきあいの続く方が多く「どっかおいしいパン屋さんない?」が挨拶がわり(笑)
そして「家で食べる分だけでも焼けばいいのに」なあんて言われることも多いけど、まだそういう気分になれず、専らおいしいパン屋探しが続きます。
そういえば、転居後いつだったか「おいしいパンみつけた」と麦麦通信に書いたパン屋さん・・夏からずっとお店が閉まったままで。
自分ちも急にやめておいてナンですが、車で前を通るたびにシャッターの下りたお店がさびしい。どんな理由があるのかわからないけどまた粉だらけのTシャツ着て髭にも粉つけて(笑)パン焼いてるとこ見せてください、と思うのでした。

▲開田とここ大阪では生活スタイルが何から何まで一変した我が家ですが、中でも顕著なのは起床・就寝時間です。
前は相方は朝というよりは真夜中(午前2時半すぎ)に、わたしはそれより3時間ほど遅れて起床。彼はお昼に少し仮眠して、夜は家族全員9時半頃には就寝、というパターンでした。
だから、大阪住まいとなって、昔からの友だちのAが「ライブするからおいで」と誘ってくれても「それ何時から?」「8時」「ええっ?8時で終わりじゃなくって?」・・・とまあ何だか遠い世界だった、のです。
電車に30分も乗れば行けるのに。相方も息子も「行ってきたら」と言うてくれるのに。
ただただ夜のまちにでかけるのが こわかった(苦笑)

▲けど、先日共通の友だちと一緒に行こう、ということになり勇気百倍。
「ふたりでライブになんて、何十年ぶりやろなあ?」と行く前から大いに盛り上がり、その日を楽しみにしていました。
しかし何日か前になって彼女から「ごめーん。行けなくなった」メール。ううう~残念→不安。
けど、ここで「そしたら、わたしもやめとくわ」では これからもずっと一人で夜の外出はできんぞ、と一大決心して(オーバーやなあ・・笑)予定通り出かけることにしました。

▲まずはAのオフィスの地図をファックスで送ってもらい、ネットでは『駅前探索クラブ』にて地下鉄のチェック。『駅探・おでかけ道案内』で目的地のチェック。「お前N.Yにでも行くんか?」とバカにされながらも・・・ああ「ちゃんと行けるやろか。ちゃんと帰って来れるやろか」と どきどき。
そして、いよいよその日は来て。
「駅からたったの2分」というAの説明に意地でも自力で、って思ったのに、かの駅に着いたら、地図と現実の道がわたしの頭の中で一致せず(泣)仕方なく電話でSOS。
ところが、説明してくれる目の前のあるという建物そのものがわからん(号泣)
どうも皆目わかってないわたしのそんな様子にAが「今からすぐ行くし、そこから動いたらあかんで。じっとしときや」・・・って、なんかまるっきり子ども扱いやん。

▲15~16年ぶりに逢うAの先導で「徒歩2分」の後 彼の事務所のあるビルに到着。「どしたん?くみちゃん、昔は夜中でも平気で歩きまわってたやん。ほんま心配になってくるでー」とエレベーターのボタン押しながら「あっ、エレベーターって乗り方知ってるよな?」なんて言うてる。ふん!そんなもんくらい知ってるわい。
しかし。
田舎暮らし17年というのはやっぱりいろんな意味でハンパな時間じゃなかった、と痛感。

▲彼の相棒のYちゃんと車で会場の某カフェに。わたしは今回何十年ぶりかの記念すべき第一回夜の外出篇、ってことで控えめに早い目に退場予定、一方彼らは最後まで聴いていく、とのことゆえ、帰りはわたし一人。
道中「しっかり道覚えておこう」と思ってたこともすっかり忘れ、久しぶりの再会の興奮で 車中でもしゃべりまくる誰かさんでありました。
会場に着くと、この日出演のもう一組のバンドがリハーサルをしていました。おお~いいぞ。いいぞ。この感じ。忘れかけていたsomethingがむくむくよみがえってきます。

▲しばらくするとAの親友M君登場。この子(といってもやっぱり50のおっさんですが)とは、25年ぶり。目があったのでにっこりしたら「あのーもしかしてぼくの知ってるひと?」と尋ねられた。で、名乗ったら「ええっ?あの大きかったくみちゃん?なんか面影がなーい」
とか言うのである。
ふん!しらん人が聞いたら、今でも結構なsizeやのに前は恐竜やったんか?って思うやん。
そうそう、M君は有名なお方。けど、ちっともそれらしくなく昔のまんまで、とぼけておもしろかったので、息子のおみやげに「サインして」と言うのすっかり忘れてしもぅてた(笑)

▲そうこうしてるうちに友人夫妻の演奏が始まりました。
30年ぶりに聴くAのギターも唄もいい感じに年を重ね、Yちゃんのおもちゃのピアノや鉄琴の音もチャーミングで。
ああ来てよかった。
もっと聴いていたいなあ、と思ってたけど、やがて彼らの演奏も終わり、シンデレラ(ん?)は帰途に。
この並はずれた方向音痴の為にYちゃんが車で駅まで送ってくれました。助かった~
で、元気よく階段を駆け下りたものの、この地下道には人が誰もいなくて、通路の壁に何メートルかごとにある赤い防犯ベルがやけに目立つので、どんどん歩くスピードが速くなり、しまいにはダッシュして(笑)予定通り9時すぎの地下鉄に乗りこみました。

▲電車の中は、きっと もうまばらか・・と思ったのに通勤電車のように満杯です。
夜やのに。
どの駅からも一杯ひとが乗ってきはるんやもん。ほんまにびっくりです。
月曜の夜にこんな遅うまで皆何してるんやろ?と思いながらも、前に立った若いビジネスマンたちが「もう一軒行く、行かない」で もめてるのをおもしろく聞かせてもらっておりました。
駅に着くと相方が車で迎えにきてくれてて(わかってたけど)うれしかった。
いい夜でした。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-11-04 22:10 | 音楽

17歳。

▲そういえば。
10 月8日は麦麦の誕生日でした。パン屋を廃業した今となってはちょっとさびしい「記念日」だけど。なんで未練がましくこんなこと書いたかというと、たまたま先日観たDVDが『17歳のカルテ』。昨日読み終えた本が『17歳・モット自由ニナレルハズ』(小倉千加子著)なので「続けたら麦麦も今年17歳になってたんやなあ」とふっと思ったりしたからです。

▲『17歳・モット自由ニナレルハズ』は小倉千加子さんが17歳のひとたちからの相談に答えた本ですが、その前書きに『私は、七十年代の十七歳に戻るのなら、もう一回十七歳に戻ってもかまわないが、今の時代に十七歳を生きろと言われれば、たぶんご免蒙るだろう』とありました。
うう~ん。わたしだったらどうかなあ?

▲親も教師も社会も政治も信用できなくて、自意識だけがふくれあがって顔ではふん!と「そんなことわたしには興味ないもん」的に
一般高校生の興味を持つあれこれに背を向け、「遅れて」生まれてきたことに地団駄を踏み、とんがっては号泣して、それがわたしのセヴンティーンだったなあ、と思う・・・というのは、しかし わたしのB面で。
A面はロックに酔い、本の海で溺れそうになりながらも、いっぱいいろんなひとに逢い、よくしゃべりよく笑い、そして思いっきり食べて太り、もてもせず、ラジオの深夜放送に常連投稿、日中はいつも眠たい17歳でした。(ん?今とあんまり変わってへん?)
ああ、そんなふうにA面もB面もあった「わたし」というレコードも 今は表裏のないCDに(笑)
17歳。はるか32年も前、1972年のことです。

▲そうそう、この16よりちょっと「大人」で18よりは「子ども」そんな17歳を思うとき、わたしはいつも当時流行ってた歌を思い出します。それは『若いという字は苦しい字に似てるわ』という歌なのですが(このフレーズしか覚えてなかったので ネットで調べたらアン・真理子の『悲しみは駆け足でやってくる』でした)今、これを書きながら
「老いるという字は考えるに似てるわ」と気づいた!(あとで白川静センセイの本で調べてみよう)まあ老いも若きも もがき苦しみ、時にコケ、考え、そして何よりあほなこと言うたり、したり、笑いながら、生きて死んでゆくのでしょうけれど。

▲話はかわって。
一昨日の夜、テレビ『ニュース23』でブルース・スプリングスティンたちロックミュージシャンが『Vote For Change 』という反ブッシュをアピールするライヴを開いているところを映していました。
ひさしぶりに見るブルース・スプリングスティンもパティ・スミスもすっかり年とっていたけれど 熱くて なかなかカッコよかった。
とりわけパティ・スミスが力強く歌う (吠える! )『People Have the Power』に、年を重ねても 怒りのパワーを持ち続けるひとのうつくしさを思いました。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-10-22 16:03 | 音楽

エアーポート

▲秋晴れの青空に誘われ 息子と二人 (出不精の相方は留守番)「よっしゃ。これから伊丹(大阪国際)空港へ行こう!」
・・・って、飛行機に「乗る」のではなく「見に行く」だけなんですけどね。
上の子はあっちこっちで飛行機に乗ってるし、親のわたしたちも何回かはあるのですが、山生まれ、山育ちの息子(その2)は乗るのはもちろん、飛行場に行くのもこれが初めて。空港にはモノレールであっという間に到着。こんなんだったらもっと早く連れて来てやればよかったなあ。いや、近くだからこそ「またこんど」を繰り返していたんだっけ。

▲じつは、先月DVDにて鑑賞の『ラブ・アクチュアリー』の冒頭に出てくるイギリス・ヒースロー空港の到着ゲートのシーン・・・親子・友だち・恋人たちが「再会」にハグしてる(抱き合う)場面がそれはもう とてもあったかですばらしくて。こんな場面を息子にも見せてやれたら、って思ったんだけど・・・。よく考えてみたら、今は国際線といえば関西空港からの発着がほとんどみたいだし、第一日本人ってめったなことでは人前でハグなんてことしません、しね。

▲というわけで、この日も見たのは関西に里帰りの息子(または娘)夫婦と孫をおじいちゃん・おばあちゃんが見送りに(または迎えに)来てる、という感じのグループいくつか。それにこの時期ゆえか 圧倒的多数は修学旅行の生徒たち。
みんなおそろいのU.S.Jの大きな紙袋を持ってぞろぞろ歩いてる。旗を掲げて先導の添乗員とセンセが「早く、早く」と声はりあげるも、生徒たちはあくまでもぞろぞろペースを徹底キープ(笑)
空港のあちこちに この「座り込み団体」 とにかく荷物がすごい。そしてみんなお金もエナジーも全部使い切ったって顔。半ば放心状態(笑)で座り込んでる。なんかすごい光景でありました。

▲展望台で手すりに肘おいて、次々と飛行機が飛び立つところをぼーっと見てるのはいい気持ち。空はどこまでも青く広く。「いつか○○に行きたいなあ」「うん。一緒に行こうね」と隣の若いカップルの会話が聞こえて思わず顔がゆるんで。
搭乗の様子を見てると知らない多くのひとたちに「いってらっしゃい」と言いたくなる。こんどは自分が「いってらっしゃい」と見送ってもらいたいなあ。ここでない、どこかに飛ぶ、ということに惹かれながら、また一機飛び立つ飛行機を目で追って。

▲「おおお、飛んでる」と間近に飛行機を見てカンゲキしていた息子も そのうち「あああ、ぼくも飛行機乗ってどっかに行きたい」と「見てるだけ」に飽きた様子。やっぱりね。思うことは同じ。
んじゃあ、どっかで一休みしよか、ということに決まり。
いつもなら「もったいない」と入らない喫茶店に、いつもなら珈琲だけどショーウインドウの中、なんともそのオールドファッションな姿(笑)に惹かれて「レモンスカッシュ」を注文。厚ぼったいグラスにレモン一切れと缶詰の薄紅色のチェリーひとつ。
喫茶店はサテン、アイスコーヒーはレイコー、ミルクティーはミティー、そしてレモンスカッシュはレスカ、野菜サンドイッチはヤーサン・・・となんでも縮めて言ってうれしがってた、あの修学旅行の子のような年頃を思い出す。
ああしかし、こんなん氷のぞいたら中身ちょっとやん。家ならもっと大きなグラスでたっぷり飲むのに。¥500は高いなあ・・・と ゆっくり郷愁に浸ってられん「おばちゃん」です。

▲帰りには息子もわたしも好物の伊勢の赤福餅買って、この頃すっかり左党になった相方には広島・鞆の浦の竹輪を、息子も小遣いで「おとう」にと京都・祇園の黄金一味とやら。旅行気分であちこちのモン買って帰宅。
この間(かん)わずか二時間余り。時間の割りに出費のかさむ「小旅行」(笑)ではあり、感動的ハグシーンにも出会えなかったものの
十数年ぶりのエアーポートでいろんなこと思って、たのしかった。
けど。
こんどは乗客として訪れたい、です。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-10-11 11:26 | 出かける

衝動購買

▲『秋立ち 秋闌けて 秋仕舞う』はわたしのすきなことばです。
まだまだ日中は「大阪の夏はエンドレスか?」と思う暑さながら、朝や夕暮れ時には「秋立ち」を肌で感じます。

▲先日スーパーで買い物をしていたら、野菜売り場から豆腐、肉売り場まで、あちこちに『そろそろ鍋がおいしい季節になりました』というポップが。
折しもちょっと効き過ぎとちゃうか?と思う冷房に肌寒く感じていたわたしは「せや、今夜は鍋に」と安直(笑)
が、豆腐売り場で横にいた母娘づれもまた、そのポップ見て「冷や奴って思ったけど鍋にしよか」とわたし同様「焼き豆腐」を選んでおいででした(笑)
ポップ(POP)とはpoint of purchase advertisingの略で商品近接広告のことだそうですが、少なくとも二人には効を為したわけです。
買い物をすませて外に出たら「鍋の季節」はまだまだ先、と思える日差しで一瞬「しまった!」と思いましたが「ま、そのうち涼しくなるわ」と自転車のかごからはみ出した白ネギの先を見ながら家に帰りました。

▲が、いくらたっても「そのうち」が、やってくる気配もないまま夕飯時に。
それでも鍋の用意をしてたら「ええっ?こんな暑いのに鍋なん?」と相方と息子のブーイング。「久しぶりに鍋もええもんやで」と返したものの、いざ食べ始めたら熱い、いや暑いのなんのって。「鍋」食べながらエアコンは勿体ないなあ、と思いながらもついにはスイッチオン。
あとでニュースを見てたら「今日は○日ぶりの夏日で・・・」と言っており「ほら、見てみぃ。よりによってこんな日に」と再び二人から責められるのでありました。ああ、夏でも「鍋」を楽しめた開田高原が恋しい。

▲今更ながらナンですが、ちょっとくやしいのでpopのこと調べたら『景気低迷時は当然のように購買意欲を盛り上げる仕掛けを、景気好調時にも衝動購買への仕掛けが必要となります。POP広告は景気・不景気にかかわらずお客様の購買意識を左右します』だそうです。はい。これからは気をつけます(笑)

▲衝動購買といえば、この間ネットで思いもかけず長年探していたレコードがCDで発売されていることを発見。これ、十代のおわり頃よく通っていた京都の某ブルースを聴かせる店でいつもリクエストしていたもの。いつか買おう、と思いながらそのままになっていて、いざ買う気になった時にはどこを探してもなくわたしの中では「幻の・・」的存在だったのです。新品ながら値段も¥400余りで(なぜこんな安価なのだろう)うれしくて即注文


▲が、相方に「どんなん?」と聞かれ、はたとことばを失うわたし。考えてみるに「よかった」「どこを探してもない」ばかりがわたしの中で膨れあがって実体がない、というか。女性ボーカルということしか思い浮かばなくて。CDが届くまでどんなんが来るんやろ?値段も安すぎるし、とどきどき。
果たして届いたCDは記憶に残るジャケットでしたが、一曲目を聴いてがーん!
何かちがう→いや、あの頃はこういうのが好みだったんかも→やっぱり、こんなんじゃなかった気がする・・と思いながらも聴いているうちに、寝ぼけ眼で見ていてぼやけていたものが、少しずつはっきり輪郭が見えてくるように「あの頃」が浮かび上がってきて。

▲今の若い子みたいにレコードをそんなに簡単には買えなくて、一枚一枚をそれはもう何回も何回も聴いてた頃。新譜はラジオかレコード店で頼んで試聴。あとはrock喫茶やjazz喫茶に「行って聴いてた」頃。
結局今回買ったCDでいいなあと思ったのは一曲きりだったんだけど。
京都の(今はとうにない)市電(とりわけよく乗った6番,8番,22番がのんびり走る姿)や珈琲一杯で粘り抜いて(笑)何枚ものレコードを聴いた(今もあるかどうかわからない)喫茶店がすぐそこに浮かんで。
いい買い物でした。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-09-29 13:48
▲雷・地震・台風・・・と9月に入るや 怖いことの続いた(・・もう過去形にしたい)日々でした。長野県で住んでいる時も地震は何回も経験していましたが、揺れの感じがちがうのと時間が長かったので、ほんまに怖かったです。台風も同じ。テレビのニュースで長野や青森のりんごが落果してそこらじゅうに散らばってるのを見て、かつてパンで(うちの酵母にはりんごを使っていたので)お世話になったりんご農家の方はどうしてはるのか、と思っています。

▲地震のあった日の朝、この前ここに書いたアメリカから来ていた友人一家が関西空港から帰って行きました。最初予定してたよりうんと短いわが家での滞在でしたが、だから特にどこに出かけないで、話して、食べて、こどもを(愛すべきいたずらっ子Julian)ベビーカーに乗せて近所に買い物に出たり、散歩したりのゆったり、しかしものすごーく にぎやかで濃い時間をすごしました。

▲英和、和英辞典、紙とペン、時に本を持ち出したり(写真など見てもらう方が話が早い)インターネット、身振り手振り、もう何もかも総動員(笑)の会話ながらも改めて友だちの暖かさ(ことばにするとこの一言になってしまうのがもどかしいけど)に触れて、再会できたこと ほんまにうれしく思いました。今回初めて逢った彼女のパートナーも心底やさしくすてきなひとで 彼女が遠距離(アメリカとネパール)をものともせず一緒になりたい、と思ったそのきもちがわかる気がしました。

▲「きっとこんどはアメリカで」と再会を約束。が、その前にもうちょっとは真剣に英語を学んで・・と痛感。
その昔はウエストコースト、大人になってからはNYに、と 音楽も文学も美術もアメリカにあこがれてきたのだけれど。ここ数年 単純にすきとは言えなくなってる。彼女たちとそういう話がしっかりできるように I have to study English !と思う。

▲・・・というわけで前回 息子には彼女からの電話の応対にさんざんなとこ見せてしまったのでなんとか挽回、と思ったものの、とうとう(やっぱり)しどろもどろで終始カッコ悪いまんま でした。けど、どんなにカッコ悪くても ひととの繋がりの始まりは heart to heart って感じてくれたらそれでもう十分。
それにしても。わたしたちが受けてきた長年に渡る(ほぼ役に立っていない)英語教育って何やったんやろ、ね。
-
[PR]
# by bacuminnote | 2004-09-12 20:25
▲相変わらずお昼から夕方までついつい無口になる暑さです。ちょっとはましか、と外に出たらまだまだ熱気のこもる空気で、そんな頃 届く夕刊はまるでスポーツ新聞。派手なカラー写真と大見出しが踊っていて、よけいに暑苦しくて 腹立たしい。
けど、夜寝る頃になると 信じられないくらい冷た目の風が窓からするぅ~と入ってきて。ああ、ええきもち。やっぱり自然の涼風というのは、思い通りに 吹いてはくれんけど エアコンなんかもう問題にならん爽やかさです。暑い大阪でも まあ それなりに八月の終わりやん、と ちょっときもちもやさしくなる夜。

▲この間アメリカの友人から「今月末 日本に行くことになった」とメールが来ました。彼女とはわたしたち一家が北米を旅した夏にお家におじゃまして以来、だから14年目の再会になります。ひゃっほー。「Aが日本に親子3人で来るねんてぇ」と言うと相方も、それに彼女にまだ逢ったことのない息子(その2)もコーフン気味。で、そんなコーフンが一段落して、ふと「あ、せや。英語や」と、かんじんのこと忘れていたのに 気づき青ざめるのでありました。

▲今からやってもあと三日 と思いながらも macの前に座ると、ついつい英会話のサイトをのぞいてしまうわたし。あ、これ使える。そうか。こういうときはこの単語でええんや。へええ・・・って今頃、そんな一文一語に感心してて どないするねん・・・なんですけどね。うう~ん こういう感じ何か前にもあったような気がするなあ。せや、試験前の一夜漬けのあの貴重なひととき。もうあと何時間かでテストやいうのに、今頃このおもしろさに気づくやなんてなあ・・・のあの感じ。いやはや時は流れ、もはやその頃から軽く30年の月日は流れているというのに、変わらない自分につくづく がっかりするのでありました。

▲が、思えば 初めてAと逢ったときも、滋賀県の中学校の英語のアシスタントで来ていた彼女は日本語がほとんど話せず、わたしたちの英語と言ったら中学1年レベルで。それでも(パン)(玄米)(音楽) の共通のキーワードもあって何回となく一緒に呑んだり、ごはんを食べたり、結構離れた隣町のプールまで 自転車4台連ねて はあはあ言いながら走ったり。一度は大阪まで出てブルースを聴きにライブハウスに行ったこともありました。

▲ちょっと話は横にそれますがこのライブ、Suger Blueというシカゴを拠点に活動してるブルースハーピストのもの。このとき小3だった息子(その1)は最初アルコールのあるライブハウスなので入場を断られたのですが「この子もブルースが好きで聴きたくて滋賀から来た」と店の人とかけあって(ほんまのことやったし・・)無事入場したことも忘れられない思い出になっています。・・・とまあ、そんなこんなの17年のつきあいです。

▲相変わらず彼女は日本語が話せないし わたしたちの英語力と言ったら体力同様年々衰える一方やし(って、中一レベルやったら もう落ちるとこないやん、状態)しかし、相方といったら 彼女と初めて逢ったときからそうなんだけど、わたしよりすごいブロークンな英語と大阪弁で政治・国際情勢の話をしようとするんやもん(苦笑)まいります。ま、いつも当然のごとく難航、時に転覆(笑)したりするのですが、それでもこの人は悪政に怒ってるんや、くらいのことは十分通じてるとは思う。そしてこれは相手がAだけでなく、彼女が帰国後何人かうちにやってきた彼女の友だちに対しても同じ。相方曰く「英語しゃべれんからいうて天気の話しててもつまらん」→ごもっとも(けど、もうちょっとは英語の学習もしてね・・)

▲さて。
すてきなパートナーと出逢い、いまは一歳半のこどものお母さんでドクターになった彼女。ああ、逢う日が楽しみです。
いや、その前に掃除と英語やった!(笑)



-
[PR]
# by bacuminnote | 2004-08-26 21:32

朝顔の花は群青色で。

▲昨日は義父の初盆でお寺にお参り。
開田村のお寺は冬になると床暖房ですごく暖かでした。それまで 冬のお葬式では震えるような思いをすることが多かったので、初めて村内のお葬式に参列したとき関西でもあれだけ冷えたんやから、と一杯着込んで行ったのですが。本堂は床暖房。広間には何台も大きなファンヒーター・・と どこも暖かくて。もちろんお寺が新しく建つ前は震えて震えて、だったのでしょうけれど。
さて、夏、この暑さの中 大阪のお寺では冷房をしてはるんやろか?
いや、案内状には「どうぞ涼しい格好でお参り下さい」と書いてあったもん。それはないんやろなあ・・・などと思いながら この日も日傘を軽く通す熱気に、途中我慢できずに買ったペットボトルの水を飲み飲み お寺までの道を歩きました。

▲お寺につくと 開け放たれた本堂は扇風機が三台回っていただけですが、 外の熱気がうそのように涼しく、団扇も用意されていて。廊下には蚊取り線香。なんだか田舎の家に里帰りしたような懐かしいきぶん。
若い頃にはお寺に行くことなどありませんでしたが、パン屋を、田舎暮らしを始めてからは、滋賀県でも長野県でもお葬式には隣組のお手伝いで何回となく出かけました。

▲滋賀県のときは公民館に字(あざ)のひとたち(各家から一人)が全員集まってのお通夜でした。そして『正信掲』というお経をみんなで。用事で親が出て来れない家は小学生や中学生の子が来て、大人と同じようにお経をあげていたのには驚きましたが、それだけ浄土真宗が根付いている地 だったのかもしれません。
広間にぎゅうぎゅう詰めの 百人ものひとたちがあげるお経は 信仰を持たないわたしの胸にもせまるものがありました。
このときの途中休憩のお茶やお菓子のお世話は男の人の役目で、人と人のわずかな隙間に足を入れ 頭の上にお茶をこぼさないようにお給仕する ふだんはお茶など自分で入れたことのないようなおっちゃん達の姿がとても微笑ましく いい感じだったのを懐かしく思い出します。

▲長野県・開田では火葬場まで遠いこともあって お葬式の前にたいてい早朝 (6時~7時頃)出棺します。家族と親戚や隣組がお家で最後のお別れ の間 近所の人たちは外で待つのですが、寒いときは零下20度にもなるようなところで、それでも早朝 雪降る中、お家から出て来られるまで、ずっと道ばたに立って待っています。お年寄りは手ぬぐいで頬被りこそしてはるけど、みな外套も着ず 手袋もはめず 喪服ではなく普段の格好で 。あまりの冷え込みに時々足踏みしながらずっとずっと待っています。
そうして出棺のときが来て。
手を合わせ車が出て行くのをいつまでも見送って。
外した頬被りの手ぬぐいで涙を拭いては また深々とお辞儀して合掌してはる姿には何度も泣かされました。
そして人との別れは 決して見栄や形式ではないことをつよく思いました。

▲ 義父の遺品を整理していてみつけた短歌ひとつ。
『越しゆきし 孫の残せる 群青の 朝顔の花 けさも鮮やか』
1987年8月、パン屋を始めるべく大阪のこの家をあとにした夏。
当時小学校一年の息子(その1)が学校の理科の観察で持ち帰った朝顔の鉢をうたったのでしょう。
首にタオルかけて汗をふきふき じょうろで朝顔に水をやる義父の姿を思い出すお盆です。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-08-14 16:44 | 開田村のころ

奈良

▲なんだかここに越してから ずっとずっと「夏」が続いてる感じがするのに。明日でやっと8月が始まるんですよね。ふう。長いなあ「夏」。
開田高原の友人から「いまフリースを着込みました」なんてメールをもらうと思わず受信の日付を見直してしまいますが、もちろん今のこと。夜になると涼風は冷風に、の開田in summer なんでした。いいなあ。(そのかわり「冬」がうんと長いんだけど)


▲朝から暑さ全開!だった木曜日 母の見舞いに奈良の病院に行きました。
まだ「電車」も「一人外出」も珍しいので 緊張気味に改札を出るわたし。でも病院行きはこれで二回目だから、ちょっと余裕かも(笑)
乗り込んだ地下鉄で よくよく効いた冷房に 肌の露出度大きい若い女の子見ては「寒ぅないんやろか」と気になったり(帰ってから相方に言ったら「そらお前とちごぅて若いから平気なんやろ」と返されたけど)
「あのぉ、その件なんですけどぉ 今 営業のモンとも話しましてですねえ・・」
と、ここにいない人にはお辞儀までして気を遣ってるのに、ここにいる人への配慮は なく携帯でしゃべるのをやめないサラリーマンのおっちゃん。「夏期集中講座・問題集」を一心不乱に解いていた きれいに眉毛カットの男子高校生くん・・・と まだまだウラシマタロウ的視点。そしてこんなふうに眺めたり感心したりしてるモンで 膝の上、開いた本がいっこも先に進みません(笑)


▲病院に着いたら、母は同室の方と楽しそう。八十すぎて、年齢も してきた仕事も環境もまるでちがう人たちと「痛み」を語り 冗談言うて笑ってすごせてほんまよかったわ、と母。2年前の入院のときは長野から日帰りでせわしなく見舞ったことを懐かしく想い出しながらこの日はゆっくりしゃべって病室を出ました。


▲外はもう地面からもわあ、と立ち上がってくるような熱気。しかも病院内でうろうろ(迷い)せっかく『駅前倶楽部』で調べて行った電車に乗り遅れ、ただでさえ暑さで頭がぼぉーっとしてるのに、この時刻に乗ったら○時着やったけど、一本遅らしたら・・とわたしの頭の中のダイヤグラムは完璧にぐじゃぐじゃ(泣)
結局、遠回りながらバスで奈良駅に出ることに。


▲ため息つきつき乗ったこのバス、しかし空いてるわ、涼しいわ、長いこと忘れていた道を走るわ、で大正解でした。車窓から見える 標識のみごとに上から下まで「~院」「~寺」「~神社」に、ああ奈良やなあ。
奈良ホテルのあたりの緑、緑も涼しげで。公園では鹿も見て、猛暑の中 女性客2人乗せて走る人力車も見て(運転?のお兄さんはなんとお客さんと笑って話しながらの走行であった。すごい!)かつてよく歩いた商店街を遠くから眺め、じゅうぶん楽しませてもらったところで終点・奈良駅に。
そうそう、この日持参した小説の背景が思いもかけず奈良で。気分は奈良 な一日でした。若い頃はふん、と思ってたけど。バスから見た奈良の町並みにちょっとじんときた。


▲帰途 地下鉄で「梅田」をすぎ、3年ほど前に用事でここを歩いていたとき 中島らも氏とすれちがったことを思いだしていました。すごくすごく痩せてはったけど、その存在感もまたすごかったので すぐに「あ、らも」と思い 立ち止まり振り返り 人混みに吸い込まれてゆくまで 少しの間 後ろ姿に見入っていたのですが。
中島らも氏死去のニュースには友人・知人がそのHPでみな一様に寂しくなった、と書いていました。友だちと(らも)のことを特別にいっぱい話した、ということはなかったけれど。みんな それぞれのこころの中に確かに(らも)は いてたんやなあ、と思いました。
(らも)の『ぷがじゃ』(プレイガイドジャーナル)連載の頃を想い出す。そんな『ぷがじゃ』が出かけるときは いつも布のかばんに入っていたあの頃を思いながら 電車の中 わたしの前に立ち『ぴあ』を開く若い男の子を眺めるのでした。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-07-31 22:30 | 出かける
▲いまどきはみんな思ってることだろうから書かないでおこう、と思うのだけど。いやあ暑い。暑すぎ。ほんまに暑いです(あ、3回も書いてしもうた)
クーラー嫌い、夏でも靴下二枚重ね履き、お茶はやっぱり熱くないとね。下着なしのTシャツ一枚?とんでもない・・・
今までに 言うてきたこと 全部撤回 2004年大阪の夏(苦笑)
というわけで 十数年ぶりに朝からやかん一杯のお茶を冷やし、素足、Tシャツ一枚、日中と寝るときはクーラー。そして常に首にはタオル!・・・な日々になりました。

▲引っ越しの前日・5月24日をもって車の運転は休止状態なので(とても都会で運転できる技量も度胸もない小心者のわたし)こっちに来てからは買い物に出るのも歩いて行っていましたが、この猛暑ゆえ先日ついに自転車を購入。¥6800-の中古ながらいっぱいの荷物と重いモン(→わたし)にも耐え、よく動いてくれています。籠だけは新品に。だからというわけではないけど、mac買ったときついてたAppleのシールを籠に貼ってわたしの「アップル号」(笑)なぁんて喜んでたら「なんじゃそのセンス?そんなしょぼい自転車に貼ってたらマック愛好者から怒られるぞ~」と相方と息子にはバカにされるし「なんか農協購買車の名前みたいだね」と信州の友人には笑われてしまった・・・のですけどね。


*農協購買車というのは店のない(少ない)村に週1~2回食料品からトイレットペーパー、たわし、洗剤に至るまで何でも売ってる『走るコンビニ』(笑)ほんまもんの?コンビニのない村だったので結構便利でしたが、ただ到着を知らせる音楽が大音量、しかも演歌!しかも知らないうちにその歌詞覚えてしまって、何かしながらふっと♪あ~なた恋しい越前岬~ なんて口ずさんでたりしてしまったときのショックといったら(苦笑)あ、ちなみに開田村では購買車は『やまびこ号』という名前でした。

▲しかし、ちょっと信じられないようなこの暑さでぼぉーっとしてる間にも、いろんなニュースが聞こえてきます。その中にはそれこそ信じられない発言もあって。暑いし気が付かんかった、ではしゃれにもならない。テレビは「暑い暑い」で流してゆくけど。だまされたらあかんと思う。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-07-21 15:46

はじめましてはいつも。

なんだか落ち着かない。
なんだかどきどき。
なんだかからだじゅうに力が入る。
そういうわけで「はじめまして」はいつもこんなふうだけど。
はじめまして。どうぞよろしく。
[PR]
# by bacuminnote | 2004-07-17 15:41