いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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ちいさくて母。

母を見舞う。

「通院するのは大変なので」「ちょっとの間」「大事とって」の入院らしく、大丈夫だろうとは思ったんだけど。
なんというても高齢だし、何より環境が変わって不安がっているかも~と、つれあいと二人で朝から病院にむかった。

その日はまだお盆休み中のことで、天気予報は午後から雨の確率70%ながら、街はどこも人がいっぱい。電車の特急券売り場にも国内外の旅行者で長い列ができていたのは、ふだん外出しないわたしの予想外のことだった。いつか観た古い映画の田舎からでてきた老母のごとくオロオロ。予定の電車に間に合うかひやひや・・・というわけで車内でお昼に、と先にパンを買って行ったんだけど、あとでと思ってた缶コーヒーも買えないまま乗車となった。

色とりどりのキャリーバッグが棚の上や座席にいっぱいの車内で、わたしらもちょっと旅行気分でパンをかじる。(のみものがなくて喉がつかえたけど)やがて目的の駅に到着したと思ったら、こんどは駅から乗ったタクシーが渋滞でなかなか前に進まない。
予報通り途中から降り始めた雨はだんだん雨足がつよくなって。見るともなしに雨粒の車窓から外を眺めて見覚えのある通りの様子に、そういえば以前もやっぱり母の見舞いでこの道通ったよなあ~と話す。

かつては働いて働いて、寝込んでいるところなんて見たことのない母ながら、ここ十数年の間には何度か入院もして、そうそう信州のころは下の子の心配もあったから、木曽から日帰りでせわしなく奈良市内の病院を見舞ったこともあった~と、思い出してるうちにようやく病院に着いた。

受付で聞いた部屋を探していたら、廊下のむこう~看護師さんに付き添ってもらってトイレから出てきた母と目があった。思いもかけない(たぶん)わたしらの姿にびっくりしたのか、恥しいのか、照れ笑いしてる。よかった。なんとか歩けてる~。

それでもパジャマ姿だったからか、点滴のスタンドと押し車のせいか、いや、病院という背景ゆえか~先月ホームを訪ねたときよりも、母はちいさくて頼りなげに見えて。いつものように、おもしろいことのひとつでも言うて笑わしてやろう、とおもったのに。「来たで~」と言うのがやっとだった。

ホームの職員さんが着替えを持って来てくれたり、つれあいが足りないものを階下へと買いに行ってくれる。そのつど「ほんまにすんませんなあ」「ありがとう」をくりかえす母。点滴を確認にきた若い看護師さんが「◯◯さん、娘さんらも来てくれはったんやし、元気だしてや~」と奈良弁で(←大阪弁と微妙にちがう)声をかけてくれると、こどもみたいに「はいっ」といい返事しており、そんな母がかいらしくて、そしてちょっとせつなかった。

先日、母のすきな曲集めて二枚目のCDを送ったとこなんだけど、届いたその日に入院になったようで。
「一曲目はユモレスク、二曲目はトロイメライやで。乙女の祈りもエリーゼのために、も入れといたしね」と言うと「帰ってから聴くの楽しみや」と一気に顔がぱあっと明るくなった。

母は娘がだれもちゃんと弾けなかった(苦笑)ピアノを65すぎてから習い始めて「エリーゼのために」がゴールだった。
「わたしはいっこも母親らしいことできんかったのになあ・・・ユモレスク好きやねん・・あんたはわたしの好きな曲まで覚えてくれて。ほんまいつもありがとうな」と半泣きで別れのあいさつみたいにしゃべり出すのでこまった。いや、ちいさい頃からわたしに音楽の入り口を用意してくれたのは、誰でもない音楽がすきなあなたやったんですよ~と思うてるのだけど。とっさにそんなことばは出てくるわけもなくて。

▲帰りは電車の連絡がうまくいかず、急行や普通を乗り換え乗り換え。車内で病室の母のことを思い返す。「ほな、帰るし」と言ったとき、目をぎゅうっとつむってこっちを見ないで手を振ってたっけ。

窓の外はのどかな田園風景。雨あがりの畑に赤い鳳仙花がひとかたまり咲いてるのがみえた。

「子のように母ちいさくてホウセンカ」(しずか)

むかいの席の母子は田舎にでも行って来た帰りだろうか。ママも、抱っこされた赤ちゃんもその横のリュックに埋もれるように寝入った女の子も皆くたびれ果てて眠っている。おにいちゃんだけは膝に真新しい虫かごを置いて、ときどき蓋をそろりと開けてカブトムシをつまみあげては、ちょっと手足を動かす様子を見てまたカゴに戻している。わたしと目が合うと恥しそうに、でも得意気にまた蓋を開ける・・をくりかえして。「あああ、そこで、おがくず、ひっくり返えさんといてや~」と、おば(あ)ちゃんはハラハラしながら眺めてたけど、かれも又そのうち眠りの国の人となり。

▲ようやっと最寄りの駅に着いたらまた大雨だった。なんせ70%やしね。デパ地下で鴨のスモークをふんぱつして、ビールビールとおもいながら帰宅。

長い一日でした。


*追記

その1)

昨夜、ネットで脚本家の山田太一氏の断筆を報じるインタビュー記事を見つけて、読みました。山田太一脚本のテレビドラマはリアルタイムでずっと観てきて、そのつどその頃の思い出や思い入れもあって「すき」と一言で言えないくらいなのですが。
氏は今年はじめに脳出血で倒れはって、退院後言語機能は回復しつつあるらしいのですが、もう脚本家として書ける状態ではない、と言うてはります。とても残念だけど、これまで観たもの、読んだものは自分の中でふかく残っています。

インタビュー記事を読んでいると、最近の母のことばと重なるところがいくつもありました。

「時々記憶が、飛んでしまう」「思ったことを上手く表現できない」「生きているということは限界を受け入れることであり、諦めを知ることでもあります」

それでも、氏はそれを「ネガティブなことではない」と言い切ります。「諦めるということは、自分が”明らかになる”ことでもあります。良いことも悪いことも引き受けて、その限界の中で、どう生きていくかが大切なのだと思います。」(*週間ポスト2017年9月1日号 より抜粋)


以前、山田太一さんが『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス 鹿野靖明とボランティアたち』(渡辺一史著)という本の解説を書いてはって、その中で「尊厳死」について言及しておられます。こちらもあわせて、ぜひ→

(この本のことはここにわたしも以前書きました)


その2)
お盆の前後は墓参にでかけたり、息子2が帰ってきてたり、今日書いたように遠方の病院に行ったり、で、本も読みかけのまま、映画(DVD)も観たのに(『めぐりあう日』『灼熱』『ライフ・ゴーズ・オン』)わすれてしまってるという体たらく。
あ、そういえば『サンダカン八番娼館 望郷』(熊井啓監督)という古い映画をめずらしく息子と一緒に観ました。「からゆきさん」だったおサキさん役の田中絹代は素顔でボロ布纏ったような姿でしたが、きれいなひとやあと思いました。山崎朋子の原作は出版当時~高校生のときに読んだきりで、忘れてしまってるところが多かったのですが。その頃からひとつ忘れないでおこうと思った一節があって。


それは山崎氏が研究のための聞き取りだとは明かさず、おサキさんの家でしばらく寝起きを共にしてきて「どうしておサキさんは、見ず知らずの私なのに、何ひとつ素性を聞こうとしないの?」とたずねると、おサキさんはこう応えるのでした。

「誰にでも事情っちゅもんがある。相手が自分から喋るならまだしも、当人が何も言わんものを、どうして聞けようぞ」


その3)

今日は、やっぱりこれを聴きながら。

Kreisler plays Dvořák Humoresque



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by bacuminnote | 2017-08-18 12:12 | 出かける | Comments(0)

ひきだしをあける鍵。

▲蝉の大合唱と、パジャマの襟の汗のつめたさに、今朝もアラームの鳴る前に目が覚めてしもた。夜中には暑いのとトイレで何度も起きたから。寝不足でぼぉーっとしながら雨戸を開けたら、思いがけず涼しい風がすいーっと束で入ってきて、ああ、ええきもち~と深呼吸ひとつ+大あくび。

洗濯物を干していたら、百日紅の花がいっぱい咲いているのに気がついた。

前は、昔の絵葉書みたく濃い青空を背景に、やっぱりつよい色調のピンクの花が苦手やったから。なんでお義父さん、こんな木植えはってんやろ~と思ってたんやけど。いつのまに、いつからか、気になる花になって。
「さみしさは空の青色さるすべり」(拙句なり~)

そういうたら、いま読み始めた『俳句と暮らす』(小川軽舟著 中公新書)の冒頭「金盥(かなだらい)傾け干すや白木槿」(軽舟)の一句のあと、「俳句とは記憶の抽斗を開ける鍵のようなものだ」ということばに、そうそう!と声をあげる。この白木槿からも、ウチにもあった木槿の~高いとこで咲く花をいつも首をぐっと伸ばして見上げてたこと。根腐れして植木屋さんに切ってもらった日のこと。義父のすきだった木槿や百日紅の花や俳句・・と抽斗の中にいろんなものが詰まってたことに、この一句から気づく。

▲さて。
大阪の日中の暑さは日々もうハンパなくて。いつも通る歩道橋でも立ち話してる人はだれもいない。顔見知りに出会っても、みなさん立ち止まることもなく「暑いねえ」「ほんまになあ」で済ませてはる。きもちのええ季節やと「もうちょっと隅でしゃべって~」と思うほど、老若男女「立ち話のスポット」(苦笑)なんだけど。


信号待ちの横断歩道では、じりじり照りつける暑さに堪えてか、口をぎゅっときつく結んでる人、あくびしてはる人。そんで、そんな知らない人らにさえ、つい「たまりませんねえ」と同意を求めたくなるような(実際求められることも時々ありマス)毎日である。ということで、こころから暑中お見舞い申し上げます。

そんなどこにも出かけたくないよな暑さの中、この間ひさしぶりに隣町のレンタルショップまで足をのばした。

『みかんの丘』(ザザ・ウルシャゼ監督)と『とうもろこしの島』(ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督)は上映時に行けなかったので、二枚とも棚に見つけて小躍りする。そして、これまたひさしぶりに、フウフで(各自!)鑑賞のあと、食べながらのみながらの感想大会となった。

映画のチラシには二作とも「世界は閉じたままで、いまだに出会うことがない」と大きな文字が入る。どちらも簡単に言えば傷ついた兵士を匿って世話をすることになるんだけど。戦争に「簡単に言えば」はなくて。つねに複雑で理不尽で不条理の世界だ。

▲どちらも、深くいい映画だったけど、きょうはそのタイトルからもよい風の吹いてきそうな『みかんの丘』の感想を書いてみようとおもう。この映画は木工の場面から始まる。
ジョージア(グルジア)のアブハジア自治共和国でみかん栽培の村は、エストニア人の集落だったが、ジョージアとアブハジアに紛争が起きて、殆んどの人たちは帰国。居残ってみかんの木箱を作るイヴォ(これが冒頭の場面!)と、みかんの収穫をする友人のマルガス。

ある日彼らは家の近くはげしい銃撃戦で負傷した二人の兵士(亡くなった人たちには、土を掘って埋葬する)を、自宅に連れ帰り手厚く介抱する。

この二人の兵士、一人はチェチェン兵(アブハジアを支援)のアハメド、もう一人はジョージア兵のニカ。

瀕死のときは、まさか同じ家に「敵」がいるとは知るよしもないけれど、少し怪我が落ち着いてきてそれを知ったとたん、お互いに殺意をむき出しにするのだった。そこで、イヴォはこの家の中では絶対に戦わせないと宣言。

画面のむこうのやりとりを見ていると「敵」って何なんよ?と滑稽ですらあるんだけど。それでも、ちょっとしたこと(本人たちには「ちょっと」ではないのだろ)で、文字通り一触即発状態が続く。

マルガスには、とりあえず今はみかんを収穫したいという理由があるものの、イヴォの家族はすでに帰国しているようなのに、なぜ彼はひとりこの地に残って、みかんの木箱を作り続けるのか~よくわからないまま物語はすすみ、終盤アブハジアを支援するロシア兵たちがやってきて、また銃撃戦が始まる。


採る人をなくした鈴鳴りのみかん。死んでしまったひと。遺されたひと。少しずつ解ける謎も、やっぱりわからないままのことも。最後はみかんの黄色が悲しみの中でわずかに希望のようにも感じる。

わたしはずいぶん前に観た『ククーシュカ ラップランドの妖精』という映画を思い出していた。この映画も夫をなくし一人暮らしのサーミ人の女性が、それぞれの事情でそこに置き去りにされたフィンランド兵とロシア兵を助ける話だった。

大きなちがいはククーシュカ・・の三人は言葉もフィンランド語、ロシア語、サーミ語と、まったく通じなかったこと。勘と諦めの中で(あとセックスが介在すること。これがじつにおおらかでええ感じ)ぶつかり、わかり合えないながらも奇妙な三人の共同生活が始まって、(ここにも少し書きました)そして最後はそれぞれの地に戻ってゆくんだけど。

いつも思う。そう簡単にはいかん、ともうひとりのわたしが強く言うんだけど。ひととひとは仲良くわかりあって暮らせるのが一番。でも、その難しさは夫婦だって親子だって、そうそう簡単なことじゃないことぐらい皆わかってる(はず)。まして育ってきた環境も言語も宗教もちがえば、当然価値観も大きく変わってくるだろう。

それでも。
あるキョリを持っての暮らしなら、多少のぶつかり合いや揉め事もありながらでも、やっていけるんやないか~と。じっさいやってきた歴史があるんやないか、と。世界が開けるときがあるんやないか、と。いちばんの問題はいつもそこに他所から「介入」してくる大きな力が在ること。そこに支配や搾取や権力が大きな顔して居座ること。

「王様のなんにもしない涼しさよ」(火箱ひろ)

*追記

その1)

わたしは2010年からはじめたTwitter~すてきでおもしろい友だちといっぱいであえました。で、つねづね「北の友」と呼んで、リスペクトしている(けど、まじめな話から昔からの友だちのように映画に本に音楽に・・と、なんでも話してる)詩人 番場早苗さんがこのたび個人誌『恒河沙』(ごうがしゃ)を発刊されました。


その中~34頁にわたる論考「砂州をこえて 佐藤泰志「海炭市叙景」論」はわたしたちが知り合うきっかけにもなった『海炭市叙景』(佐藤泰志著)についての力強い、そして彼女ならではの視点(くわえて同時代に佐藤氏とおなじ砂州の街で生まれ育ったひとの眼)で丁寧に綴られた力作なのですが。


あろうことか、わたしにも「なにか」とお声がけくださって。

からだはデカイがこころは極小(ほんまです)のわたしは尊敬する番場さんの誌面をわたしなんかが・・・と後ずさりしつつも、このブログの続きみたいな感じの一文「映画の時間」というエッセイを載せてもらいました。


くわえて。

十代のおわりからの長いつきあいで、ふだんはあほなことばっかり言い合うてる旧友で漫画家うらたじゅんが、同誌にとびきりの絵を。彼女のひさしぶりの白黒の絵は、架空のまちの映画館ナポリ座と市電とチャンバラ好きのこどもらが、こちらに語りかけてきます。そんなにぎやかな声まできこえてきそうな温かな、うらたじゅん渾身の一枚であります。


そんでまた、たまたまなのですが。
今月からその
うらたじゅん個展が、番場さんのホームタウン函館で開かれるという。件の映画館の原画も展示されるという・・・

いやあ、ほんま ひととひとが出会ったときにおこる波は刺激的でうきうきします。波というのは、うまく、たのしく乗れるときばかりやないけど。波乗りはやっぱりおもしろいです。(ほんまの波乗りは未経験!)

『恒河沙』 ~すてきな表紙絵は作家 吉村萬壱氏によるもの。


その2

『真ん中の子どもたち』(温又柔著)読了。

残念ながら芥川賞受賞にはならなくて。別にとれなくてもええやん(すみません!)~とか思ってたんだけど。発表後温又柔さんのツイート読むと、せやなあ。取ってほしかったなあ、と改めて。

【日本語は、私たちの言葉でもある。日本は、私たちの国でもある。政治家がそれを言えないのなら、小説家の私が言う」。今夜、テレビで、そう言いたかった。それが叶わなかったことだけが、少しくやしい。だからこそ、これからも書き続けます。今までと変わらず。だれに頼まれなくとも!

その3

きょうはこれを聴きながら。

『みかんの丘』で流れてた曲。 しみじみ いいです。

niaz diasamidze - mandariinid (soundtrack)→


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by bacuminnote | 2017-07-23 21:51 | 映画 | Comments(2)

雨戸を開けたら、朝のひかりのなか雨あがりの新緑がまぶしい。一雨ごとにボリュームアップしてる木々。
毎年のことながらこの時季の草の成長ぶりもまたみごとだ。とりわけどくだみの勢いというたら、ほんま笑うてしまうほどの繁殖力で。濃いハート型の緑はじわじわとかくじつに庭を覆ってゆく。

梅の木はちょっと見んまに実がなり始めて。木の下にはちっちゃな青いお臀がいくつも落ちているのに気づく。わさわさ黄緑色の薄い葉っぱも、すきまから見える空の青もすがすがしくて。首がいたくなるまで上をむいて「そうだ」とひと枝切って、ガラスの一輪ざしに活けてみる。
母がここに来たとき、おなじように空を仰ぎながら「梅の木があるのはええなあ」と言うてたことをおもいだす。八十代のころは何日も泊まりに来たこと、あったんよね。

「新緑やうつくしかりしひとの老」(日野草城)

そんなこんなで、ちょっと母の声が聞きたくなってホームに電話したら「きょうはな、朝食のときカーネーションを一本づつもらってん」とうれしそうに言うので「よかったなあ」とこたえる。いちおう「その日」が「ちょっとは気になってた」娘なのだ。

▲気にはなっていたけれど、あまのじゃくやし、くわえて亡き義母のホームでも毎年「母の日」にはお花の宅配便がいっぱい受付に届いていたのを思いだしたりして。この、同じ日にいっぺんに同じような贈り物の届くシステム(苦笑)がなんだかなあ~と思うのであった。届くひと、届かないひと。それにあたりまえのことながら母でないひともいて。いろいろ考え出すとついつい足ぶみしてしまう。

▲なにより、お正月の迎春商戦がおわると節分、バレンタイン、ひな祭り、ホワイトデー、イースター、こどもの日、そして母の日や父の日と・・・続いて。いつのまにか「~の日」は「なんか買う(買わされてる)日」になってしもてるのも気にいらん。
そんなカタク考えずにもっと気楽に贈り物しあったらええやん~と、もうひとりの自分がつぶやく。いやいや、贈り物はおくるのも もらうのも(!)大すきなんだけど。
踊らされるのは大がつくほど嫌なのであって。

先日、旧友Jと会った。何年も会えなかった時期もあるけど、こんなふうに、毎月のように会うて「つもる話」ができるのは、ほんまうれしい。

そういうたら、ケッコンして一年半ほどはJの家の近くに住んでいたんよね。(ていうか彼女の暮らすまちにわたしらが越して行った)
今おもえば、学生のころのように気楽で夢のようにたのしい時間だった。こどもの誕生後もしょっちゅう遊びに行って、いっしょに銭湯に行き、二家族で夕ご飯を食べた。

▲そうそう、この日はわたしが家を出た記念日で。そんなこと思いもよらずに会うたんだけど、ケーキセットにて(何にするか、きゃあきゃあ言いながら)祝った(笑)(*あ、イエデのことはここにも書きました)

あの日から早や38年である。20代やったわたしらも60をこえ、お互いのこどもらもええ歳になり、彼女は「おばあちゃん」にもなった。

▲ウチに寄ってくれた彼女にそのころからずっと使ってるフライパンを見てもらう。それはアパートを決めた日、彼女に連れて行ってもろた店で、ちょっと張り込んで買ったもので。近頃は重くかんじる鉄のフライパンを持つたびに、狭いだいどこに立って、なんでもかんでもこれ一つで作ってた頃をなつかしくおもいだす。

このあいだ『くらす』(文・森崎和江 絵・太田大八 復刊ドットコム)という絵本を読んだ。(この本は1983年に訪問販売でのみ発売されていたシリーズ本だったのを、2015年復刊ドットコムから出版されたものらしい)

小さな漁師町に暮らす人たち。両親と結婚がきまったおねえちゃん、年の離れた弟ひろしの四人家族の一日を、ひろしが語る。

〈あさの さんじに おきました そとはまっくら〉軽トラにいっぱい積み込まれた花。車のむかう朝市にはお店がいっぱい。

おとなりのおばあちゃんと猫。村のみんなで道路の大掃除。連絡船の船長さんはおねえちゃんの「こいびと」。船大工のおじさんの仕事場。畑帰りのおばさんは娘のゆみちゃんの車椅子を押してあるく。
〈ひろしちゃん あおぞらがいっぱいね〉〈むこうに あかとんぼがいたよ〉

〈ゆうごはんが すんで おかあさんが おふろで うたっています「ながいおふろね」とおねえちゃんが わらいました〉

いつもの毎日。あたりまえの暮らしのスケッチ。それなのに、なんでこんなにひとつひとつの場面に、その短い文と素朴な絵に、じんとくるのだろう。

▲いっしょに本を読んだJが「出てくるひとらの表情がええなあ~」と絵描きの眼で言うてたけど。そしてそれはもちろん太田大八さんの絵の力によるところが大きいのだと思うけれど。当時の(モデルになった)村のひとたちもまた、ひとりひとりちがうええ顔してはったんやろなあと思う。と同時に、いつのまに皆のっぺりと同じ顔になってしもたんか、と唸るのだった。

▲せやからというて、あっさり「昔がよかった」になるのはごめんだ。古く「悪しき」ものは終わりにして「良き」ものを残してゆくにはどうしたらいいか~「便利」にはかならず落とし穴があることをこどもらに(大人にも!)伝えるのにはどうすればいいのか。ああやっぱり、最後には「それは教育」と思うのだった。(以前ここにも少し書きました)


*追記

その1)

最近やっとすこし本が読めるようになりました。

いろいろ気掛かりなこともあるのですが、思うても詮ないことをぐるぐる考えてるより、本を読む時間がそんな「ぐちゃぐちゃ」から抜け出せる時間にもなる、と今更ながら気づいたりして。


『太陽と月と大地』 (コンチャ・ロペス=ナルバエス作 福音館書店刊)あの宇野和美さんの訳、あの松本里美さんの銅版画ということで、出版をたのしみに待っていました。カバーの絵も挿絵も、装幀もとてもすてきです。いちばんに頁を繰って挿絵を探してうっとり~なんて、こどものとき以来やなあ。

そして次に読むのが「訳者あとがき」です。(本編あとまわしになってすみません)宇野さんの「あとがき」にはいつも、著者のことだけでなく、物語の背景となる国の歴史や政情まできちんと書かれていて、ええなあと思います。ひとの暮らしのバックには、必ず歴史や政治があるわけで。物語にそれが直接描かれてなくても。登場人物や背景の理解が深まり、また次の「知りたい」につながってゆくから。


物語は16世紀のスペイン。キリスト教徒の伯爵令嬢と伯爵家に長年仕えてきたイスラム教徒の家に生まれた少年。両家の人々も、そして淡い恋心を抱くふたりも、宗教や民族の対立に巻き込まれてゆきます。
180頁の薄い本ですが物語は重厚です。最初は登場人物のなまえや地名がわからず戸惑いましたが。でも、
だいじょうぶ。ちゃんと最初に絵入りの人物相関図と地図がついています。


〈人が豆つぶのように小さく見える。遠くから見れば、キリスト教徒もモリスコも区別がつかない。みんなただ、人間というだけだ。〉(同書p113より抜粋)*モリスコというのはキリスト教に改宗した元イスラム教徒のこと。


〈しかし人が自尊心を持てるかどうかは、ほかの者が自分をどう見るかではなく、自分が自分をどう思うかで決まるのです。〉(同書p156 より抜粋)


その2)

観た映画(DVD)

「禁じられた歌声」

「永い言い訳」

「ブルゴーニューで会いましょう」 

「淵に立つ」


その3)

きょうはこれを聴きながら。

Stefano Guzzetti-Mother →






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by bacuminnote | 2017-05-16 14:23 | 本をよむ | Comments(0)

電車は臙脂色で。

夕方、母に電話をかける。 デイサービスに行く日は、母が家に帰って一息ついてる頃。家にいる日は、所在なげにベッドにごろりと横になってるであろう頃。そして、わたしは夕飯を拵え始める頃。おどけて”Hello! ”と声をかけるときもあれば、「今日はどんな感じ?」で始めることもある。

その日のお天気、母の健康状態、家族やご飯の話・・・と、たいていは、とりとめのないことを、菜っ葉茹でながら、煮物しながら、ちょっと一杯ひっかけながら、聞いたり、しゃべったり、笑うたり。
ときには母が興味もつような記事や、本の中の一文を電話口で読み上げることもあるし、このブログを更新すると「朗読劇場」と称して(笑)読んでみたりもする。

最近は活字を読むことが苦になっているようす。でも、まだまだ好奇心旺盛な94歳(誕生日までは93や~と返される!)が受話器のむこうで、前のめりになって「聞いてる」のを感じると、うれしくて頬がゆるむ。
自分の母親ながら、いくつになっても、知らないこと、新しいことを吸収しようとするところは、ええなあ、すごいなあとおもう。

で、その朗読劇場の最初のうちは「はいはい」「ふーん、そういうことか」という相槌に「あんた、うまいこと言うなあ」と、褒めことばもあったりで、ちょっとええ気になってると、そのうち「ふううう~」と長いため息が漏れ聞こえてきたりして。やがてガサガサと何かやってる音が聞こえ始めたりするんよね(苦笑)
たった一人のリスナー(!)が、うわの空なのがまるわかりなんである。

そのあまりに正直な反応に、拗ねるというより笑いがこみ上げてきて。そういうときは早々に「ご清聴ありがとうございました」と朗読劇場をお終いにする。すると「なんや?今日はもう終わりでっか~?」と返ってくるけれど。
母よ、それ、本心やないよね(笑)

でもでも。
やっぱり、声だけではね~ってことで、きのうは顔を見に、息子2と二人でよしのにむかった。そんなふうにしょっちゅうしゃべってるから、久しぶりの気がしないんだけど、考えたら半年ぶりだった。(すまん)

いつもの時間の特急はいつのまにか「青のシンフォニー」 とかいう特別観光列車になっており。その名前も姿もちょっと気恥しくてまよったけど、ちょうどよい時間に着くのがなくて「これで」と窓口で告げる。が、即「満席です」と言われてびっくり。「この電車は一ヶ月前から予約が入ってますからね」自信たっぷりの返事がかえってきた。

しかたなく次発の急行に乗ることにして、分着、となんども時計を眺めながら待っている(はずの)母に変更をしらせる。
臙脂(えんじ)色の近鉄電車に乗るのは久しぶりだ。昔この駅で高校の制服のまま友だちと(よしのから高校のある駅までの定期券はあるので)一駅分の切符買って、改札入ったとこで駅員さんに「キミらどこまで行くの?」と呼び止められたのだった。

その後、構内を見渡せる高いとこにある部屋に案内され「キミらのその制服は高校のやね。これからどこに行くの?」と再び聞かれ、おろおろと、しかしとっさに券売機でみた一駅むこうの駅名思いだして応えたんだけど。

そうして生まれて初めての「きせる」は未然にあっけなく失敗し、たまたまジッカのこともよく知っていると言う駅長さんに「お父さんが泣かはるで~」とお説教されて。定期券のある駅までの乗車券を買い直した(乗る前やったし、罰金はなしってことで)。ガッコ帰りに(反対方向の)大阪に出て高揚してた気分も一気にダウン。友だちとふたり、しょんぼりと吉野行きの電車に乗ったんよね。

駅長さんと知り合いとわかったから、あとで怒られるより、と思って家に帰って父親に話したら、あんのじょう顔まっかにして「あほか!」と大声で怒鳴られた。その父が亡くなってもう30年になる。あの日の帰り道は半泣きやったのに。あとで思い出すたびに大笑いした友だちも去年かえらぬ人となってしまって。しみじみさみしい。
けど、臙脂色の電車は今もかわらず走ってる。


▲これまで吉野行き特急に乗るときは(「シーズン」以外は)空いてることが多いから、いつも息子とは各自別席に座り、目的の駅に着くまで、ゆったり座席で本読んだり寝たりするんだけど。
きのうは急行の長椅子に横並びに座って、ぽつりぽつりと映画の話や本の話をし始めた。お互いこの間観たところやった『オーバーフェンス』
での蒼井優の話から息子が「いちばん」という『そこのみて光輝く』、わたしが「やっぱりこれ」という『海炭市叙景』へ。ドキュメンタリーは『Fake や『はじまりはヒップホップ』 のことなど。

電車が停まるたびに駅名をたしかめた。
「尺土(しゃくど)」「葛(くず)」「薬水(くすりみず)」「大阿太(おおあだ)」・・と、改めて駅名(地名)の語感をたのしむ。わたしには馴染み深い駅名も彼には初めてのようで。
そういうたら「浮孔(うきあな)」って駅から乗ってくるクラスメイトもいたなあ~とおもいだす。

車内は中高年のハイキング客のグループが乗ってはる他は空いており。
そのうち緑濃いまちへと入って。家を出るときは青空やったのに、どんどん灰色のしずんだ空にかわってゆく。ときおり見える山のなかの桜のほんのりピンクとか、薄曇りの吉野川とか。ちょっと時間はかかったけど、わたしのすきな風景とともに思いの外たのしい道中となった。

母は会うたびに小さくなる。

電話でしゃべってるとき、わたしはもうちょっと若いころの母を思い描いてるんやな、と気づく。背中はまるく、歩幅もせまくなって、手がつめたくて。椅子にちょこんと俯きかげんに座ってるのをみると、なんだかせつなくなる。

部屋のベッド脇の壁にはわたしの旧友の描いた絵が掛けてあった。
そのむかし「あんたも、あんたの友だちも変わってる」と苦笑いしてたその友だち(
うらたじゅん)の作品「中之島図書館」だ。じぶんの娘のように母が彼女の画業や手紙のことを、誇らし気に話すのを聞いてうれしい。

70歳のとき、13年ぶりに10人目の孫(つまり息子2)が生まれて。世話をしに厳寒期の信州 開田高原に来てくれたときの話は、会うたびに登場する。
何回も何回も聞く「ほんま寒かったなあ」という思い出話は「あの廊下とトイレの冷えたこというたら」「この子ほんまにかいらしかったなあ」「大きいなったなあ」「元気にしっかりきばってや~」とつづくのであった。

▲やがて帰りの電車の時間になって、わたしも、息子も母とハグ。「送っていきたいけど、ここでごめんやで」と別れる。そういうたら、この家に越してきたころは橋を渡ったとこまで歩いて送ってくれたんよね。

玄関を出て、ふと上を見上げたら2階の窓から身を乗り出すように母が「気ぃつけて帰りや~」と手を振って。庭の桜古木はまだ蕾だった。

*追記

その1

今回のよしの行きでは、もうひとつ「ええ時間」がありました。
2
年前、中学校カンレキ同窓会で40数年ぶりに再会したクラスメイト~なんとその息子さんと、SNSを通じてつながって何度かメールのやりとりをしたのですが、ふと思いだして某所をたずねたら会うことができました!

共通項は音楽で。

初対面で243262歳が「話せる」んやから、音楽ってすごいね、ええねえ。うれしい。おおきに。よしの行きのたのしみが増えました。

その2

帰りの車中ではふたりとも爆睡。
途中駅で息子は京都に。わたしは何度目かの『トリエステの坂道』
(須賀敦子著 新潮文庫)を。読みながら坂のある街で育った遠くに住むふたりの友人のことを。それから、須賀敦子や内田洋子の本がすきやったイタリア好きの高校の友だち(前述の)を思っていました。

【丘から眺めた屋根の連なりにはまるで童話の世界のような美しさがあったが、坂を降りながら近くで見る家々は予想外に貧しげで古びていた。裏通りをえらんで歩いていたせいもあっただろう。(中略)
軽く目を閉じさえすれば、それはそのまま、むかし母の袖につかまって降りた神戸の坂道だった。母の下駄の音と、爪先に力を入れて歩いていた靴の感触。西洋館のかげから、はずむように視界にとびこんできた青い海の切れはし。】
(同書 表題作p1920より抜粋)

その3

↑にも書いた映画『はじまりはヒップホップ』~

「音楽」や「ダンス」で、自分を表現すること、それを観て(聴いて)もらうことで、若いひとたちとも同じ場所に立ってつながってゆける~まえに観た(よかった!)『ヤング@ハート』のようなドキュメンタリー。

印象にのこったのは、メンバーの中、最高齢(94)のメイニー。シングルマザーで5人のこどもを育てた彼女~若いころ核武装に反対のピースウォークにNZワイヘキ島から500人を連れてアメリカ・ワシントンDCに行ったというエピソード。頼もしい!
公式HPのなか「登場人物」を見るだけでも、ほんまにいろんなジンセイがあるなあと思う。おもしろいです。


その4)

地下鉄にのりかえた頃からぽつりぽつり雨で。この動画おもいだしてた。(前にもはったことあるけど再度)

Sparklehorse - Apple bed


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by bacuminnote | 2017-04-01 11:04 | yoshino | Comments(3)

たぶん、もうじき。

▲ここ二、三日とはうってかわって今日は寒い朝になった。
庭に散った梅の花びらが風でひらひらして。朝いちばん山茱萸(さんしゅゆ)をひと枝切って一輪ざしに入れる。ちいさい黄色の蕾が「モウジキハル」と告げてくれるようで。いとおしい、かいらしい。
でもじっさいには「モウジキ」は、なかなかで。まだまだ行きつ戻りつの「ハル」なんやろうけど。

この間の土曜日、友人の個展 に京都まで出かけた(→うらたじゅん個展「少女手帖」この頃はその日になるまで予定がたてにくいので、相変わらず手帖は白いとこばっかりなんだけど。朝起きて足さすってみて窓あけて青い空みて「さ、行こか」と自分に声かける、そんな気儘な一人の外出もけっこうええもんで。

京都には山田真さんのお話会atカライモブックス)以来やろか。
ついこの前のことのように思ってたけど手帖を繰ったら、なんと一年も前のことで驚いた。早いなあ。一日一日ほんまにゆっくりぼんやり(!)暮らしているのに。なんで一年はこんなスピードで過ぎてゆくのか。なんかもひとつ納得いかへんけど。

ほんで、この調子やったら「一生」というのも、あっという間かもしれへんから。会いたいひとに会い、行きたいとこに行っとかなあかんなあ~とか思いながら地下鉄から京阪電車に乗り換え。
つい目の前の階段を「これくらいやったら大丈夫やろ」と上って、これでお終いかと思ったら、もういっぺん階段があるのすっかり忘れてた(泣)

▲それで懲りたしね、京阪ではエレベーターでホームに下りた。(ほんまに駅は上ったり下りたり、ややこしい)
ホームで並んで待ってたら、2階建て特急電車が到着した。
車内清掃が終わって扉が開き、人の流れのままだだだっ~と乗車すると、なんかわからんうちに階段を上って2階席に行ってしもて(苦笑)

で、2階はちょっと旅行気分やなあ。どこに座ろうかなあ、と迷ってるうち、あっという間に席が埋まってしまい。いま上ってきた階段をまた降りて一階席に移動。足がいたくならへんように、と気ぃつけてるつもりが、ほんまに何をしていることやら。

とはいえ始発駅。まだまだじゅうぶんに空席はあり、ゆっくり腰おろして、バッグから本をとりだす。終点までは一時間ほどあるから、重たいけれど『ボローニャの吐息』(内田洋子著)を持って来た。

この本まだ買ったばかりなのに、しっかりシミ付きで。というのも届いた日に珈琲をのみながら読み始めよう~と本とカップをパソコンのそばに置いたとたん、ひっくり返してしまったのである。

▲咄嗟に本を持ち上げ、ティッシュペーパーで拭きながら、いや、あかん!パソコンが先や!とオロオロ。机の上、散らかってたメモやらノートやらみな水没。布巾を取りに立つ余裕もなく、ひたすらティッシュでカップ一杯分の茶色い液を拭く(というか、吸う)。
幸いパソコンはなんとか無事だったものの、マウスが壊れてしもたり、読む前から本に派手に茶色のシミつくるわ・・で。図書館の本とちがってよかったものの、ほんま何をしていることやら。(こんなんばっかし。泣)

▲内田本は『ロベルトへの手紙』が去年出たばかり(この本のことはここにも書きました)尽きることのない「種」は、著者の人やものに対する好奇心や、向学心、そのおおらかな愛と行動力がハンパないからやろなあと思う。

あたらしい本が出たらすぐに読む。そのうち忘れてはまた初めて会ったみたいに読んで。はじめから、途中から、最後まで通して、なんとなく開いたとこだけ・・と気の向くままに読むのが、内田本とわたしのつきあい方。須賀敦子の本もそんなふうにして、いつも傍にある。
そして、前々から行きたいと思ってたのに、ぐずぐず思案してるうちに、足の不調で、行けないままのイタリアに、たっぷりと思いを馳せる。

さいしょの話は「ミラノの髭」~著者はある日、中学生の友人ラウラから美術館行きを提案される。連休でラウラの友人たちは出かけていない、共働きの両親は夕方まで帰ってこない、そのかん面倒をみている妹弟もその日は誕生パーティーによばれていない・・ってことで、著者に声がかかったらしいのだけど。そのネットワークの広さは著者の仕事柄もあるとはいえ、そっか~中学生からも「誘われる」ひとなんやなあ~としみじみ。

最初は彼女の母親と「バールや信号待ちで頻繁に顔を合わせるうちに」「目礼から挨拶、立ち話からコーヒー、日曜の公園での散歩」と親しくなる。

ここまではありそうな話だけど、あるとき子守りや家事手伝いを頼んでる女子大生が試験前で来れなくなって「しばらくの間、ラウラの妹弟をうちで預かることになった」というあたりは、内田本を読んだことのあるひとなら「おお、またか~」と思うにちがいない。この方、困ったひとを放っておけないほんまに面倒見のよいひとなのである。

まあ、そういう経緯でラウラともなかよくなったんだけど。

で、そのラウラに誘われる数日前の午後のこと。

著者の家にやってきたラウラは
【天板がガラス製のテーブルの下に入るように言う。そして台所からエスプレッソマシーンや茶碗、皿、ジャム瓶を持ってきて、テーブルの上に並べ置く。ぺたんと床に直座りし、一列に並べた物を見ている。おもむろに仰向けに寝転がってテーブルの下に潜り、私を隣に誘った。

「横から見て、上から見て、下からも見る。見えないところも想像し、触れ合ったときに鳴る音を考える。それからスケッチするのが、今日の宿題なの」

いっしょにエスプレッソマシーンの底や皿の裏側を見る。瓶の底から、ジャムの隙間の向こうに居間の本棚が歪んで見えている。いつもそこにあるものなのに、初めて見る光景だ。使い古した日用品にも、それぞれ見慣れた顔と秘した裏の顔がある。「全部合わせて、一つなのねえ」ラウラは天板の下に寝転んだまま、しきりに感心している。】(同書p12より抜粋)

そうして後日ラウラが再びやってきて、学校に提出した二枚の絵を見せてくれるんよね。一枚は内田さんちの台所の物を題材にした静物画、もう一枚はピカソの作品の模写。つまり「横から見て、上から見て、下からも見る。見えないところも想像」はキュビズムを知るための予習だったという。

「人間もあちこちから見て初めて、その人がわかるのね」というラウラに内田さんはおもう。
【突然、周囲の物々や人々が表裏をさらけ出して目の前に迫ってくるような気がして、中学校の美術の授業に畏れ入る】

【毎日の登下校の道がそのまま古代ローマへの道であり、ルネサンスの残り香が漂う広場でボールを蹴っているのである。目の前で幼い子が躓いた石も、古代ローマの一片なのだ。】(p14より抜粋)

▲中学校の美術の授業といえば、薄い教科書の「単元」のところを開き、最初に「模範作品」を見て、センセに言われたように静物画を、風景画を、ポスターを・・と時間内に描いて、描けなかったら持ち帰って宿題やったなあ。それでもわたしは「自習」っぽいその時間は嫌いやなかったんだけど。
中3のとき教育実習で、美術のセンセとしてやってきた姉2が「教科書通りでいっこも、おもしろない」とぼやいてたのを思い出す。

さて、
20頁余りのエッセイなのに本題の「ミラノの髭」までたどりつけなかったんだけど(苦笑)内田洋子のエッセイは思わず声に出して読みたくなる(読みやすい)文章なのに、読むのはけっこう時間がかかる。投げられたボールをただ受けるだけじゃなくて、ついつい、あれこれ思ったり考えて、行きつ戻りつしてしまうから。

このことについては、以前webのインタビュー記事で内田さんが【かつて、俳句に接し「読者の気持ちがあって完結する書き方」があることを知った。通信社業に長く携わる者としての<材料、部品を提供する>という気持ちも、常に頭にある。

と語ってはるのを読んで、ああそういうことかも~と納得した。

はっと気がついたら、どこの駅だったか若い女性が乗ってきて隣りの席に。すぐにバッグから本を出して読み始めた。何読んではるんかなあ~と、気になりつつも不明なまま(苦笑)終点「出町柳」に到着。

ギャラリーはここから徒歩23分だ。
いつもより一枚薄着で来たけど、ちょうどよく。ぽかぽか陽気の中、すれちがったベビーカーのあかちゃんのぷくぷく白い素足がきもちよさそうだった。

ギャラリーに着くと、ウインドウ越しにJが軽やかな春色のスカート姿で、加えてちょっとよそゆきの面持ちで(!)お客さんと談笑してるのが見えて頬がゆるむ。で、ここまでは旧友J。

今回は「少女手帖」というテーマだそうで、もらったDMの絵も辛夷の花や道端にはたんぽぽが描かれており。扉をあけたとたんパステルカラーの中の少女たちに囲まれる。作品を観ているうちに、わたしのなかで友だちのJは知らんまに「うらたじゅん」という漫画家/イラストレーターに切り替わる。

▲パステルカラーの・・・なぁんて書くと「やさしい」「なつかしい」「せつない」という常套句が浮かんでくるけど。そういうのに騙されたらあかん。目を凝らすと彼女の絵には「ふしぎな時間」への入り口があって。少女たちの弾む声も、ぎゅっと結んだ口も。跳ねて走って、佇んで。ときどき、カッパやクマもすまし顔で登場して。そういうとこがすきやし、そういうとこがうらたじゅんの世界やな~とおもう。

そうそう。
話題にのぼるたびに絶版がほんとうに残念だった うらたじゅん作品集
『嵐電』(北冬書房刊)が近々重版~というニュースを聞いて歓声をあげる。うれしいです。

ギャラリーでは、オーナーのY氏とベイキングの話もして(ご自分でバゲットを焼いてはるそうで。ええなあ。)以前からいっぺん会いたかったツイッター友Nさんとも偶然会えて、久しぶりのひとにも、若いころ会ったきりのひとにも会えて。

べつの友人とお昼を食べに入ったカフェでは、隣席に久しぶりの友だちが居てカンゲキのハグ!
ふだんこもってるわたしには一年ぶりくらい人に会うた気分で。
おおきに~「少女手帖」のおかげで少女な時間でした。


*追記 

その1)

個展は今からやと7日(火曜)のお休みのあと、12日(日曜)までopen 。
うらたじゅん在廊は1112日(両日とも14時~18時)やそうです。

お近くの方は(そうでない方も!)ぜひ。


その2)

今回はパソコンの珈琲掛け(泣)で、パニックって、借りてきたDVDも

ほとんど観ていないという(あり得ん!)状況wです。

観たのは『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』一本だけ。


その3)

きょうはエヴァンス聴きながら。

Bill Evans Trio - It might as well be Spring


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by bacuminnote | 2017-03-06 19:37 | 出かける | Comments(5)

ええ天気やから。

▲朝、雨戸を開けるとき戸の内側がほんの少し温かった。
二度寝して起きるのがおそかったのもあるけれど。がーっと重い戸を引くと「待ってました」とばかり、束になって朝のひかりが飛び込んできて、寝起きでまだ固い体がいっぺんに、ほぐれるような気がした。

▲寒いのとめんどくさいのとで、ここんとこ閉めたままだった雨戸も開放して、窓から身をのりだして空を見上げて、深呼吸ひとつ。

冬の真っ青をバックに、枝垂れ梅の紅い小さな花がその細い枝で持ちきれないほど、いっぱいいっぱい咲いて。ああ、ほんまにかいらしい。

ええ天気の日は用事がすむのも早いんよね。
さっさと洗濯物干して早めのお昼食べて、駅三つむこうの町まで~。近くとはいえ、相変わらず「出不精・方向音痴」が出かけるとなると相方まで巻き込んで。北に、西に、と説明されてもわからず。あまりにトンチンカンなこと質問するもんで「しゃあないな。一緒に行ったろか」と言うてくれたけど。

いやいや「ひとりで行ってみるし」ときっぱり宣言、出発。(←おおげさやなあ)なんせ初めて行く町ではないのだ。
むかし住んだ町の近くでもある。そのころ息子1はようやくベビーカーから自転車の前に乗せられるようになって。
駅前のビルにあった美容院は当時は画期的やった託児ルーム付きで、おばあちゃん世代の保育士さんがお母ちゃんのカットの間、こどもをみてくれたんよね。

子連れでもちょっと遠くまで行ける自転車を買ったことも(今みたいな電動アシストではない,ただの「ママチャリ」)ちょっとの間こども預けてカットしてもらえるのも。ものすごーくうれしかった。家計から考えたら安い美容院やなかったけど、二ヶ月にいっぺん。これだけは自分にゆるした贅沢だった。

当時はビジネスビルが立ち並ぶなか、その煉瓦(っぽい)のビルはシックでええ感じやったけど、久しぶりのそれは古びた上に派手な居酒屋の大きな看板が立ち、美容院のあった上階にはテナントの大きなネオンサインが掛けられて、よけいに老体をわびしくみせている。
もう30年以上も経ったんやもんね。街がじっとしてるわけないのであって。

じっさいわたしたち一家の30年の変化いうたら、このビル以上やん~と苦笑しつつ。そうだ。この隣町で一年半ほど住む間、相方は写真の仕事をやめることを決め、じょじょに田舎暮らしを考えるようになって。でも、まさかパン屋になるとは考えもしなかった頃のことだ。

そんなこんなを思い出しながら、グーグルマップで予習してきた通り(苦笑)歩く。目的地はレンタルショップなのであった。電車に乗ってまで、今はなんぼでも動画配信があるのに・・と笑われそうやけど。わたしが観たい映画を配信しているところがみつからないのと、何よりこうやってお店に借りに行くのは楽しくて。
前もって在庫チェックはしてきたものの、来るまでの間に借りられていたらアウトだから、どきどきしながら初めての道を歩く。

平日のお昼やからか、けっこう広い店内にお客はわたし入れて3人ほど。
初めて来たけどわかりやすいレイアウトで、予定通りの4枚もすぐに見つかって。もし、あれば~と思ってたドキュメンタリーの一本が探し出せず、店のおにいさんに聞く。

(ドキュメンタリーの棚はどの店もたいてい隅っこのわかりにくいところにあるんよね。前に行ってた店はAVの暖簾付きコーナーの手前やったので、わたしみたいなんがどーんと道を塞ぐように立ってると、暖簾をくぐりたいお方は大きく遠回りすることになるのであった)

お、あったあった!と思ったその横に、DVDになったのを忘れてしまってた

ドキュメンタリー『ジャニス・ジョプリン little girl blue』を発見。ところが残念ながら一本きりしかなくて、しかも借りられてたんだけど。

レジに件の4枚持って行って「念のため」おにいさんにカウンターに返却ないか聞いてみたら、探してくれて。・・・あ、ありました!よかった!・・で、思わず二人笑顔になる。本屋さんでも図書館でも、レンタルビデオ屋さんでも、こういう瞬間がすき。

ほしかったモン買うてもろたこどもみたいに、帰り道はスキップ。(←あ、気分だけ。いまはこれができんのがほんまに残念)

ビジネス街で生活臭のない通りやから、一本奥に入ったとこのマンションのベランダに洗濯物がいっぱい干してあるのが見えると、なんかほっとする。
ええ天気やし、今日は一日でからっと乾きそうやね~とだれかれなく話しかけたくなる。

駅に着いて、ホームに立ったら電車の乗降位置案内板があって~エレベーター、エスカレーター、階段、トイレの表示(車椅子対応、多目的トイレも)が各駅の何号車近くにある、他線に乗り換えに近い車両など記されていて、さっそく最寄りの駅のエスカレーター近くの車両を確認して乗る。

▲ああ、こんなんが欲しかった!(ただ、じっさい駅に降りてからの案内板がわかりにくかったりすることもあるのだが・・・。とりあえず、方向音痴+膝痛のわたしには大助かり!)

たとえ近くでも、やっぱり出かけるとあたらしい空気が吸えてええな~またええ天気の日に来てみよう。(ちなみに返すのは「ポスト返却」なり)

その翌日だったか買い物帰りに寄った図書館で、いつもは見ない雑誌の棚で『田舎暮らしの本』 が目にとまって、廃刊になる雑誌も多い中まだあるんやなあ~と思いながら手にとった。「田舎暮らし」を決めたころ居た町に行ってきたとこやからか。朝、パンを食べながら「そういうたら、前は次に住むとしたらどこがええ?って、よう考えたよなあ」とフウフで話したからか。(いま思えば、3.12以前はのんきにこんなことをたのしく話してたのであった)

相方がパン屋修行中は大阪近郊の田舎から、三重、和歌山、遠くは高知や大分にまで行って「空き家」探しをしたけど、当時はまだこういう雑誌は出てなくて。もっぱら『自然食通信』(準備号から購読してましたが、残念ながら廃刊) の「情報交差点」というコーナーがたよりだった。(結局はA新聞「声」に投稿したのを学生時代の友人が読んで、連絡をくれたことで、彼女の知り合いのお家を借りることができたのですが)

▲いま調べてみたら『田舎暮らしの本』の創刊は19879月~わたしたちがパン屋を開業すべく滋賀・愛知川(えちがわ)の民家を借りて転居の一ヶ月後のことだ。その時分から、都会から田舎に~のムーブメントが広がり始めていたのだろう。

そうそう、図書館でたまたま手にしたその雑誌のBNは「住みたい田舎 ベストランキング 」の特集で、総合ランキング(曰く、自治体支援策、利便性、自然環境、医療、災害リスクなど106項目でチェックということらしい←すごいなあ)一位が兵庫県朝来(あさご)とあってびっくり。

朝来というたら、わたしがここにもしょっちゅう書いてる旨い岩津葱の産地で。生産者のI君とおいしい葱を紹介してくれはったのは、ウチのパンのお客さんだったHさんで、おなじく朝来に移住組。
これは次回配達に来てくれはったときに「朝来、人気やねえ!」と言わなければ、と借りて帰って。パラパラみたら、なんとそのI君一家が「移住者探訪」の記事に載っており。

▲そうそう、長いこと珈琲豆を配達してくれたD君とその家族も、今春より就農のため、信州・伊那へ越してゆく。
そのむかし家族で田舎暮らしをスタートしたときの「知らんこと」「わからへん」ことだらけの中、それでも希望いっぱいやった頃のこと思い出しつつ。別れるのはさびしいけど、若い人らが新しい地でも、どうか元気で家族仲よう、ええ空気いっぱい吸うて、畑と共に、「不便」もまた楽しめる暮らしでありますように。よいであいがいっぱいありますように。
春はもうすぐそこやで~



*追記

その1)

今回観た映画(DVD)

「太陽のめざめ」
カトリーヌ・ドヌーブ演じる判事も、育児より自分の青春に走った母親のもと「保護」された少年マロニー、大きくなってからのマロニーも、とてもよかったです。荒れに荒れたマロニーの心を、解きほぐすのは並大抵のことやなく。こういう話を見聞きするたびに胸がいたい。そして現実は小説や映画を越えてもっと苛酷なんやろうし。

ただただ、こどもらを信じること。これができるかということやと思う。
それから施設のありかた~ひとのきもちが近くに感じられるキョリ、少人数が大事なんやろなあと思いました。ああ、でも、どんなにいい施設よりも家庭の(血縁に関わりなく)温もりのあるとこで、こどもは育ってほしいです。
原題”LA TETE HAUTE"は「頭を高く」という意味だとか。誇り高く生きるということでしょうか。バックでながれる音楽もよかったです。


「ジャニス  リトル・ガール・ブルー」
いやあ、レジで聞いてみてよかったです。
ジャニス・ジョプリンは前に「わがこころの」とつけたいミュージシャンです。心身共に悩みも多くコンプレックスのかたまりみたいやった高校生のころ、ほんま擦り切れんばかりに繰り返し聴いたジャニスが、おなじく高校~大学生のころ、こともあろうに容姿でからかわれたりいじめられたりしていたこと知りました。彼女のうたがいつにもまして刺すようにせつなく痛かった。
でもすばらしかった。これはDVDやなくて映画館で大音量で聴いてみたかったなあ。
劇中「フェスティバル・エクスプレス」のいち場面か?同じくらいすきなJガルシアと、ほんと楽しそうに笑ってしゃべってる、ふだんのジャニスがいとおしかったです。


「奇跡の教室  受け継ぐ者たちへ」→高校生たちの表情がよかった!

「神のゆらぎ」→宗教(信仰)について考えました。

「素敵なサプライズ」
思いがけずAgnes Obel の"Brother Sparrow"(←すき)が流れてびっくり。このところ、安楽死をテーマにした映画が多い(気がするけど)のは何故かな。たいていの作品は肯定的なのですが、それゆえに唸るところもあって。まだ考えがまとまりません。


その2)

読んだ本のことが書けなかったけど、一冊、絵本。

「星空」(作・絵 ジミー・リャオ 訳 天野健太郎 )

はじめに真っ黒な頁に白い字で
【顔をあげて、星空を見上げれば、世界はもっと大きく大きくなる・・・・】

つぎに

【世界とうまくやっていけない子供たちに】 とあります。

何か書こうとしたけど。
ああ、やっぱりこの絵本は手にとって観て、読んでほしいです。ゴッホの「星月夜」がテーマになっています。


その3)

「星月夜」といえば、この曲。前にも貼ったことありますが。

Don Mclean(Vincent Starrry Starry Night


そして、やっぱり今日はjanisを。この笑い!!Mercedes Benz


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by bacuminnote | 2017-02-22 14:26 | 出かける | Comments(2)

▲大根を炊いた。きょうは聖護院大根(丸大根)でいつものようにお揚げさんと一緒に。この大根は(ねだんは高いけど)直ぐとろとろに煮えるから、お昼食べた後、片付けしながら(ちょっとめんどくさいのがまんして)拵えておいたら、夕飯にはけっこう味も染みておいしい。もちろん、ゆっくり、くつくつと炊く青首大根もすき。

▲こどもの頃は、近所や友だちん家に行って玄関先でぷーんと大根の炊いた匂いがすると、そのまま引き返したくなるほど、大根が嫌いやったけど。そのころの「遅れ」を取り戻すくらいの勢いで、いまはしょっちゅう大根を炊いている。薄味で煮て、その日は柚子胡椒や柚子味噌つけて。翌日は温め直して何もつけずに食べるのがすき。旨い!

▲野菜嫌いというたら。そのむかし、忙しい仕事の合間に母が「きょうは誕生日やし、あんた何食べたい?」と聞いてくれて。ある時期わたしはずっと「カレイの唐揚げ」と答えてたんよね。

▲黄金色にカラリと揚がったカレイを白い洋皿に盛ると、母は「ここにキャベツの千切りとか、トマトかきゅうりか何か、お野菜添えへんかったら、カッコつかへんなあ・・・けど、あんた、いらんのやろ?」とお皿をのぞきこんでいるわたしを見上げて、呆れたように言うのだった。

▲ふだんは「好き嫌いばっかし言うてんと、青いもんも食べなはれ」と言う母も誕生日なんやから、すきなモンだけでもええやろ~と思ったのだろう。平べったいカレイがペタンと載ったお皿をわたしの前に置いてくれた。そう。キャベツやトマトやきゅうりとか、そんなもん(!)横に添えられたら、せっかくの好物が台無しや~と(そのころのわたしは)おもってたんよね。

▲そんな野菜嫌いが、大根炊いて、食卓には「青いもん」を切らさへんようになったんやから。

ほんま、ひとは生きてる間に何べんでも「変身」してゆけるんやなあと、他人事みたいに笑いながら、大根のにおい充満するだいどこで本を読む誕生日だった。

▲レンタルショップが遠くに引っ越したのもあるけど、ここんとこ読書の時間がふえた。このまえ追記欄に書いた長編『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳)も読了。つづいて『夜の木の下で』(湯本香樹実著)を読んで、そうこうしてるうちに注文していた『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』 (中原一歩著)が届いて、この本にふさわしく「だいどこ読書」にてその日のうちに読了。

そして、いまは『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ著 斎藤真理子訳)を読み始めたところ。

▲読書の秋っていうけど、本読みは冬やよなあ~とおもう。

『アメリカーナ』のような長いのは、本(物語)にむきあう時間長い分、旅の途中にであって親しくなった人みたいなきもちになる。
列車を待つ間も、その長い車中でも、いっぱいしゃべって、やがて駅に着いたときみたいに、離れがたく別れがたくさみしく。ハグしたとき感じた体温をずっと保っていたくて。もう少しここにいようとおもうそんなかんじ。

▲そしてこの本にかぎらず、海外小説を読み終えるといつも思うこと。わたしにもわかることばに訳してくれるひとがいて。手わたしてくれて。ありがとう。

【対話というのは手わたす言葉だ。翻訳もそうだ。】(長田弘著『自分の時間へ』より抜粋)

▲『夜の木の下で』 は、本が出たときにわたしが湯本ファンなのを知ってるご近所さんが、新聞の著者インタビューの記事を切り抜いて郵便受けに入れてくれはったんよね。それを読んでノートに挟んだまま、すっかり2年間も忘れてた。

▲この間、調べたいことあってそのときのノート繰ったら出てきて、びっくり。くわえてその日の午後なんとなく立った図書館の書架に件の本があって、二度びっくり。もちろん、そのまま本の森に入るのであった。

▲わたしは四姉妹の末っ子やから、姉の立場も弟のかんじも、ただ想像するしかないんだけど。しっかり者で、でも繊細なお姉ちゃんと、甘えん坊で何考えてるんだかわからないけど、心根のやさしーい弟は、いつも湯本作品のなかですぐそこに、幼い子の日向くささや、あまいような息のにおいまでして、なつしくて、切なくて、そして痛い。

▲けっして幼い子ばかり描いてないのに、こどもの頃のきょうだいの、たのしくて時に残酷な時間も。目を凝らすとその背景の下に隠れてた絵の具の色がうっすらと見えて、どきんとする。

▲最初の作品「緑の洞窟」も姉弟(双子)のお話で、お父さんに連れてもらって、生まれつき病弱だった弟ヒロオと公園に行く場面があるんだけど。公園の滑り台の上から下を見下ろしてる「私」の描写にたちどまる。

【てっぺんまで来ると、公園中が見渡せた。金属の手摺りをしっかり掴み、おそるおそる背を伸ばし、すると冷たい空気に肺は膨らんで、そのまま体ぜんたいがひとまわり大きくなるかと思われた。砂場で遊んでいる小さな子たちがいた。うんていにぶらさがっている、少し年上の子もいた。けれどその公園でいちばんの高みにいるのはこの私で、しかもベンチでは父が静かに、眼鏡の奥の目を細めて煙草を吸っている。鳥肌立ち、震えがきそうになりながら、私は「早く大人になりたい」と心の中で唱えた。それはなかば習慣化した呪文のようなものだった。】
p11より抜粋)

【「押したのか」父が訊いた。私はだた父の顔に目をこらしていたのだと思う。突然、頬が焼けるように熱くなった。何が起きたのかわかったのは、砂場のそばにいたよその母親たちが、じっとこちらを見ていることに気づいたときだ。だんだん痛みがやってくるなかで、これからどうすべきなのか誰かに教えてほしかったけれど、母親たちは目を逸らしてしまう。父は既に弟の手を取って、公園の出口にむかっている。頭のなかで何かがくるりと一回転して、私は滑り台の梯子段を上った。】(p14 より抜粋)

▲双子とはいえ、弱くてからだも小さい弟を「私」も、そして周囲の大人たちも大事におもってかばう中での「私」の孤独。同書にはこの話をふくめ6編がおさめられている。猫や幽霊、自転車のサドルとの会話なんていう幻想の入り混じった話から、女子高生が白い琺瑯の生理用品入れのなかみを段ボール箱に入れて焼く係の「焼却炉」とか。それぞれの主人公のだいじなひとや物との繋がりが綴られてゆく。

件の新聞記事で著者はこう語ってはる。

【人の心の内には未来も含めてたくさんの時間が等しく会って、いつでもそのままの状態で取り出せるのではないか。ただ懐かしむのではなく『こんな夜があった』とありありと感じる瞬間のように。失ってしまった、と思うことはないとだんだん感じられるようになったんです。】
(朝日新聞「著者に会いたい」201411月?)

「心の中にあるたくさんの時間」~わたしもだいじにしたいと思う。

*追記

その1

『夜は木の下で』を読みながら、どこかで見た光景がずっとわたしを追いかけて。そうだ。樹村みのりさんの作品によく似たにおいを感じたんよね。
ひさしぶりに読み返したいなあと思います。

樹村みのりさんのまんがについて書かれたブログをみつけました。 (ブログ『茶トラ猫チャトランのエッセイ』より)

その2

『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(中原一歩著)のことはここにちょっとレビューを書きました。

その3

この間、福岡の友だちが関西にやってきました。
めったに出かけないわたしがおもいきって会いに行ったあの日
から、もう7年!今回は同様に遠出することの少ない彼女が関西に~

てことで、喜々として伊丹空港までお迎え。まえにも書いたけど「空の港」は、いつ行ってもそわそわ。どこか遠くに行きたくなります。
そうして、窓からは小さく見える飛行機も空港付近の野原では、それはそれは巨大で、ものすごい轟音と強風で頭のすぐ上を飛んで行くのでした。

若いころ友だちに連れて行ってもらって草原に並んで寝ころがって、きゃあきゃあ大声で叫んだことを思い出しました。

ちょうどその後読んだ『ビニール傘』(岸政彦著)にも、その伊丹空港の話がでてきました。
すきな場面です。


【大阪の街のまんなかを分断するように流れる淀川が、雨を集め、真っ黒に濁って、ごうごうと流れている。その上を、伊丹空港に着陸する飛行機が飛んでいる。低すぎて、すぐそこを飛んでいるようにみえる。こちらから見てこんな近いところを飛んでいるなら、機内からも、堤防を歩いてる俺たちの顔が見えてるかもしれないと思う。堤防はほんとうに広くて、対岸がかすんでみえる。俺たちはそれぞれ傘をさして、すこし離れて歩く。】
『新潮 20169月号』p103より抜粋)

その4

・・・とか言いながらDVDは、たまたま近くに来た友人の車でショップまで乗っけてもらって少し借りました。
観た映画の中では『ミモザの海に消えた母』
がよかったです。

以前読んだ『シズコさん』(佐野洋子著)や『おくればせの愛』(ペーター・ヘルとリング)のことを思い出しながら、そして、やっかいなことの多い「親子」(苦笑)について、改めておもっているとこです。(ここに前書きました)

その4

友だちが福岡から遠征のいちばんの目的は、京都であったローラ・ギブソンのライブ。
わたしも一緒に行きたかったんだけど今回はあしに自信がなくて断念。

ちいさい会場でええかんじのライブやったそうです。

今日はそのローラ・ギブソンを聴きながら。

Laura Gibson -Nightwatch→


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by bacuminnote | 2017-02-01 14:20 | 本をよむ | Comments(6)

ねてもさめても。

▲雨戸を開けたら、待ってましたとばかりに、ひゅうーっと冷気が束になって飛び出してきて。
なんかアラジンのランプから出てくる”魔人”みたいやなあ~と、こどもみたいなこと思いながら、窓から身をのり出して空をみあげた。冬の空の透明な青がものすごくきれいで、深呼吸ひとつ。つめたい空気が胸のおくまで沁みる。1月17日朝に。

▲寒かったり、雪が降ったり(積もったり!)で、足はイマイチだけど、ぼちぼち歩き、読んだり観たり聴いたりの日々。(←つまりいつもと変わらぬ日々)
昨年末、本屋さんでもらった『本の窓』1月号(小学館)を何気なく読んでたら、連載「画家のむだ歩き」(牧野伊三夫)というのがあって。著者が阿佐ヶ谷の四畳半のアパートで暮らした頃のエピソードが綴られていた。

▲アパートには共同のトイレと炊事場があって、しかし「炊事場」というても本来の炊事ができそうにないことを知った著者は(冊子は年末掃除でゆくえ不明につき、うろ覚えなんだけど。たしか住人が流しで半身浴だったか、してはるのに遭遇して)結局自分の部屋で電熱器一台にていろんなものを拵えて食べたという話だった。

▲電熱器というたら、わたしも学生のころ持ってて重宝してたんよね。
同じ下宿(今で言うたらシェアハウスみたいな)の友だちのmは大分の海辺の町の出身で、ときどきお母さんが、鰯の丸干しやめざしを送ってくれはって。冬はおこたの上に電熱器置いて向かいあって座り、手をあぶり暖をとりつつ(石油ストーブ厳禁やったし)炙ってはかじり炙ってはのんだ。

▲苦いはらわたも カリカリに炙った頭もみな 新鮮で旨かった。あとでやってくるモーレツな喉の乾きのことも毎度わすれ、かじった。
いつも食べたり呑んだりは階下のわたしの部屋でだったんだけど、お布団から服からかばんから、部屋のものはぜーんぶ干物の匂いを吸いこんで。
翌朝ガッコで、服に鼻くっつけて「くさー」と二人笑いあった日がなつかしい。

▲著者のことは知らなかったけれど、このエッセイからも「食べる」ことへの思いの深さはじゅうぶんに伝わって。だから昨年末に出た『かぼちゃを塩で煮る』(絵と文 牧野伊三夫 幻冬舎刊)はそのタイトルからして大共感やったし、表紙カバーのかぼちゃの絵もええ感じでさぞ「おいしい」本やろなあと思っていたんだけど。

▲案の定、食欲をおおいに刺激する本で、おまけに合間にウイスキーの話なども登場するので、明るいうちからそわそわしてしまった。
帯の惹句の「台所に立つこと うん十年。頭の中は、寝ても覚めても 食うことばかり」にも、冒頭こどもの頃からのその並々ならぬ食いしん坊ぶりにも(おなじ食いしん坊として)ハートを射抜かれる。
もうぜんぶ紹介したいぐらいやけど、読むたのしみとったらあかんから、ひとつだけ。

▲曰く、土曜日に学校からの帰り道、工事現場の人らが焚火を囲んでお弁当を食べてはる様子があまりにうまそうだったので、家に着いてさっそく弁当箱にご飯とおかずと詰めて弟と二人屋上で食べたそうで。
大人たちがしていたように、コップではなく四角い弁当箱の蓋にお茶を注いですすり、満足気な少年や、なんか訳わからんが兄ちゃんに誘われて外で弁当に浮かれる弟とか(←これはわたしの想像w)映画のいち場面みたいにうかんで頬がゆるむ。

▲前述のとおりアパートで電熱器使って調理してたようなお方やから、とくべつな調理具や、食材を使うということもなく、しかし、ここというとこで手間ひまは惜しまない、という好みのタイプ。(←こういう人、そばに居てほしい。笑)

▲本のなかにお家の台所とおもえる写真があるんだけど、それが、システムキッチンとかやなく、おしゃれにリノベーションした台所でもなく、どこにでもあるような流し台と2口のガスコンロとよく使い込まれた鍋やフライパンのある、ひと昔前のフツーの「だいどこ」で。
いつもは寒い、流し台が低すぎる、ガスコンロが2口しかないとか、文句言うてるわたしだけれど、その写真にはウチのだいどこに通じる空気があって、なんだかほっとするのだった。

▲そうそう、牧野さんはこれに加えて火鉢や七輪も使ってはるんよね。
【夏は羊肉やとうもろこしを焼き、冬は鍋をかけて湯豆腐やとり鍋などをやる】という彼が、炭火をつかうきっかけとなったのは、ある年の冬に九州の温泉宿に泊まったときのことらしい。

▲朝、まだ夜の寒さが残るロビーに行くと爐(いろり)の灰の上に炭が置かれていて。雰囲気を出すための演出かと思ってたら宿の人が来て、炭に火をおこし鉄瓶をかけはった。
牧野さんはそばに座って炭火が燃えるのをじっと待ってたんだけど、なかなか赤々と燃えてこなくて。「これ、消えてるんじゃないですか」と尋ねると、旅館の方いわく「炭はね、そんなに早く燃えないんですよ」。

▲【黒い炭の隅っこについていた赤い小さな火は実にゆっくりと燃えていくのだった。炭はガスコンロの火のようにレバーで火力を調整したり、一瞬であたたまったりするものではないのだ。そして、このとき僕、はっとした。絵を描くことも同じではないだろうか、と。おそらく僕は、絵を描くときも自然の時の流れを受け入れずせっかちにしていたかもしれない。】(同書p90より抜粋)

▲旅から戻った牧野さんは東京でも炭火のある暮らしがしたくなって、古道具屋で火鉢をもとめてアトリエに置くようになったそうだ。
わたしは信州のころの薪ストーヴを思い出していた。
焚き口の窓からみえる赤い炎のゆらゆらも、やかんや煮物の鍋から白い湯気がたちのぼるのも。見るともなしに見ているときのあのしずかなきもち。
暮らしのそばに火があるのはええなあとおもう。

▲本に登場する料理は、おでんに鳥鍋、鴨鍋、鮟鱇鍋・・・と鍋愛好家(笑)としてもうれしいラインナップ。ほかにもペルーのめずらしい料理や、鶏肉をつかった洋風のものもいくつかあって。最初に【この料理を食べるときは、うまくていつも、ふ~んと鼻がなってしまう】ってとこから始まる料理もあり、読んでる方はお腹がなる。
「三分おつまみ集」から「粥」や「ゆで卵」というシンプルなタイトルには、さてどんなこと書いてはるのやろ~とわくわくする。なんと「めざしの炙り方」というのもあってコーフン気味に読んだ。(「めざしの友」mに、久しぶりに電話してみよう)

▲どれも料理の作り方が書かれてるんだけど、気取りなくさりげなく、大雑把なようで気をつけるポイントがちゃんと書かれていて、なるほどと頷く。文章の間から料理をつくる牧野さんが、家族や友だちが飲んだり食べたりしゃべったりしてる声が聞こえてくるようで。食べたくなるし、拵えてみたくなるし、そして、呑みたくなる本だ。

▲巻末、編集者の鈴木るみ子さんによる「眺めのいい食卓」という文章もよかった。
【誰もがおいしいと認めなくていい、それを食べてるあなたの顔が思わずほころんでしまっているもの。そんな「個人的ごちそう」を教えてくださいという微妙な依頼の意図を理解し、ぴたりと望むようなリストを返してくれる人は、その頃少なかった。】(p205より抜粋)

【牧野さんを見ていると、フランス語の bon vivantという言葉を思わずにいられないのだが、ボンヴィヴァン、よく生きる人という意味だ。よく呑み、よく食べ、よく考える。よく夢みるという営みも忘れてはならない。】
(p213より抜粋)

▲シアワセな食卓は、まず自分がおいしいと思うもの。「個人的ごちそう」~これやな、とおもう。
と言いつつ、この「個人的ごちそう」が相方と時々ちがって、しかもお互いなかなか譲らず、バトルとなるのであるが(苦笑)。食べることは生きること。これからもけんかしぃしぃ、あわてんとゆっくりめざし炙って(二人共めざし好き。但し炙り方ではいつもモメるけど)おいしく食べておいしくのみたいと思う。
そして、いつまでも長く 海の幸山の幸を少しずつ分けてもらえるよう。海や山や田畑が、もうこれ以上 人の手や欲で汚されることがありませんように。


*追記

その1)
この間から読み始めた『アメリカーナ』(チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 くぼたのぞみ訳 河出書房新社2016年10月刊)は近頃では珍しい二段組の538頁の長編です。
分厚くて重たい本なので、寝床読書には向かず(苦笑)ようやく読書の波がのってきたと思ったら、図書館返却の日が間近にせまり、でもでも。おもいきって(4968円)買おうかな。
この方の『アメリカにいる、きみ』もおすすめです。

この本のことを、いつもええ刺激くれる若い友人にいうたら、著者の講演の動画を教えてくれました。
日本語字幕あり。

”We should all be feminists ”  Chimamanda Ngozi Adichie →

*追記の追記*
このブログコメント欄でlapisさんが教えてくれはった、もうひとつの講演動画チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの「シングルストーリーの危険性」おすすめです。ぜひ。→

その2)
『オール・マイ・ラヴィング』(岩瀬成子著)の文庫版 (2010年刊の単行本に加筆修正)がでて、こちらは軽いので整形外科リハビリの待ち時間にちょっとづつ読んでいます。もう何度も読んでるのにそのつど、初めて読むみたいにどきどきするのは、このころ(十代半ば)のやり場のないきもち、自信のなさや、持て余す自意識や、何より”no music,no life! ”な思いに共感するから。そんな思いをみごとにすくい取ってくれる岩瀬成子さんの文章ゆえ。
解説には(前に発表されたものですが)江國香織さんと『ロッキング・オン』の松村雄策さん。

そして、いま、あらためて紹介したいのは、『ピース・ヴィレッジ』です。基地の町に住む小6の楓と中1の紀理、まちの人々・・・岩瀬さんの本に出てくるひとたちはみないつも魅力的です。(ここに感想を書きました。)

【父さんのくばってる紙にはね、
「あなたもわたしも同じ立場にいる」と書かれているの。
「わたしたちは力をもたない市民だ」と。
「だから、政府の力で戦場に送り込まれて、人を殺してはいけない。また殺されてもいけない。わたしたちは一人の市民として、起きていることを知ろうとしなければいけない。自由に自分の考えをあらわさなくてはいけない。人間の誇りをうしなってはいけない」
と、そんなことが書いてあったんだ。】 
本の中、主人公の紀理のお父さんが基地の前で配ってた英語のビラを紀理が訳す場面。

*岩瀬成子さんのこのほかの本の感想はここの追記にリンクはっています。

その3)
買い物帰りのいつものコース、図書館本屋レンタルショップやったのに、先日レンタルショップが閉店。
顔なじみの店員さんが、店のすみにわたしを呼んでそれを伝えてくれたとき泣き出さはった。
作品検索とか、マイナーな作品を取り寄せするのに、面倒な申し込みの伝票書きとか。レンタル開始の前日に入荷段ボール箱の中から探して、一足先に貸し出してくれたり。いっぱいいっぱいお世話になりました。
かなし。
これからどないしょう。
世の中は動画配信の時代やけど、本だって、図書館や本屋さんで「棚」みながら選ぶのと「あまそん」とかで「これを」と思って買うのんと、その楽しみ方はちがうしね。

というわけで、先日は「観たいリスト」持って遠い店舗まで。
相方にナビゲートしてもろて(方向音痴ゆえ)ゆっくり、ゆっくり。途中ランチ休憩もして徒歩にて。でもあまりに長距離(わたしの足にしたら)やったので最初で最後かなあ。
以下備忘録的に。

『好きにならずにはいられない』
アイスランドの映画。寒いとこの映画には弱いわたし。
『山河ノスタルジア』
若干ふまんやつっこみどころもあったけど。ジャ・ジャンクーの映画やなあと思った。
『家族の灯り』
絵画のような画面。もとは戯曲らしいけど、納得。寒く湿気た空気がゆううつ。
『シチズンフォー スノーデンの暴露』
こわかった。ほんまにこわいです。多分そんなもんなんやろうな、とは思ってはいたけれど。やっぱりと「知る」こわさ。
『団地』
藤山直美がすきやから借りたんやけど。この監督との映画ではやっぱり『顔』が圧倒的によかったです。


その4)
きょうも長くなりました。さいごまでおつきあいしてくれはっておおきにです。

きょうはこれを聴きながら。
Stefano Guzzetti- Mother→

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by bacuminnote | 2017-01-18 11:11 | たべる | Comments(6)
▲きのう図書館に行く途中、若い女の子二人組に「すみません~」と呼びとめられた。
道を聞かれることはよくあるのだけれど、たいていは同世代か年配の人で。
若い子にはスマホという便利なツールがあるもんね。
ところが、彼女たちはそのスマホを覗きつつ「あのぉ~駅って、どこにありますか?」と聞いてきた。でも件の駅はすぐ30mほど先なのだった。

▲「すぐそこ」を指さすと「ええっ~?」と悔しそうで。「もうちょっとやったのに。惜しかったねえ」と言って笑い合う。
二人とも笑顔のかいらしい娘さんで、おばちゃんまで若さのもつ軽やかで華やいだ空気に染まったみたいで。
なんかうれしくなって、突然背中をぴんと伸ばしたりして(苦笑)「気ぃつけてね。ほな、いってらっしゃい」とみおくった。

▲ほこほこ気分で図書館に行って、本を返したあと、児童書のコーナーで『ことしのセーター』(石川えりこ 作・絵 福音館書店「こどものとも」11月号)という絵本と目が合うた。
表紙のセーターを抱きかかえてうっとりしてる女の子の顔には見覚えがあり。そうだ。『ボタ山であそんだころ』(前にここにも書きました)の作者や~とおもって本を開く。

▲お母さんらしき人と三人のこどもが押入れから衣装缶(←作者の石川さんはたしかわたしと同じ歳のはずやから。これ、プラスチックやなくブリキの缶やね。絵を見ただけで、あの灰色と蓋のベコベコした感じとか、樟脳のにおいが立ちのぼってくる)を出しているところからお話が始まる。
【きょうは うちの ころもがえ。 おしいれや たんすから きょねん きていた ふゆものを だしています。】

▲お姉ちゃんもわたしも弟も去年のセーターを出して着てみるんだけど、袖が短くなってたり、きゅうくつで大きく息ができなかったり、おへそが見えたり・・・みんな去年より大きくなってるんよね。そんな様子をみてお母さんが「これじゃあ もう ちいさいねえ。みんな ほどいて あみなおそうね」と言う。

▲お祖母ちゃんは毛糸の服の「とじめ」を「ていねいにていねいに」に外して、袖や見頃に分けて。
傍らのこどもらは「たたみの うみに うかぶ ちいさな しまのよう」に置かれた「部位」をとびこえたり、横で寝転んだりして遊んでる。
次に、毛糸をほどいて、お母さんが火鉢に火をおこしてヤカンをかける。お湯がしゅんしゅん沸いてくると、ヤカンの蓋の穴に毛糸を通して、ゆっくり引いていく。

【へやいっぱいに けいとの においが たちこめます。「きょねんの ふゆの においがするね」とおねえちゃんが いいました。】

「毛糸のにおい」なんて、もう長いこと思い出すこともなかったなあ。
なのに絵をみるや、とたんに「におい」が蘇ってきて、自分でもおどろく。

▲湯気で伸ばした毛糸を、こんどはくるくる巻いて。
お祖母ちゃんは買ってきた新しい毛糸を弟の腕にかけて、毛糸玉にする。
お母さんもお祖母ちゃんも、家事のちょっとした合間にも編み棒を動かして動かして、セーターやチョッキを編んでくれるんよね。
あちこちのお家で、ごくふつーに繰り広げられてたこんな光景を、今読む(見る)と「昔ばなし」の世界みたいやなあ。せいぜい50年ほど前のことやのに。

▲こどもの頃、友だちんちに行くと、たいてい部屋のすみの籠に毛糸玉と編みかけの毛糸に編み針が刺さってて。
そんでお正月がすぎて、三学期の始業式には新しく編んで(編み直して)もろたセーターやカーディガン着てくる子が多かった。
ウチでは、家業に追われて母が編み物をすることはなかったけれど、毛糸の湯のしまでは家でやって、あとはだれかに頼んで編み直してもらってた。
ものを長くだいじに使うこと。毛糸をほどいて、伸ばして、巻いて、編み直して、というのを、手伝うたり見たりしてきた経験はしみじみよかったなと思う。

▲一昨日『さとにきたらええやん』の上映会に行ってきた。
前々から観たい観たいと思いつつ、上映会場が遠くて足に自信がなかったり。迷ってるうちにお終いになったりして。最近はもう諦めてたんだけど、なんとか一人で電車のりかえて、行けそうな場での会があることを知り、思い切って夜の外出となった。
ところが当日、近くの友人に言うたら「わたしも行く」という(ありがたい、心強い!)展開に。おたがい家族の夕飯を早々と拵えて、薄暗くなった街を二人そわそわと歩いた。

▲映画は大阪市西成区にある日雇い労働者の街「釜ヶ崎」で38年にわたり活動を続ける「こどもの里」に集まるこどもとその親、そしてスタッフたちを映している。
「こどもの里」がどういう場か、パンフレットに書かれたことばが、まさに「さと」を現しているとおもう。
(ちょっと長くなるけど書き写してみます)

~こどもたちの遊び場と生活の場です~
誰でも利用できます 
子どもたちの遊び場です 
お母さんお父さんの休息の場です 
学習の場です
生活相談 何でも受け付けます 
教育相談 何でもできます 
いつでも宿泊できます
緊急に子どもが一人ぼっちになったら
親の暴力にあったら
家がいやになったら
親子で泊まるところがなかったら
土・日・祝もあいています
利用料はいりません

▲貧困や病気、暴力や虐待のなかでも、こどもらはみな、せつないほど親のことが好きなんよね。どうやったら親が喜ぶか、親を困らせないですむか、親の怒りが鎮まるのを息をひそめて待つ。
せやからね、
「デメキン」(目のおおきい荘保共子館長のあだな)やスタッフが何度も言う「だいじょうぶやで」「しんどいときは泣いたらええねん」「いつでもおいで」「わたしはあんたの味方やで」に、胸がいっぱいになる。
「誰でも」「いつでも」「無料」にじんとくる。
このことばと彼らのサポートで、こどもが(親も)、どれほど救われていることか。
何より「こどもの里」のように「緊急一時宿泊機能」をもつことは、とても大きいと思う。

▲荘保さんたちは「必要としてる子がいるから」と、昼夜なく動いてはるんやけど。
必要な子に必要な支援は、本来行政のするべきことやよね。
けど、大阪市(橋下市長)は2013年で「子どもの家事業」を廃止する。(「学童保育」と事業内容がある程度重なる「子どもの家事業」は利用料ゼロなので「保護者負担に違いがあるのは、補助金制度として問題」と言い、「子どもの家事業」を廃止。有料の「学童保育」に一本化した)

▲学童保育の対象年齢(これは従来の小1~小3年から6年まで広げたらしいが)を越えた子も、障がいがあっても、無国籍、戸籍のない子も、垣根なく引き受ける「こどもの里」のような場は少ない。そのはたらきを考えたら、ほんまは地域ごとに必要と思う。
ここ十年ほどの間に誰が仕掛けたのか「自己責任」とか「自立」とか、いうことばがエラソーな顔して闊歩して、弱いひとを切り捨ててゆく。ひとは一人では生きていけないのに。

【「自立」とは依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。「依存先を増やしていくこと」こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべてのひとに通じる普遍的なことだと、私は思います。】(熊谷晋一郎)→

▲上映後、荘保さんの講演。
映画の中で、くも膜下出血で長時間の手術、入院という場面もあって「その後どうしてはるのやろう」と心配だったけど。
壇上の「デメキン」は凛とした佇まいで、黒いベレー姿がかっこよかった。そして「時間が30分しかないから」と、濃いメッセージを早口で発し続けはった。
映画に登場した3人のこどもたちの「その後」の話も、痛くふかく響く。
(映画はおわっても、問題は続いてゆくものね)

▲お話のなかに出てきた「子どもの権利条約」について、あらためてその4つの権利を思う。
1 生きる権利、2 育つ権利、3 守られる権利、4 参加する権利
こどもに権利があるからというて、大人たちが何もしなければ、こんな「あたりまえ」と思えることも、守られへんこどもがいる、ということ。

▲帰り、ロビーにお見かけしたら、画面で観るより小柄な方で。
こんなに華奢なからだにどれくらい社会への大きな怒りと、こどもたちへの深い愛情を持ってはるのやろう、と思った。
「さと」のように、「こどもらが安心してすごせる場」が守られ、増えていきますように。
いや、ほんまは「さと」のような場が必要なくなる社会になったらええんやけど。

▲講演が終わったのは9時半すぎ。
夜道を歩くのも、夜の電車も久しぶりのこと。
友だちが、エレベーターやエスカレーターをいち早く見つけて「こっち、こっち」とエスコートしてくれて、うれしかった。
ええ時間でした。

*追記

その1)
2014年4月2日にNHKハートネットTVで、シリーズ 子どもクライシス 第2回「失われゆく“居場所”」という
番組があったようです。
番組で紹介されたのは、おなじく釜ヶ崎にある「山王こどもセンター」~大阪市の「子どもの家事業」補助金カットについて。→

このことに限らずですが
兆とか億とかいう単位のお金が「不」必要なところにばら撒かれてるのに、「必要」なところにはカットに「削減」!おかしいよ!

その2)
今回書けなかった本。
『神よ、あの子を守りたまえ』(トニ・モリスン著 大社淑子訳 早川書房刊)→
ひさしぶりに行った墓参の道中、バスの中で読みました。
緊張感のある読書で。途中ふと、顔をあげて車窓から外をみて。また本に。

肌の色ゆえに母から拒絶された少女。それゆえに両親の結婚は破綻します。
母親は娘に嫌悪感しかなくて、でも娘は母に触れてほしいために、わざといたずらをして、顔を平手打ちとかお尻を叩いてくれたら、とさえ思うんよね。
しんどい話なんだけど、主人公ルーラ・アンはしんどかった幼年時代から脱して、名前も”ブライド”に変え「自分」を生きるようになる。

表紙カバーの写真、ぽつりと真中に写るパールのピアスがすてき。
このピアスも本文中にでてきます。


その3)
観た映画(DVD)メモ
ヴェルナー・ヘルツォーク監督の作品2本
ヘルツォークはわたしには無理かも・・とか思いながら観ました。
『カスパー・ハウザーの謎』
『小人たちの饗宴』

その4)
まえにも貼ったことあるけど。
ヴィンセントってVincent Willem van Goghのこと。
最初の♪Starry Starry Night〜という歌詞はゴッホの「The Starry Night(邦題:星月夜)」という絵に由来するそうです。

Don McLean - Vincent→

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by bacuminnote | 2016-12-20 20:41 | 映画 | Comments(6)

「月が変わりましたから、保険証を確認させていただきますね」と医院の受付で言われて、はっとする。
11月は「西向く侍」の最後の月やし(苦笑)ここんとこ気温のアップダウンもめちゃくちゃやったし、早ようから街じゅうクリスマスモードやからなあ・・・と、気づかなかった言い訳をぶつぶつ連ねつつ。ああ、もう12月です。

一日も、一ヶ月もあっという間で、ゆえに一年も過ぎるのがほんまに早い。時季に合わない天候が続いて、なんかわからんうちに次の季節にむかってしまうから、よけいにややこしい。
お天気といえば、年配のひとたちが寄ると必ずお天気の話をしてはるのを以前は「また、始まった~」と半ば呆れて聞いてたんだけど。
痛いとこができてからは、それもわかる気がする。

そもそも天気と元気はその字の姿形からして似ているもんね。空と心身はつながってるんやろな、と思う。

この間『女湯のできごと』(益田ミリ/光文社2006年刊)という本(漫画とエッセイ)を図書館でみつけて、書架の前で何気なく読み始めたらおもしろくて借りて帰った。一年のうちでお湯に浸からない日は、ほとんどないほどの風呂好きだが、すぐにのぼせるので、せっかくの「いい湯」だという温泉に行っても「からすの行水」組である。

せやからね。
よそのお家に泊めてもろたときなど、タオル出してもろて説明聞いて(家によって浴室ルールって微妙にちがう・・笑)入浴するも、ちょっとしたら出てくるもので。「え?もう出てきたん?」と呆れられるんやけど。それでもお風呂はすき。

くわえて、疲れもなやみもストレスもお湯(または水)に溶ける~が持論である。

この本はタイトル通り銭湯の女湯の話だ。

著者のミリさんは大阪生まれの団地育ちで。赤ちゃんのときから二十代半ばでひとり暮らしをするまで、銭湯に通ったそうで。わたしより14歳若い方だけど、読んでいると「せやったせやった」と思い出すことも多くてなつかしかった。

銭湯にはもう長いこと行ってないから、浮かぶのは主に学生時代のころ。いつやったか旧友と京都のなつかしの町歩きをしたときに、当時通った「◯◯湯」が今もあったのがうれしくて、看板の前で記念撮影をした。(笑)

もっとも思い出の「お風呂屋さん」はこの他にいくつもあって。引っ越しの数+姉や友人の下宿・アパート近くの、と合わせると何軒もある。下町の銭湯、学生街の銭湯、団地近くの銭湯、と所変われば、銭湯の雰囲気もさまざまだった。

下駄箱の大きな木札とか、脱衣場ではいつも同じ棚、お決まりのロッカーの場所とかね。学校の保健室にあるような大きな体重計やドライヤー椅子。文中一番ぐっときたのは、銭湯の脱衣場にずらりと並んだベビーベッド(というか赤ちゃん着替え用の台)の話で。


【若いお母さんが、先に洗った赤ちゃんをだっこして脱衣場に出てくると、それを待ち構えていたおばちゃんが「はいはい」と受け取る。茹であがったお芋を受け取るみたいな光景だ。そんなホカホカの赤ちゃんをおばちゃんに渡した若いお母さんは、やっと自分のお風呂タイムに突入するのである。

お母さんが赤ちゃんを洗う、赤ちゃんをお風呂屋のおばちゃんに渡す、お母さんがカラダを洗う。それはテンポの良い流れ作業のようで、わたしは赤ちゃんがお風呂屋のおばちゃんに手渡されるところを見るのが大好きだった。なんというか、「よかった~」という良い気分なのだ。赤ちゃんが大事にされているのを見るのは、嬉しいことだった。】(p67より抜粋)

▲わたしは閉店ぎりぎりに、かけこむことが多かったけど、たまに早い時間に行くと、ちっちゃい子が脱衣場を走り回ったり、赤ちゃんがあっちでもこっちでも泣いてたり。

若いお母さんにおばちゃん、おばあちゃん・・と4世代のひとが入り乱れて。それはにぎやかで、そして温かった。

【おばちゃんが濡れたカラダを拭いてあげ、てんかふんをはたいてあげ、おむつをして服を着せてあげる】
そのうちにお客さんが来て、おばちゃんが番台に戻ると、他のおばちゃんやおばあちゃんも、走り回ってる子らもみな赤ちゃんのことを気にかけて、のぞきこんで。だれかがお風呂から上がってくるたびに、脱衣場は湯気と石鹸のにおいでいっぱいになって。

浴場でも隣どうしで背中の流し合いしたり、洗いながら、浸かりながら裸のままで(あたりまえやけど・・)皆よう喋ってはった。

お母さんがシャンプーしてる間、ちっちゃい子がうろうろしてる内に、同じようにシャンプーしてるわたしの背中に「ママ~」と抱きついてきたことがあって。そら、みな裸やし、泡だらけの頭やし。湯気もーもーやし、誰が誰かわからへんようになるよね。
顔あげたら、見たことのないおねえさんで(←当時はわたしも若かった!)、隣に座ってたおばちゃんが「ママはあっちやで~」と指差さはって。そのときの
女の子のきょとんとした顔が、ほんまかいらしくて、お風呂場にみんなの笑い声が響いたっけ。

赤ちゃん連れのお母さんにとって、赤ちゃんをみてもらって、自分のからだや髪を洗える時間は(ゆっくりはできなかったやろうけど)大助かりやったろうな~と思う。

そして、ミリさんが書いてはるように、身内以外の人たちに「赤ちゃんが大事にされているのを見るのは嬉しい」。

でも今かんがえたら、ああいう親密な雰囲気が苦手なお母さんもいてはったかもしれんし、ときにはヨソのおばちゃん、おばあちゃんらの「大きなお世話」という展開もあったかもしれないなと思う。
赤ちゃん連れて着替えやらタオルやら石鹸やら、いっぱい持って毎日のお風呂行きは、大変だし。第一ええ天気の日ばかりとちがうしね。

せやから、ミリさんもいっぱいの温い話を重ねて描き、そんな光景を懐かしみつつも【別にあの時代が復活すればいいなとは思わない】とつぶやく。

何よりミリさん自身【家にお風呂があったらいいのになあ】といつも思ってたらしく。

中学生のころはお風呂やさんの近くで同級生の男子が何人か立ち話してると、自分ちにお風呂がないのがはずかしくて、のれんをくぐれずに通り過ぎて。しばらくして、その子らがいなくなったのを、見届けほっとして銭湯に入る~というエピソードもあって。定番のフルーツ牛乳やラムネに、「小人」「中人」「大人」の券、電気風呂や水風呂の話に「そうそう!」と、一人盛り上がったあとだけに、なんだかしゅんとする。

それでも【お風呂がなかったからこそ見えた世界もあった、と今では思う】と結んではる。よかった。ていうか、せやからこそ、いま、湯気たつようなお風呂屋さんのたのしい話を描けるんよね。


【裸で思い出したが、先日行ったお風呂屋さんで、わたしはとってもいい光景を見た。風呂あがりのおばあちゃんふたりが、素っ裸のまんま脱衣場のベンチに座っておしゃべりをしていたのだが、そのおしゃべりに、番台のお兄さんが普通に参加していたのがすごくいい感じだった。なんの違和感もなく天気の話などしている3人を見て、わたしは自然と顔がほころんでしまっていた。前を隠すとか隠さないとか、もうすっかりそういうことから卒業している清々しさとでもいうのでしょうか。

いくつになっても女には恥じらいは必要などという言葉が陳腐なものに思えてしまう。わたしもいつか、銭湯であんなふうに番台の年下の男と素っ裸で世間話をしてみたいものである。】
(p28より抜粋)


*追記
その1)

このことに限らず、思い出話をかんたんに「昔はよかった」で、しめたくないなあと思う。思い出の写真には「写っていないもの」がいつのときもある気がする。記憶というのはいつも何か抜け落ちるもんやし。

「記憶ってのはいったん事実をばらして、また組み立て直す機械みたいなものだ。そのあとには、必ず部品がいくつか余ってる」

『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』より

このトム・ウェイツのことばで思いだしたんだけど以前ここ「歴史と記憶のちがい」のことについて書きました。


その2)

今日は先日読んだ『世界を7で数えたら』(ホリー・ゴールドバーグ・スローン著 三辺律子訳)のことを書くつもりやったんですが。いつのまにやら話がお風呂に入って温もって(苦笑)書きそびれてました。

この本、タイトル通り「7」という数字にこだわりのあるウィローっていう12歳の天才少女のお話。

でも天才かどうかってことより(まあ、そこも重要なんだけど)事故で二度目の両親を失うことになったあと、それまで面識もつきあいもなかった人たちに助けられ、まもられてゆくことになるんだけど。

登場人物みな愛すべき変わり者たちで。

一方的に助けるとか助けられるとかいう関係やなく、それぞれが持ってるものをシェアーする~みたいな関わりがええなと思いました。

人間の社会ではその「高機能な」脳と膨大な知識ゆえに、なかなか心休まる居場所がないウィローが、解放される場所っていうのが庭。

両親と共にその庭をこころから愛してた彼女がそれさえも失って、ふたたび「庭」を得るくだりは(とりわけ、ひまわりの種がずらりと並べられたシーンは)常々ほったらかし庭のわたしも胸がいっぱいになりました。

種を植えるところから、ひとの気持ちが集まってくる物語に『種をまく人』重なります。

【階段にもどって、うすく差す冬の陽射しの中にすわっていると、二羽の小鳥が竹のとなりのスイカズラにやってきた。小鳥たちはあたしに話しかけた。言葉ではなく、動きで。命はつづいていく、って。】

(同書p378379より抜粋)

その3

観た映画(DVD)備忘録的に。
『ブルックリン』

『人生は狂詩曲』

『ローマに消えた男』

『或る終焉』

その4

きょうはこれを聴きながら。

Sparklehorse - Apple bed


もう一曲。36年前、12月8日。

John Lenon's life set to Roll On John by Bob Dylan→





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by bacuminnote | 2016-12-08 19:23 | 本をよむ | Comments(0)