しずかできれいな雪の日に。
2008年 02月 05日
このところ、うっとうしいお天気が続いてたから、朝 雨戸の内側の桟がすこぅしぬくいとうれしくなる。がが~っと勢いつけて雨戸をあけて ぬけるような青空が目に入るともっとうれしい。
花を育てる、ということをしていないので、いまの時期は緑の濃淡とわずかに南天の赤・・と色の少ない庭なんだけど。
今日窓を開けたら紅梅のちっちゃな赤いつぼみがいくつも見えて、おもわず「わあ」と声が出て頬がゆるむ。
▲そういえば、友人が今時分に彼女の実家近く 湘南の産院でお産したとき、庭の白梅がそれはみごとだったので、娘のミドルネームは「梅」だなと思ってた~って話してたことを思い出した。(←彼女んちは皆日本人なんだけど、子どもにミドルネームつけて楽しんではるのでした)
じつは彼女と同じ日にわたしも息子を木曽にて出産。信州では梅などまだまだ先の話で。その日もやっぱり寒く雪の舞う日だった。病室の窓からは一面真っ白、凛とした雪景色がしずかできれいだった。
▲上の子のときから数えて13年ぶりのお産は、予定日をはるかに越え(だから件の友人ともまさか同じ日に出産となるとは思ってもみなかった)
当初希望し準備していた自宅出産じゃなく、病院で点滴受けながらのものだったけれど。
病院は新しく、看護師さんも助産師さんも皆やさしくていねいで、あたたかく。こどもも元気に生まれてきて「ええお産」やったと思っている。
▲初産のときは大阪の病院だった。
まだ夫の「立ち会い出産」というのが一般的でなかった頃で、相方の「お産に立ち会いたい。できたら写真を撮りたい」(この頃 はカメラマンだった)という申し出も簡単に断られたし、わたしが陣痛室に入るや追われるように外に出されて。
あとで「がんばって」と手紙を渡してくれ、うれしかったり痛かったりで泣いたっけ。
13年もたつと病院の雰囲気も対応もずいぶんと変わっており、むこうから「お父さんはお産に立ち会われますか?」と聞いてくれはったのでおどろいた。
▲結局この日 相方は立ち会わなかったんだけど、分娩室に入るまではいっしょにすごした。とはいえ、ケッコン14年目、初めてのときとはちがって二人ともええ年になってたからか、結構落ち着いており。陣痛に唸るわたしを相方はベッドの脇に立って、ドクターみたいに腕組みしてモニター見ながら「うーん。今のは、たいした痛みとちゃうやろ」とエラソーで。「何言うてんの?本人が痛いって言うてんねからイタイの!」といつもの調子で言い合ってた。
それでも「おなかがすいた」と言うたら、雪の中パン屋に行って菓子パンを買ってきてくれて、うれしかったんよね。(←ウチは甘いパンは焼いてへんパン屋やったから、菓子パンなんてめちゃ久しぶりでカンゲキした)
▲あの日から15年。
「梅」という家族限定!ミドルネームをもつ、えがおのすてきな少女も。
何回もはらはらしながら遠い病院に走ったのがうそみたいに、いまは病院に行くこともなくなった rockと本と映画好きの少年も。
二人ともずいぶん大きくなって反抗期と思春期とそして空腹期のまっさかりだ。
▲去年の今頃のこと。 ひこ・田中さんに息子の誕生日のことをメールに書いたら「おめでとう」と共に「ゆっくりと大人になっていってください」とメッセージをいただいて、はっとした。
ただただ「早う大きくなってほしい」とばかり思って来た、から。
だから、ひこさんのことばに心底どきんとした。
けど、ほんまそのとおり。
いろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんなひとに会い、こどもたちよ、
あわてんでもええ。
ゆっくり大人になっていってください。