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いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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てぶくろひとつ。

▲買い物をすませて地上に出たら、いきなりからだが凍りつくようなつめたい風が待ちかまえていて、思わず荷物を置いてコートのボタンを上まで留めた。地下の食品売場はまだ終わっていないクリスマスを越え、早くも「迎春」モードに入っており。「まだ一週間もあるのに」と思いながらも数の子の値段にため息つき、黒豆の袋を手にとって、店の空いてる今の内に買うとこか、いや、まだ早いしな・・・とうろうろ。つい長居してしもて。けど、火照ったほっぺたもその風で一気に冷えた。

▲荷物をおろしたついでに 手袋、手袋とバッグの中をごそごそしたんだけど、片方しか見つからなかった。おかしいなあ、と思いながらも仕方なく片手だけ「履いて」(とわたしの故郷では言う)は みたものの 手袋のない右手がつめたく痛い。途中とうとうがまんできなくなって、再び荷物を下に置き またまたバッグをかきまわしてみるも、やっぱり手袋は出てこなかった。あれぇ、どこで落として来たのだろ。

▲ なくした右手の方は昨シーズンに親指のところを鍵で引っ掛けて小さな穴があいたまま 気になりながら繕いもせずに使ってた。ああ、ちゃんと繕っておけばよかった・・・となんだか手袋に「ごめん」のきもち。ふたつ揃って一組のものを、ひとつなくすと落ち着かない。お菓子の空き缶には片方だけのイヤリングがいくつか、長いこと待機中だ。もう出てくることはないだろうと思うのに、捨てられないでいるんよね。

▲家に帰って食材を冷蔵庫にしまうと、冷え切った台所の床にぺたんと座り込み、もう一度バッグをひっくり返し、コートのポケットもひっくり返してみたけど、出てくるのは要らないレシートや糸くずばかり。手袋ひとつで、その日はすっかりしょげかえってしまった。

▲穴のあいたくたびれた手袋なんて誰か拾ってくれるやろか。たとえ拾ってくれたとしても名前が書いてあるわけでもないし。
気をとりなおして次の日にスーパーやデパートの手袋売り場を見てみた。けれど、気に入ったものは高く、予算に合うものはつまらなくて、結局買えずに店をあとにした。

▲こんな日に限って外は「真冬」だ。
どんなに寒くても一度は立ち止まって空を仰ぎ、何車線もの道を走る車を見下ろすいつもの歩道橋も、どこで落としたのだろう?いや、そもそも、いつ片方だけ外したのか?となくした手袋のことばかり考えて、立ち止まることもなく下を向いて歩いてた。

▲子どもの頃はよく物をなくした。
当時は親も家業が忙しかったし四人姉妹の末っ子で甘やかされていたのか、しつこく泣いてねだれば、学校で要るものなら「代わり」を買ってもらうことができた気がする。

▲いつだったかジッカに帰ったとき、昔使っていた学習机の引き出しを開けたら、母があちこちから見つけたという三角定規と分度器のセットが幾組もあった。もちろんわたしの物だけでなく姉たちの物も混じっていたはずだけど、マジックで大きく名前の書いてある所を見たら
ほとんどがわたしの物だったのだろう。物を大事にしなかったかつての自分が恥しくて、傍で遊んでいた息子に見つからないようにそっと抽斗を押した。

▲そんなことを思い出してるうちに気がつけば橋を渡り終えていた。
ぼんやり歩道橋の階段を降りながら、ふと道脇のゆりの木を見上げたら、すっかり葉の落ちた木の枝が微かに揺れて、むこうにひろがる空の青はどきんとするような冬のそれで。
なくしものだけじゃなくあの事もこの事も。
いじいじくよくよしてる自分に活を入れられたみたいで。

▲そうだ。今夜は粕汁をこしらえよう、となぜかひらめいて(笑)そう思ったら、とたんにからだの奥がぽっと温く感じて、背筋のばして大股で帰り道を急いだ。信号を待つ間、荷物を置いて手をこすり合わせる。明日こそ手袋を買おうと思いながら横断歩道を渡り、ポストの前で はたと足がとまった。

▲ 赤いポストの上に白い毛糸の手袋がひとつ、たよりなげに のっかっている。
まさか、そんなことないよね。でも、見るだけ見てみようと、そろり手を伸ばしたら 真ん中に縄編み一本、右親指のところに小さな穴のあいた手袋だった。
早速バッグの中から「左手」を取り出して、ポストの上に並べてみる。まちがいなくわたしの手袋だ。
うれしいくせにちょっとバツが悪くてまわりに誰もいないのに「あらあら、こんなとこにあった。おおきに」とひとりごとみたいに言いながらあわてて仕舞った。

▲ あの日、手紙を投函するのに 手袋の手ではバッグから封筒を取り出せなくて、右手だけ外してポストの上に乗せたのかもしれない。
いや、外してそのまま落としたのをどなたか拾ってポストの上に置いてくださったのかもしれない。夜露にぬれたのか湿った手袋は家に帰ってからていねいに洗って干した。
で、その翌日か、翌々日だったか。
ポストの前を通ったらこんどは黒い男物の手袋の片方が上に のっけてあった。

だいすきな小沢昭一さんの句。
『床に児の片手袋や終電車』 (「新選俳句歳時記」所載1999・潮出版)

by bacuminnote | 2009-12-23 15:05 | 俳句