「すがたやさしく色うつくしく」
2018年 02月 10日
▲外の天気も気温もわからないビルの地下の食品売場で買いもんをすませ、冷たい地上に戻って足早に歩いてたら、前をゆくおじいさんが(←たぶん。人をかんたんに老人扱いしたらあかん、とか思いながら。すみません)なんや口ずさんではるみたいやから、歩をゆるめて耳をすます。
▲「はーるの小川はさらさら行くよ・・・はーるの小川はさらさら行くよ」~かすれ声は一向に先へと進まず、そこだけ何度も繰り返されて。
そんでもっておじいさん、鼻歌に合わせてスーパーの袋を揺らしながら歩いてはる。袋が前に後ろにぶらぶらするたび、納豆とバナナ、カップ麺にビスコの赤い箱が透けて見えて。おもわず頬が緩む。
▲信号のところで右と左にわかれることになって、ちょっと横顔がみえた。おもいがけず気難しそうなお顔だったけど。せやから余計にお菓子の箱の赤がかいらしいなと思う。その後気がつけば、わたしも「はーるの小川はさらさら行くよ~」と口ずさんでいるのだった。「岸のすみれやれんげの花に すがたやさしく色うつくしく 咲けよ咲けよとささやきながら」~こんな歌めちゃ久しぶりやのに、すらすら歌えてびっくり。それに小学生のころ「すーがたやさしく色うつくしく」というところが何故かすきだったこととか思いだして。スキップしたくなるような帰り道となった。
▲今季の寒さに膝が不調ゆえ、ずっと家と駅前の往復だけで、楽しみのレンタルショップにも行ってなかったんだけど、先日温い日のひるま久しぶりに観たかったあれこれを借りてきた。時代はもうすでにネット配信みたいやから、そろそろ切り替えようかと思いつつ、やっぱり本屋や図書館と同じ。棚みて、おもいがけない出会いのあるのが楽しいし、といまだに保留中。
▲今回は『未来よ、こんにちは』『夜明けの祈り』『甘き人生』『きっと、いい日が待っている』と、これらぜんぶ邦題の明るいイメージとはちがう映画だったんだけど、あともう一枚つれあい用に選んだ『セールスマン』(わたしは劇場で観た)も含めて、全部「あとを引く」作品だったので、観るたびに(各自別々なんだけど)晩酌時にフウフで感想大会となるのだった。
▲『きっと、いい日が待っている』■は邦題から受ける印象とはちがって、救いようのない暗い話だったが、これが実話だということでよけいに辛い。ちなみに原題(デンマーク語)は”DER KOMMER EN DAG ” 英語題は”THE DAY WILL COME"~ううむ。the day は果たして「いい日」のことなんやろか、と考えてる。
▲舞台はデンマークの首都コペンハーゲン。父亡きあと、貧しくも身を寄せ合って暮らしていた母と幼い息子ふたり~兄のエリック13歳、弟のエルマーは10歳。ある日母の重病がわかる。身寄りといえば母の弟だけ。このひと、気のいいおじさんなんだけど定職もないので、結局少年たちは児童養護施設に入所することになる。1967年のことだ。
▲ところがこの施設がとんでもないところで、というか、映画や本で読むこのころの施設は(その酷さにおいて)どこもよく似た状況だったのかもしれない。
「いずれ私たちに感謝するようになる」とあらゆる暴力(こども同士の「新入りいじめ」という虐待も、教師からこどもへ体への暴力も、言葉の暴力も、性暴力さえも)すべてを容認/黙認の校長や職員。
▲弟のエルマーは入所してすぐに校長から「将来何になりたいか」とたずねられて、夢みてる「宇宙飛行士」と目を輝かせて答えたとたんいきなり殴られる。叶うはずのないそんな夢は見るな。ここでの秩序をまもって労働に耐えて、将来は職人になれと、いうのだった。
▲エルマーは内反足で、みんなと同じように機敏に労働や運動ができなくて、最初はセンパイたちからひどい仕打ちをされるんだけど、お兄ちゃんがそんな弟を必死で守るのだった。
ある日ひとりの女の先生が赴任してきて、文字の読み書きの得意なエルマーに郵便係を任せる。
▲エルマーはみんなに来た手紙を代読(学校に通えず読み書きのできない子もいて)したり、家族からの素っ気ない文面に宇宙飛行の空想をおりまぜて、希望のもてる話として読んであげるんよね。手紙を読んでもらうときの皆の笑顔が「こども」で胸がつまる。(その他の場面ではこどもであることも忘れてしまうほど)
そうこうしてるうちに、みんなから仲間として認められるようになるんだけど。つらい日々には変わりなくて、級友からの助言通り、ここを出られる日だけを楽しみにひたすら「幽霊」のようにすごす。
▲施設内ではこの女の先生だけが理解者なんだけど、彼女も大きな力には逆らえず、そのうち異動になってしまう。
映画を観るまでわたしは北欧=福祉国家と単純に思ってたけど。1960年代の終わり頃でも、こんなふうだったのだと驚く。というか、どんな制度も初めから出来上がった、完成形などというものはないのだろう。
だからこそ、自分たちがやってきたこと(それを黙認してきたこと)への検証も反省も、心からの謝罪も、できるかぎりの保障やサポートも、していかなくては~と。どんなことでも、その積み重ねと繰り返ししかない、と思う。改めてそう思う。
▲そうそう、この施設にも一応施設のチェック機関として、国の検査官が来るんだけど。それさえも施設側との癒着でまともに機能していなくて(どこの国でもおなじ)。あるとき「不意打ち」の審査をした新しい検査官の登場で、開けられることのなかった固い扉から少しづつ光が入り始めて~。
▲最後のほうで彼の「何か言いたいことある者は?」の質問に、迷いに迷った末にようやく一人の少年が挙手し、その後につづいて次々手が挙がってゆく場面には胸がいっぱいになる。この映画で希望を感じた数少ない場面だった。
エンドロールには、実際にあったこの施設が、いまは当時の入所者がそのことが原因で依存症やうつ状態や病気になったりしているのをサポートする施設となっている、とテロップが流れるのだった。
その1)
この映画、出演しているこどもたち主人公の兄弟もはじめ、みなとてもよかったです。でもいくら映画上のこととはいえ、酷い暴力に性的虐待を想起させる場面もあって、撮影時の心のサポートがどうか十分であったように、と思いました。
それから、その冷血っぷりに震えた嫌な校長役の方ラース・ミケルセン~ん?ミケルセンって、どっかで聞いた名前とおもったら、なんとマッツ・ミケルセン■(『しあわせな孤独』や『偽りなき者』は大好きな映画)のお兄さんらしい。
その2)
このあいだ誕生日がやってきて、又ひとつ歳をとりました。
気持ちだけは若いつもりでいるけど「何があってもおかしくない年頃」になりつつあることは、かつてのクラスメイトたちの訃報を耳にするたびに思うては、おしゃべりのわたしもしばし無口になります。
でもね。ジンセイに終りが来るのは誰もみな一緒なんやから。生きてる間は「まだまだ~」とすきなこともすきな人らも、すきな食べもの飲みものも(!)だいじにしていこなぁ~とあの子この子と(いつまでたっても「あの子この子」やw)話す。うん。まだまだ いけます。make it happen !
ウチの家族にはわたしの誕生日は、毎年カレンダーに赤丸して歳まで記入してるのに、ほぼスルーされるんやけど。今年は息子1にはリクエスト本を買うてもらい、息子2は「お金があったら贈りたいねんけど、ないから」と推薦本のメモを(笑)もらいました。あはは~けど、どちらもうれしい。息子からの「おめでとう」は、ほんまにたまのことやから(!)よけいうれしい。
その3)
今日はローリー・アンダーソンを聴きながら~だいすきなアーティスト。音楽はもちろんですが、いくつになってもかっこええ。そして笑顔がかいらしし。じき新譜もでるみたい→■。
Laurie Anderson - Pieces And Parts→■
その4)
これを書いてる途中に石牟礼道子さんが亡くならはったことを知りました。きのうたまたま旧友(浄土真宗のお寺の坊守さん)とひさしぶりに電話で話したあと、お経(正信偈)のことをふっと思っていました。
きょうは以前読んだ『あやとりの記』(石牟礼道子著)や『死を想う われらも終には仏なり』(石牟礼道子 伊藤比呂美 著)にも出てくるお経のような詩を思いだして声にだしてよんでみました。
「十方無量 百千万億 世々塁刧 深甚微妙 無明闇中 流々草花 遠離一輪 莫明無明 未生億海」
じっぽうむーりょ ひゃくせんまんのく せーせーるいごう・・・「流々草花るーるーそーげ」が、しみじみきれいでかなしいです。
このことは4年前のブログ「そらのみぢんに」■にも書きました。