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いま 本を読んで いるところ。


by bacuminnote
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しらんまに かわいてる。

▲家事をささっとすませて午後は駅前まで。家からは歩いて最短で10分ほどの道なんだけど、いくつか行き方があって、わたしはいつも遠回りになるけど階段と坂道の少ないコース。
角のポストでハガキを出して、消防署で何か訓練していたら立ちどまって(ちいさいひとやお年寄りの後ろから)ちょっと見学。その日は新人さん(たぶん)が、先輩たちにアドバイスを受けながら、消防車の駐車の練習~ミラーみてバック、大きな車体の窓から上半身をおもいきり乗り出して、緊張した面持ちで後方をみて、バックバック、オーライ・・。

▲車に乗ってたころ何が苦手というて縦列駐車ほど下手やったものはないので、思わず前のめりになって見学。そういうたら、かつて免許とったその日から何回かは家で父親に教えてもろたけど、娘の運転センスのなさに匙を投げられ。以後苦節十数年、とうとうコツも勘も身につかないまま運転終了となった。

▲しかし、はしご車とかロープを使って壁をよじ登るといった訓練ならともかく、地味な縦列駐車を飽きずに眺めてるおばちゃんはさぞ???だったにちがいない。というか、こんなことしてるから「ちょっとそこまで買いもん」のつもりが「街に冒険」のようになってしまうんだけど。

▲それから郵便局で切手を買って、本屋さんと図書館に寄って、スーパーで食材買って。満杯になったリュック背負ってえっちらおっちら~というのが、わたしのフルコース。やっと「これ」ができるようになってうれしい。
それにしても、長い風邪だった。
気がつけばもう1月もじきおしまいやもんね。まだ体の芯のとこが「もうちょっとの間ゆっくりしよ」と言うてる気ぃするけど(苦笑)体重と家事担当はあっさり「風邪ひき」前にもどった!

▲風邪といえば、いま、わたしの友人たちは おばあちゃん/おじいちゃん世代でもあり、孫やその親である娘/息子が風邪引いた熱出たというては、お呼びがかかって助っ人に走ってるようで。

▲若い家族にとって、おばあちゃん/おじいちゃんに限らず、近くに助けてくれるひとがいるのはほんま心強い。
一方で近くに助けてくれるひとのいないファミリーはどうしてはるのかなあ~と思う。
そのむかし、まだ上の子が一歳すぎる頃までわたしはしょっちゅう扁桃腺を腫らしては耳鼻科通いをしており。数時間かかる点滴も何度も受けることになって。

▲つれあいの仕事の時間調整がつくときは、彼がその間こどもをみていたけれど、一番頼りになる助っ人は近所に住んでいた友だちのjで。病院行きを知らせると「よっしゃ。わかった」と、すぐに彼女んちの三歳児のmとおもちゃ持ってウチまでかけつけてくれた。こどものめんどうを見て、mも息子のことを弟のようにかわいがってくれた。病気で気弱になっているときに、友だち母娘の明るさがうれしくて、ほんまにありがたかった。

▲わたしは徐々に元気になってそのうち通院もなくなり、それにつれあいの仕事の関係で引越して、頼みの綱の友だちんちからは遠くなってしまったんだけど。その後も引越しのたびに(7回)よきご近所さんや友にめぐまれ、いつもだれかに助けてもらって来た。
が、いま思えばほんまにそれは「たまたま」「幸いにも」ということで。だれもが(とりわけ都会に在っては)家を気楽に行き来できる関係、ましてやこどもを預けたり預かったりという関係がもてるかどうかは、半分以上はであいの「運」のような気もして。

▲そういえば、最近若い知人から産休のあと職場復帰したら、同じく保育園通いの始まったこどもが熱を出して。最初の1,2日は欠勤したもののそれ以上はこまる、と言われて仕方なく電車で一時間余りかかるジッカに一家で帰り、数日はそこから夫婦とも通勤~という話を聞いたとこで。
改めて病児保育の必要性や、いや、そもそも、こどもが(or親が)しんどいときに休めない仕事って!?と唸る。

▲ずいぶん前にも一度ここに、こどもの熱をいったん解熱剤で下げて出勤、というショッキングな話を聞いたことを書いたけれど。わたしの子育て期より、両親ともに仕事を持つ(持たないとやっていけない)家庭がはるかに多くなっているからこそ、子にも親にも家以外の安らげる場所があるといいのに、いや、そういう場が必要だとつよく思う。

▲お金(儲け)になろうがなるまいが、ほんとうに必要なことをすることこそが行政の役目なのに。本気だせば決して難しいことでも、それほどお金のかかることでもないのに(第一あんなことやこんなことに湯水のように使ってるのを即刻止めさえすれば)。ほんまこの国の政治は”ToDo”の内容そのものも、優先順位も、みなむちゃくちゃになってる。

▲今回の風邪がなかなかしつこかったこともあり、ながらく心身ともに低空飛行で。わたしにしたら今月は珍しくDVDレンタルもせず、図書館の貸出ゼロなんてときもあったりして。手持ちの本をゆっくり再読するくらいだったんだけど。
このまえヨシタケシンスケさん作・絵の『おしっこちょっぴりもれたろう』という愉快な一冊を読んで、ちょっと力がわいてきた。

▲ここ数年「うんこ」とか「おしっこ」とかをそのままタイトルにつけてる本がけっこうあって、わたしはあんまりすきやないんだけど(五味太郎氏の『みんなうんち』はすき)。この本の表紙の男の子がちょっとぬれたパンツをうつむき加減で見てるその表情が、考え深げであり、すましてるようでもあり。思わず手を伸ばした。

▲そして、この絵本はタイトル通りいきなり「おしっこもれた」話から始まるのだった。
《ぼく、おしっこちょっぴりもれたろう。
おしっこをするまえかしたあとに、ちょっぴりもれちゃうから、いつもお母さんにおこられる。
でも、いいじゃないか。ちょっぴりなんだから。ズボンをはいたらわかんないんだから。ぼくはしってる。これ、しばらくするとかわくんだから。》

▲あははは~ヨシタケさん特有のとぼけた表情も空気も。「もらした」話はこれまでもあった気がするけど、それは「失敗した」感が漂うもので、「しばらくしたらかわく」という発言はあたらしい(笑)。この絵本がこどもたちに人気ふっとう中というのも頷ける。
もれたろうはパンツが乾くまで街に冒険に出る。自分がもれたろうだってことは、外から見てもだれも気がつかないはず。もしかしたら、ぼくみたいにもれて困ってるひといるんじゃないかな?
そう思ったもれたろうは、なんか困ってそうに見えるひとに会うたびに聞いてまわるんよね。「あの。ひょっとして もれたろう?」ってね。

▲ところが、意外に皆こたえはNO! 聞けば「もれた」以外のことで困ってるんよね。そこでもれたろうは思うわけ。
《そとからみたら わかんないけど、 みんな それぞれ そのひとにしか わかんない こまったことが あるんだな・・・》
そう。そうなんよね。
「外から見た」だけでは、わからないこともいっぱいあって。そして、もらしてぬれたパンツは(「ちょっぴり」やったら)しらんまに乾くし、泣いてぬれた頬もそのうち乾く。
今日も外は寒いけど、風はつめたいけど、きれいな青空。さて、そろそろ、わたしもまたいつものコースで「街に冒険」にでよう~。



*追記
その1)
「もれたろう」といえば、亡き父の病床で尿瓶でおしっこをとったときに、緊張して尿瓶をうまくあてられず、パンツやシーツをぬらして怒られたことを思い出します。以後懲りたのか(←父が)わたしに頼んでくることはなかったから、結局それが最初で最後の経験だったのだけれど。ああ、縦列駐車も、尿瓶のあつかいも下手な娘ですんませんでした。


その2)
合わせて3泊していった息子の友だちが朝早く発ってゆきました。わが家のかわりばえのしない食卓も、ひとりわかものが加わると、おいしくにぎやかで。電灯の光度がいっきに上がったみたいに、ぱぁっと明るくて。ほんまええ時間過ごさせてもらいました。また来てや~
で、今日は一日しんとして、がらんとして。光度は元にもどり(苦笑)またいつもの三人組。


その3)
きょうはひさしぶりにこれを聴きながら。
Donovan - Catch the wind
by bacuminnote | 2019-01-24 11:04 | 本をよむ