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by bacuminnote | 2017-11-13 19:10 | 本をよむ | Comments(2)
2017年 10月 22日

シュウクリームふたつ。

▲その日は父の命日だった。
一日じゅう何度となくその頃の父を、そして母やわたしの家族のこと、あとその日の天気や着てた服とか、つまらないことをぽつりぽつり思い出したりしてた。もう31年もたったから「その後」は父の知らないことだらけで。おっきな声で教えてあげたいことも、ちょっと黙っておきたいよなことも。いっぱいいっぱい溜まってるんだけど。とりあえずは四人の娘も、その家族も皆ぼちぼち元気にやってるし~って知らせたいなあ・・・とか思ってたら、なんだか母と会って話がしたくなって。翌朝ホームに行くことにした。

▲朝起きたときは曇り空だったのに、駅まで歩いてる間に降り出した雨と風が冷たくて。やせ我慢せんともうちょっと温いモン着てきたらよかったなあと、前を行くカッコイイ若者のダウンジャケットをみながら首をすくめて歩く。
母の(わたしも)すきなシュウクリーム2個と、頼まれたタオル掛けとハンガー5つ買って電車にのりこむ。(余談ながら、このことをツイッターに書いたら、旧友Jの《あーびっくりした。いくらなんでもハンバーガー5つは食べすぎやろと思ったら、ハンガーやったか》というリプライに大笑い。そういうたら原石鼎の句に「あんぱんを五つも食うて紅葉観る」というのもありましたがw)

▲あいにく飛び乗った電車が準急で、途中から各駅停車になるわ、二度も通過待ちはあるわ、で、目的の駅が遠いこと遠いこと。けど、がらーんと空いた平日昼前の車内と各駅停車のおかげで、ちょっとした旅きぶん。本も読まず、窓から走る景色を追って、なつかしい駅名とプレートに書かれた名所旧跡に眺め入り、斜め向かいの席で試験勉強らしきセーラー服の高校生を眺めた。膝に載せた鞄の上にテキストみたいなのを広げてる彼女、大きな目がだんだん細くなって、まぶたがふさがって。こくんこくん眠りこけては、はっと起きる姿がかいらしくて。

▲その高校生が主人公の物語を夢想したり。そういえば~と、かつてここのセーラー服着てた若い友人を思いだして、メール。あれこれ思うてることをエア"word"したり。車内が空いているのをええことに、紙袋に手をつっこんで、買ってきたあんぱんを小さくちぎって食べたりね(旨かった!)。ああひとり電車の時間はたのしくてすき。

▲やっとやっとホームに着くと、母が玄関のところで到着の時間も伝えてなかったのに、待っててくれた。エレベーターで乗り合わせた入居者の方に「娘さん?」と聞かれて「この子、四番目の娘ですねん。ほんでね・・(以下略)」と応えてる(苦笑)
居室に行って休憩したあと、とりあえず前から頼まれていた部屋の片付け~服や空き箱など「いらんもん」の整理をする。

▲ひとつひとつ「これどうする?」と聞いてゆくんだけど、「捨ててよし」と即答するものもあるが、たいてい「その服はな、◯◯で買うてん」とか「わたしが編んでん」とか、ひとつひとつに思い出話が付いてきて。「けど、シミもほころびもあるし、もうくたびれてるし(捨てても)ええやろ?」「な、もうええやろ?」と重ねて言うと、やっと「うん。ほんならもう”お役御免”さしたろか~」と笑いながら返ってくる。なんや母の思い出まで捨てるみたいで切ない。けど、そんなん言うてたらいっこうに片付かないので心を鬼にして続行。

▲なんせわたしが出したレターパックから、紙袋、服や雑貨を送ったときのダンボール箱も、包装紙も紐も全部残してあって。ホームに入居してから半年もたってないのに、すでにモノがいっぱいたまっており。どこで暮らしてもモノを捨てられない世代やなとしみじみ。
途中ふたりとも、めんどうくさくなって「やめとこか」と言い合うも、すでに部屋の中がエライことになっており、なんとかカタつけて強制終了(苦笑)。

▲で、ようやっとお茶の時間だ。「おいしいなあ」とシュウクリームを丸かじり(!)しながら昨日の話をすると、母は父の命日を失念してたようで「忘れてしもてたこと」にしょげかえるのであった。ええやん、ええやん。もう31年も経ったんやから。たまには忘れることもあるよね。

▲「その日」は土曜日だった。わたしはパートの仕事が休みで、部屋の掃除をしていた。一年前の夏から父はヨメイセンコクも受けていてみな覚悟はできていたはずだけど、9月はけっこう快調やったから。もしかしたら、もうちょっと、いや、もっと長く居てくれるんやないか~と、思ってた。たぶんみんなもそう思ってたはずだ。

▲慌てて上の子の保育園の迎えを義母にたのんで、駅まで急いだけど「その日」も近鉄吉野行きが出るまで、けっこう時間があって。病室に着いたら、次々かけつけたみんなに囲まれて父はすでに永い眠りについていた。
「ほんまにもぉ。いっつもおまえはぐずぐずしてねんから・・」と今にも父がベッドから起き上がってきて、怒られそうな気がした。「今日も着いてたで~」と母が指差した枕の横には、そのころわたしが毎日父に宛てて出してたハガキがあった。

▲母は父の入院中、仕事を終えて夜おそく病室に通ったころのことをぽつぽつ話し始める。深夜になって「ほな今日はもう帰りますわ」と言うと「ごくろうさん」と言いながら、おとうさんさみしそうやった、と。「ずっと(病室に)おったら、よかってんけど、次の日も仕事あるし、おとうさんが入院中は、店まもるのがわたしの役目やと思ってたから」と泣きべそをかいて。「その日」はとおくちかく、わたしたちの中に在る。

▲小さ目のシュウクリームをえらんだのに、94歳の母には多かったようで。「残ったん、あんた食べる?」と聞かれたけど。以前はこんなの2個くらい軽かったわたしも、いまは無理。そうそう、むかし母がよくカスタードクリームを拵えてくれて、パンにつけて食べたっけ。母子で口の端に粉砂糖つけながら、父もすきだったシュウクリーム談義。
「ぜったい忘れんといてな。傷んだん食べたらあかんで」と繰り返して半分冷蔵庫にいれる。
帰る時間になって、呼んだタクシーが来て「ほんならまたな」と握手して車に乗り込む。車窓から、ずっと手ふってる母がちいさく見えた。


*追記
その1)
帰宅後「残り」が気になって、母に「おなか壊したらあかんし、早う食べるか捨てるかしてや」と言うたら、こんな返事がかえってきた。
「あははは~あんた帰ってからちょっとして、もう食べましたがな」

その2)
きょうは選挙投票日です。この選挙そのものに、納得いかないし思うとこいっぱいあるけど、とにかく投票はせねば。わたしは期日前に。(期日前の投票所のほうが便利いいし助かりますが、入場券がない場合の本人確認が簡単すぎるのが気になるところ)
先日いただいたコメント返信にも書きましたが再度。
何かが変わってゆくのはそして何かが変わるのって、ほんまに気の遠くなるほど時間かかるわけで。教育や地道な運動の継続、継続の上にようやく。
当たり前のように思ってしまってる選挙権だって、日本の女性が参政権を得てから、まだ72年なんですものね。
あらためて魯迅の有名なこのことば(小説『故郷』の文末)をかみしめながら。「知ること」「考えること」「怒ること」を忘れたらあかんとあらためて思いながら。

《希望は本来有というものでもなく、無というものでもない。これこそ地上の道のように、初めから道があるのではないが、歩く人が多くなると初めて道が出来る。》(青空文庫→

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by bacuminnote | 2017-10-22 10:42 | yoshino | Comments(0)
2017年 09月 26日

しゃりしゃり。

▲雨戸の隙間からもれる光に、まだ目覚まし時計のアラームが鳴るまで小一時間あったけど「晴れてる!」と飛び起きた。
このところはっきりしないお天気が続いてたから、今日こそ、とシーツや枕カバーをはがし洗濯機回し、布団を干し、ていねいに掃除機をかけて。
ひさしぶりによう動いたから、だれかれなく自慢したいような気分で(笑)買い物に出たら、道中あちこちの家やマンションのベランダに布団布団布団、の図。
当然シーツやタオルケットの大物も物干し竿でゆれていて。開け放した窓からは、ういーんういーんと掃除機の唸り声。ああ、はたらき者はわたしだけやなかったな、と首をすくめつつ。 have a nice day!
「秋晴の洗濯もののしあはせに」(市川千晶) 

▲スーパーの入り口付近には栗、梨、青い蜜柑がならんで。この三つをみると反射的に運動会が浮かぶ世代である。いまはもう春の運動会も多いし、見に来る家族もロックフェスみたく各自テント派が主流とか。
ゴザの上に並んで座り、周りの人から剥いた梨や、ゆで栗、ゆで卵が回ってくるような日は、ほんまに遠くなった。けど、昔(のほう)がよかったとかいう単純な話ではなくて。今と昔とでは気候も環境も変化してるから。だれにも変わってゆくことはとめられないと思う。

▲わたしのこどものころの運動会といえば、小学4年生のとき東京オリンピックがあったから、その影響で小学校の運動会の入場行進もオリンピック風になって。
当時テレビでみたオリンピックの開会式も閉会式も、外国の選手たちの、それぞれ揃わないバラバラな感じは、じつにのびのびとして、カルチャーショックというか、こども心にカンゲキしたんだけど。
日本の選手団みたいに、こどもらがびしっと一糸乱れず整列、行進するのが、なんか可笑しくて笑ってしもたり。いや、一人くすくす笑ってるだけやなく、隣の子にも「おもしろいなぁ」とかしゃべりに行くもんやから。「そこ、何笑うてるねん!」とセンセによく怒られた。

▲そうそう、本部席前に来たら右腕を斜め上に挙げるのとか、選手宣誓のときのポーズとかも、なんかいやだった。足は速くなかったけど走るのが苦手ということもなかったから、競い合うことも、皆一斉に同じことをする(させられる)のも、嫌やったんやろなあと思う。(あ、綱引きはすきでした)

▲さて。
まだクーラーのよく効いたスーパーの食品売場で、おでんの材料を買ったあと(帰宅後、下拵えしながら「おでん」はまだ早かったかも~とおもうことになるのですが)ふと入り口の果物コーナーの梨が気になって、くるりと回って戻る。豊水と二十世紀。すこしの間眺めてたけど。やっぱり二十世紀~とカゴに入れた。カゴの梨一個みて、とうとう梨を買うことになったんやなあ、としみじみ。

▲毎年この時季になると、母が『大阿太高原 廿世紀梨』(奈良県吉野郡)を送ってくれて。ここしばらくは「送り先のリストをちゃんと書くのも自信なくなってきたたし、今年でお終いや」と毎年お決まりのように言いながら、わたしや息子はそれを「去年で終わりやなかったんか」と、やっぱりお決まりのように茶化しながらも、九月になると届く「おばあちゃんの梨」をたのしみにしてたんだけど。(ここにも書きました
去年はいよいよやめようか、と迷っているうちに注文しそびれたらしく、いつもよりだいぶ遅れて到着した。

▲箱を開けるとぷーんと梨の甘酸っぱいにおいが立ちのぼって。あれ?と思って箱の底を見たら果汁で濡れており。梨を取り出してみると2個ほど傷んでるのがあった。母にお礼の電話をすると、いつも「今年のんはどうやった?」と感想を聞くので、正直に言おうかな~と思ったんだけど。それを言う前に「かんにんな。今年はもうやめとこか、いや、やっぱり、と思ってるうちに、えらい遅うなってしもて。◯さん(果物店)にあるのん送ってもろてん」と返ってきて、状況が浮かぶようで胸がつまった。

▲それにしても、ケッコン以来~去年で37回の梨。ほんま長いことおおきに。ごちそうさまでした。わたしは母にしてもろたことの何分の一でも、こどもらに何かできるのかなあ~(できんやろなあ)
汗かきながら熱々おでんのあと、スーパーの梨を剥いてつれあいと半分こ。つめたいしゃりしゃりがおいしかった。



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by bacuminnote | 2017-09-26 19:02 | yoshino | Comments(0)
2017年 07月 11日

濃い色から淡い色に。

空が急に暗くなったので、軒下の洗濯物を家の中に入れた途端、雨が降り始めた。いきなりの大雨と雷は空が割れるんやないか~と思うほど大きな音で、洗濯物を腕にいっぱい抱えたまま立ち尽くす。ちょっとした雷でも、きゃあきゃあ大騒ぎするこわがり(←わたし)は、こわすぎると逆に無口になり、くっと息を潜めて「嵐」が通り過ぎてくれるのを待つのだった。

▲幸いはげしい雷雨はいっときで終わって、雨のあがった後、辺りはしーんとしてる。短時間とはいえ一気に水浴びした緑たちが、薄暗い庭のむこうで、今にもごそごそと動き出すんやないか、と思うほど生物(いきもの)らしい表情を見せており、ちょっとこわいようなうつくしさに見入っている。窓からは涼風(すずかぜ)がすいーっと入って来た。

▲ぼんやりしている間に7月になった。
ケッコンしてから7月は二人の母の誕生月になり、いつも何を贈ろうかとあれこれ悩んだものだった。
義母に初めて誕生祝いをしたとき~たしかそれは白地に紺のシンプルな幾何学模様のブラウスだったとおもうんだけど~包みをバリバリと開け(義母はいつもゴーカイに包装紙を破き、リボンでくるくる巻いてゴミ箱に。母はというと、留めたセロテープさえも爪の先でそろりと剥して包装紙もリボンもぜんぶ取っておくタイプ)ブラウスを胸に当てるや「うれしい」と泣き出さはったんで、びっくりしたりカンゲキしたり。

母の誕生祝いを娘らが贈るのはごく自然のことだったけど、義父もつれあいも義母にそういうことはしたことがないらしく「ウチとこは、だーれも祝ってくれへんから、わたし自分の誕生祝い用に毎月掛け金してたんよ。一年たって満期になったら、それで自分で何か買うてお祝いしててん」と泣き笑いしながらその場ですぐにブラウスを着てみせてくれて、うれしかった。

▲なんというても「自分のための掛け金」というのが新鮮で。なかなか「自分のため」にお金を使わない母にも教えてあげなあかんなあと思ったものだ。そんな義母の誕生祝がいらなくなってもう三回目の7月だ

そういうたら、母のことは「母の日」に誕生日に、と忘れたことなかったけれど、父のことは時々知らん顔で過ごしたっけ。とりわけ「母の日」には娘らから何やかやと送ってくるのを「おまえはええなあ」と羨ましがっていたらしく。いつだったか母から「(お金は)わたしが出すし、お父さんにも父の日に何か贈ってやって」と電話がかかったことがある。

果たして、そのとき父に何か買うて送ったのかどうか全く記憶にないんだけど。母が娘らからの贈り物の包みを開けるそばで、拗ねたように新聞読みながらその様子をちらちら見ている父の姿が浮かんで、今更ながら笑うてしまう。

この間、三番目の姉がこどものときの写真をメールで送ってくれて、その中の一枚はわたしもだいすきな写真なんだけど、残念ながらわたしと母は写っていない。(わたしが生まれてまもない頃やろか)コート姿の父がしゃがんで、姉二人が両脇に、三番目の姉が父の膝に小さな片手を置き座って笑っている。父は若いときの佐田啓二みたいに、ちょっとおとこまえで「マイホームパパ」みたいにやさしく微笑んで。姉と「写真はうそつきやなあ」と笑う。


▲時代も家業も「成長期」で、とにかく年中忙しい家やったから、お客さんや近所の人に娘四人のことを「お嬢ちゃんばっかりで、にぎやかでよろしおまんなあ」とか言われると、いつも「つまらんけど、まあ、女の子やさかいに(家業や家事手伝いに)よう間に合いまっせ」と、父が答えていたのが、こども心に腹立たしかった。

▲思春期になると「待ってました」とばかりに父に反抗しては、そんなとき決まって返される「だれのおかげで学校に行かせてもろてるねん!?」には、よけい反抗心を燃やしてた。(一度「お母ちゃん!」と応えて、激怒されたっけ)

先日、是枝監督のエッセイ「父の借金」を読んだ。(是枝裕和対談集『世界といまを考える』第三巻 PHP文庫 所収)

是枝氏がお父さんのことを語っている文章は何度か読んだことがあって。だから【台湾で生まれ、従軍し、満州で敗戦を迎え、進駐して来たソ連軍に捕虜にされ極寒のシベリアに連行された。そこでの三年近い強制労働を何とか生き延びた末に初めて本土の土地を踏んでいる】(p385)ということは知っていたのだけれど。

タイトルにある「借金」の大変さは、だれよりも氏の母親が何度も味わうのだが、大人のしんどい状況は、たいていこどもにとっても辛い状況なわけで。ふいっといなくなる父親と、借金の不安はいつまでも消えない。そうしてお父さんは八十歳のとき、自宅からバス停に向かう道で突然倒れて亡くなる。

遺族にとって、一番心配だったのが、どこからか大きな借金が出てくるのではないか?ということだったそうで。母親には内緒で氏はお姉さんと父親の持ち物を探り、一枚の消費者金融のカードをみつける。

▲借り入れ額は、意外に少額で146130円だったらしい。ところが7年ちょっとの間に200回以上も返済と借り入れを繰り返してることがわかる。八千円返済して同時に五千円借りて。九千円返して六千円引き出し。九千円返して一万円借りる・・・というふうに。

▲消費者金融の分厚い明細を首をかしげながら息子が繰ってるようすは、なんだか是枝監督の映画の一場面を観ているみたいだ。可笑しいような哀しいような。それでいてやっぱり訳わからんお父さんのエピソードだけど。ひとはわからなさの中で生きているんやろな~としみじみ思う。他人のことも自分のことも。

そうしてわたしが父親にたいするきもちも、訳わからんまま、許せないと赦すを行き来しつつ、でも少しづつ色が変わってきてる気がする。寒色から暖色に。濃い色から淡い色に。

【僕が描いてきたのは、不在の父の役割を担い、子供時代を奪われたまま成長する少年や、家の中での居場所を失い、自分が稼いで建てた家を孫からは「おばあちゃんち」と呼ばれることに不満を抱く引退した医者の父でしかない。父は常にどこかで屈折し、居心地が悪い。そして、そんな父の苦悩は周囲からは理解されず、謎として処理される。それが、僕の父に対する実感なのだと思う。】(p384

【僕の父は死してなお謎のままではあるが、しかし、それは闇の中に不安や恐怖とともに存在する謎ではもはやなく、どこか暖かさを感じる光のようなものに変質している。それは僕が父になったこととどれ程関連しているのか?僕自身にも未だわからない。】(p392


*追記

その1)

是枝監督の対談集は1~3まであって、対談の相手もさまざまでおもしろく読んでいます。今回エッセイ(初出は『考える人』2015年冬号)にはお父さんの話にビクトリ・エリセ監督の『エル・スール』(←だいすきな作品)を重ねていて、この映画もまた久しぶりに観たくなりました。

この第三巻の最後は鴨下信一氏との対談「ホームドラマにおける芝居とはなにか」には、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』から懐かしい『天国の父ちゃんこんにちは』まで語られていてうれしかったです。


『天国の・・』は1966年から放映されていた連続ドラマで、わたしは小学生の頃観ていたのですが、大人になって、「ひととき会」(朝日新聞「ひととき」欄に掲載された人たちの会)に一時期入り名簿に原作者の日比野都さんのお名前を見つけて、おお!とカンゲキしたことを思いだします。

ドラマのなかで何度も出てきた詩(主人公の「パンツやのおばちゃん」が亡き夫からプロポーズされたときの詩)もよく覚えています。

*このテレビドラマの一部(動画)を見つけました。劇中(3分あたりから)~園佳也子さんがこの詩を朗読してはります。→ もう主演の森光子さんもこの園佳也子さんも故人となられましたが。


【貧しいから あなたに差し上げられるものといったら

やわらかな五月の若葉と せいいっぱい愛する心だけです。

でも、結婚してくれますね。】


その2)

ペーター・ヘルトリング が亡くなられたそうです。

大人になってから、こどもの本を読むきっかけになった作家でもあり、いっときはわたしだけやなくて、息子も夫もよく読んでいました。『ヨーンじいちゃん』『ヒルベルという子がいた』『ひとりだけのコンサート』『クララをいれてみんなで6人』・・・と思い出す本がいっぱいです。(ここで少し書いたのは彼の自伝的な本『おくればせの愛』→


その3)

今回書けなかったけど読んだ本。
『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女』(上間陽子著 太田出版)→


その4)

観た映画。(よかった!)たいてい観たいと思う映画は、わたしが諸々の事情で行きにくい映画館でかかってて、いつも諦めてるのですが、これはわたしでも「行ける場所」だったので、迷わず行ってきました。

「トランプ政権がイランをふくむ特定7カ国へのビザ発給制限と入国の一時禁止を検討しているとの報道を受けて、主演女優タラネ・アリドゥスティとアスガー・ファルハディ監督も〈もし私の渡航が例外とされても到底許せない〉と声明を発表」~授賞式を辞退ということで話題にもなりましたが。

『セールスマン』


その5)

きょうはこれを聴きながら。
Patrick Watson - Shame


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by bacuminnote | 2017-07-11 09:21 | 本をよむ | Comments(0)